10. 非言語コミュニケーション
「ははァ、なるほど。井戸をねェ……」
「公共事業だ。兵士の派遣は問題ないだろう」
あまりの説明不足に待ったをかけたジャック副団長に、ヴィンセント騎士団長が順を追って、改めて説明をした。
どうやらこの領の騎士団は、敵国との競り合いがないときには領内の公共事業も多く行っているらしい。
「んー……無理なんじゃないか?」
話を聞き終えたジャック副団長の唐突な結論に、なぜ、と私が問いかける前に、副団長が視線で示した先――わなわなと震えたグリモ司祭が、大きな声をあげる。
「なりません!!!!」
いままでただぽかんと口を開けて聞いていたいだけのグリモ司祭が、慌てた様子でヴィンセント団長の前に立ちはだかる。
「せ、専門家の調査もなく、井戸の採掘など……! 万が一にも私の……教会の井戸が枯れることは、あってはならないのです!!」
【――警告:ミスマッチ】
【グリモの主張A:教会用井戸が枯渇する】
【客観データ:論理破綻】
「それに! 子供たちが自ら水汲みを行なっており、なんの問題もありません! あれは子供たちの体力作りでもあるのです!!」
【――警告:ミスマッチ】
【グリモの主張B:水汲みは体力作り】
【客観データ:虐待であると結論済み】
【結論:グリモは、井戸の私物化を継続するため、非論理的な主張を繰り返している】
「――と、土地の管理者が言うのであれば、我々騎士団は手を出せませんねェ」
ジャック副団長が、肩をすくめてみせた。
グリモ司祭は「そうです! 許可しません!」と、なぜか勝ち誇ったように胸を張る。
【...ミッション――井戸掘削に障害発生】
【分析:グリモの非論理が、騎士団の論理をブロックしている】
【最適解:グリモの非論理――欲望を利用し、彼から承諾を引き出す】
(……しかし、どうやって? 同じ説明では不十分と推察できます)
私が新たなアプローチを再計算していると、それまで黙っていたヴィンセント騎士団長が口を開いた。
「……孤児院側の、昔あった井戸は完全に枯れたと言ったな?」
「はい! 私が赴任する前に埋められています!」
「俺が持ってきた資料にも、当時の専門家が、ここは水脈が枯渇したと結論付けた記録が残っている」
「最初からそう言っております!」
「貴様は聖女の認定をして欲しいと言ったな」
「それとこれとでなんの関係が……」
ヴィンセント騎士団長が資料を示しながら、ひとつずつ淡々と司祭へ確認を続ける。
――彼のロジックの意図を理解した。
私も彼に続き、グリモ司祭に言葉を重ねる。
「私は水が出る場所を示しました」
「は? ……ああ、さっきの。よくわからんが……」
「専門家が枯れたと言った場所だ。そこから本当に水が出れば――」
「……!!」
やっと理解が追いついてきたようだ。
グリモ司祭の表情が、驚愕から歓喜へと変わっていく。
「聖女様の神託によるもの! まさに聖女様の奇跡…! そういうことですね!!」
【ミッション障害、排除完了】
【分析:ヴィンセントがロジックを構築し、私が結論を提示。欲望――聖女認定が、非論理――井戸の独占を上回った】
ヴィンセント騎士団長は、なかなか論理的な人間であるらしい。
発言がすぐに破綻するグリモ司祭に対して、その欲を利用する見事な誘導だった。
「ははァ、なるほどたしかに! ここから水が出れば、聖女様の実績になるかもですねェ!」
「そうですか、そうですか!!」
機嫌が良くなったグリモ司祭の調子に合わせて、ジャック副団長が大袈裟に頷いて見せる。
【分析:ヴィンセント―論理と、ジャック―共感。この二者は、効率的なタッグであると判断】
じっとジャック副団長を観察していると、ばちりと視線が合った。
瞬間、彼がにこりと微笑み、片目を閉じた。
【...ジャックの動作:『ウインク』を感知】
【エラー:意図不明。】
次にヴィンセント騎士団長へ視線を移す。
視線が合うと、彼は目を閉じて軽く頷き、そして視線を逸らされた。
【...ヴィンセントの動作:『頷き』『視線逸らし』を感知】
【エラー:こちらも意図不明】
(……わからない。ハードウェアのメンテナンス――食事等よりも、人間の非言語コミュニケーションの方が、難易度が高いかもしれません)
分析を開始しようとしたとき、隣に座るメルがこっそりと私の腕に抱きついてきた。
小さな声で私に耳打ちをする。
「騎士団の人たち、説得してくれたんだね。よかったね、エリス」
――よかったね。
【...再計算】
【メルのキーワード:『よかったね』】
【仮説:ジャックの『ウインク』=交渉の成功】
【仮説:ヴィンセントの『頷き』=課題の承認】
【結論:彼らは私の提案が『成功』したため、非言語的なシグナルを送信していた】
なるほど。
2人の視線の意図が、そういうことであるのならば、この二人は信頼に足る人物たちであるのだろう、と思った。




