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門の塔(改稿版)  作者: 小望月待宵
第1章
6/10

第3話ー2 聖地テルパーノ

 中央広場は、中央に白い噴水と、周囲に数本の植樹や白いベンチが数台置かれていた。広場自体は円形でこじんまりとしている。白灰色の石畳と濃い緑の植樹が良いコントラストになっており、なんとなく時間がゆったりと流れているような、とても居心地がいい、とコウは思った。

 

 コウは、噴水近くのベンチへ腰かけた。あの老婆の杖の店から全速力で逃げたので、足が少し疲れてしまったのだ。そして、お腹の虫が今にも唸り声を上げそうだ。ベストのポケットから懐中時計を出すと、時刻はもうお昼を過ぎていた。お腹の虫もイライラとしているわけだ。

 

 ヨーゼフさんから貰った昼食のサンドイッチを広げ、足を休めている間、またマップを確認することにした。サコッシュからマップを取り出し、広げてまじまじと見る。

 

 この中央広場から北東、南東、南西、北西へと続く通りがある。通りには、コウが先ほど歩いてきた――走ってもいた――通りと同じように、番号が通りの名前になっている。北東の通りが”15番通り”で、食料品を扱う店が多く立ち並んでおり、南東の通りである”16番通り”には、簡単な食事やお酒が楽しめるパブが多く並んでいる。そして、南西の通りは”17番通り”。こっちは攻略者用の宿屋がたくさん並んでおり、最後の北西の通り”18番通り”には、攻略者向けの道具や武具を買い揃えられる店が軒を連ねている。

 今、宿を探しているコウが目指すべきは”17番通り”だ。

 

 コウは中央広場を見回し、”17番通り”と書かれた古びた木の看板を見つけた。

 

 さて、宿探しに行くか、と重い腰を上げようとしたそのとき、コウの目の前に突然女の子が駆け寄ってきた。

 

 黒い長いローブにこれまた黒いトンガリ帽子を被った、ウェーブの強い青い髪の女の子だ。鼻元には薄っすらとソバカスがあり、年齢もコウとさほど変わらないと思われる。

 その女の子は、すっとコウの前に一枚の紙を差し出した。

 

 「あの、猫探してるんです。この写真の子、見かけませんでしたか?」

 

 女の子が差し出した紙をよく見ると、上部には大きく”猫探しています!”と書かれており、その下部には、白黒でハチワレ模様が特徴的な少しずんぐりとした顔の猫の写真が貼られていた。ずんぐりとした顔の猫の髭がときおりピクピクと動いており、コウは初めて見る魔法の写真に少し心が躍った。

 

 「あ、あの……」

 写真に見惚れているコウに、女の子がまた声をかけた。

 

 コウはその声にハッと意識を戻し、口を開いた。

 

 「あ、ごめんなさい。――猫は見てないです」

 コウは正直に答えた。

 

 「そうですか……」

 

 女の子の落胆した表情を見て少しでも元気づけようと、コウはこう切り出した。

 

 「あ、あの、もしどこかで見かけたら連絡したいので、そのチラシ貰ってもいいですか?」

 

 コウの言葉を聞いた女の子の表情はパッと、花が咲いたように明るくなった。

 「ありがとう……! 私、そこの通りの薬屋に住んでるので! ――あ、住所はチラシに書いてますから!」

 

 女の子は「見かけたらいつでも店に来てくださいね!」と言って、北西の18番通りへ駆けて行ってしまった。

 

 猫ちゃんを見かけたらその薬屋に行こう、とコウは思いながら、今は自身の宿探しを優先する。

 ”17番通り”と書かれた看板が掲げられた石の大きなアーチをくぐり、コウは通りに出た。

 17番通りを少し歩くと、たくさんの宿屋が見えてきた。少し古びた建物から最近ペンキを塗りなおした建物、真新しい建物だの、17番通りには様々な宿屋がコウを迎えるように並んでいた。

 

 まずは一つ目、最近新しい建物に建て替えたらしい薄い水色の壁がきれいな宿屋へ入った。中へ入ると、カウンターには黒いキッチリとした制服を着た男性が立っていた。

 

 コウは、その男性に声をかけた。

 「すみません。宿を取りたいのですが、空き部屋はありますか?」

 

