第12話ー1 虹の門
あけましておめでとうございます。
2026年もよろしくお願いいたします。
「コウ! 起きて! もうちょっとで朝食出来るよ」
コウはミキにそう呼びかけられた声で目が覚めた。どうやらかなりの時間眠っていたらしい。昨日は滝の門へ入り、なんとかクリアできたものの、巨大な金色の鯉やなかなか見つからない出口など、様々なことがあったからか昨晩の記憶がないほど疲れて眠っていた。
「おはよう、ミキ。僕も何か手伝うよ」
コウはミキに言う。
「じゃあ、飲み物お願い!」
ミキにそう言われ、コウはわかった、と返事をしたあと、顔を洗い、魔法で大きくなったり小さくなったりするポットに噴水の水を入れ、シングルバーナーで火にかけた。
コウはふと、ミキの手元を見る。
「あ! 目玉焼きだ!」
ミキの手元のフライパンの上では、白身と黄身のコントラストが美しい目玉焼きがジュージューと音を鳴らしている。
「うん! 目玉焼きトーストだよ! 卵と美味しそうな食パンが棚にあったんだ~」
ミキは嬉しそうに言う。
「卵もあったの?」
「うん! それとベーコンも」
なるほど。それで目玉焼きとベーコンのトーストなのだなと、コウは思った。
コウはシングルバーナーの火を止め、沸騰した水をカップへ注ぐ。少し時間を置いてから、ミキから手渡されたティーバッグを投入する。また時間を置けば、ストレートティーの完成だ。
ミキのほうへ目をやると、目玉焼きとベーコンが焼きあがったらしく、トーストへそれぞれ乗せているところだった。
「よし! できたっと……」
ミキはそう言うと、一つの皿をコウのほうへ寄越す。
「こっちも紅茶ができたよ」
コウも手元のカップを一つ、ミキに手渡しながらそう言った。
「さっそく食べよっか!」
コウとミキは手を合わせた。
「いただきまーす!」
「いただきます」
二人はさっそく、さらに乗せられた目玉焼きトーストを手に取った。
少し分厚く切られたトーストの上にミキが焼いたベーコンと目玉焼きが乗っている。よく”目玉焼きには醤油かソースか塩コショウのどれをかけるか”で論争が巻き起こるが、コウはそのまま派なので、そのまま頂くことにした。
トーストの下側を持って口元へと持ってくると、一番上の目玉焼きがプルプルと震える。ミキはどうやら半熟派らしい。プルプルと震える目玉焼きを見ながら一口齧りつく。白身がちゅるんと、ベーコンはジュワっと、トーストはふわっとコウの口の中へ入ってくる。ベーコンの塩味が広がるが、卵の白身やトーストがマイルドに調整してくれる。最高だ。
「コウ、味どう?」
コウが目玉焼きトーストを食べたのを見て、ミキが聞いてくる。
「とっても美味しいよ!」
コウは心の底からそう答えた。
「ほんとに? 良かった」
ミキはそう言って、ホッとした表情を見せたあと、目玉焼きトーストを齧った。
身支度を終えた二人は、さっそく次の門へと向かった。不思議なマップの右から三つ目に記された門、”虹の門”。この門は、門の塔の観光ガイドブックにも大々的に紹介されるほど人気の門で、いわば観光名所のようになっているのだそうだ。中ではずっと虹が掛かっていて、その虹がとても美しく、老若男女問わず人気がある。と、コウが先ほど噴水の近くで見つけたとある新聞の記事の小さな欄に書かれていた。
「虹の門、すごい人気だね」
コウは、あまりの人の多さに圧倒されてしまった。数十人、いや百人近く並んでいるようにも見える。草原の門や滝の門のことを思うと、本当に人気の門なのだなと実感させられる。
「門の塔と言えばって言われてるくらいだからね~」
ミキは、あっけらかんとした表情で答える。
コウとミキは、列の最後尾へ並び、ずっと向こうにある虹の門を背伸びしたり、小さくジャンプして見てみたが、あまりにも遠くにあり、よく見えなかった。
見えないんじゃ仕方がない。コウは列に並んでいる人をよく観察することにした。そのであることに気が付く。
「なんだか若い人が多いね」
コウはボソリと呟くように言う。
虹の門は世代問わず人気のようだが、列には特に若い女性が多い。キレイな虹を見られるからこそ若い女性が来るのだろうか。
「ああ……。たぶん”バエ”のためじゃない?」
「”バエ”?」
ミキの口から知らない言葉を聞いたコウは、頭の中に一瞬だけ虫の姿を想像しつつその姿を頭から消し、聞き返した。
「あの四角いの見える?」ミキは、前に並ぶ若いカップルの男性のほうが手に持っている何やら黒い箱のような物を目線で示す。
