09. 座標X-15、Y-42
【対象:ヴィンセントの再出現を確認】
初回定期監査――井戸掘りを提案した、翌日。
ヴィンセント騎士団長は、ジャック副団長を連れて再びアウロリア教会に姿を現した。
私とメルが、客間と呼ぶには粗末な部屋に行くと、おろおろとするグリモ司祭を尻目に、ヴィンセント騎士団長とジャック副団長が、テーブルに分厚い紙の束を広げていた。
「団長、これは一体…」
ジャック副団長が困惑したように、目の前の紙と騎士団長を交互に見ている。
どうやら彼は道中なにも聞かされず連れてこられたらしい。
「おまえが要望したものだ」
ヴィンセント騎士団長は、私を真っ直ぐに見据える。
アウロリアの街の詳細な地質データ、民家での井戸採掘の水脈調査記録……。
確かに、要求したものが揃っているようだった。
私はソファへと座り、データに目を通していく。
古い羊皮紙に描かれた地図や調査記録の詳細な数字、水質の傾向も全てデータとして取り込んでいく。
【...分析...解析...矛盾なし】
【結論:水脈の安定は否定されません】
「やはり、この土地には安定した地下水脈が確実に存在します」
「根拠は?」
「まず周辺の民家が井戸を利用できているという、事実からです。また、この過去のデータもそれを裏付けています」
「では、なぜグリモ司祭が言う、教会の井戸は枯れかけている?」
【...警告:ミスマッチ】
「データが不足しています。その枯れた井戸の場所と、現在の教会用井戸の場所が判明すれば、再計算できますが…」
「その資料なら、ここにある」
ヴィンセント騎士団長が、下に重なった羊皮紙を引っ張り出し無造作に示す。
【新規データをスキャン】
【対象:孤児院の土地の過去登記情報】
【対象:教会が保有する周辺の地質データ】
【対象:ハドリアン領・過去の水脈調査記録】
【分析:教会の井戸は、水脈から10m外れた位置に掘削されている】
「教会用の井戸は、水脈の端に位置しています。水量は細いと推察――グリモ司祭の井戸水枯渇の懸念は、一部真実です」
「水脈からずれていると?」
「はい。ですので――」
【...データ照合:完了】
【最適解を導出】
地図上には書き込まずに、私はグリッドを脳内に投影する。
X軸Y軸と指でたどり、地質データが描かれた地図の、ある一点を指さした。
「――ここです」
「……なに?」
「検索結果、問題解決の最適解はやはり井戸の掘削。地質データに基づき、地図上座標X-15, Y-42地点――この中庭の東側地点での掘削を提案します」
「座標、…って?」
ジャック副団長は、私の指した一点と、意味不明な単語に困惑している。
グリモ司祭も理解が出来なかったようで、ぽかんと口を開けたままだ。
私はヴィンセント騎士団長に向き直り、分析結果を告げた。
「この地点は、二つの水脈が交差する合流点です。他の民家の井戸――深度15mよりも浅い、深度10mで安定した水脈…水量推定比400%に到達可能です」
返事はない。
しかし、私は続ける。
「これにより、子供の労働コストは98%削減。グリモ司祭の懸念も、水脈が異なるため影響ゼロと試算されます」
「……」
「……」
グリモ司祭も、ジャック副団長も、沈黙している。
私は、この場の最終承認権を持つであろうヴィンセント団長を、ただ見据えた。
* * *
(……は)
(……ははっ)
なんだ、これは。
この人形は、今、なんと言った?
俺が嫌がらせ半分で持ってきた、専門家でも読み解くのに数日はかかる古びた地質データを。
この少女は、わずか数分で読み解いて、答えを導き出したのか。
「くっ……」
「……団長?」
ジャックが、普段と違った俺の様子に気づき、不審そうな声を上げる。
人形――いや、違う。
彼女には、聖女などという、夢物語の名前も、不相応だ。
「……愉快だ」
「え?」
「ジャック。すぐに詰所に戻って兵士を集めろ」
「は、はァ!? なにを…」
「決まっている」
俺は、ガラス玉のような瞳を瞬かせているお綺麗な彼女に向き直り、鉄仮面と言われる氷の騎士の表情を、すこしだけ崩した。
「――井戸を掘る」