 「申し訳ございません。当宿は二か月先まで部屋が埋まっておりまして……」

 「……わかりました」

 コウはそう言ってすぐに踵を返し、薄い水色の壁がきれいな宿屋から出た。

 

 一つ目でいきなり宿が見つかればかなりラッキーなのだろう。宿屋はまだ他にもある。コウは気を取り直して、隣の宿屋へと入った。

 コウは、手あたり次第、目につく宿屋すべてに足を運んだ。どこの宿屋も「満室」と言われ断られてしまった。もう何十件回っただろうか。コウの心は疲れ果てていたが、諦めず、最後の宿屋に望みをかけた。

 

 木製の古い看板には”エピノ宿”と書かれていた。濃いグリーンのペンキで塗られた壁が印象的な、少し古めの宿屋だ。中へ入ると、これまた古びたカウンターに、何度も塗り替えを繰り返した内装など、古さが際だっていた。

 

 ロビーには誰もいなかったので、コウはカウンターに置かれた呼び鈴を鳴らした。ちりんという音が繊細でなんとも心地よい。その音に気付いてか、カウンター左にある階段から一人の小太りな男性が降りてきた。

 

 「おや、お客さんかね?」

 小太りな男性はコウに向かってそう言った。

 

 「あ、あの、僕、攻略者なんですが、部屋って空いてますか?」

 コウはその小太りな男性にそう聞いた。

 

 「あー……。ごめんね。全室埋まってるんだ。2か月か、3か月先までいっぱいなんだよ」

 

 小太りな男性のその言葉を聞き、コウはまさに青天の霹靂、頭が真っ白になった。あれだけたくさんの宿屋をはしごして、どこも満室……。これからどうすればいいんだ……? 冒険の一歩、二歩、三歩とまだ序盤の序盤だ。まさかここで躓くとは今朝聖地テルパーノへ着いたときには夢にも思っていなかった。

 

 コウは気を取り直し、そうですか……、と男性に告げ、出て行こうとしたそのときだった。

 

 「てんちょー! 3階の2号室ってリネン交換したー?」

 カウンター左の階段からひょこっと顔を出した女性が、小太りの男性にそう言った。

 

 「あー、まだだよ。やっておいてくれるかい?」

 

 「はいよー。――てか、その子どしたん?」

 紺色の絹のような髪を後ろに束ね、小麦色の肌に白いTシャツがなんとも眩しく映える、そして、本人は全く意識をしてないのに色気が彼女の体からふわふわと放たれている。文字通り”お姉さん”と言った雰囲気を持ったその女性は、店長と呼ばれた小太りの男性にコウのことを聞いた。

 

 「ああ。たった今来た子でね。宿を探してるらしいんだけど、いっぱいだから断ったところなんだ」

 

 小太りの男性がそう言ったあと、その”お姉さん”な雰囲気を持った女性は「ふーん」と言いながら、コウの元へ近づいてきた。

 そして、コウをまじまじと見たあと、

 「よかったらさ。うちに来ん?」とその女性は言った。

 

 「え?」

 コウと小太りの男性は口から疑問符を携えた言葉がほぼ同時にこぼれていた。

 

 「だから、うちに来ん?」

 

 「えっと、お姉さんの家も宿屋なんですか?」

 コウは、目の前のお姉さんの雰囲気に気圧されながらも聞いた。

 

 「いんやー? 薬屋だよ?」

 

 薬屋? どこかで……。とコウは思いながらも、なんとか断らなければと口を開いた。

 

 「く、薬屋さんに泊めていただくのは……その……ご家族だってご迷惑でしょうし」

 「それなら大丈夫だよー? うち、割とそういうの緩いし」

 

 緩いとかの問題なのだろうか、と思いながら、コウはまだ反論した。

 「えっと……まだ”ロクパーヌ”の宿を探してませんし、そっちに行ってから……」

 

 ”ロクパーヌ”とは聖地テルパーノの西側に位置する観光者向けの店や宿屋が並ぶ街のことだ。一時的ではあるが、攻略者向けの宿屋に空きが出るまでロクパーヌの観光者向けの宿屋に泊まることもできる。出費は嵩むが……。

 

 「こっちで宿が空いてないってことは、あっちも空いてないと思うよー?」

 

 お姉さんの言葉を聞き、コウは小太りの男性のほうへ目線をやると、

 「うん。確かにそうだなぁ」と答えた。もうコウに逃げ道はないようだ。

 

