18. 前のめりの観測
「せーの、ドンッ!」
「おおっ! かなり掘れたぞ!」
現在掘削開始、初日。
騎士団の兵士たちが、中庭で歓声を上げている。
あれほど上総掘りに懐疑的だった兵士たちは、今や初めて体験する掘削スピードに興奮を露わにしていた。
資材搬入後、掘削機の組み立てにも、天候による遅延はあったが、これならばおおむね予定通りに井戸掘削は完了するだろう。
「いやァ、聖女様! この工法は素晴らしい! まさに聖女のご神託です!」
掘削の指揮を執っていたジャック副団長が、興奮した様子で私に駆け寄ってくる。
「ぜひ、この技術を他の現場でも試させていただけませんか?」
「はい、勿論です」
「えっ、よろしいのですかァ…!?」
【分析:ジャック副団長が『驚愕』の感情を提示】
データの共有は、社会貢献において合理的だと考えるが、驚かれた理由が理解できない。
私は小さく首を傾げたまま続ける。
「この技術は、私が開発したものではありません。人類の叡智の共有は、社会全体の利益に繋がります。設計図も必要であれば複製します」
「あ、ありがとうございます……!」
ジャック副団長は、信じられないという顔で深々と頭を下げ、兵士たちの元へ戻って行った。
別の現場で継続的に使う話をしているのか、盛り上がっている。
【...分析:ジャックの『驚愕』を再計算】
【仮説:この社会において、無償のデータ共有は、一般的ではない行動であると推定】
「エリス」
ジャック副団長の背中を見たまま考え込んでいると、背後から低い声がかかった。
いつの間にか、ヴィンセント騎士団長が私の隣に立っていた。
「ヴィンセント騎士団長、本日もいらっしゃっていたのですか」
「……貴様、今あの技術を無償で譲渡したのか」
「はい。ジャック副団長からの要求がありましたので」
ヴィンセント騎士団長の方へと振り返り、頷いて見せる。
彼は、はぁ、と深くため息を吐いて、こめかみを強く押さえた。
【スキャン:ヴィンセント。感情:『頭痛』『呆れ』を検出】
「いいか、エリス。こういうのは、しっかりと権利を主張しろ」
「権利……ですか?」
「お前が開発したものではない、と言いたいんだろう。どこの国かは知らんが、他の国の技術だろうが、このオルトリア王国で、あの技術を最初に提示したのは誰だ」
「……私です」
「ならば、この国において、その権利はお前が持つべきものだ。それを無償で手放すのは、馬鹿のやることだ」
「……なぜ、ですか? データの共有は、社会全体の利益に繋がります」
私の反論に一瞬、ヴィンセント騎士団長は初めて言葉を詰まらせた。
珍しく視線を横にそらし、迷うように続ける。
「それは、そうだが。……エリス、お前はあまりに無防備すぎる」
「無防備……とは?」
「その利益に繋げる共有とやらは、ジャックのような善人だけではなく、グリモや、悪徳商人のような、貴様を利用しようとする連中も引き寄せる」
【...エラー:データは共有されるべきリソースです】
(ですが、ヴィンセント騎士団長の言う、権利――私は何も開発していない。ただ、人類の叡智を提供しただけ。それを私が開発したかのように振る舞うのは……)
【――警告:権利主張と倫理の間に深刻なミスマッチを検出】
【分析:倫理規定に基づき、盗用・詐欺は禁止されています】
私がシステムのエラー処理にフリーズしていると、ヴィンセント騎士団長はため息を一つこぼした。
「……まあいい。自分の手柄にする罪悪感があるというなら、次からは孤児院の権利にでもしろ」
「!」
【...再計算!】
【分析:権利を孤児院に帰属させる!】
【仮説:ロイヤリティによる継続的な資金の確保が可能!】
【結論:これはミッション――孤児院の最適化における『革命的最適解』です!】
「ヴィンセント騎士団長!」
「な、なんだ」
私は、目の前のヴィンセントに詰め寄っていた。
無意識の内にハードウェア――身体が一歩踏み出していたようだ。
「その、孤児院の権利にするという政策について、詳細なデータ開示を要求します! 孤児院名義での権利締結は、どの法律に基づき、どのような手順で? 認可に必要な期間とコストは?」
「ま、待て……!」
【スキャン:ヴィンセント】
【感情:『狼狽』『困惑』『照合不可』。わずかに後ずさっています】
ヴィンセント騎士団長が、私の勢いに押されて一歩後ずさった。
しかしその動きに合わせて私も一歩、また歩み寄る。
返答を求めて彼の顔を見上げ覗き込んでいると、ふいと横にそらされた。
「……近い」
「?」
「顔が、近いと言っている」
【分析:人間のパーソナルスペースを侵犯していたと判断。ハードウェアを後退します】
私は無意識に前に出てしまった分、後ろに戻る。
ヴィンセント騎士団長も後ずさっていた姿勢を戻し、顔を横に向けたまま、少し咳ばらいをした。
「……申し訳ありません。ですが、これはミッションの根幹に関わります」
「ミッション?」
「はい。この孤児院の資金難が解決すれば、子供たちの幸福度を、より高い水準で最適化できると試算されます」
「……資金難、だと?」
彼の氷の騎士の表情が、険しく変化した。
「はい。帳簿は未確認です。しかし、私の常時環境スキャンが、深刻な資金難の兆候を検出しています」
「兆候……」
「まず、建物の老朽化に対し、ここ数年での修復の痕跡が一切観測できません。次に、子供たちに供給される食事が、生命維持の最低水準で固定されています。衣服や生活用品の更新も、数年は停止していると推察されます」
私は、ヴィンセント騎士団長の灰色の瞳を見据えて続ける。
「これらの観測データは、グリモ司祭が聖女の補助金及び報奨金に固執する言動とも一致します。――結論、この施設は深刻な資金難であると断定します」
私の分析と結論に、ヴィンセント騎士団長は手を口元にあてて考えるそぶりを見せた。
「ハドリアン領から、この孤児院に支給されている補助金は、子供たち全員を十分に養える額のはずだ」
「……そうなのですか?」
ふいに彼は孤児院の方を振り返る。
その動きに誘われるように、私もその古く軋んだ建物を見上げた。
「……なぜ、この孤児院は、そんなに貧しいんだ?」




