第9話ー1 入塔
晴れ渡る青い空にぽつぽつと白い雲がいくつか咲いている。朝の陽光が廊下にずらりと並んだステンドグラスをくぐり抜け、床に色とりどりの絵画を描いている。
レウテーニャ魔法大学校にはシーンと静かな空気が漂い、他の教室では授業が行われている。そんな中、西棟のA教室ではコウとミキの七日間講義修了会が行われていた。
「一週間お疲れ様でした。まだまだ教えたいことは山ほどありますが……できる限りのことはお教えしたつもりです」
教壇に立ったレスピナス先生が、コウとミキを見て激励の言葉を贈る。
「中では大変なことばかりでしょうが、お二人なら無事に戻ってくることでしょう」
一週間という短い期間ではあったが、魔法や剣術、門の塔のことを多く学べた。まだはっきりと、自信があるとは言い切れない。たくさんの大人が命を落とす場所で、子供二人が太刀打ちできるのかと言われれば無理に等しい。だが、マッキ先生やレスピナス先生やイリニヤさんという最高の教師に教わった二人だ。まだ門の塔に入ってからでないとわからないことだらけだが、ミキは主に魔法を使い、コウは剣術と一部魔法を使う。二人で息を合わせて戦えば、目の前の難題はクリアできるはず。だって、ここまでやってこられたのだから。
二人は、レスピナス先生から修了を証明する羊皮紙を受け取り、学校を後にした。
学校を出てからは大忙しだった。何せ、明日にはもう門の塔へ入塔するのだ。必要な物を揃えなくてはならない。
まずは道具から揃えよう、ということになり、18番通りにある”ダミアン道具店”へと向かった。店の目の前までやってくると、ダミアンさんは二人を見るや、すぐに店に入るように言った。
観音開きの木製の軽い扉を片方だけ開けて、二人は中へ入る。
店の奥にカウンターとその上にレジスター。店内を照らす不思議な形をしたランプが複数。棚やテーブルに置かれた様々な商品。バーオボで見たこともある普通の商品もあれば、仕掛け魔法が施された不思議な商品など、店内はとても愉快な雰囲気で溢れていた。
ダミアンさんは、瞬きをする暇もないような速さで道具を片っ端から揃えてくれた。
まずは、ダミアンさん一押しの魔法サコッシュ。見た目はごくごく普通のキャンパス地で作られた肩から提げるカバンだが、中へ無限に物を入れられるのだ。どういった魔法なのかはコウにはわからないが、どれだけ物を入れても重さは羽のように軽く、手も塞がらない。でも必要な道具は全て入れておくことができる。なんとも便利なサコッシュだった。コウはほぼ即決で購入を決めた。
次は、魔法の便せん。小さなメモパッドような紙の束なのだが、どういうわけか使っても使っても無くならない不思議な便せんだ。門の塔の中へ入ってきているツバメに渡すと、無料で手紙を送ってくれるようになっているらしい。父やヨーゼフさんへの連絡をどうしようか考えていたところになんともありがたい商品だ。これもほぼ即決で購入を決めた。
その次は、魔法で使うことができるシングルバーナー、汚れないカップと皿とカトラリー、魔法で拡縮するマメ粒寝袋などのキャンプグッズ。こんなにも便利な商品があるのかと、コウは見ているだけで心が躍った。
そして、二人は買っておいたほうがいいだろう、と勧められたのが遺言ボックスだ。
遺言ボックスは、中に手紙や形見などを入れておくことができる手のひらサイズの小さな箱で、門の塔の中で亡くなった攻略者を発見した他の攻略者がボタン一つで残された家族へ送ることができる箱なのだという。
中で死ぬ前提の商品も売られているのか……と、驚いているコウに、これまた意表を突かれる商品が現れる。
「これが、”血証石”」ダミアンさんは透明な涙滴型の宝石のような物をコウたちの前に差し出し、
「門の塔に入るとき絶対に必要な物でな。持ち主が死んだときに砕けるようになってる」
不思議なんだぜ、とダミアンさんがカウンターから金槌を取ってくると、その涙滴型の宝石を目一杯の力で叩く。宝石は叩く前と同じような姿でそのままだ。ちょっとの衝撃では割れたりしないようになっているらしい。
コウたちが、血証石を手に取り、まじまじと見ていると、ダミアンさんが金槌を元の位置に戻しながらまた話す。