 コウは、「だったら一日だけ」という条件付きで、お姉さんの家へ行くことになった。

 

 お姉さんは、サラサラとしたストレートの髪を左右にふわふわと振りながら、コウの少し前を歩く。紺色のジーンズパンツに白い無地の半袖のTシャツといういかにも”普通”な格好なのに、どこか色気があり、まるで一輪の百合の花が歩いているようだ、とコウには思えた。何がそう思わせるのかはコウにはさっぱりだったが。

 

 「でさ、君、どこから来たんだっけ?」

 目の前を歩くお姉さんの姿に見惚れていて、コウは少し遅れてお姉さんの言葉に気が付き、言葉を返した。

 

 「……えっと、バーオボからです」

 

 「そっか。バーオボかー……。バーオボってどこだっけ?」

 

 コウはお姉さんの言葉にズッコケそうになったが、なんとか持ち直した。

 「えっと、テルパーノからだと東南のほうですかね」

 

 コウの答えにふーん、と答えたお姉さんだったが、すぐに口を開いた。

 

 「何歳?」

 「じゅ、13歳です」

 「うちの妹と同じじゃん!」

 

 お姉さんは、妹のことを少し話してくれた。

 お姉さんの妹は、聖地テルパーノの学校に通っていてとても勉強を頑張っているのだそうだ。妹の学業を応援するため、いろんなところでアルバイトをして学費を稼いであげているらしい。

 

 「あ、うち、ここだよ」

 

 17番通りから18番通りに入り、少し歩いた場所にあったこじんまりとしたどこか雰囲気が良い小さな店を指してお姉さんが言った。看板には”アミマド屋”と書かれている。”薬”という文字も一緒に書かれていた。

 

 「ただいまー!」

 お姉さんはアミマド屋の小さなステンドグラスがついた木製の扉を開けながら店内に向かってそう言った。カララン、とドアベルの高い音も同時に響き鳴る。

 

 コウもそのあとへついて店へ入った。店内はフワリとハーブのような香辛料のような、ツーンとするけどどこかいい香りが漂っていた。薬草を使った薬を主に扱っているらしく。店内の天井や壁には様々な草花が吊るされている。コウの手前にはベンチ、店の奥にはコウの背丈よりも高い沢山の引き出しがついた棚などもある。その棚に近くには、大きな花瓶のようなものに入った見たこともない枝が淹れられていた。

 

 「おや、ミナじゃないか。お帰り。――ダミアンさん、奥さんにはこれがいいと思うよ」

 

 店内には、お姉さんと同じ髪色で同じような小麦肌の少し太った女性と、一人の客らしき男性がいた。その太った女性はそう言うと、客の男性に紙袋を手渡した。

 

 「これは何だい?」

 男性が質問する。

 

 「これはねえ、”シャクヤ草”っていうんだけど、女性の体にいい効果があるんだよ。奥さん最近妊娠したところだろぉ? 煎じてハーブティーにしてあげたら喜ぶと思うよぉ」

 少し太った女性は客の男性に優しく説明する。

 そして客の男性は、その言葉を聞き、”シャクヤ草”と書かれた紙袋を二つ購入し、笑顔で店を出て行った。

 

 「さて」

 客を見送ったあと、少し太った女性はコウのほうへ向き直りそう言った。

 「ミナに連れて来られたきみのことを色々聞かないとね」

 

 「ママ」

 コウの隣に立っていた”ミナ”と呼ばれたお姉さんは口を開いた。

 「あのね、この子、泊まるところがないみたいだから泊めてあげてもいい?」

 

 「その前に、まずは自己紹介が先じゃないのかい?」

 

 「あっ。まだしてなかったわ!」

 お姉さんは、少し太った女性からそう言われ、ハッとした表情をした。

 

 「まだ名前言ってなかったね。私はミナ。こっちが私のママの――」

 「ミエだよ。ここで薬屋をやってるんだ」

 

 エピノ宿からアミマド屋まで連れてきてくれたお姉さんがミナさん。そして、ここで薬屋を営んでいるミナさんの母親のミエさん。二人の顔をよく見えると、整った目鼻立ちがよく似ている。ミナさんは将来母親になるとこういう雰囲気になるんだろう。そして、ミエさんが若い頃はミナさんのような女性だったのだろうなと、コウは思った。

 