「あれね、”カメラ”っていうんだけど、カメラでいい雰囲気の写真を撮ることを”映え”とか”映える”って言うんだって」
コウは、ふーん、と興味なさげに返事をする。その”映え”とやらのために高い入塔料を払ってわざわざ長蛇の列へ並び、虹を撮ろうとしていることが、コウにはあまり理解できなかった。
コウは、前や、気が付けばズラリと人がいた後ろを観察する。どの人もみんな手元にあの黒っぽい箱を手に持っている。
ミキ曰く、あの”カメラ”というものは、小さな魔法石で半永久的に動く仕組みになっていて、カメラの小さな覗き口のような部分から覗くと、大きな目のようなガラス玉の部分から風景が見えるようになっていて、右側にある小さな銀色のボタンを押すだけで所謂”映える写真”というのが撮影できるのだという。百枚ほど撮影したら、聖地テルパーノにある”魔法カメラ専門店”へ持って行くと、写真を有償で印刷してくれるのだそうだ。
「確かに、虹の門の虹を撮ったらいい思い出に残せそうだね」
旅先の綺麗な風景をいつでも見られるよう撮り納めるのは確かにいいな、とコウはそう思って言ったのだが、
「そうじゃないの」ミキは違う違うと右手を軽く左右へ振り、
「今ね、テルパーノでは"テルスタジオ"略して"テルスタ"っていう魔法掲示板が流行ってるの。その掲示板に自分で撮影した"映えた"を思う絵を載せて、色んな人から沢山ヨイネを貰うの。みんなそのために撮影しに来てるんだよ」
聖地テルパーノの国民が撮影をするのは観光の思い出のためではなく、”テルスタ映え”をして"ヨイネ"を稼ぐためらしい。その”ヨイネ”を稼ぐと何かいいことがあるのかとコウは聞いたが、特に何もなく、無意味な数字だけが増えていくだけだとミキは答えた。
「お姉ちゃんがすっごくハマってた時期があったの。なんでもかんでも撮影してはテルスタ映え~ってうるさかったよ」
国や文化の違いだろうか。バーオボに住んでいたコウとしては、ヨイネ1つのために入塔料を払い、この長蛇の列に何時間もかけて並ぶテルパーノの国民の気持ちがわからなかった。
ミキから色々聞いていると、コウはもう1つ気になる物が目についた。
列に並んでいるほとんどの人が、黒い紙製の飲み物カップに白い人の顔のようなマークが描かれている物を持っている。コウは一瞬、門の塔の中の店か? と思ったが、店らしきものは見当たらない。明らかに外で買ってきた物を持ち込んでいるらしかった。
「ねえ、ミキ」コウは他の観光者たちが持っている飲み物カップを指さし、
「みんな同じカップ持ってるけど、あれは何?」
「あれは、”星の人魚”っていうカフェのカップだよ。あれもテルスタ映えするから人気なの」
なんでも”星の人魚”の飲み物カップと一緒に風景や自分を撮るのだそうだ。それも全てテルスタ映えとヨイネ稼ぎのために。コウはテルパーノの流行がどんどんわからなくなっていく。
「もしかして、ミナさんも星の人魚にハマってた?」
「すごくハマってたよ。お姉ちゃん超ミーハーだからね。生クリーム乗せたタピオカ入りのロイヤルミルクティーが美味しいんだって買って来ては撮影してテルスタ~って、ほぼ毎日……」
ミキは、うんざりとした表情をしながら両手を軽く上げるジェスチャーをしてそう言った。
「でも、星の人魚はいっぱい飲み過ぎて太っちゃった~って飲むのやめてたけどね」
ミキのお姉さんはテルパーノでも一二を競う踊り子だから、少しの体重増加が命取りなのだろう。それでも流行を追いかけたりと大変そうだなとコウは思った。
そうこうしているうちに、虹の門が近くなってきた。
ここでコウはある違和感に気づく。入っていく人の量に比べて出てくる人が極端に少ないのだ。だが、中に入っていきなり虹があるわけではない。虹のある場所まで行き、カメラで撮影してここへ戻ってくる。だから時間がかかるのだろう、とコウは結論付けた。
そして、いよいよ入る順番が回ってきたとき、コウは後ろの女性たちが何かを指差してクスクスっと笑っていることに気が付いた。指を差していた方向に目をやると、虹の門の門番を思われる者が何かを嘆いていた。
「虹の門は綺麗じゃった。あんなに綺麗じゃったのに。今では虹だけが綺麗じゃ……」
ボロボロの汚れた黒いローブに、長い柄のついたランタンを揺らし、しわがれた老父の声で門番はそう言う。ランタンからは黄色みを帯びた弱々しい光が時折点滅しながら光っていた。
今では虹だけが綺麗? どういうことだろう。以前と比べ何かが変わってしまったのだろうか。そもそも、門の塔の門の中は変わってしまうことがあるということだろうか?