「な? 割れるどころか、傷一つついてねぇ。でも、持ち主が死ぬと砕けるんだ。砕けているかどうかで死を判別する。中にいる攻略者とか捜索隊とかがそれを見つけて、誰が死んだとかって判断するってわけ」
かなりおぞましい話をサラっと言ってのけるダミアンさんに驚きつつ、コウたちは勧められたほとんどの商品を手に取り、あれやこれやと言い合いながら、ほとんどの物を購入した。
「そうだ、最後に」ダミアンさんはカウンターから何かと取り出し、
「二人にさ、俺から特別にプレゼントだ」
そう言って二人にそれぞれ、少し変わった形をした小さな袋のような物を手渡した。
「これは?」
ミキがすぐに聞く。
「これはお守り。悪いやつから身を守ってくれるんだってよ。ジャプニーナ製なんだぜ? あの国のこういう物品はいい物ばかりだからよ、絶対持って行って、絶対に帰ってきてくれよ」
ダミアンさんは、どこか物寂しそうな表情でそう言う。
死を前提とした商品を紹介したときはそうは思わせなかったのに、ダミアンさんなりにも思うことがあったのかもしれない。
コウとミキは、お守りをありがたく受け取り、ダミアン道具店を後にした。
二人は次に、ウーリさんの店を訪ねていた。
なぜやって来たかというと、今朝方コウの元へツバメ郵便が届いたのだ。
「杖ができあがったからいつでも取りにおいで」
濃いグリーンで縁取られた便せんには、丁寧な字でそう書かれていた。
あの薄暗く、どうにも観光地にはふさわしくない路地を進み、相変わらず廃墟と化した店先までやってくると、今にも外れてしまいそうな音を鳴らして扉を開いた。
店の中も以前と変わらず、薄暗く、埃や蜘蛛の巣だらけで掃除が行き届いていない。テーブルやカウンター、棚や姿見には薄っすらと白い埃が積もっている。
「あのー、すみません! コウの杖を受け取りに来ました!」
ミキは、店内からその奥にまで聞こえるような声量でウーリさんを呼ぶ。だが、店内には人の気配がない。
ミキがまた大きな声でウーリさんの名を呼ぶが、返答はおろか物音すらない。ウーリさんはいないのだろうか。
「外出中……?」
コウがミキに聞く。
「さぁ……。でも取りに来てってツバメが来たんだよね?」
まさかまたテーブルの下で眠っているのだろうか。コウは、以前訪れたときにウーリさんが寝ていた長テーブルの下を覗き込んだが、ウーリさんの姿はなかった。外出中なのだろうか? 少し時間を置いてからまた来ようか、と言おうとしたときだった。
「あー、ごめんごめんー。ちょっと用があってー。来てくれてありがとー」
さっきまでそこに姿形もなかったはずのウーリさんが、薄く埃が積もって鏡面があまり見えない姿見の前に立っていたのだ。
コウはあまりにもビックリして「ひぃ!」と悲鳴をあげてしまった。
「そんなにー、びっくりしなくてもー、いいじゃーん」
ウーリさんはそう言いながら店奥へ消えて行く。
さっきまでそこに姿が無ければ誰だって驚くだろう、とコウは思いながらウーリさんを待っていると、ウーリさんは濃いグリーンの長い箱を持って店先まで戻って来た。
「はーい。これがー、コウくんのー、杖ねー」
ゆっくりと蓋が開かれると、シルクの黒い布の上に一本の杖が、まるで眠っているかのようにそこにあった。
赤ケヤキとベルバオバのスズ……。コウは杖を右手で持った。なんだか力が湧いてくるような、不思議な感覚が右手から伝わる。
「すごい。これが僕の杖……」
「コウくんにー、合うようにー、調整しといたからー」
ウーリさんがコウのために作り、調整した、世界でたった一つの杖。この世で同じ物は一つとして存在しない特別な杖。魔法については半人前だが、なんだか自分が魔法使いの仲間入りしたような気分になった。
コウとミキはウーリさんの店を後にし、アミマド屋へ帰って来た。
お互い自室へ入ったあとは、ひたすら荷物の整理をした。ダミアンさんの店で購入した数々の道具、ウーリさんの作ってもらった杖、七日間講義修了証明書……。あれやこれやと考えながら、魔法サコッシュへ入れていると、ドアからノック音が鳴った。
「コウくん、いいかい?」
ミエさんの声だ。
コウが、はい! 大丈夫です、と返事をすると、ゆっくりとドアが開いた。そこには、ミエさんとイリニヤさんの姿がある。
「あれ? イリニヤさん?」