 「えっと……僕はコウです。コウ・レオーニ。よろしくお願いします」

 コウは深く頭を下げながらそう言った。

 

 「それで?」ミエさんは話題を切り替えるため口を開く。

 「泊まるところがないんだって?」

 

 「そう。うちに泊まったらいいじゃんって思ったから連れてきたの。エピノ宿も他の宿屋もいっぱいらしいし、野宿は可哀想だしさ~」

 「そうだったのかい。見たところ、ミキとあまり変わらないくらいの歳じゃないかい」

 「そうなの! ミキと同じ13歳だってさ! えっと、どこだっけ? バオバブ? ってところから来たって」

 「バーオボのことかい?」

 「そう! それ~!」

 

 見ず知らずの自分を今日いきなり泊めてもらうなんて、とコウは言おうとしたが、口を挟む隙もなく二人は会話を続ける。

 

 「そうかい。バーオボからわざわざ……。でも観光者って感じじゃなさそうだね」

 ミエさんがコウの出で立ちをまじまじと見ながらそう言う。

 

 「あ、はい。門の塔の攻略のために来ました」

 コウはやっと口を開くことができた。

 

 「おや、まぁまぁ。その年齢でかい?」

 ミエさんは驚いたような表情でそう聞いた。

 

 「あ、はい……」

 コウは、何かいけないことをしているような気分になり、怖じ気つきながらそう答えた。

 

 「攻略のためにわざわざ遠くから……よく来たね。コウくんが良かったらうちに泊まってくれても構わないからね」

 ミエさんは優しい表情になり、そう言ってくれた。

 

 「でも、初対面でいきなり……申し訳ないです!」

 

 コウがそう言って断ろうとしたとき、店奥から少し見える階段から何やら足音が聞こえてきた。

 

 「ママ~! お腹空いた~」

 目を擦りながら階段を降りてくる少女はそう言った。この子どこかで……と、コウが思ったそのときだった。

 

 「あー! 今朝広場でチラシもらってくれた……!」

 少女のその言葉を聞き、コウも驚愕した声を上げ、少女を指さした。

 

 「あのときの!」

 

 「ミキ、コウくんと知り合いなのかい?」

 ミエさんが二人の言葉に挟むようそう言った。

 

 「知り合いっていうか、ガロのチラシもらってくれて――もしかして、ガロが見つかったの?」

 ミキと呼ばれた少女はコウに向かって勢いよく聞いた。

 

 「そうじゃないよ。コウくんは宿が無くてうちに来たんだ」

 ミエさんは、ミキと呼ばれた少女を諭すような口調でそう言った。

 

 「そっか……」

 

 ミキと呼ばれた少女が気を落としたようにそう言うと、ミエさんが続ける。

 「ミキ。前から言ってるけどね。ガロは、どこか別のお家に引っ越したんだよ。それこそお金持ちの、毎日お魚が貰えるような家に行ったんだろうよ。だからね、ミキ。ガロのことはもう諦めな」

 

 ミエさんの言葉はどこか冷たいようにも思えるが、これ以上心配しても見つからないものは見つからないのだ、とミキという少女に真っ直ぐそして愛情深く伝えているのだ、とコウは思った。

 

 「でも……」

 「でも、じゃないよ。」

 「うん。わかった。でも、どこかで見かけた人がくるかもしれないから、チラシだけお店に貼ってもいい? そうしたら、ガロのことは……」

 

 そう言うと、ミキという少女は俯いた。自身の本音ではまだ探したいのだろう、とコウは思った。

 

 「うん。いいよ。目立つように貼っておきな」

 ミエさんは優しい声色でそう言った。

 

 ミキという少女はその言葉に顔を上げ、ぱっと花が咲いたような笑顔になり、うん! と元気よく返事をして、店外の壁に「ガロという猫を探しています」という大きなポスターを貼ったのだった。

 

 その後、コウはミキという少女に二階の部屋へ案内された。

 結局、ミキと一度会ったことがあるから初対面じゃないよね、とミナさんに言われ、確かにそうだが……でもそれ以上言い返す言葉も見つからず、コウは一日だけアミマド屋に泊まることになったのだ。

 

 「この部屋――ちょっと狭いけど、シーツは昨日洗ったとこだし、好きに使ってね!」

 

 案内された部屋には、真っ白なシーツが敷かれた一人用のベッド、デスクと椅子、真っ青なラグが敷かれていた。

 

