14. 推定『4日』
カリカリ、と紙にペン先が走る音だけが響いていた。
記憶している図面を、一定の速度で淀みなく紙に出力していく。
「な、なにを書いているんだ……?」
「……早い」
「図面……か?」
「聖女のご神託では……!?」
ジャック副団長や兵士たち、そしてグリモ司祭までもが、目の前で作成されていく未知の設計図を、息を飲んで見守る。
数分後、私は全ての設計図と手順書の出力を完了した。
「お待たせしました」
私は書き終えた設計図を持ち上げ、その場にいる全員に見えるように掲げた。
その紙に描いたのは、竹の竿を繋ぎ櫓で支える構造図と、先端に重りをつけた鉄管の図面、そしてそれが地中にどう作用するかの断面図だ。
そして手順書には素材の選定基準やバネの最適角度といった、精密な計算指示をミリ単位の誤差もない線で併記していた。
【推奨プラン:簡易的な上総掘り。現リソース、低予算、人員5名における最適解であると結論】
「これは……なんだ?」
紙を見てもなお、困惑しかないジャック副団長と兵士たちに向き直る。
どうやらこの世界にはない技術らしい。
一度紙をまたテーブルへと置き、概要の説明を開始する。
「上総掘りとは、日本――いえ、東方の国で発展した深井戸掘りの古い技術です。この設計図は簡易化していますが、その歴史は深く――」
「待て」
【...エラー:説明を遮られました】
ヴィンセント騎士団長が、こめかみを押さえながら私を睨んでいた。
「他の国ですでに使用されているものというのは理解した。が、我々が知りたいのはそれの歴史ではない。それがどう機能するかだ」
【...要求を承認。プロセスを修正】
【説明モードを概要から実用に切り替えます】
「――団長、お待ちください」
私が説明を再開するより先に、掘削経験のある兵士が口を開いた。
「聖女様。失礼ながら、この図面……竹の弾力を利用とあります。このハドリアン領の硬い地盤を、そのようなもので掘れるとは到底……」
「非現実的では?」
兵士たちは口々に、そう断言した。
難しい顔をしたジャック副団長が、経験者たちが言うのでは……と腕を組む。
グリモ司祭もダメかと、肩を落としている。
「訂正します。あなた方の懸念は合理的です。しかし、この工法は竹の力で地盤を掘削するものではありません」
「……と、言いますと?」
「あなた方の分析では竹が動力源となっています。私の設計では動力源は鉄の重りです」
「鉄の重り……?」
「竹の弾力は、その重りを引き上げるための補助としてのみ機能します。人力は、その起動にしか使いません」
「……? つまり……どういうことだ?」
【...分析:作業実施者の理解度が低い。より簡易的なロジックモデルを提示】
私は客室の窓から見える中庭の方に視線を移した。
そこにある錆びた遊具――シーソーを示しながら説明を続ける。
「あのシーソーと同じです」
「は……? シーソー、ですか?」
「はい。片方に重りを載せ、反対側を人間が踏む。竹は、その踏む力を補助するバネです」
「バネ……」
「そして、その重りの真下に鉄の杭を取り付ける。――ただそれだけの構造です」
兵士たちはまだ、懐疑的だ。
いや、でも、とお互いに懸念を言い合っている。
具体的な効率を検討して欲しく、私は言葉を続けた。
「手掘り総工期26日に対し、この工法ならば作業人員5名でも――推定4日で到達可能です」
「「よ、よっか!?」」
兵士たちとジャック副団長が、ありえないという表情で声を上げた。
――26日と、4日。
この数字が、どちらが合理的かを、あまりに分かりやすく示している。
しかし、一人の兵士が、プライドからか声を荒らげる。
「聖女様、あんたは現場を知らない! あの地盤を、シーソーだかバネだか知らんが、そんなオモチャみたいなもんで4日で掘れるわけが…!」
「――もういい」
その兵士の非論理的な騒めきを、ヴィンセント騎士団長が断ち切った。
彼は、机に置かれていた私の設計図を片手に持つと、困惑する兵士とジャック副団長の方に向き直る。
「貴様、ハンマーを使ったことはないのか?」
「は……、ございますが……」
「杭を打つとき、自分の腕力で押し込むのか? 違うだろう。ハンマーの重さで叩き込むはずだ」
「そ、それは…」
「彼女のこれは、そのハンマーが巨大な鉄の杭になっただけだ。俺たちの仕事は、その杭をバネで引き上げ、また落とすこと。……違うか、聖女様」
こちらに向けられた問いかけに、私は頷いて見せる。
「はい。ヴィンセント騎士団長の理解は、99%正確です」
「ならば、これ以上の議論は無駄だ」
そう言い放つと、彼は設計図の紙を手に、ジャック副団長と沈黙した兵士たちを一瞥し立ち上がる。
「来週より搬入を開始し、このプランで実行する。ジャック。資材の手配を急がせろ」
「はっ! ……しかし団長、よろしいのですか? もしこの掘削方法が失敗した場合、団長の判断ミスとして……」
「構わん、現場の総指揮は俺がやる。この件において、この聖女は俺の管理下に置く、異論はないな?」
【分析:ヴィンセントが、私の案を採用。私の管理権を宣言しました】
【...エラー:ハードウェアに一瞬大きな揺らぎを感知】




