第4話 王と賢者
その頃、大聖堂の中にある貴賓室では――。
まだ聖女誕生祭の余韻冷めやらぬ街並みを、ウォルハイト王は高窓から見下ろしていた。
大通りには人の波が絶えず、どこからともなく笑い声が運ばれてくる。
貴賓室の中には、祝福の余韻がまだ残っているような澄んだ空気が漂っていた。
「賢者殿。私は、アリアを王太子の妃に迎えたい」
王は短く息を吐くと、本題を切り出した。
机の前に立つメルマルク侯爵――アリアの養父であり、この世界随一の賢者は、国王からの急な申し出を顔色も変えずに聞いていた。
王家との婚姻、しかも次期国王の妃の座となれば、最高の名誉と権力を手に入れる夢のような話だが、そんなことに全く興味がないのが、賢者の賢者たる所以だ。
「……アリアの血をお求めですか?」
侯爵の率直な問いに――
王は一瞬だけ顔をこわばらせたが、すぐにかぶりを振った。
「違う。もちろん、王家として得るものがないとは言わぬが――
この申し出は、私ではなく王太子の願いだ。あの子はアリアを心から慕っている」
――この国では、国王の地位は昔から盤石であったことがない。
魔王軍の侵攻があるたびに、勇者を召喚し、一部の例外を除いて、魔王軍を退けた勇者に国王の地位は禅譲されてきた。
現国王のウォルハイト王も魔王を倒した勇者の息子であることを考えれば、経緯は複雑だが、王権禅譲の流れに沿って王位についている。
たしかに、二代目黄金の羽の聖女と呼ばれる、アリアの血が王家と結ばれれば、今後の王位継承に良い影響をもたらすだろう。
ウォルハイト王のその声音には、父としての素直な思いが滲んでいた。
しかし侯爵は、はっきりと答えた。
「申し訳ありませんが、陛下。この縁談は受けられません」
空気がわずかに張り詰め、王の声が荒くなる。
「なぜだ。本人に確認すらせぬのか? だいたいアリアは姿も見えないがどこに行ったのだ。」
「儀式が終わると、早々に領地に戻って行ったようです。」
「相手が王太子だから駄目というわけではありません。
次にするべきことを、あの子は決めているようでして、
そもそも結婚自体に、今はまだ興味がないのです。」
「もし、この話をお断りせずに持ち帰れば、私がアリアに怒られてしまいます。」
侯爵は苦笑交じりに肩をすくめた。
ウォルハイト王は、儀式用の外套を脱ぎながらぽつりと言った。
「……儀式の後で、どう切り出すか考えていたのだが。まさか姿をくらませるとは」
その声は嘆きとも冗談ともつかない響きを帯びていた。
「アリアらしいでしょう。あの子は、そういう厄介ごとに気付くと風のように逃げますから」
王は眉をひそめた。
「まさか、求婚を“気付かれて”逃げられたと……そういうことか?」
「恐れながら、そういうことかも知れないですな」
侯爵の表情は変わらない。ただ、その目だけがわずかに細められた。
その言い方があまりに自然で、王はつい声を漏らした。
「……本当に、私の父と一緒でお前たちは、自由だな。」
「父もお前も、この国の政には無関心で。私を王に据えたなら、それなりに手助けをしてくれても良いのではないか」
説明に納得できない王は、日頃のうっ憤をぶつける様に言った。
「陛下、あなたの父上もこの国や世界のために日々尽力されていますよ。」
侯爵のその口調は、幼い頃から知っている優しいものだった。
「それは分かっている。あなたも父もこの世界にとって、とても重要な仕事をされていることは」
「ただ、私が言いたいのは、こう何というか、この国の政にも、もう少し興味を持ってほしいのだ。」
侯爵は少し驚いたように瞬きをし、やがて静かに頭を下げた。
「耳が痛い。確かに、陛下の言う通りです。
あなたの父とも話し、今後は国の運営についても、できる範囲で力を尽くしましょう」
王の顔が少しだけ緩む。
しかし侯爵の話はそこで終わらず、淡々と続いた。
「ですが――それとアリアの未来は別問題です」
「何より私は、アリアと約束しているのです。
聖女の務めを終えた後は、好きなように生きてよいと」
聖女の職責は重い。
任期中はそのすべてを教会に捧げねばならず、務めを果たした者には、それなりの報いがあって然るべきだと、王も思っていた。
王は侯爵の目を見据えた。
「……アリアの望みは何だ?」
その望みは元聖女が歩く道としては異質なものだったが、
侯爵の声は、静かで、それでいて揺るぎなかった。
「彼女は地球へ行きたいと言っています」
王は目を見開いた。
「地球……? 私の父とあなたの故郷か」
「ええ。もしかすると彼女もまた――地球から来た転移者なのかもしれません」
もし、この話が本当であれば、国家的な問題になりかねない。
侯爵は秘密にするはずだった話を、国王を信じ話した。
冗談ではない、と示す真剣な声音だった。
しばらくの間、沈黙が続いた。
やがて王は、得心したように静かに息を吐く。
「……なるほど。そうであれば、あの力にも説明がつく」
そしてほんのわずか、口元に悔しさが混ざったような笑みを浮かべた。
「王太子には……私から話そう。その気のない相手に求婚するものではないからな」
侯爵は深く頭を下げた。
「陛下のお心遣いに感謝いたします」
儀式の余韻がさめ西日の差し込んだ一室に、
二人のため息が静かに溶けていった。
――まだ誰も知らない。
この会話が、二つの世界の均衡を揺るがす始まりになることを。
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