思考をぐるぐると巡らせているコウに、ミキが声をかけた。
「コウ。私たちの順番だよ」
コウはミキの声で我に返り、目の前を見た。
虹の門の扉は、青っぽい木製の扉だった。虹の門と言うからにはもっとカラフルで派手な絵が描かれている門や、七色の虹の中を飛び込んで入るような門を想像していたが、絵や模様のない寂しげな木の扉だった。
二人は虹の門の中へ入った。中は、やはりあの薄暗い通路が続いていた。壁のところどころに松明が灯され、点々となり、奥へ続いている。人なら十分に通ることができるが、車などの乗り物では入ることができない高さや幅の通路の先を目指す。
コツコツという足音が響く中、コウはミキに声をかけた。
「ねぇミキ、門番の話、聞いた?」
「あ、よく聞いてなかった……。何て言ってたの?」
「”虹の門は綺麗だった。あんなに綺麗だったのに、今は虹だけが綺麗”って」
コウは、門番の言葉を思い出しながらそう答える。
「今は虹だけが綺麗……」
ミキはコウからそう聞き、最後の部分だけ復唱する。
「なにか引っかかる言い方だよね」
「うん。今はどんなのなんだろう……」
二人は門番の言っていた意味を考えたが、特にこれと言った答えは出てこなかった。ここでうんうん唸っていてもわからないことはわからない。こればかりは百聞は一見に如かずと言ったところだろう。二人は歩を進めた。
次第に目の前に明るくなってきた。コウは眩しくなり目を閉じると、その途端空気が変わったように感じた。目を開けると、そこにはとても広大で無限に続く草原が広がっていた。空は、絵の具を水で広げたようなスカイブルー。雄大に泳ぐ白くて大きな雲。この景色を見た途端、門番の言っていたことはどうでもよくなってしまっていた。
「うわぁ……。すっごく綺麗だ」
「草原の門も綺麗だったけど、こっちも綺麗……」
二人はその風景を見て感嘆の声をあげていた。目に入ってくるこの風景が魔法で作られた世界だとわかっていても、その美しさは心に染みこんでくるものだ。この風景を目に焼きつけておこう、とコウは思った。
「ん? あれ? うわっ!」
景色の美しさに見とれていて足元を見ていなかったコウは、土がぬかるんでいることに気づかず、転びそうになった。ブーツを見るとドロリとした泥が少し付いてしまっていた。戻ってから洗う羽目になりそうだ。
「ミキ! 足元気を付けて! かなりぬかるんでるよ」
コウは、ミキに注意するよう促す。
「え? わっ! ほんとだ。なにこれ。靴が泥だらけ」
沈むほどではないが、少し歩きにくい。どうやらコウたちが今いる場所は湿地帯のようになっているようだった。
「……この靴、結構高かったのに」
ミキは、泥の付いた自身の革のブーツを見て落胆する。
「今心配するとこ、そこ……?」
コウは思わず突っ込んでしまった。
足元が緩くて歩き辛いことになんとか慣れてきたころ、革靴についた泥なんてどうでもよくなり、意識が外側へと向いてくる。
「それより、虹はどこなんだろうね。道も看板もないし……」
コウはそう言いながら辺りを見渡したが、やはり目印らしき物は何一つない。虹の門と言うくらいなのだ。入ってすぐ虹があるものだと思い込んでいたが、その虹らしきものもどこにも見当たらない。自分たちの前にここへ入った人たちもどこへ行ったのやら。
「そうだよね。私も「太陽どっちだっけ?」って思ったんだけど、太陽がないの」
コウはミキに言われ、空を見渡した。確かに、これだけ明るいのに絶対にあるはずの太陽がないのだ。
なんだろうか、この違和感は。やはり魔法で出来た世界だから、どこか不完全な部分があるのだろうか。いや、何か嫌な兆候のような気もする。でもうまく説明ができない。
