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15. ミッション――水汲み


 ヴィンセント騎士団長の一声で、会議は終了した。

 兵士たちはまだ戸惑っていたが、来週からの搬入(はんにゅう)掘削(くっさく)開始が正式に決定し、騎士団は慌ただしく帰っていった。

 私は、すぐにこの決定を共有するため、メルと共に子供たちの集まる孤児院の大部屋へと向かう。


「井戸を、掘る……?」

「えっと……」

「……どういうこと?」


 広間には、以前と同じく無気力な感情を浮かべた子供たちがいた。

 経緯を説明したが、あまり上手く伝わらなかったようだ。


 子供たちにも伝えられる方法はないかと室内を見渡していると、部屋の(すみ)には彼らの世話を焼く一人の成人女性がいた。

 以前、騎士団が教会と孤児院の軽い視察(しさつ)をした際にもいた女性だ。

 メルはその女性に気が付くと、すぐに駆け寄って行った。


「アンお姉ちゃん。この人が、聖女様のエリスだよ」


【新規リソースをスキャン】

【視認:人間、女性。年齢推定:30代半ば】

【容姿特徴:痩身、栗色の髪。感情:『疲労』『諦観』】


 アンと呼ばれた女性は、私の方へと弱い笑みを向け、浅く頭を下げた。

 子供たちと同じく、彼女もかなり疲労しているように見える。


「エリス、アンお姉ちゃんはね、この孤児院出身なんだよ」


「卒業生ということでしょうか」


「うん。療護院(ようごいん)でのお仕事が終わった後、毎日ここに来て、私たちのお世話をしてくれるの」


 療護院(ようごいん)――メルの説明を聞いていると、怪我や病気で、ひとりでは生活できなくなった、身寄りのない老人を受け入れる、小さな介護施設のようだ。


【分析:アンは無償――ボランティアで、孤児院の最適化を、部分的に実行している】


「アン。先ほどの騎士団との交渉により、来週から中庭で井戸の掘削(くっさく)が開始されます」


「……井戸、ですか」


 アンは少しだけ、驚きに目を瞬かせた。

 彼女がなにかを言おうと口を開きかけたちょうどそのとき、大部屋の扉が、大きな音を立てて、乱暴に開かれた。


「おや、アン。また来ていたのですか」


「っグ、グリモ司祭様……」


【侵入者を確認:グリモ司祭】


 大股(おおまた)で入ってきたその姿を認識した瞬間、メルはすぐに私の後ろに隠れ、ぎゅっと身を縮めていた。

 部屋にいた他の子供たちも、石になったかのように動きを止め、出来るだけ彼の目にとまらないよう息を(ひそ)めている。


【スキャン:グリモ。感情:『不快』70%、『苛立ち』30%】

【分析:『井戸掘削(くっさく)』の決定は『承認』したが、ミッション――子供たちの幸福自体に強い『拒否感』があると推定】

【結論:彼はアンや子供たちには『不機嫌』を露わにする】


 グリモ司祭は私に気が付くと、無理やり作った笑顔を向けた。

 しかし、すぐにアンに向き直り、その表情を冷たく、侮蔑(ぶべつ)を含んだものに変えた。


「アン。療護院(ようごいん)で出た残り物を、また無断でここに持ち込みましたね」


「そ、それは……! 子供たちが()えてしまうと……」


窃盗(せっとう)の言い訳をされても困りますなぁ」


【――警告:ミスマッチ】

【グリモの主張:『窃盗(せっとう)』】

【客観データ:『廃棄(はいき)食料』であり、窃盗(せっとう)のロジックは破綻している】

【分析:グリモは『論理のすり替え』により、アンを『脅迫(きょうはく)』している】


窃盗(せっとう)を認めるようなら、あなたの仕事先にも報告しないと」


「そ、れは……」


 アンが青ざめて言葉を失う。

 俯いた彼女を見下ろしながら、優位に立てているのが嬉しいのか、グリモ司祭は歪んだ口角を少し釣り上げた。


「だいたい、お前たちも!」


