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門の塔(改稿版)  作者: 烏鷹ヒロ
第1章
18/25

第8話ー4 七日間講義

 七日間講義はとうとう5日目となった。

 

 慣れないことを毎日していて、目も頭もグルグルと回転し現実なのか夢の世界なのかもわからなくなりそうだが、それでも楽しいという感情だけは本物だ。

 

 今日の講義もレウテーニャ魔法大学校の校庭で剣術とほんのちょっと魔法の練習だ。

 まず魔法は、光を照らす「光の魔法」、応用が利く「泡の魔法」、できるだけ音を建てたくない場合に使う「消音の魔法」。胸が躍るようなワクワクする魔法を教えてもらった。

 

 魔法の練習を何度かしたら、コウだけは少し離れた場所でイリニヤさんから剣術を学ぶ。

 

 イリニヤさんから借りた剣は、魔力にも反応するらしく、少し簡単な火の魔法を刀身に纏わせることができるのだと教えてもらった。

 コウはこのとき、なぜイリニヤさんは魔法が使えるのかと問うた。

 するとイリニヤさんは優しく教えてくれた。

 

 「ママはエルフィナ族の人でね。魔法が使えるところだけ似たみたい。あと耳も」

 イリニヤさんはそう言って、自身の横に長い耳に軽く触れる。ゴールドの輪っかのピアスが少し揺れた。

 

 そして、魔法を応用した剣術の練習をしていると、気が付けば正午を知らせるチャイムが校庭に響き渡った。

 

 午前中ずっと練習していたコウとミキとイリニヤさんは、急いで食堂へ行き、三人とも特盛のオムライスを注文した。盛りに盛られたケチャップライスの上に黄金に輝く焼かれた卵、そして真っ赤なケチャップ……。作りたてのそれは外気にさらされてかほんのちょっと白い湯気をあげている。食堂外のテラス席をすぐに陣取り、三人は今にも待ちきれんとばかりにすぐに手を合わせ、オムライスを銀色のスプーンで掬った。

 

 うまい!

 

 コウの舌は唸り声をあげてしまうほどだった。さっきからずっと胃袋でわめいている虫も大喜びだろう。

 

 二人も感無量と言った表情を浮かべ、一口、さらに一口とスプーンで掬っては口に運んでいた。

 

 だが、このひとときを邪魔する者が現れたのだった。

 

 「見ろよあれ」

 

 テラス席で夢中でオムライスを食す三人に、いやに棘のある言葉が飛んできたのだった。

 

 コウはちらりとその言葉の主のほうを見る。……やはりあの嫌な集団だった。

 いつも通り無視しよう。コウは視線をオムライスへ戻し、スプーンで掬って食べようとしたとき。

 

 「あの男子、最近変異と一緒にいるな」

 

 明らかにコウのことを指して言っている。コウの心臓はドキリと嫌な跳ね方をする。

 

 「そういう関係なんじゃねーの?」

 「あらやだ! おませさーん」

 「結婚式はどこでするんですかー?」

 「いつもの広場じゃねーの?」

 集団は、冷たい氷柱のような嫌な笑い声をわざとらしくあげる。

 

 今は無視しよう。せっかくのオムライスが台無しだけど、無視がいい。コウは自分に言い聞かせた。

 

 すると、ミキが手に持っていたスプーンを皿に置き、勢いよく立ち上がったかと思うと、ずんずんと足音を立て、遠くにいる集団へ近づいて行く。

 

 ミキ! とコウは声を上げ制止しようとするも、ミキの耳には届いていないようだった。

 

 無言でいきなり近づいてきたミキに、集団は驚いたような表情を見せた。

 

 「なんだよ」

 集団のリーダー格らしき黒髪の男子が、ミキを睨みつけながら言う。

 

 「あんたたち、もういい加減にしてくんない?」ミキは大きな声ではっきり言う。 「いつもいつも悪口ばっかりさ。私の悪口はともかく、コウへの悪口はやめて!」

 

 「ああ? 別に悪口言ってねえし。事実じゃん」

 集団の中の別の男子がミキの言葉に歯向かう。

 