コウはこの違和感を気にしつつも、先を急ぐことを優先することにした。
「……本当だ。これじゃどっちに進めばいいか分からないね」
「こういうときこそ私の出番ね!」
ミキはそう言うと懐から杖を取り出し、自身が被っていたトンガリ帽子を脱いで手に持った。こういうときのミキは異様に生き生きとしている。
「ミキ、何かいい方法ある?」と、コウは杖を構えたミキに質問した。
「とりあえず箒で飛んでみる!」
ミキはそう言ってトンガリ帽子を杖で叩いた。……が、何も起こらない。
「あ、あれ? 箒が……」
いつもなら杖で帽子を叩くと、中から箒がしゅるりと飛び出してくるのだが、今日はなぜか出てこない。まさか箒を門の塔へ置いてきてしまったか? でも昨夜も今朝も、箒を出した記憶がない。出した記憶のない物を置いてきてしまうはずもない。箒が生きているのなら、何か機嫌を損ねて出てこないのか? とも思ったが、そんなわけもない。一体何が起こっているのだろうか。
ミキは、何度も帽子を叩き、箒を出そうとするが、やはり出てこなかった。
「魔法が使えなくなった……?」
ミキは帽子と杖を手に持ちながら、その場に立ち尽くしてそう言う。顔から血色がなくなり、まさに青天の霹靂といった様子だった。
「も、もしかしたら箒の機嫌が悪いだけかもしれないよ? 他の魔法なら使えるかもしれない!」
ミキの様子を受け、コウはすぐさま励ました。
「そうだよね」ミキはコウの言うことで少し自信を取り戻し、また杖を構えた。
「じゃあ次は、……カテフ・ミーオ!」
”カテフ・ミーオ”とは、方角を調べる呪文……なのだが何も起こらない。
「おかしいなあ。いつもなら矢印みたいなのが出てくるのに。――カテフ・ミーオ!」
やはり何も起こらない。
「カテフ・ミーオ! カテフ・ミーオ! ……カテフ・ミーオ!!!」
ミキは躍起になって何度も呪文を唱えるが、何も起こらず、辺りはシーンと静寂のみが響いた。
「どうして何も起こらないのよー!」
叫ぶミキを横目に、コウは頭の中に火灯し妖精が蝋燭の火を灯したかのように、ぱあっとあることに気が付く。
「ミキ、もしかしたらなんだけど、虹の門ではどんな魔法も使えないんじゃないかな。箒の魔法や方角の魔法以外の簡単な魔法を一度唱えてみてもらっていい?」
ここはなんと言っても門の塔の中の門。魔法で出来た世界の中なのだから、人が唱える呪文を妨害するような魔法がかかっていてもおかしくない。それがたとえどんなに強力な魔法であっても、だ。
ミキはコウの言うことに一度頷き、「わかった。――ポー!」
”ポー”は簡単な火の魔法だが、ミキが構えた杖先を見てもそのような物は出ていない。
「やっぱりそうだ。虹の門は、なんらかの妨害魔法がかかっていて魔法が使えないんだ」
「そんなぁ……。これじゃあ虹がどこにあるかわからないじゃん」
落胆し肩を落とすミキの足元をふと見ると、そこには明らかにミキの足の大きさよりも一回り程大きな足跡がミキの後方へ向かってずっと向こうへ歩いていったような跡があった。
コウはその足跡を指さし、「落ち込むのはまだだよ、ほら」
そしてよく見ると、その少し大きな足跡と同じ方向へ向かう他の足跡がある。大きさは少し小さいものからこれまた大きいものまで様々だった。同じ方向へ向かっているということは、この先に虹があるのだろう。
観光名所となるほど虹が綺麗なのだというのなら、せっかくなので見に行こう。そして、虹の門というくらいなのだし、出口の手がかりも虹の近くにあるのだろう、という結論にいたり、二人は、その足跡たちが向かっている方向へと歩き始めた。




