第1話 プロローグ、新しい聖女の誕生
戦車部隊の隊列が、瓦礫と化した街を踏みにじり迫ってくる。
その頭上を、いくつものミサイルが唸りを上げて通過し、辛うじて残っている後方の建物を次々と破壊していった。
高層建物の骨組みだけが残った残骸。その上で、アリアは静かにその光景を見下ろしていた。
「……あっ。あの子、まだ生きているわ」
足を引きずり逃げ遅れた子供が、戦車部隊の進行方向に取り残されていた。
考えるより先に、身体強化魔法が発動していた。
アリアは瓦礫を蹴り、子供のもとへ駆け寄る。
抱きしめた小さな身体は血と泥にまみれ、震えていた。
「大丈夫、もう心配いらないわ」
そう囁く間にも、戦車の隊列はギシギシと瓦礫を噛み砕き、すぐ背後まで迫ってきている。
アリアは振り向き、戦車部隊に向かって叫んだ。
「負傷者がいます! 今すぐ止まりなさい!」
だが隊列は止まらない。轟音はさらに大きくなる。
黒い修道服に身を包んだアリアは、顔を隠すように被ったベールの奥から目を見開き、湧き上がる怒りの感情を爆発させた。
そして今度は、
「止――まれぇっ!!」と絶叫した。
一台の戦車が一瞬声に押されたように止まって見えたが、すぐに何事もなかったかのように前へ進み出す。
アリアは、後方から飛来してくる一発のミサイルを視界の中にとらえた。
右手を上げて、掌と重なる位置に収めると、ギュッと手を握り地面に叩き付けるように振り下ろす。
軌道を奪われたミサイルは不自然な角度で失速し、戦車の履帯付近へと突き刺さるように落下した。
――轟音に空気が震えた。
瓦礫の大地が砂煙を巻き上げ、ちぎれたキャタピラを巻き込む金属音が響きわたる。
戦車は斜めに傾いて、ようやく止まった。
やがて、辺りを覆っていた砂煙が晴れたとき――
そこにはもう、アリアと子供の姿はなかった。
――ここで物語は、一月前へと遡る。
アリアは転移前の世界で、神聖ルクレシア教の「聖女誕生の儀式」に参加していた。
神聖ルクレシア教。
この世界の中央に広がる大陸で最も多くの信徒を抱える宗教であり、唯一神ルクレシア、そしてその使いとされる、黄金の羽の聖女アリアを信仰の中心に据えてきた。
教団の歴史は、初代聖女アリアの生誕から数えて一五〇〇年を超える。
聖典の教えを広く伝えるためには「神の代行者たる聖女」が実際に存在することが不可欠とされ聖神議によって選ばれた聖女は、つねに教団の象徴であり続けてきた。
だが――聖女に集中する権威はあまりに巨大だった。
四百年前。
一人の聖女の暴走が、世界を未曽有の混乱へと叩き込む。狂乱の聖女ダウルネイテ。
各地から寄せられる富と魔法を掌握した彼女は、その力を利用して二百年にもおよぶ長期政権を築き、多くの国を滅亡させた。
大陸は荒れ果て、人々は深い闇の中を彷徨うことになった。
ダウルネイテの死後、教団指導者たちは過ちを痛烈に反省した。
聖女の権力は大幅に制限され、終身制を撤廃。新たに「五年任期の交代制」が導入され、聖女の独裁が二度と起きないよう制度が整えられた。
さらに、長年搾取され続けた各国を再建するため、ダウルネイテの莫大な蓄財と、教団の保有財産のほとんどが各国に寄付された。
教団は極度の財政難に陥り、存亡の危機に立たされたが――
献身的な救済活動とともに地道に信頼を積み重ね、信者たちの信仰を何とか繋ぎ止めた。
――そして二百年後の現在。
教団はダウルネイテによって歪められていた聖典を本来の教えへと戻し、病める者、苦しむ者、弱き者に寄り添いながら、身分に縛られず誰にでも救いの手を差し伸べる宗教として、大陸の内外にまで信者は広がりつつあった。
ルクレシア歴一五二五年三月十日。
初代聖女アリアの生誕日とされる日に、ウォルハイト王国の王都アリアナにある大聖堂では、新しい聖女誕生の儀式が荘厳に執り行われていた。
その日、王都アリアナの大聖堂には、陽光のように眩しい祈りが満ちていた。
天井まで届く白大理石の柱が幾重にも連なり、中央の祭壇には唯一神ルクレシアの威容を象った巨大な像が鎮座している。
大陸中から集まった参列者たちは、息を潜めてその瞬間を待っていた。
――五年の任を終える聖女アリアが、後継となる新聖女テレサへと神器を譲り渡す。
祭壇の前に立つアリアは、式服の白い裾を揺らしながらゆっくりと振り返った。
その瞳には緊張よりも、むしろどこか安堵に似た影が差している。
(ここまで、ようやく来た……)
胸の奥でそっと呟きながら、次代の聖女となるテレサの前へ進む。
アリアと同じ年の彼女は、整った容姿に芯の強さを感じさせる所作を身に着けていて、聖女としての気高さが、すでににじみ出ている。
アリアは祭壇の前に並ぶ三つの神器へと手を伸ばした。
一つ目――真実を映すとされる「ヴェリテの鏡」。
二つ目――祈りの力を刃に宿す「シャリテの剣」。
幾つもの伝説が語り継がれる神器を目の前に、参列者たちは緊張で息を呑む。
アリアの手からテレサの手へと神器が渡るたび、神器は淡い光に包まれ、新しい聖女の誕生を祝福するように揺らめいた。
そして三つ目――聖女の象徴である「グランド・ヴィの冠」。
アリアは深く息を整え、静かに冠を掲げる。
テレサの未来を慈しむように、その頭へそっと降ろした。
三種神器を受け取ったテレサは、祭壇の中央に祀られたルクレシア神像に向かい祈りを捧げた。
しばらくの間、テレサは祈り続けた。
すると、ルクレシア神像は淡く輝きだし、やがて無数の光の粒が生まれ彼女を包みこんだ。
光の粒は瞬く間に増え、大聖堂全体へ舞い上がり、窓を抜けて外の広場へと溢れ出していく。
外で儀式を見守っていた民衆は、その光に触れ、心と体が浄化されてゆくような温もりを感じた。
「……なんて神々しい……」
「新しい聖女様が誕生した……!」
王都アリアナは、祝福の言葉と祈りで満ちていった。
――アリアはその様子を、ただ静かに見守っていた。
未練も、名残惜しさもなかった。
光の祝福の中でアリアの心には、まだ誰にも告げていない、静かな決意が息をしていた。
やがて、祝福の光が人々の記憶に刻まれ、静かに消えていく。
新聖女テレサは、神から与えられた祝福の偉大さを人々に示し、儀式はつつがなく終了した。
拍手の鳴りやまない大聖堂で、アリアはわずかに笑みを浮かべ、一人、祭壇から降りてゆく。
そして――聖女アリアとして過ごした五年が、そっと幕を下ろした。
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