16. ポンコツ聖女様
【...結論:私の計算は、根本的に破綻していました】
* * *
まず、教会の外に出た直後の下り坂で、私は転倒した。
「あっ」
【――警告:ハードウェアの運動制御が不正確。バランスの最適化に失敗】
勾配データは計算済みだったが、人体の重心移動がシミュレーションを超えていたようだ。
坂道で転ぶと、身体は重力に従い、平坦な場所よりも身体の横転が激しくなる。
メルが慌てて追いかけてきて私の転がりを止めるまで、呆然とした子供の視線を受けていた。
* * *
次に、複数回つまずきながらも到着した川で、水を汲むことに失敗。
「あっ」
【エラー:桶の制御権を喪失】
私が水をすくおうとした桶が、川の流れ――非合理的な自然エネルギーに奪われ、流されていく。
それを、私より遥かに小さいそばかすの男の子が、呆れた顔で回収してくれた。
* * *
そして、再挑戦。
「あっ」
【――警告:ハードウェアの安定性が限界値】
【エラー:転倒します!】
メルが私の名前を呼ぶ叫び声を聞きながら――。
バランスを崩し、ハドリアン領の冷たい川に、私は頭から転落した。
* * *
【……システム温度、急低下。ハードウェアの機能不全を警告】
「もー、エリスったら! またびしょ濡れじゃない!」
「……申し訳、ありません」
私は空の桶を持ったまま、メルに強制的に孤児院の大部屋まで連れ戻され、再び強制メンテナンス――お世話を受けている。
ミッション、水汲みは、完全に失敗したのだった。
濡れた服をメルが交換してくれた後、私はボロボロの毛布をかぶせられていた。
部屋の隅から、水汲みを終えた子供たちが、びしょ濡れの私を遠巻きに見ている。
「……聖女様、役立たずだったね」
「水、こぼすどころか、川に落ちてたし……」
「ドジっ子なのかな……」
【分析:『ドジっ子』。データベースに該当なし。ただし、子供たちの『侮蔑』と同期】
【結論:私は水汲みの『足手まとい』であったと断定】
「だから言ったじゃない! エリスはお着替えも、お水飲むのも、ご飯食べるのだってまだ一人じゃなにも出来ないのに、水汲みなんて無理だって!」
メルの悪気のない追撃で、子供たちが更に騒めく。
「え……オレらより子供みたい……」
「聖女様、ポンコツじゃん……」
「もうなにも手伝わないでって言おう……?」
【分析:『ポンコツ』。データベースに該当なし。ただし、子供たちの『侮蔑』と同期】
【...エラー:『落ち込む』のパラメータが、最大値に到達】
【ステータス:『いたたまれない』】
メルは私のお世話で忙しく、子供たちの言葉は聞こえていないようだ。
ぷりぷりと怒った様子で、私に乾いたタオルを渡す。
「ほら、エリス! 髪を拭くのは、一人で出来るようになったでしょ!」
「……はい」
(……私は、ドジっ子と評価されている……)
(……私は、足手まとい――ポンコツになった……)
落ち込んだ、を体現する姿勢で髪をタオルで拭く。
メルにその拭き方を修正されていると、それまで黙っていたアンが、ふふっ、と笑い出した。
「アンお姉ちゃん?」
「あ、ごめんなさい。……でも、」
アンは、広間の子供たちを振り返り示した。
「見てください。あの子たち、ふふ……今日は本当に楽しそうでした」
【...スキャン:子供たち】
【感情:『無気力』『諦観』が低下】
【感情:『好奇心』60%、『楽しい』30%】
「なぜ……」
「あの子たちは、雷の奇跡……聖女様の来訪も、井戸を作ると言った聖女様も、どこか怖いと感じていました。司祭様に近い方ですから、なおさら……」
表情が少し明るくなった子供たちを、優しいまなざしでアンは見つめていた。
「でも、その聖女様が、川で転んで、びしょ濡れになって、お着替えもできなくて、ドジっ子でポンコツで……ふふ、とっても可愛らしい方だったから」
アンは私の方に視線を移す。
そして目を細め、弱々しくも、心から優しそうに微笑んだ。
「……きっと、あの子たち、エリス様をやっと身近に感じられたんじゃないかしら」
「……身近に、」
【...再計算:『ドジっ子』『ポンコツ』=『足手まとい』】
【...しかし、ミッション――子供たちの幸福度のパラメータは、なぜか『上昇』】
(……エラー)
(人間の感情は、やはり私の計算では……まだ、理解できません)




