第8話 そしてアリアは行動を始めた
地球、蝦夷国――
海岸沿いに広がる移民団の拠点には、ルルクレシア教会やメルマルク商会の建物が立ち並んでいる。
商会本館近くの倉庫に、何重にも隔離された地下室にある魔法陣に、移住者たちは無事転移してきた。
教会前の広場から坂道を少し下ったところにある建物が、アリアたちの住居に割り当てられ。
今日はそれぞれの部屋で荷物の整理を行うことになっている。
昼食の後、部屋に入ったアリアは、先に部屋に届けられていた荷物の中から、
ノートパソコンを取り出し急いで電源を入れた。
OSが起動する時間さえもどかしく感じるほど、心が自分をせかしてる。
やがて立ち上がったパソコンを手慣れた手つきで操作し、検索エンジンに、
《ザルク自治区 イルサレム 戦闘》と打ち込んだ。
瞬時に、いくつもの残酷な映像が画面を埋め尽くした。
数時間前に掲載された最新ニュースを開くと、建物の痕跡すら残らないほどに破壊された瓦礫の山が広がり、わずかに残った建物には、何発もの短距離弾道ミサイルが降り注いでゆく。
ニュースのアナウンサーは、そこが本来は安全地帯だったと告げ、この攻撃で十五人の子供を含む二十八人の人が亡くなったと淡々と読み上げた。
泣きながら母親の亡骸にすがる少女が、姪のシャーロットに重なって見える。
アリアの脳裏に瓦礫に押しつぶされる子供たちの声が響いた。
「……こんなこと、許されるはずがない」
急激な吐き気とともに刺すような痛みを胃に感じる。
(何ができるかは分からない、でも行こう...........)
アリアは心を決めたが、実際にどうやって中東にあるザルク自治区まで行くかが問題だった。
倉庫地下にある3重の転移魔法陣は厳重に管理されている。
忍び込んで使うことは可能かもしれないが、万が一見つかれば、今後の行動を制限されてしまい、それでは意味がない。
(自分で作るしかないわね..........)
アリアは部屋の家具をぎりぎりまで端に寄せて、部屋の真ん中に広いスペースを作り、予備のシーツ2枚をそこに広げた。
2枚のシーツを魔法で1枚につなげた後、その大きな白い布に、3重の転移魔法陣を書き上げてゆく。
2重程度で発動する簡単な魔法は、魔法陣をイメージするだけで発動が可能だが、3重で、しかも命を左右する危険性のある魔法陣は、さすがに何かに書き起こして発動した方がよい。
(何時かはイメージで発動できるようにならなきゃ駄目ね.......)
彼女は賢者と呼ばれる父でさえ考えつかないようなことを本気で思っていた。
魔法陣の書き出しに夢中になっていると、部屋の扉がノックされ「アリア様」と
リンネの呼ぶ声が聞こえた。
慌ててシーツをベッドの下に押し込み扉を開けると、そこにはリンネとカインが心配そうな顔をして立っていた。
「夕食に来られなかったので心配してきました」
はっとして振り返ると、時計はすでに午後8時を回っている。
「胃痛がひどくて夕食に行かなかったの」
アリアは申し訳なさそうな顔をして告げた。
「大丈夫ですか、もし何かありましたら遠慮せずにいつでも呼んでください」
カインはアリアの部屋の様子を見て違和感を持ったようだ。
「ええ、本当に私たちもいることを忘れないでください。」
そう言って、食堂で貰ってきたパンを詰めた袋をリンネは差し出した。
リンネも、彼女が一人で何かをしていることを感じていた。
「いつもの事だから心配しないで、最近は大丈夫だったのだけど、環境が変わって疲れが出たみたいね。」アリアはこれ以上心配をかけない様に礼を言い笑顔を作った。
「リンネ、パンをありがとう本当に助かるわ。」
「カインも心配をかけてごめんなさいね。」
「一晩眠れば良くなるはずだから今日はもう寝る事にするわ。」
「それじゃ、お休みなさい。」
二人を見送った後、アリアはお腹が空いていることに気付いてパンの袋をのぞいてみた。
バゲットやクロワッサンの他に初めて見るようなパンも入っている。
お腹が小さくクゥーとなるのを感じたが、パンの袋をテーブルの上に置いたアリアは再び魔法陣を書き始めた。
(あの場所には、食べ物がなく今にも餓死しそうな人たちがたくさんいる。
少しお腹が空いたくらいでパンを食べている時間なんてないわ)
アリアは空腹を我慢して作業を進めていく。
時計の針が午後9時を回ったころ、ようやく魔法陣が完成した。
(やっと完成したはでもまだこれで半分、帰りの魔法陣も急いで作らなきゃ)
予備のシーツがもうないため、建物内のランドリースペースにアリアはシーツを取りに行った。
時間はまだ午後の9時だ、誰かにあっても問題になる時間ではない。
アリアは堂々とランドリースペースに入りシーツを持って帰ってきた。
そうしてまた、2つのシーツを繋げると魔法陣を書いたシーツの上に置き、その紋様を新しいシーツに写し取った。
1つ目の魔法陣を基に転移元と転移先の位置情報の書き換えを行うだけなので、
帰還用の魔法陣はすぐに完成した。
時計の針は既に午後10時を回っている。
アリアがパンダのぬいぐるみで相棒のパン君に手を当て、眠りの魔法をとくと、
「パーン・パパパパ・パーン」と甲高い声を上げて手足を動かし始めた。
「ずっと動けなかったから体が固まっちゃったよ。」
「パン君、ごめんごめん、この世界は魔素がないから安易に魔法を使えないのよ。」
「でもさ、アリアは体の中で魔素を作って、貯めることもできるでしょ」
「だったら、空気に魔素がなくても平気なんじゃないの?」
「そうも、いかないのよね。」
「大きな魔法を連続で使って、体にためた魔素が無くなると、直ぐには回復できないから。」
「だから、さっそくなんだけど、あれを出してくれるかな。」
「わかったよ、行くんだね。」
「気を付けていっておいでよ。」
パンダのぬいぐるみのパン君は、お腹の部分についたポケットに手を入れて、中から取り出したマナドロップをアリアに渡した。
アリアは今日一日来ていた修道服の姿のまま、その内ポケットにマナドロップを詰め込んで、魔法陣の中央へと進んだ。
そして、三重の転移魔法陣は発動した――
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