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門の塔(改稿版)  作者: 小望月待宵
第1章
5/11

第3話ー1 聖地テルパーノ

 火の国バーオボを発ってから丸5日。船に乗り続け、コウはやっとの思いで聖地テルパーノへたどり着いた。

 

 ここは聖地テルパーノの港街イリーカ。聖地テルパーノの玄関口として知られる大きな港街だ。

 コウが乗って来た船はもちろん、世界各国から訪れる観光客を乗せた大きな客船が桟橋や岸壁に所狭しと並んでいる。バーオボの玄関口こと港町リョックルにもたくさんの船が並ぶが、その十倍は並んでいるな、とコウは思った。

 

 コウは5日間乗り続けた船から降りた。

 大きいリュックとサコッシュを背負い、コウは振り返る。バーオボからテルパーノまで送り届けてくれたヨーゼフさんとラルフさんとはここでお別れだ。

 

 「コウ坊ちゃん。お元気で。落ち着いたら手紙をください。それと、これを。お昼に食べてください」

 

 ヨーゼフさんはそう言うと、白地に青いチェック柄の布に包まれた物をコウに手渡した。ヨーゼフさんが作ってくれたサンドイッチか何かだろう。あとでありがたく頂こう。コウはそう思いながら、サコッシュへそれを仕舞った。

 

 「コウさん、どうかお元気で」

 

 ラルフさんはそう言ってコウに右手を差し出した。そしてコウとラルフさんは握手した。

 この船旅の間、船のことをたくさん教えてもらった。今では自身の兄のような存在だ、とコウはその兄のような存在の眼差しを忘れないよう、目に焼きつけた。

 

 それから二人とコウは抱擁し合った。

 二人のためにも絶対に母さんを見つけて生きて帰ろう。コウは心にそう誓って一歩踏み出した。

 

 コウはまず、聖地テルパーノへ入国するための審査を受けるため、「入国管理局」と大きく書かれた白い大きな建物へ入った。

 

 入国管理局の中へ入ると、まずは大きな噴水が目の前に飛び込んできた。

 水盆の真ん中に聳え立つ3メートルはあろう巨体の男性の像。この男性こそが七英雄の一人、”ガルモス・ウルロー”だとコウにはすぐわかった。

 

 七英雄が一人、”ガルモス・ウルロー”。


 世界で最初に門の塔を完全攻略した剣士の男。

 そして、この国、”聖地テルパーノ”を建国した初代王でもある。知る人ぞ知る歴史的偉人と言えば話が早い。

 

 コウは目の前の大きな像を見上げ、剣や盾までとてつもなく大きいな、と思っていると、突然水盆から水の玉がいくつか浮かびあがってきた。コウの顔ほどもある水の玉は、ふわふわと上へ上へと浮いていき、ガルモス・ウルロー像の頭上に浮いている少し小さめの水盆へと吸い込まれるようにして入った。そして、少しすると、今度はその浮いた水盆から細い水の線がチロチロと下の大きな水盆へと流れてきた。

 これも魔法なのかな、とコウは思いながら像の前から立ち去った。

 

 ガルモス・ウルロー像の噴水の奥へ行くと、外壁同様の真っ白な壁に真っ白な太い柱、そしてたくさんのソファーやカウンターが立ち並んでいた。多種多様な人々が行き交う、ホールのような場所だ。

 

 入国審査はどこだろう? と、コウが思っていると、突然目の前に「入国審査はコチラ」と書かれた看板に赤い矢印がいくつも出現し、左側をしつこく指示している。魔法の看板なのだろうか。赤い矢印がやたらとチカチカしていて少しうっとおしい。

 

 コウは矢印の指す方向へ向かった。

 白い壁に緑の絨毯が敷き詰められた廊下を抜け、「入国審査」と書かれた看板が掲げられた部屋へたどり着いた。

 

 目の前には人の列が5列ほどあり、その列の先頭の人がガラスに覆われた向こう側にいる制服を着た人と何か話をしている。

 制服を着た人が列の先頭の人の顔をまじまじと見て、いかにも怪しい疑い深いと言いたげな冷たい表情をしていた。

 

 コウは少し緊張しながらも、サコッシュから必要な書類とパスポートを取り出し、右から2番目の一番人が少ない列の最後尾に並んだ。

 コウが列に並んでから15分ほどした頃、コウの目の前の人が入国審査を受ける番となった。

 

 コウは前の人のリュック横から顔を出し、審査の様子を窺った。

 

 前の赤髪の男の人が手元の書類とパスポートをガラス向こうにいる制服の男へ手渡した。

 制服の男はパスポートを開き、そして一番上の種類を見て、今度は赤髪の男の顔を見た後、物凄くぶっきらぼうにこう言った。

 

 「名前は?」

 

 「エレン・ブラウンです」

 前の赤髪の男は緊張したように自身の名を答えた。

 

 「ご職業は?」

 

 「公務員を」

 

 「聖地テルパーノへ来た目的は?」

 制服の男はそう言ってパスポートに目を落とし、そして赤髪の男に疑い深い目を向けた。

 

