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聖女大戦   ~聖女をやめたので地球に転移して無双します~  作者: 日々野 新


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第7話 アリア地球に行く

 それから一か月。

 サイゾウがこだわり抜いて仕上げた“麦わら帽子”が完成した頃――。 アリアたちが地球へ向けて旅立つ日が、目前に迫っていた。


 ――旅立ちの前夜。


 勇者が魔王を倒して以来、まだ新しい魔王は誕生していない。

 そのため、三十年以上に渡り魔王軍との大きな戦闘は起きていなかった。


 その平和な時期を見計らった様に、人間同士の激しい争いがあったが、

 アリアは聖女を務めた五年間で、その火種を一つずつ潰してきた。


 (この世界で出来ることはやってきたわ)

 (しばらくは……私がいなくても大丈夫なはず)


 そう自分に言い聞かせるように、アリアは父からもらったノートパソコンを開き、メモリスティックを差し込んだ。


 メモリには、地球で起きている凄惨なニュースが幾つも入っている。


 瓦礫の下敷きになり動けない人々を消す者のいない業火が次々と飲み込んでゆく。

 アリアの胃の奥がキリキリと痛む。


 (私に何が出来るだろう)

 (それはまだ、わからないけれど……)


 でも、行かずにはいられない。


 手元のパソコンを閉じた後――

 アリアは、父メルマルク侯爵の書斎を訪ねた。


 バルコニーに出て、アリアは父と二人きりで星空を見上げた。

 歪に欠けた月が、柔らかな光で二人を照らしている。


「……小さかった頃のお前は、本当に手のかかる子だった」


 幼い頃、魔力の制御ができず、庭の噴水を何度も凍らせてしまったこと。

 聖女候補として学びながら、合間を縫って街の孤児たちに本を読んで聞かせていたこと。


 侯爵の話はどれも他愛ない思い出話だったが、アリアの胸の奥に、温かく積もっていく。

 涙腺が何度も崩壊し、そのたびに溢れてくる涙を拭くことさえ彼女は忘れていた。


 最後に侯爵は、声を落として言った。

「今、地球で起きている惨劇は、この世界が関係しているのかも知れない。だから、くれぐれも気を付けておくれ」


 アリアは微かな笑みを浮かべて、静かにうなずいた。



 ――旅立ちの日


 早朝から、移住者たちはメルマルク侯爵邸の広場に集まってきていた。見送りの人々に囲まれて、別れの挨拶が交わされていく。


 春の穏やかな日差しが、緑の多い広場に差し込み、若葉が光をうけてきらめく。

 小鳥の囀る桜の木の下で、アリアは見送りの人からの挨拶を順番に受けていた。

 まだ芽吹く前の桜の木は葉も付けておらず、どこか寂しい。


 アリアや広場に集まった人々を見守るように瞳をむけた。

(いつか私は――この人たちの願う“正しさ”と違う選択をするかもしれない)


 アリアの両隣で一緒に挨拶を受けていた二人の英雄も、何れそうなる事を予感している。

 そして、彼女に共感し尊敬している彼らは、たとえそうなってもアリアと共にあることを望んでいた。


 ――やがて挨拶の長い列が途絶えた。


「アリア様、私達もそろそろ参りましょう。」

 二人の英雄のうちの一人、元聖女騎士団副長のカインが一歩前に出て、静かに頭を下げる。


「お供します」

 傍らに控えていた、もう一人の英雄リンネも軽く会釈を添えて言った。


 リンネはアリアと同じ孤児院の出身であり、幼い頃から多くの時間を共に過ごしてきた。

 そして二年前からは、アリア付きの修道女となっている。


 新聖女テレサに劣らない祝福を持つと言われる彼女は、聖女を選ぶ最後の聖神議まで進んでいた。

 けれど彼女は聖神議を途中で辞退してまで、アリアについて地球に行くことを選んだ。


 (リンネの人生を巻き込んでしまった)

 彼女自身の決めたことだが、アリアは少し罪悪感を感じていた。


「リンネ……小さい頃から、聖女になりたいって言ってたのに」

「聖神議を辞退してまで、私と地球に行って……本当に大丈夫?」


 アリアは聖女としての最後の数か月、リンネと会うことも出来ずに慌ただしく過ごしたことを後悔していた。もう戻れないとは思いながらも、本当の気持ちだけは聞いておきたかった。


「アリア様のおかげで、今世界は、とっても平和です」

「だから聖女になっても、やることなんか、あまりないし」

「なにより、私は聖女に向いていませんから」


 リンネはまったく未練など、まったくない素振りで、それだけを口にした。


 それが強がりなのか、本心なのか――アリアはまだ測れない。


 移住者の一行が、地下の転移室へと降りてゆくと、サイゾウがアリアの隣に来て囁く。

「無理だとは思うが……出来るだけ問題は起こすなよ」


「お兄様、当たり前じゃないですか。私を信用してください。」

 何を今更、そんな顔でアリアは笑って先に進んでいく。


(その笑みが危ないんだよな……)

「とにかく元気でな……たまにはかえって来いよ!」

 少しだけ寂しい気持ちを隠す様に大きな声で、旅立ちを見送った。


 地下の転移室には、幾つもの明かりが灯され、石床に刻まれた三重の巨大な魔法陣が、淡く光を宿していた。


 円の中央に立ち、アリアは息を整える。


 移住者の一行が全て魔法陣の中に入ると、アリアはもう一度、見送りの人々を見渡し頭を下げた。

 そして、静かに魔法の詠唱を始めた。


 最初の一節が紡がれた瞬間、最外周の魔法陣が淡く輝きだす。

 続く詠唱に呼応するように、二重目の陣が、今度は一段と強い光を放つ。

 転移元と転移先――地球。その座標術式が、静かに噛み合っていく。


 最後の三重目の陣がまばゆい光を放ち、白い輝きが一行を包み込む。


 アリアは目を閉じたまま、胸の内でひとつだけ言葉を結んだ。

(――行ってきます)


 眩い光が最高潮に達した瞬間、彼女たちの姿は、静かに光の中へと溶けていった。



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