第11話ー1 滝の門
ここは門の塔の一階。フロアの中央には女性が水瓶を抱えた像の噴水があり、その周辺にこれから攻略へ向かうためしばしの休息を取る攻略者たちが寝袋にくるまり、群れを成すかのように集まる。
昨日”草原の門”を見事クリアし、これから攻略する次の門に備えて夜はしっかりと休息を取った二人の小さな攻略者も、また例外ではない。
コウは目が覚めた。まだ寝袋の中に居たい。温まった体を冷やしたくない……と我が儘を言いたいが、ここは門の塔で自身は攻略者だ。意を決して寝袋から体を出した。
隣の淡い水色の寝袋からは、スー……、スー……、と寝息が聞こえる。ミキはまだ眠っているようだ。
コウはミキを起こさないよう噴水の水で顔を洗い、自身の少し癖っ毛なダークブラウンの髪を整え、食料棚へ向かった。
今日の食料棚はどういうわけか東の国ジャプニーナの料理で使われるような食材が揃っていた。小さなお豆腐、乾燥ワカメ、だし味噌、白い米など……。「朝食は和食にしろ」と言わんばかりの品ぞろえだった。ならば作ってやろうじゃないか! とコウは意気込んでその食材たちを手に取る。噴水の水があるし、とても美味しく作れそうだ、と足取り軽やかに元の場所へ戻った。
それから朝食を作り、起きてきたミキとコウは食事を取った。
ミキは「どうして起こしてくれなかったの?」とえらく怒っていたが、気持ちよさそうに眠ってたからだよ、とコウが返すと、頬を赤らめ、目の前の食事を勢いよくその小さな口でかき込んだ。
コウは、あまり和食というのを作ったことはなかったのでミキの口に合うか心配だった。どう? と恐る恐るミキに聞くと、パッと表情が明るくなったミキの口から「とっても美味しいよ、これ!」という言葉が発せられた瞬間、とても安心した。コウも味噌汁を一口啜ってみると、自身が想像していた以上に美味しく調理できており安心したどころか少し驚いたくらいだった。
朝食を済ませたコウとミキは、さっそく二つ目の門の”滝の門”がある場所へと向かった。
草原の門の左隣のその門の前は、人は疎らで、列はなく、今すぐにでも入れる状態だった、が……。
「滝の門……ここだよね?」
「うん……」
二人はその門を見て、驚きのあまり固まってしまった。
コウたちの目の前には、青銅製のプレートに<滝の門>と書かれた物が掲げられている門があるのだが、自分たちが知るような門の扉そのものではない。扉なのだが、扉ではないのだ。
というのも、そこに他の門と同じような形のアーチ型の穴があるのだが、その穴の上部から水がザーザー音を立ててずっと流れているのだ。まさに扉の形をした滝。”滝の門”なのだとその扉がこちらへ主張している。そして、その滝の水がザーザーと音を立てて流れ続ける扉には、金色の鯉の絵が下から上にまるで滝を上るように泳いでいる。あくまで絵なので本物の鯉ではないが、その金色の鯉の絵がこれまた美しく、ジャプニーナの浮世絵のようだとコウは思った。
よくよく考えると、ここは門の塔。全てが魔法で作り出された摩訶不思議の世界。人間の想像を遥かに逸脱した世界が広がっているのだ。ここに存在する全ての”門”がよくある扉や門でなくてはならない、なんて誰が言ったのだろう。その門の世界に入るのだから、その世界を表した門でいいのだ。”滝の門”なのだから滝の水がずっと流れている入り口でもいいのだ。
コウはふと、滝の門の左側に立っているボロボロのローブの人物を見る。
コウはこの人物のことを”門番”と勝手に呼ぶことにしたのだが、門番の手に持った柄の長いランタンからは淡い陽光のような光が点滅して見える。そして、コウに聞こえるように何かボソボソと言っている。
「金の鯉に……ご注意を……」
その声は、老婆のような掠れた声だった。
金の鯉? 先ほど滝の門に金色の鯉の絵が泳いでいるのが見えたが、金の鯉が出口を見つけるヒントなのだろうか? でも”ご注意”とは? 危険という意味なのか、それとも何か別の手がかりなのか。
コウは頭の中でグルグルを思考を巡らせる。
「この中をくぐってもいいのかな?」
ミキは、目の前のザーザーと音を立てて流れている滝の門を指さしてそうコウに聞く。
コウはハッと顔を上げて、「大丈夫じゃないかな。たぶん」
コウとミキは、水に濡れることも恐れず、滝の門の中へ入った。
滝の門をくぐり抜けると、そこはあの薄暗い壁に松明が灯された通路だった。草原の門と違い、今回の通路はジメジメと湿気が酷く、少し寒い。門が水で出来ているのだからそうなるのも仕方ないのかもしれない。
ジメジメとした通路の先を行く。コツコツと足音が響く中、コウは先ほど門番が言っていたことをもう一度思案し始めた。
金の鯉……。普通に考えると、金色のウロコを持った鯉のことだが、ここは門の塔だ。魔法で作り出された金の鯉となると、”本物の純金で出来た鯉”、いや”全身金色のペンキを塗りたくられた鯉”、それとも――。
「ゥ……い……!」
そもそも、金色の鯉は珍しいのだろうか?