 「門の塔への観光です」

 赤髪の男は背筋を伸ばしながらそう答えた。

 

 「観光目的……ふむふむ」

 

 制服の男が書類の束を20センチほどの長さの木の棒で軽く叩くと、一枚目の書類が浮き上がり、二枚目と三枚目の書類がまた浮かびあがり、制服の男の横に立てられた紺色の柄の万年筆がこれまた宙に浮かび、二枚目と三枚目の書類へ何か書き込み始めた。

 紺色の柄の万年筆は、まるで生きているかのように動いている。

 コウにはそれがとても興味深かった。

 

 制服の男は続ける。

 「滞在期間は?」

 

 「3週間です」

 

 赤髪の男の答えを聞いてか、万年筆がまた二枚目と三枚目の書類に何かを書き込んでいる。

 

 そして制服の男が木の棒を振ると、浮かび上がった書類たちは元の束となり、今度は万年筆が立てられていた近くに置かれた大きなハンコが浮かび上がって、手元のパスポートのページへ判を押した。

 そのあと、制服の男はその書類の束から一枚だけ書類を抜き取った。

 

 「入国審査は以上です。よい旅を」

 

 制服の男はそう言って、パスポートと書類を一枚抜き取った束を赤髪の男へ戻し、赤髪の男は列の先頭から外れ、あの緑の絨毯が敷き詰められた廊下の奥へと消えて行った。

 

 「はい、次の方」

 

 コウは制服の男の声にはっとなった。

 そして、手元の書類とパスポートをガラスの向こう側にいる制服の男へ手渡した。

 

 「お、お願いします」

 制服の男はパスポートを開き、書類を見つめ、そしてコウの顔を疑い深く凝視し、またパスポートへ目を落とした。

 

 「名前は?」

 

 「コウ・レオーニです」

 

 「年齢は?」

 

 「13歳です」

 

 ここで制服の男はコウの目を見たあと、書類にまた目線を落とした。

 

 「聖地テルパーノへ来た目的は?」

 

 「門の塔攻略です」

 

 コウがキリッとした表情でそう答えると、制服の男は手元の木の棒で書類を軽く叩いた。

 書類は次々と浮かび上がり、そして、あの紺色の柄の万年筆が浮かび上がったかと思うと、二枚目と三枚目の書類へ何か書き込み始めた。

 

 「滞在期間は?」

 

 コウは制服の男の声で意識をすぐに戻し、口を開いた。

 

 「5年です」

 

 コウの答えに制服の男は一瞬眉を吊り上げたが、また視線をパスポートへ戻し、そして木の棒を振ると、書類は束になり、浮いていた万年筆が元の位置に戻り、次に、男の横にある大きなハンコが浮かび上がったかと思うと、コウのパスポートへ判を押した。

 

 制服の男は、束になった書類から三枚目の書類をすっと抜き取り、残りの書類とパスポートをコウへ手渡した。

 「入国審査は以上です。よい――いえ、ご武運を」

 

 コウは手渡された書類とパスポートを受け取り、入国審査の窓口を後にした。

 入国管理局を出て、警備の兵士が見守る大きな鉄格子の門を潜りぬけ、その一歩を踏み入れた。


 コウはとうとう聖地テルパーノへ入国を果たした。

 

 入国管理局で強張った肩の力を一気に解放し、大きく伸びをした。

 

 やっとだ。やっとここまで来たんだ。

 

 コウは白く輝く太陽を見つめ、これまでの道のりを思い出す。

 母のマルサがいなくなったあの日から、嫌な事があっても文句を一つも言わず頑張ってきた。雨にも風にも嵐にも絶対に負けてたまるものか、と。母はもっと辛い思いをしているはずだ、と。

 だが、ここで終わりではない。聖地テルパーノまで来て終わりではないのだ。

 

 ここからまず宿を見つけ、”七日間講義”が受講できる学校を探し、門の塔へ行く。

 バーオボでの日々やここに来る船旅などほんの序章に過ぎないのだ。

 

 コウはまず、攻略者のための店が立ち並ぶ東側の街”エクパーナ”を目指すことにした。

 5日間の船旅で疲れた体を少しでも癒すため、宿を先に探そうと思ったのだ。だが、港街イリーカからエクパーナまでは少し距離がある。目の前にはタクシー乗り場があるが、観光客が長蛇の列を作っており、乗るのにも一苦労しそうだ。

 

 節約だ! 歩こう! コウはそう思い、大きなリュックを背負い直し、歩き始めた。

 

 途中観光案内所へ行き、聖地テルパーノのマップを貰った。

 幸い、コウが歩いている大通り――7番通りを真っ直ぐ行けば、エクパーナに着くことがわかって少しホッとした。

 

 コウはマップを片手に7番通りを歩いた。


 建物の間から見える青空をチラリと見ると、時折箒に乗った魔法使いが空を行き交う。もっと上空では空飛ぶ馬車――いや、車を曳いているのは大きな鳥3羽なので、鳥車というべきか。空飛ぶ箒もそうだが、空飛ぶ鳥車まであるとは、先日までバーオボにいたコウにはとても新鮮な光景だった。