 「ありがとう!」

 コウはミキという少女にお礼を言った。

 

 「あ、えっと、自己紹介まだだったよね? 私はミキ・ルル・アミマド。よろしくね」

 「僕はコウ・レオーニ。あの……こちらこそよろしくお願いします」

 

 コウとミキは、お互いに紹介し合い、握手をした。

 

 「それで、コウはどうしてテルパーノに来たの? 学校に通うためってわけじゃなさそうだけど……。――あ、敬語はなしね」

 ミキはそう言いながら、真っ白なシーツが敷かれたベッドへ腰かけた。

 

 「わかった。じゃあ遠慮なく。――門の塔を攻略するために来たんだ」

 コウはリュックとサコッシュをデスクに置き、中からシャツや本を取り出しながらそう答えた。

 

 「そうなんだ! まだ成人してないよね?」

 

 「うん。13歳だよ」コウは、予備のシャツをハンガーにかけながら答える。

 

 「本当に? 私と同じ歳じゃない!」ミキは嬉しそうに言う。

 「コウはすごいね。私と同じ歳なのに門の塔に行こうだなんて」

 

 「そ、そうかな? 僕にとってはミキのほうがすごいと思うよ。初めて会った時、帽子被ってたよね? あれって確か、魔法学校に通ってる生徒の証だって聞いたことあるんだけど」

 

 今はプリーツスカートと青いラインが入った毛糸のベストを着ているが、エクパーノの広場で会った時、ミキは大きいツバの黒いトンガリ帽子に黒いローブを着ていた。魔法学校に通う生徒のみが認められた服装なのだ。

 

 「うん。そうだよ。でも、テルパーノだとみんな着てるから、そんなに珍しいものでもないよ」

 ミキはそうさらりと言う。

 

 「僕のいた国じゃ魔法なんて珍しかったから、初めてミキに会ったとき珍しく感じたんだ」

 

 「コウってどこの国から来たんだっけ?」

 

 「バーオボだよ」

 

 「バーオボ? 温泉街で有名なところだよね?」

 

 「うん!」バーオボのことを知ってくれているんだ、とコウは少し嬉しくなった。

 「温泉街のことよく知ってるね」

 

 「一度行ってみたいって思ってるの。テルパーノにもアクドゥアにも温泉なんてないから……」

 

 ミキの口から”アクドゥア”という言葉が出てコウは驚きのあまり質問した。

 「アクドゥア? アクドゥアって、南国の海がキレイなところだよね?」

 

 「そう! コウもよく知ってるじゃない!」

 ミキは嬉しそうにそう言う。

 

 「本で見たんだ。――でも、どうしてアクドゥア?」

 返ってくる言葉はなんとなく予想できるものの、コウはミキに聞いた。

 

 「8歳までアクドゥアに住んでたの。ちょっと事情があってテルパーノに引っ越してきたんだー」

 ミキは一応答えてはくれたが、それ以上のことはあまり聞いてほしくなさそうな空気を醸し出した。コウは少し話題を変えることにした。

 

 「猫のガロもアクドゥアでずっと飼ってたの?」

 

 「うん! でも急にいなくなっちゃって……」ミキはまた暗い顔をしてシュンとする。

 「こんなに長い期間いなくなったの初めてだから心配で……」

 

 コウは、話題を変えたが失敗したな、と思った。

 

 部屋の窓からは少しオレンジ色になった陽光が差し込みとても明るい。でも部屋の中は、まるで雨が降ったかのようにどんよりとした重い空気が漂う。

 

 だが、そんな雰囲気を吹き飛ばすかのように、階段から足音が聞こえ、部屋のドアが開いたのだった。

 

 「ミキ、そろそろお使いを頼んでもいいかい?」

 ミエさんだ。

 

 「うん! わかった!」ミキは、先ほどまでの暗い顔を一瞬で明るい笑顔に変え、そう答えた。

 

 「あ、僕も何かお手伝いできることがあれば……」

 コウは少しでも役に立てることがあればと、すぐさま申し出た。

 

 「コウくんはいいよ~。今日着いたばかりなんだろ? 夕食までゆっくりしてな」

 ミエさんはそう言うとウィンクをして階段を降りて行った。

 

 「コウ! またあとでね!」

 ミキも、そう言うと部屋のドアを閉め、階段を降りて行った。

 