 「事実でもそうでなくても気分が悪いの! ふん!」

 ミキはそう言い返し、コウたちのほうに振り向いて戻ってこようとしたときだった。

 

 リーダー格の男子が懐から杖を抜き、「調子に乗りやがって! 呪ってやる!」

 リーダー格の男子は今にも呪文をミキに向けて放とうとする。

 

 ミキ! 危ない! とコウが叫ぼうとしたときだった。コウの横から一瞬なにか物体が飛んで行ったように見えた。

 

 ドォン! と大きな音がした。あたりに土埃が舞い、コウたちに向かって悪口を言っていた集団が座っていたテラス席に何かが当たり、破片が散らばっていた。

 

 コウは何が起こったのか全く分からなかった。こちらへ戻って来ようとしていたミキも同じような表情を浮かべ、あの集団のほうへ振り向く。そしてコウは、恐る恐るイリニヤさんのほうを見た。

 

 「い、イリニヤさん……?」

 

 先ほどまでのイリニヤさんとは何かが違う。大きく見開かれた目は真っ赤に充血し、鼻息が荒く、褐色の肌がより赤黒くなり、体中の筋肉が数倍にまで膨れ上がって体格が大きくなっている。興奮し、怒りで我を忘れた闘牛のような姿だった。

 

「あんたたち、絶対に許さない!」

 イリニヤさんはそう怒鳴りながら、コウとミキに悪口を言っていた集団へ近づく。

 

 地面にへたり込み、何が起こったのか全くわからないといった様子の集団は、目の前に来た怒ったイリニヤさんに怖気付き、数人は後ずさりしている。

 

「ミキちゃんを襲おうとして! 最低!」

 

 イリニヤさんの声は辺りに響き渡る。その声は食堂の中にまで届いているのか、驚いた表情の多数の生徒たちが覗き込んでいる。

 

「……ああ? 俺たちが襲おうとした? そっちが先に椅子投げたくせに?」

 地面に座っている集団のリーダー格が、弱弱しい声ながらもイリニヤさんに言い返す。そして言っていることは事実だ。先に手を出してしまったのはイリニヤさんだ。

 

 だがイリニヤさんは集団のリーダーが言ったことなど気にも留めず、近くに転がっていた椅子を蹴り上げる。蹴り上げられた椅子は、近くのレンガ壁に当たり、粉々に砕け散った。その様子を見て、集団は「ひっ!」と声をあげ、また後ずさりをする。

 

 もうここにいる誰にもイリニヤさんを止めることはできない。いくら魔法が使える者が大勢いても、怒りに狂い、攻撃することのみ考えているイリニヤさんを拘束するとなると、けが人が出てしまいかねない。

 

 コウは、誰か大人が、せめて一人でも来てくれればと心から願った。

 

 「一体、何の騒ぎです!?」

 騒ぎを聞きつけ、箒に乗って急いでやってきたレスピナス先生だ。

 

 その声が聞こえたとき、コウの胸に広がった凍り付くような焦りの感情は、安堵という小さな火によって溶かされた。

 

 「これは一体……。怪我をした者はいませんか?」

 レスピナス先生が周囲にいる生徒たちに問いかける。コウを含む数人の生徒が首を振った。

 

 ふとイリニヤさんのほうへ視線をやると、さきほどまで体の大きな闘牛のような姿だった彼女は、いつものイリニヤへ戻っていた。だが、表情は暗く、今にも崩れ落ちてしまいそうなひ弱な小動物のような姿に見えた。さっきのあれは本当にイリニヤさんだったのか? とコウは目を疑う程だった。

 

 少しして、他の先生たちがやってきた。

 

 コウとミキはレスピナス先生へ事情を説明し、あの集団は生徒指導を担当する先生がまとめて連行した。イリニヤさんも別の先生に連れて行かれた。午後からの七日間講義は、イリニヤさんが不在のためコウとミキとレスピナス先生で魔法の練習をして終わった。

 

 帰路についた二人は、昼食時に起こった出来事について話す気にはなれず、魔法の話などでなんとか時間を稼いだ。

 

 アミマド屋のドアを開き、ドアベルが鳴ったかと思うと、奥からミエさんが出てきた。

 