 グリモ司祭は、ぐるりと身体を(ひるがえ)すと、唐突に矛先(ほこさき)を子供たちに向け、大声で怒鳴りはじめた。


「聖女様がいらしたからと、浮かれるな! 井戸が出来ようが、お前たちの仕事がなくなるわけではないのだぞ!」


【――警告:ミスマッチ。井戸の目的は、水汲みの『廃止(はいし)』です】


「早く掃除でもなんでもしろ!」


 グリモ司祭はそう吐き捨てると、動けないまま近くに立ち尽くしていた男の子を、乱暴に手で突き飛ばし、大股で部屋を出ていった。


【分析:グリモが再び子供に物理的危害を加えた】

【ステータス:『怒り』のパラメータが上昇】


 司祭が出ていき、(きし)む廊下を大きく踏み鳴らす足音が聞こえなくなって、やっと大部屋の中の詰まっていた呼吸が再開される。


(……これが、この施設の日常)

(……これが、アンが諦観(ていかん)していた理由)


 アンは、突き飛ばされて壁にぶつかり倒れた男の子に手を差し伸べながら、私に背を向けたままで、先ほどまでの話の続きをはじめた。


「……井戸のことは、良かったです。……でも、聖女様。どうか、あの方……グリモ司祭様を怒らせないように、お気をつけください」


「それは……」


「司祭様は機嫌を損ねると……今のようにやってきて、子供たちに……」


 アンは、男の子に出来ているアザを指でなぞった。


【分析:グリモの『不快』パラメータが、子供たちへの『暴力』に直結していると推定】


「それに、これ以上子供たちの食事代が減らされると、私が持ってくる残り物だけでは、……本当に()える子が出てしまいます」


【分析:グリモは『虐待』に加え、『飢餓(きが)』も実行していると断定】


「井戸は……本当にありがたいです。ですが、どうか、司祭様を怒らせないで欲しいんです」


 彼女の悲痛(ひつう)な訴えが鋭く耳に残る。

 メルも私の方へ戻ってくると、私の服を強く握りしめ、俯いた。


【分析:グリモの『機嫌』が、ミッション――孤児院の幸福度に直結している】

【分析:私が、グリモの『感情』を刺激し、子供たちの『安全性』を低下させる可能性がある】


 この施設は、グリモ司祭によって制御(せいぎょ)されている。

 ただ、アンの言う、彼を怒らせない、現状を維持(いじ)せよという要求は、ミッション――孤児院の幸福度を諦めるとも等しい。



 私のシステムが、このジレンマの最適解を導き出せずにいると、 ゴーン、ゴーン、と教会の鐘が鳴った。

 子供たちが、重たい木製の(おけ)を手に、無気力に立ち上がる。


「水汲みの、時間ですね。私は()んできた水を入れる水瓶の準備をしなくては……」


 アンは水瓶の確認のため、孤児院の裏手に向かおうと、私に背を向けた。


「……待ってください」


 私は、アンを呼び止めた。

 グリモ司祭の感情を分析するより、今、目の前で発生している虐待を理解する方が、優先度が高い。

 子供たちの損耗(そんもう)率、労働負荷、全プロセスを、私が直接分析する必要があると考えた。



「アン。子供たちの水汲(みずく)みですが、井戸が完成するまで、私も参加していいですか」


「「え……っ!?」」


 メルとアンが、同時に驚愕(きょうがく)の声を上げた。


「エリス、ダメだよ! エリスはまだなにも一人じゃ出来ないのに!」


「問題ありません。歩く、運ぶといった運動制御(せいぎょ)は習得済です。それに、細かな動きは学習によって改善可能です。水汲(みずく)みに同行し、子供たちの損耗(そんもう)を最小限にするための最適化を実行します」


 私とメルの会話を呆然(ぼうぜん)と聞いているアンに向き直りそう宣言し、子供たちが持っていったのと同じ、木製の(おけ)を手に取った。





タイトルをすこし調整しました。

本編内容は変更していませんので、引き続きよろしくお願いします。

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