第2話 酒場の噂話
教会の大通りから横道へ、幾筋か入った先――。
そこには、新しい聖女の誕生を祝って昼間から賑わう飲み屋街があった。
通りにまで客があふれる人気店。その店先には樽が並び、入れない客はそれをテーブル代わりに立ち飲みをしている。
軒先の看板には大きく『蝦夷丸水産』と書いてある。元聖女アリアの養父――賢者メルマルク侯爵の店だ。
「うまいっ!!」
「だろっ! ここは王都で唯一、魚を生で食える店だからな」
「生魚がこんなにうまいなんて、この店ができるまで俺は知らなかったよ」
新鮮な魚料理が次々に運ばれ、職人たちは舌鼓を打つ。
「賢者様の瞬間輸送魔法のおかげだな」
「ああ、すごい魔法を開発したもんだ」
「おまけに値段も安い。俺たちでも気軽に通える」
陽の当たる通りで樽を囲み、ジョッキを打ち合わせる。
話題は当然、終わったばかりの聖女誕生祭だ。
「いやぁ、本当に見事だったな!」
「祝福の光が、あんなに広がるとは思わなかったよ!」
初めて誕生祭を見に来た若い職人が、上機嫌で言った。
「俺、あんな幸せな気分は初めてですよ。身も心も満たされるっていうか……。
そりゃあ先代の『黄金の羽の聖女アリア様』もすごかったんだろうけど、今日の新聖女テレサ様も負けてないんじゃないですか?」
ところが、年季の入った職人たちは一斉に首を振る。
「お前、今回が初めてだろ? アリア様の誕生祭を見ていないから言えるんだ」
「アリア様は別格なんだよ。“二代目・黄金の羽の聖女”って呼ばれるだけのことはある」
向かいの年かさの男が、飲み干したジョッキを置いた。
「あのときの祝福は本当に桁違いだった。俺が見たのは――大聖堂から溢れた光が、通りを満たして下町にまで届いたところまでだが……」
周りが頷く。男は続けた。
「劇にもなってる有名な話を今さら語るのも気が引けるがな。
アリア様がルクレシア神像に祈りを捧げた瞬間、無数の光が生まれて――天使の姿になったそうだ!」
「え、天使の姿に!?」
「しばらく頭上で輝いたあと、ゆっくり降りていき……最後にはアリア様と重なって、光の羽だけを残し、身体の中へ溶け込むように消えた。――そんな話だ」
「さらにだ」
隣の恰幅の良い職人が割り込む。
「“黄金の羽”を広げた瞬間、祝福の光が大聖堂から溢れ返って、街を満たして、城壁の外の農地まで届いたらしい。
その年から王都の病人は激減、農地は何年も豊作続き! これが奇跡じゃなくて何だよ」
「そんな話、信じられませんよ。尾ひれが付きすぎじゃないですか」
「バカ言うな。本当にあった話なんだよ」
「俺たちは誇張してなんかいないさ」
「でもな、新聖女テレサ様も大したもんだ。俺は二十歳の頃から誕生祭を見てるが……広場まで光が溢れたのは、アリア様とテレサ様の二人だけだ。他の聖女様はせいぜい大聖堂の外に少しこぼれる程度だったよ」
その言葉に、周りの職人も皆うなずく。
そうして盛り上がる職人たちに、奥の席の初老の男が、笑いながら口を挟んだ。
「ははは……。アリア様も、歴代の聖女様も……最初の聖女アリア様に比べたら、みんな、どんぐりの背比べさ。似たり寄ったりだよ」
その一言で空気が変わり、職人たちは一瞬でむっとする。
「へぇ言ってくれるじゃないか。まるで見てきたような口ぶりだな!」
「じゃあ聞こう。最初の聖女アリア様は、どれほどの祝福だったってんだ?」
「教えてやってもいいが……もし納得したら、ビールを奢ってもらうからな」
「いいとも! その代わり納得できなかったら、あんたが奢おごれよ!」
賭けが成立し、初老の男は得意げに言った。
「最初の聖女アリア様は――暗闇のようだったこの世界を、祝福の光で“隅々まで”照らしたのさ」
「……え、それは聖書に書いてある話じゃないか」
「俺たちでも知ってる有名な話だぞ!」
一旦は、不満の声が上がったものの……次の瞬間には苦笑しながら皆うなづいていた。
「……まぁ、確かに最初の聖女様と比べたら、ほかの聖女様はどんぐりの背比べかもな」
笑いが起き、酒場はまた明るい雰囲気に包まれた。
職人たちは粗野なところもあるが、皆、敬虔なルクレシア教の信徒である。
初老の男へ約束どおりビールが運ばれ、皆で乾杯した。
――その時。
店の裏口の木戸が、静かに開いた。
修道服姿の女性が入ってくる。
それを見た客たちが、一様に息をのむ。
会計中だった女将が、伝票を持ったまま慌てて飛び出してきた。
「……ア、アリア様!? どうされたのですか!」
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