 「二人ともおかえり。イリニヤさんが来てるよ」

 

 ミエさんの言葉に、二人は耳を疑った。

 

 「え? イリニヤさん?」

 ミキが聞く。

 

 「うん。なんでも二人に話があるって」

 ミエさんがそう言うと、店奥からイリニヤさんが申し訳なさそうに背中を丸めて出てきたのだ。

 

 ここで話すのもなんだから、と、イリニヤさんをミキの部屋に連れて行き、そこで三人で話すこととなった。

 

 ミキの部屋は植物で一杯だった。ミキの学校での専攻は”魔法薬学”。少しでも薬草のことを勉強をするため、独自で育てているようだ。なんだかうようよ動いていたり、変わった色をしていたり、コウが見たこともないような植物で溢れていた。匂いもどこかハーブのような香りが漂っている。家具は女の子らしい淡いブルーで揃えられているのに、植物と香りがどうにも不釣り合いで、ミキらしいな、とコウは思った。

 

 イリニヤさんには椅子に座ってもらい、コウは自室から運んできた椅子に、ミキは自分のベッドへ腰かけた。

 

 「それで、イリニヤさん。話って?」

 ミキが聞く。

 

 だがコウもミキも、イリニヤさんがここへ来た理由くらいわかっている。あの出来事から数時間しか経っていないのに、忘れるほうがどうかしている。

 

 「今日の事、謝りたくって……」

 イリニヤさんは俯きながら言う。

 

 やはりか、とコウは思った。

 

 「本当に今日の事はごめんね。私、カッとなるとああなっちゃうの……」

 

 イリニヤさんの言葉を聞き、コウはイリニヤさんのあのときの姿を思い出す。

 

 怒りで我を忘れたような闘牛のような姿……。あのとき、もしも先生たちが来てくれなければ、イリニヤさんは暴走していただろう。イリニヤさんの暴走を止められたかと言われれば自信がない。思い返すだけで、恐怖心がわいてくる。

 

 「あ……うん。ビックリはしたけど、大丈夫だよ。むしろ、私たちからお礼を言いたいくらいなのに」

 ミキは少し怯えたような声でそう答える。

 たぶんイリニヤさんの姿を思い出してしまったのだろう。

 

 「でも……」

 「僕も……確かに驚きはしました」コウは正直な言葉で伝える。

 「でも、あいつらの姿見てスッキリもしました。それに、イリニヤさんがいなかったらミキが危なかった」

 

 イリニヤさんはコウの言葉を聞き、今にも泣きだす寸前といった表情を見せる。

 

 二人を怖がらせてしまったのに、優しい言葉をかけてもらえると思っていなかったのだろう。イリニヤさんはとうとう限界を迎えた。

 イリニヤさんは、大雨の中の滝の如く嗚咽を漏らしはじめた。

 

 あの集団が許せなかったこと、気が付けば頭に血が上って椅子を投げてしまっていたこと、我に返ったときにはレスピナス先生がおりとんでもない事態になっていたこと、あんな姿を晒して二人を怖がらせてしまったこと。

 

 何度も「ごめんなさい」を挟みながら、イリニヤさんは話してくれた。

 

 イリニヤさんはとても優しい女性なのだ、とコウは思った。コウにとっては、まだ出会って間もない、一度お店で会い、今は七日間講義で剣術を教えてくれている一人の先生だ。ここまで優しく、そして嫌なやつには真剣に怒ってくれる。どうしてなのだろう?

 

 イリニヤさんが段々と落ち着きを取り戻してきた頃、ミキの部屋の窓からコツコツと何か叩く音が聞こえて来た。ミキが窓を開けると、一匹のツバメが中へ入って来た。ツバメはミキの机の上にスッと飛んだかと思うと、マメを一つ落とす。

 

 「マメ電報だ」

 ミキがそのマメを見て言う。

 

 机に落とされた豆はすぐさま割れ目に沿って割れ、その割れ目から若々しい茎と葉が発芽する。グングンと成長したかと思うと、数枚の葉といくつかのマメを実らせたサヤができた。ミキが一つのサヤを引きちぎり、中身を開け、何粒かのマメをツバメへやると、ツバメはすぐに窓から外へ飛んで行ってしまった。