鯉には色々種類がいて、模様や育成の良さから高級車ほどの値段が付けられることもある、と以前本で読んだ記憶が――。
「コウ……ば! ……て……?」
鯉のことはいいんだ。いや、鯉のことは大事だけど、金色の鯉と滝の門がどういう関係で、出口の手がかりになるのかを考えないと。やっぱり滝登りをしている金色の鯉を捕まえればそれが鍵だ、とかだろうか? 魔法で作り出された世界にしては安直な考えな気も――。
「コウってば! 聞いてる?!」
「わぁ! ――ってミキ?」
ミキに耳元で大きな声で呼びかけられたコウは、驚いてしまった。
考え事をしている間に通路はザーッという物凄い音が響いており、ごくごく普通の音量で話す声ですらかき消されてしまうほどうるさくなっていた。
この音は……。大量の水が流れている音のように聞こえる。かなりの量の水が高い場所から流れ落ちているのだろうか。ミキとの会話は耳元で大声を出さないとできないほどだった。
すると、突然ミキがコウのベストを引っ張った。
「ど、どうしたの?! ミキ?!」
ミキが強い力で引っ張るので、コウは後ろに仰け反って転んでしまいそうになるほどだった。
「――な――よ――て!」
ミキの声はザーザーという水の音でかき消されてしまいよく聞こえない。
「ミキ! 声が聞こえないよ!」
コウがジェスチャーをしながら大きな声でそう言うと、今度はシャツの襟を後ろに引っ張られた。コウは慌てて、痛い! と言うと、ミキが顔を近づけてこう言った。
「コウってば全然聞いてないんだから! 危ないよってさっきからずーーーっと言ってたのに!」
何が危なかったのだろう? と、コウは周りと見渡すと、目の前の穴が上部から流れる大量の水で通れなくなっていた。もしもこの水 に流されてしまえばどうなっていただろう。コウは自身の顔から熱が消えていくのを感じた。
「ごめん。全然気が付かなかった……」
もしもミキが教えてくれていなければ……。もう少し周辺に気を配れるようにしないと。ここは門の中だ。いつでもどこでも命の危険があるのだとコウは肝に銘じた。
「さっきからずっと考え事してたでしょ?」
ミキはコウに大声で聞く。コウはミキの問いに頷く。
「何を考えてたの?」
コウは、滝の門の前に居た門番の話、”金の鯉”についてなどを大声で説明した。
「ふーん」
「今は門番の話は置いていこう。まずは通路から出ないと。こんなに水が流れてる中は通れないし……」
コウが通路の先の大量に流れている水に目をやると、ミキが何やら左側のほうを指さす。
「そこに抜け道があるみたいなの」
ミキが指さした方向へ意識をやると、そこには地面のような物が見える。その地面は上から流れる水の裏を回って表側に出るように続いていた。
ミキが見つけた裏道を通って上から流れる水の表側へ出ると、なんとそこには美しい自然の風景が広がっていた。周囲には広葉樹や針葉樹など様々な木々、その間に岩があり、岩を割るように落ちてくる白い滝……。コウたちは先ほどまでこの滝の裏側にいたのだった。裏側にいたときはなんとも思わなかったが、いざ表側に回って改めてその壮観な景色を見てみると、”滝の門”という名を名付けられた理由がわかったような気がした。
裏側から表側へ来たからか、滝の音もおさまり、やっと普通の音量で会話ができるようになった。
「滝の音、凄かったね」
ミキはそう言った後、やっと音から解放されたと言わんばかりに耳に手を押し当てて、鼓膜が正常か確かめ始めた。
「うん。まだ耳に残ってる気がするよ」
コウのその言葉にミキはふふっと笑った。
二人は滝から少し離れた、開けた場所へやってきた。その場所から見る滝はこれまた見事なものだった。円形の深い青に染められた滝つぼに落ちていく白い水に、今いる場所の近くに掛けられた朱色のアーチ状の橋、周囲には緑色の濃い葉を茂らせた木々がまるで滝を守るように生えている。どこかの絵画のような世界だ、とコウはこの景色を見て思った。
ザーッという滝の音がここからだとなんとも心地よい。そして、空気がとても綺麗で、何度でも深呼吸をしていたくなるほどだった。まるで肺を浄化しているような感覚になる。
だが、ふとここは門の塔の中なのだと思い出す。この空間も魔法なのだろうか? まるで外の世界にあるどこかの風景をそのままここへ移してきたかのように思えた。自然なのにどこか不自然。矛盾しているようでしていない。なんだか頭が混乱してきそうになってしまう。コウはこの景色のことについて考えるのはやめておくことにした。
景色に見惚れていても、何度も深呼吸しても、出口は見つからない。コウとミキは出口探しを始めた。
