11. 結論、失礼
「では5日後に、詳しい作業予定を話し合いましょう」
ジャック副団長の柔和な声が、騒がしい交渉を締めくくった。
聖女の奇跡が披露できるとグリモ司祭はまだ興奮冷めやらぬ様子だったが、ジャック副団長は変わらぬ柔和な笑顔で彼をうまくなだめて、馬へと跨った。
「おや…? 氷の騎士様は?」
グリモ司祭が、ヴィンセント騎士団長の姿が見えないことに気づき、慌てたように尋ねた。
ジャック副団長が乗った馬の横には、主人のいない青鹿毛の馬が一頭、柵に繋がれたままだ。
「ああ、団長なら、念のため孤児院の周りを確認すると――」
「なっ!? それはいけません! 無断で歩き回られては……いや、なんでも! どこを見ているのやら……!」
【スキャン:グリモ。感情:『焦燥』80%、『恐怖』20%】
【分析:彼の『動揺』は、監査役が『見られてはいけない場所』を単独で調査することへの『恐怖』であると推定】
グリモ司祭は、慌ててヴィンセント騎士団長を探し孤児院の方へ走って行った。
ジャック副団長は、その背中を馬の上から見送り、苦笑いしている。
私は、馬上のジャック副団長を見上げた。
「ジャック副団長。確認ですが、ヴィンセント騎士団長は、氷の騎士と呼ばれるのがお嫌いなのですか」
「……え?」
ジャック副団長が、驚いたように目を瞬かせた。
「グリモ司祭が、氷の騎士という呼称を使用した際、彼の眉間がわずかに収縮するのを観測しました。感情はおそらく、不快、不本意かと」
「……ははっ。いやァ、驚いた。エリス様は、あの団長の鉄仮面の変化が分かるので?」
ジャック副団長は、少し感心したように息を吐いたあと、馬の上から少し楽しそうに私を見下ろした。
「エリス様と団長は、少し似た者同士かもしれませんねぇ」
「…? 私と、ヴィンセント騎士団長が…ですか?」
「ええ。あなたも相当な無表情――いえ、お人形ですから」
……無表情。
確かに、私は表情筋を変更するシグナルは出したことがない。
「では、私は先に領主街に戻ります。団長を見かけましたら、ジャックは先に帰ったとお伝えください」
私が思考をしていると、彼はそう言い残し、今度こそ颯爽と馬で駆けて行った。
【対象:ジャックの離脱を確認】
【...『似た者同士』のデータを再計算】
(確かに、私に表情はなく、彼も無表情。論理的な思考も、彼だけが私の意図を正確に理解しました)
(……それが、似ている……?)
【結論:データが不足しています。ヴィンセントの『類似性』について、追加の『直接観測』を実行します】
私は、ジャック副団長の言葉を反芻しながら、グリモ司祭が向かった、孤児院の中庭へと足を向ける。
ほどなくして、孤児院の東の端に、ひとり佇むヴィンセント騎士団長を見つけた。
先に探しにいったはずのグリモ司祭の姿はなく、私は彼へと歩み寄った。
「ジャック副団長は、先にお帰りになりました」
「ああ、分かっている」
「そうですか」
地面の一点を見つめたまま話す彼に歩み寄る。
そこは、枯れた井戸の跡地だった。
今は完全に埋められており、土を丸く囲う煉瓦だけが、かつて井戸であったことを示している。
「……この孤児院には、井戸がなかったんだな」
ヴィンセント騎士団長が、独り言のように呟いた。
「はい。報告した通り、子供たちは毎日3回、1km先の川まで水を汲みに行きます」
「さっき改めて孤児院の様子を見てきた。……栄養状態、健康状態、共に問題があるようだ」
「はい。過度な負荷のある労働は、子供の成長に悪影響を及ぼすと試算されます」
ヴィンセント団長は、変わらぬ無表情をほんの少し痛ましそうにゆがめて、井戸の跡を見つめている。
「……問題なし。…では、なかったな」
風に混ざり聞き取れないほどの、小さな呟き。
私が聞き返すよりも先に彼はこちらに向き直ると、その灰色の瞳で私を真っ直ぐに捉えた。
そして、ゆっくりと頭を下げる。
「……すまなかった」
「...?」
【エラー:謝罪のロジックが不明】
「孤児院には問題しかなかった。俺は、あの司祭の偽装を見抜けず、間違えた報告を上げるところだった」
【分析:ヴィンセントは、孤児院への判断ミスについて謝罪している】
【結論:ヴィンセントは、自己の間違いを認識し、謝罪できる誠実さを持つ】
【印象:冷徹を訂正。合理的、誠実、実直に更新】
「あなたに責任はありません」
「なに?」
「この孤児院は、表面上は問題なく見えるよう、意図的に取り繕われています。ジャック副団長も同様の結論……判断ミスを下しました。外部からの簡易的な視察では、偽装を見抜くのは困難です」
「……」
顔を上げたヴィンセント騎士団長は、私の顔を見て、瞬きをした。
その無表情が、またわずかに眉を寄せる。
「俺は、感情が乏しいとよく言われる。氷の騎士だ、鉄仮面だと」
「そうですか」
彼は一歩、私に近づいた。
そのまま高い位置から私を値踏みするように見つめる。
「貴様は、俺よりも酷い」
「……はい?」
【エラー:『酷い』の定義が不明】
「本当に聖女だと言うのならば、今のような会話の時には、せめて微笑むくらいはすべきだと思う」
ヴィンセント騎士団長は、それだけ言うと、私の横を通り過ぎていく。
しばらくして、遠くなっていく馬の足音を聞きながら、私は先ほどの脈絡不明の言葉を反芻していた。
【分析:『俺よりも酷い』】
【分析:『微笑むくらいはすべき』】
【結論:……失礼】