 

 ミキは葉の一枚を手で掴む。そこには丁寧な字が記されていた。

 

 「あの集団、明日から停学処分になるんだって! あとイリニヤさんはお咎めなしって! レスピナス先生から」

 

 ミキからそう聞き、コウは少しほっとした。もしもイリニヤさんだけが罪を被るようなことになれば、嫌な思い出となりなにより後味が悪く門の塔へ行きにくい。そしてまだまだイリニヤさんから教えてもらいたいことも山ほどある。それだけは避けたかったので、あの集団にされたことなどはできる限り事細かく詳細をレスピナス先生に伝えていたのだ。それをくみ取ってもらえたらしい。

 

 「これで一件落着……だよね?」

 「うん! だからイリニヤさん、もう大丈夫です」

 コウとミキはそう言うと、イリニヤさんに笑顔を向けた。

 

 イリニヤさんは二人の顔見て、大粒の涙を溜めたかと思うと、また大泣きし始めてしまった。

 なんとかイリニヤさんを笑わせようと、二人は他愛もない冗談を言う。

 

 「あいつらももう懲りたはずだよね」

 「イリニヤさんかなり怖かったし、たぶん」

 「もうやめてよ~」

 二人は軽く笑い、イリニヤさんは涙を拭きながら笑う。

 

 部屋の中には優しいオレンジ色の日ざしが差し込む。まるでこの部屋の雰囲気を表しているかのような温かい陽光だった。

 

 イリニヤさんは目と鼻を真っ赤にしながら、コウのほうを向いて改まったような格好を見せる。コウは、あれ? と頭に疑問符を浮かべた。

 

 「あのね、コウくんにはちゃんと言わなきゃって思ってたんだけど、やっとあの人の息子さんに会えて今とても光栄なの」

 

 あの人? まさか……。

 

 イリニヤさんは続ける。

 「マリーナさんの息子さん、なんだよね? セイレーンで初めて会った時、すぐピンときたの」

 

 「マリーナさんの息子さん?」

 ミキはイリニヤさんの言葉に首をかしげる。

 

 「うん。コウくんってあの七英雄のマリーナさんの息子さんだよね? ……あれ?」

 

 イリニヤさんの言葉を聞いて、ミキは口を大きく開け、コウを指さし、すぐに大声をあげた。

 「え、えっと、ちょっと待って? 七英雄のマリーナって”マリーナ・ローゼンタール”のこと? 息子さんってコウのこと? えっと、ええ?」

 ミキは混乱していて事態が読み込めないらしい。

 

 「あ、あれ? もしかして言ってなかったの?」

 「は、はい。すみません。まだミキには……」

 

 一緒に冒険する仲なら伝えているだろう、というイリニヤさんの思考は間違っていない。伝えていなかったコウが悪いのだ。

 

 そこからコウはミキに、コウの母であるマルサ――マリーナについて詳しく話した。

 母の本名、元々はイズルザス帝国の姫だったこと、地位を捨てて騎士になったこと、奴隷解放運動を起こしたこと、そこから仲間を集めたあと門の塔へ入ったことなど。長かったができる限り簡潔に伝えた。

 

 ミキはまだ状況を整理できていないようだったが、コウの母親がマリーナ・ローゼンタールだということはのみ込めたらしい。

 

 「ずっと黙っていてごめん。言うタイミングが掴めなくて」

 コウはミキに改めて謝罪をする。

 

 「ううん。大丈夫。ちゃんと話してくれてありがとう」

 ミキは優しく答える。

 

 突然のタイミングではあったが、コウの母の事を話せたことで肩の荷が下りたような感覚になった。

 

 そして、ドアからノック音が鳴った。

 ミキが返事をし、ドアを開けると、そこには沢山の食材を持ったミエさんが立っていた。

 

 「イリニヤさんがせっかく来てるしさ、今日はパーティでもしようかと思ってね」

 真後ろからヒョコっとミナさんが顔を出し、「お肉いっぱい買ってきたんだ~。全部あたしの奢りね~」

 

 三人は顔を見合わせ、すぐ様一階へ降りて行った。

次回は11月28日に投稿します。

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