「コウくんに渡したい物があるって」
ミエさんはそう言うと、イリニヤさんへ入るよう促す。イリニヤさんは手に、鞘に納めたあのグラディエーター剣を持っている。七日間講義の剣術の練習のときに使っていた物だ。
「この剣、コウくんにプレゼントしようと思って持って来たの」
イリニヤさんはそう言うと、コウへ剣を渡す。
「いいんですか?」
「うん。私はもう使うことないし。コウくんに渡すことでマリーナさんへの恩返しになると思ったから」
イリニヤさんから剣を受け取ったコウは、一瞬迷ったもののここは素直に受け取ろうと思い、イリニヤさんの件を譲り受けた。
剣を試しに鞘から抜く。刃こぼれがなく、普通の金属と違い、妙に軽いのに力強い感じが伝わってくる。そして金属なのにどこか透き通って見えるような感じがした。剣をよく見ると、コウは刃に何か小さい紋章のようなものが刻まれていることに気づいた。真ん中に”R”の文字、文字の周りには唐草のような模様が施されている。とても小さいのにはっきりとしていて、これを彫った人物はとても器用なのだろう、とコウは思った。
「あの、イリニヤさん。この紋章って?」
コウはイリニヤさんに聞く。
イリニヤさんは小さな紋章のような物を見ると、「実は私もよくわからなくて……」と困った表情で答える。
なんでも、イリニヤさんがまだ剣闘士としていたとき、突然現れた男性から受け取ったのだと言う。受け取ってから剣闘士をしている間はずっと使っていたそうなのだが、一度も刃こぼれをしたことがなく、この剣のおかげで今日まで生き延びてこられた、とイリニヤさんは語る。
どうしてその男性がイリニヤさんに剣を渡したのか、そして、妙に精巧な作り……。”R”というのは作った人のイニシャルであることは間違いない。一体何者だろう。
剣を譲り受けたものの、”R”という人物のことが気になって仕方がなかった。
その夜は、コウとミキを送る会ということで、アミマド屋でパーティが開かれた。と言っても、参加者はアミマド家の親子三人とコウ、そしてイリニヤさんだけのこじんまりとしたものだったが。
だが食卓の上は色とりどりの料理が並べられ、コウにとってパラダイスだった。いくつかはイリニヤさんがセイレーンの料理長に頼んで料理を、他はミエさんとミナさんが街の人たちからミキへの労いとして貰って来た食材を使った南国料理だ。コウにとってあまりなじみのない料理も多く、門の塔へ入る前のいい思い出となった。
翌朝。目が覚めると、部屋の窓から見える薄暗い空が真っ先に目に入った。
いよいよ、今日は門の塔へ入る日。だが、あまりにもいつも通りの朝、変わらぬ日常で、本当に今日がその日なのかと疑ってしまいそうになるほどだった。
聖地テルパーノへやってきてから今日までお世話なったミキのお父さんの部屋を少し掃除し、部屋へ深く頭を下げたあと、コウはその扉を開き、一階へ降りた。
一階にはすでにミエさんとミナさん、そしてミキがいた。最後の別れの挨拶をしている最中だった。
「ミキ、ガロのことよろしく」
ミナさんは優しい眼差しをミキに向け、そう言う。だが、どこか寂しそうにも見える。
「うん。お姉ちゃん。ママのこと、よろしくね」
ミキがそう言うと、ミナさんは「言うようになったじゃ~ん」と少し茶化す。場の雰囲気を少しでも和ませるためなのだろうか。だが、依然として寂しい雰囲気は変わらないままだった。
「ママ……」
ミキはミエさんに声をかける。ミエさんの目は涙でいっぱいだった。
「絶対泣かないって決めてたんだけどねえ……」
ミエさんがそう言ったとたん、大粒の涙が流れ始めた。
ミナさんがそっとミエさんの肩を抱き寄せる。大丈夫だよ、と体温で伝えるように。
「私、絶対帰ってくるから、心配しないで」
ミキはそう言うと、ミエさんの胸の中へ飛び込んだ。
ミエさんは声を殺すようにして泣いているが、その声はほとんど漏れてしまっている。ミナさんは少し涙を見せたかと思うと、二人を抱きしめた。
親子三人。片時も離れずずっと肩を寄せ合って過ごしてきたのだろう。辛いことがあっても、悲しいことがあっても。
コウは三人の姿を見て、ほんのちょっともらい泣きしそうになった。
そして、コウとミキはアミマド屋を後にした。




