第3話 初めての一人飲み
「アンナさん、いきなりごめんなさい。家に帰るのに、ここの魔法陣を使わせてもらってもいいですか?」
アリアは、忙しそうな店内を見て、申し訳なさそうに言った。
大聖堂の魔法陣を使えば、教皇だの王だの――面倒な人たちに捕まる。
それだけは避けたいアリアは、父親が経営する店の魔法陣を借りに来ていた。
「もちろん構いませんよ、アリア様。でも……」
女将アンナは周りを見回し、声を落とした。
「ここだと三重の魔法陣を動かす人数が足りないんです」
「それは大丈夫ですよ。いつも一人で動かしてますから」
アリアはさらりと言うが、その瞬間、アンナの目が丸くなる。
(本来なら百人規模の魔力が要るのに……)
アリアに気付いた客たちが、小声でざわめきだす。
「アリア様だ……」
「本物かよ……」
「……でも、その前に」
アリアは咳払いひとつして、にこっと笑う。
「いつものやつ、お願いしてもいいかしら?」
「ああ、はい。いつものやつですね!」
アンナが調理場へ声を飛ばす。
「アリア様のいつもの、お願い!」
すぐに樽が運ばれ、即席の席が用意された。
近くの客が慌てて席を譲ろうとしたが、アリアは軽く礼を言って断る。
「ありがとうございます。でも大丈夫ですから」
平気な様子で木箱の椅子に腰を下ろした。
そして――運ばれてきたのは、海の幸が山盛りの海鮮丼と、大ジョッキのビールだった。
鮪、サーモン、鯛、ウニ、イクラ、ホタテの六種盛り。
アリアの頬が、あからさまに緩む。
(うう……これが“五臓六腑に染み渡る”ってやつね……)
(いけない……美味し過ぎる。今にも祝福の光が溢れ出しそうだわ)
至福の笑みを浮かべて、新鮮な海鮮丼とお酒を堪能する。
(お父様はだめって言うけど、今度はぜひ日昇酒を飲んでみたいわ)
聖女の任期中、家族以外と飲むのは控えていた。
だから今日は、初めての一人飲みだ。
食べ終えるのを見計らった様に、数人の客が遠慮がちに近づいてきた。
「アリア様、お疲れさまでした」
「五年間、ご苦労さまです」
皆一様にねぎらいの言葉をかけていく。
後で隠れるようにいた若い男が、意を決したように、ビールを一気に空けてアリアの前に進み出た。
「アリア様……よければ、握手していただけませんか」
深く頭を下げて差し出した手は、酔っているのか、照れなのかよくわからないが、ほんのり赤く染まっている。
「良いですよ……では、あなたに少しだけ。祝福を贈らせてくださいね」
久々のお酒に気分が上がってるのか、アリアは笑って立ち上がる。
差し出された手を両手で包み込むと、淡い光が生まれた。
そっと手を離すと、温もりが残るように、若い男の掌でほのかに輝いていた。
「……なんて、あったかいんだ」
若い男はその光を慈しむ様に胸に押し当て、もう一つの手をその上に添えた。
それを見ていた他の客が我先にとアリアの下に駆け寄ってくる。
「おっ……俺も」
「俺もお願いします!」
どこかのアイドルの握手会のように長蛇の列ができた。
アリアは笑いながら、ひとりひとりの手を取った。
「皆さま、お父様のお店に来てくださってありがとうございます。
美味しい料理とお酒、存分に楽しんでいってくださいね」
拍手と歓声が店を揺らす。
その熱気を背に、アリアは厨房脇の勝手口から消えていった。
さっきの若い男が、まだ温もりの残る掌を見つめて呟く。
「はぁ……俺、アリア様の大ファンなんだ。聖女様を引退したなら、俺の嫁に来てくれねぇかな……」
近くの女給が冗談っぽく笑って返した。
「そいつは嬉しいんだけどね。あたしゃもう旦那も子どももいるんだよ。他を当たっておくれ」
「おお、ここにもアリア様がいたか!」
「“酒場のアリア様”だな!」
女給は得意げに胸を張る。
「言っとくけど、私も元は裕福な商家のお嬢様だったんだよ!」
この国では“アリア”という名は珍しくない。
最初の聖女アリアがそれほど広く敬われている証だ。
もっとも、庶民にはまず付けられない名であり――
アリアと名乗るこの女給は、確かに由緒ある家の生まれなのだろう。
「酒場のアリア様にも振られちまったな!」
冷やかしの笑い声が上がる。
――そのころ、儀式を終えた大聖堂の一室では。
この国の王、ウォルハイト王が「同じ内容の言葉」を口にしていた。
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