まずは周辺の木々の中を探す。怪しい場所の土を掘ってみたり、ミキが箒に乗って辺りを見渡したりした。他にも、朱色の橋の近くや、岩陰、滝の上など、探せる場所は全て探した。だが、何か目立つような物はない。ということは水の中か滝つぼの中なのだろうか。
「レーレ・ガサスメ」
ミキは滝つぼに向かってそう呪文と唱えた。
ミキの唱えた呪文は、探し物がどこにあるか教えてくれる魔法で、近くに探し物がある場合、光って見えるのだという。
「何か見える?」
コウはミキに尋ねる。
「うーん……。キラッと光ってるような……。ずっと深くあるみたいでわかんないや……」
ミキの魔法が利かないとなればお手上げ状態だ。他の場所を探すしかないのかもしれない。
「それにしても、ここの滝つぼには魚がいるんだね」
ミキは滝つぼの中で泳いでいる魚を見て言う。
「ああ、あれは鯉っていう淡水魚だよ」
「鯉?」
「うん。一度モミマドレで見たことがあるんだ」
「モミマドレってバーオボの観光地だっけ?」
「そう。そこのジャプニーナ風の宿の池にいたんだ。でも、あのとき見た鯉は、赤とか黒とか斑模様だったんだけど……」
「ここにいるのは金色だね」
このときコウは門番の言葉を思い出した。金の鯉……。滝つぼの中を優美に泳いでいるあの鯉の中に出口の手がかりとなるものがいるのだろうか?
すると、微かにだが何か地響きのような音が辺りに響き始めた。初めは滝の音かと思ったが、その音は次第に大きくなり、地面や水面を揺らすほどになっていく。いよいよ二人が何か支えがないと立っていられないほど揺れは激しく、音は大きくなった。
「何かくる!」
コウがそう言ったとき、水面が黄金に輝いたと思ったら、とてつもなく大きな何かが飛び上がり、コウたちのいる場所が一瞬暗くなった。そして、ドボォン! と大きな音がしたと思うと、辺りに水しぶきが飛び散る。コウとミキは全身がびしょ濡れになった。
二人は目を開けた。そこには黄金に輝く、それはそれはとてつもなく大きな鯉が目の前にいた。
「な、何あれ――」
ミキがそう言ったときだった。その大きな金色の鯉はミキを丸飲みしてしまったのだ。
ミキを丸飲みした巨大な金の鯉は、すぐさま水の中に戻ってしまい、コウはなす術がなく、その場で立ち尽くすしかなかった。
「え、うそ……。 えっ?」
コウは頭が真っ白になった。
先ほどまで隣にいたミキが、ものの一瞬で丸飲みにされてしまった。共に旅をする仲間を一瞬で失ったのだ。
「ミキ……ミキーーーーーーー!!」
事態をやっと理解したコウはその場に座り込み、大きな声をあげた。もうミキの元にこの声が届くはずもないのに。ただその名前を叫び、憐れむことしかできなかった。
門の塔に入ってまだ二つ目の門でミキは……。
コウはここでミキの母親との約束を思い出す。「ミキを無事連れて帰ってくること」。ガロというアミマド家で飼われていた猫を見つけ出し、ミキを無事にミエさんとミナさんの元へ帰す。そう約束してくれるなら、と信じて送り出してくれたミエさんにどう顔向けすればいいのだろうか。コウはミエさんを裏切る結果になってしまったことに気づき、その場に項垂れた。
「ミキ……ミエさん……ミナさん……。ごめんなさい……ごめ……なさい」
コウはそう言いながら空を見上げる。無情にも空は晴れていて澄み切った青に真っ白な雲が流れている。コウの気持ちなどまるで知らずといったように穏やかだ。
これから先どうすればいいだろう。ミキの意志を継いで先へ進むべきか? それとも、一度リタイアするべきか? でもここまでにかけた時間とお金が。いや、自分の事よりもミキがいなくなったことが大事じゃないか!
コウは、頭で考えていたことを振り払うようにかぶりを振る。
自分は何をネガティブなことを考えているのだろう。まだミキが死んだと決まったわけじゃない。あの巨大な金色の鯉からミキを救い出さなくては。こういうときのために七日間講義で魔法や剣術を学んだのだ。ここで諦めてどうするのだ。
水中ではあの大きな金色の鯉がグルグルを旋回するように泳いでいる。まるでコウを今にも飲み込みたいと言ったような目を向けて。
そしてコウは、自分が終わればミキの冒険も終わってしまうと思った。
まだ終わったわけじゃない。ミキを助ける! 僕が絶対に救うんだ。
コウは目をキリッと吊り上げ、腰に携えたグラディエーター剣に手を触れた。
次回の投稿は12月31日(水)とさせていただきます。
翌年の投稿は1月2日(金)はお休みをいただきまして、1月9日(金)に投稿します。
それと、ペンネームを「小望月待宵」から「烏鷹ヒロ」に改名いたしました。
よろしくお願いいたします。