 コウは、お言葉に甘えてゆっくりすることにした。

 

 まずはベッドに腰かけた。真っ白なシーツは日の光をたっぷり浴びたのか、しっかり乾いていてどこか陽光の香りがする。今日はこのベッドで寝ることができるのかと思うと、今から夜が楽しみで仕方ない。

 

 コウはベッド横の窓から外を見た。大きな窓からは18番通りが見下ろせるようで、攻略者らしき人たちが行き交っていた。

 

 ハンガーにかけた自分のシャツを、壁のハンガーかけに掛けたとき、コウはやはりこの部屋のことが気になった。

 誰も使っていない部屋とはいえ、ほぼ毎日洗って干しているらしいシーツ、部屋の隅々を見渡しても埃や蜘蛛の巣一つないほど掃除されいる部屋、アミマド屋は薬屋であって宿屋も兼業しているような雰囲気はない……。色々鑑みると、この部屋はまるでいない誰かのために用意されているのでは? と、コウは思った。

 

 もう少しだけ部屋を物色する。

 

 コウの目についたのは自身がリュックとサコッシュを置いたデスクだ。椅子に座ったとき足を入れる部分に1つ、そのサイド側に3つ引き出しがある。まずは、足を入れる側の引き出しを開けた。

 

 引き出しを開けたと同時に、何かが音を立てて中で滑る。……手鏡だ。確かにこの部屋には鏡らしきものがない。髪を整えるとき、この鏡を借りよう、とコウは思った。

 

 一つ目の引き出しに鏡を仕舞って閉じたあと、今度はサイド側の一番上の引き出しを開けた。

 

 「さすがになにもはいってないか……」

 

 コウは、いけないことをしているという罪悪感もありながら、どこかで何か見つかるかもしれないという冒険心に揺れていた。何もなければそのままでいいし、何か気になることがあればミキやミエさんに聞けばいいのだが、やはり何かを自分で見つけてみたい、という感情が勝ってしまっていた。

 

 一つ下の引き出しの取っ手に手をかけたコウは、何か出てきますように、なんてお願いをしながらゆっくりとその取っ手を手前に引いた。

 

 「ん?」

 

 引き出しが開いたのと同時に、何かが滑り出てきた。薄いノートのような、でもノートではない冊子のような物だった。表紙は紺色の革製のもので、中央より少し上部あたりに金色の文字で「アミマド家」と掘られていた。

 

 コウがゆっくりとその冊子のような物を開くと、そこには一枚の写真が収められていた。どうやらアルバムだったらしい。

 

 写真には4人の人間が写っていた。手前側には背丈が違う少女が2人、奥側には男性と女性が1人ずつ。コウにはすぐ、少女2人はミキとミナさん姉妹、奥の女性がミエさんだとわかった。ところが、奥の男性が誰なのかわからない。背が高く、屈強な体つきで、いかにも強そうだ、とコウは思った。

 

 「アミマド家」ということは、この写真に写っているのはミキたち家族で間違いない。奥の男性以外はの3人は少し前の写真であれ、ミキ、ミナさん、ミエさんだとわかるからだ。ということは、この男性はミキたちの父親、ミエさんの夫ということになる。

 

 コウはふと、この部屋がある階に来たとき、扉が4つあることを思い出した。一つはこの部屋、あとの三つはそれぞれ3人のものなのだろう。だが、コウがこの部屋を使ってしまうと、写真の男性の分の部屋が無くなってしまう。

 

 この写真の男性は、今はもしかしたら別の場所にいるのかもしれない。それこそ、仕事の関係で単身赴任をしているとか……。少し暗い話だと、ミエさんとこの男性が離婚をして、今は別々に暮らしているという可能性もある。そしてもっと暗い話になると、この男性はすでに――。

 

 まるで、コウの意識を現実へ戻すかのように、階段を上ってくる足音が聞こえてきた。

 コウは急いで、手にしていたアルバムを引き出しへ戻した。間もなくして、ミキがコウの部屋へ顔を覗かせたので、間一髪だった。

 

 「コウ! もうちょっとしたらお夕飯なんだけど、嫌いな食べ物とかないよね?」

 

 「あ……。えっと、ないよ! なんでも食べる!」

 

 「わかった! ママに伝えとくね!」

 

 ミキはそう言って、階段を降りて行った。

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