 

 視線を7番通りに並ぶ店へと戻すと、ショーウィンドウにはコウが見たこともない商品や魔法を使った展示がなされていた。

 

 まず最初にコウの目に入ったのは、”魔法の道具はお任せ! 魔法道具店辛口と甘口”と看板に書かれた店だ。

 ショーウィンドウには、キラキラとした七色に輝く魚の形をした宙を泳ぐ魔法のサンキャッチャーや、動くものに反応してダンスを踊り出す風変わりなカエルの文鎮などが置かれていた。

 

 コウが特に気になったのは、”魔法の天秤”だ。

 その天秤は、一見ただの天秤だ。黄金色の金属でできており、左右に同じ大きさの皿を吊るし、片側に重りを置いて、もう片方の皿に乗せた物の重さを測るあの天秤だ。だが、魔法道具店辛口と甘口に置かれていた天秤は不思議なことが起こるのだ。片方の皿に乗せた重りは変わっていないのに、なぜか重りを乗せた皿だけ軽くなっていくのだ。どうやら商店などでイカサマをするための天秤らしい。

 

 こんな天秤を使ってまでイカサマをされるなんて魔法の国は怖いな、とコウは思った。

 

 二つ目の店は、大きな看板に”聖地テルパーノ一番の店! ミス・フラワーの魔法の杖屋”と輝くピンクのネオン灯で書かれた店だ。

 ショーウィンドウには、様々な長さ、木材、個性ある形をした木の杖が並べられており、コウはそれを見て、「入国審査のときの人は杖を振っていたのか!」とこのとき初めて気づいた。

 

 ほうほう、これが杖なのか、と一本一本まじまじと見ていると、コウはショーウィンドウの奥が気になった。


 目を凝らして奥を覗くと、黒のローブを着たシルクのようなプラチナブロンドの長い髪をなびかせている20代前半の若い美人な女性の店員が、観光客らしき気の弱そうな男性を接客しているのが見えた。

 

 たぶん、あの若い女性店員がこの店の名前にないっている”ミス・フラワー”その人なのだろう。

 フラワーという名前の通り、まるで一輪の美しい花のように背筋がピンと伸び、瑞々しい花弁のような肌を持った女性だった。

 

 そのまま二人を見ていると、その女性の店員が客の男性にボディータッチをしたりと、いかにもという仕草をしている。

 そして、その男性客はこの店の中でもとてつもなく高そうな杖を選ばされ、鼻の下を伸ばしながら会計をしていた。

 とてつもなく高そうな杖を買った男性と、その男性を接客していた女性店員が店のドアからドアベルをカランコロンと鳴らして出てきた。

 

 「またいらしてね。次はうんとサービスしちゃうわ」

 女性店員が男性にそう言って投げキッスをした。

 

 「あ、ああ……ありがとう……また来るよ……」

 男性は、杖が入った革製の袋を持って女性店員に手を振り、うっとりとした表情のままその場を去って行った。

 

 その直後のことだった。コウは、これまでの人生で一番に匹敵するような驚愕な光景を目の当たりにする。

 

 あの若い女性店員のプラチナブロンドの髪はみるみるうちにグレー掛かった白髪となり、瑞々しい肌は皺だらけになって萎れるように垂れ下がり、ピンと伸びた背筋は丸くなっていった。

 まるで老婆、いや、あの若い女性店員の正体は老婆そのものだったのだ。

 

 若い女性店員だった老婆は、その光景を見ていたコウに気づき、こう言った。

 

 「ん? おや、見てたのかい? 坊やもうちで杖を買っていくかい? ミス・フラワーの店へようこそ……イヒヒヒ!」

 

 老婆のその邪悪な笑顔にコウは背筋が凍るような感覚を覚え、首を思い切り左右に振ったあと、その場を走り去った。

 

 人を騙して高級な杖を売りさばく悪徳店から走って逃げ、もうあの老婆も追いつけないだろう、という場所までコウはやってきた。

 マップを見ずに7番通りを走り抜けてきたため、この先がエクパーナで合っているのか確認するため、サコッシュに仕舞ってあったマップを取りだした。

 

 あの若い女性店員の――いや、老婆の杖屋があったのがマップの下部。

 コウがずっと走って来た7番通りを指で辿り、自身が今いるあたりには”ツバメ郵便局 エクパーナ7番通り支店”と書かれている。


 コウはマップから目を離し、辺りを見回すと、大きな赤い看板に”ツバメ郵便局 エクパーナ7番通り支店”という文字と紺色の翼を広げて飛んでいるツバメの絵が描かれている店が見えた。

 

 「このまま真っ直ぐ行けばエクパーナの中央広場だ!」

 

 コウはマップをサコッシュへ仕舞い、中央広場へ向かった。

 

 ”中央広場 呪文の練習と魔法花火は禁止!”と書かれた看板を見つけ、コウはその先の石製のアーチをくぐった。

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