第8話ー2 七日間講義
「人……ですか?」
コウはマッキ先生に聞く。門の塔の魔力源が”人”だなんて、さすがに何かの間違いであってほしいと思ったからだ。
「はい。人が魔力の源となっている。そうでないと説明がつかない現象がいくつか目撃されているのです」
コウとミキは黙ってマッキ先生の言葉に耳を傾ける。
「門の中で、生きた人も亡骸も、まるで食虫植物に捕食される虫のように吸収されていくのを、何人かの観光者や攻略者が目撃しています。どういった方法かまでは聞けませんでしたが……」
門の塔が、人を魔力源にして塔と門を維持している?
コウの頭の中は混乱していく。ただ、マッキ先生の言っていることは、あくまでマッキ先生の憶測でしかない。でも、門の塔の”違和感”の正体として説得力がある。今まで読んできたどんな本よりも、だ。
マッキ先生は、どこか言いづらそうだが、意を決したように口を開く。
「お二人がそれでもあそこへ行こうというのなら止めません」
マッキ先生は真っ直ぐコウとミキと見、「引き返すのなら今ですよ」
教室は静寂に包まれる。
コウとミキは、少し考えた。だが、二人とも答えは一つしかない。
「僕は絶対に行きます」
「行きます!」
二人はほぼ同時にそう言った。
マッキ先生は二人のその言葉を聞き、一度視線を落としたあと二人へ向き直った。
「わかりました。ちょっとおイタが過ぎましたね」
少し微笑みながらマッキ先生は眼鏡を直してそう言う。
「と言うと?」
コウが訝しげな顔をして聞く。
マッキ先生は少し鼻で笑ったあと、「少しお二人を試しただけです。怖い話をすれば諦めてくれるのではないかと思いましたので」
マッキ先生は、まだ未成年である二人が門の塔へ行こうなどまだ早すぎるのでは? と考えていたようだ。少しでも怯むようなら、せめて大人になるまで諦めるよう説得するつもりでいたらしい。が、二人の意思は思っていたより固かった。
門の塔へ行くことについて、二人の強い意思を確認できたので、午後からの授業は門の塔の中についての話をする、とマッキ先生が言ったところで、チャイムが校舎に響いた。
二人は七日間講義の間の特別待遇ということで、食堂の利用を許可されている。すぐ教室を出て南館の1階にある食堂へ向かった。
周囲には学校指定のローブを着た生徒がたくさんいた。そんな中一人ただごく普通の衣服を身に付けているコウは、ほんの少し居心地が悪いが、今は七日間講義を受けている受講生なのだ、と自身に言い聞かせ、堂々と胸を張って食堂へ向かった。
コウは今日の特別メニューであるカツカレーとレモンティー、ミキは野菜たっぷりツナマヨサンドイッチとアップルティーを注文し、食堂の外にあるテラス席へ向かった。
「……あ! ミキ! コウくん! こっち!」
すでにテラス席を取っていてくれていたリルがこちらへ向かって手を振っている。その向かいの席にはマワもいた。
「二人ともありがとう!」
ミキがリルとマワに向かって礼を言いながらコウの向かいの席に着く。
「へえ~。コウくんはカツカレーかあ~」
リルはコウのトレイに乗った山盛りのカツカレーを見て興味津々に言う。
「美味しそうだったから……つい」
午前の受講を終えた直後、コウは教室内に響くほどの腹から鳴らしていた。そのこともあって少しボリュームのあるカツカレーを選んだのだが、リルさんにそう言われ、教室内での出来事を思い出し、コウの頬は赤くなってしまった。腹が減っていたのがバレてしまったのが恥ずかしい。
さて、みんな食べよう! とミキが言ったとき、遠くのテラス席から何やらクスクスと嘲笑うような声が聞こえてきた。最初は気のせいと思ったが、明らかにこちらへ向けての嘲笑だった。せっかくの温かいご飯が冷めてしまうような感覚になるほど、嫌な気分になる。リルやマワもすぐに気づいたのか、そのテラス席を一瞬見やったあと、視線を目の前に戻す。コウも同じようにしてその嘲笑の声がする方向に視線を向けると、今朝ミキに蔑称を言い放ったあの嫌な集団だった。
あの笑い声がコウたちにも聞こえているということは、ミキにも当然聞こえている。でもミキは表情一つ変えず、アップルティーをすすり、サンドイッチを頬張った。
「あれ? みんな食べないの?」
ミキはいつも通りの口調で3人に問いかける。
3人は少し動揺しつつも、ミキにそう言われ昼食を食べ始めた。
その後、あの集団は何かとこちらをチラチラと見てはひそひそと話をする様子を見せていたが、こういうのは相手にするだけ無駄だ、とコウは自分に言い聞かせ、目の前のカツカレーに集中した。カツカレーの味は美味だったが、あの空気の中だったので、もっと味に集中して食べたかったな、と思った。あの集団に対する怒りと、残念な気持ちが入り混じる時間となってしまった。
昼食を食べ終え、食堂をあとにし、リルとマワはそれぞれ授業がある教室へ、コウとミキはA教室へと向かった。
今朝に比べ、曇り空の隙間から青空が所々から覗く。まるで染物をした布のように斑な空だ。カツカレーを食べた高揚感と、あの集団に嫌な気分にさせられた恨事の入り混じった今のコウの心の中を表しているような空模様だ。
二人は西棟のA教室へ戻ってくると、すぐにチャイムが鳴った。授業が始まる合図だ。
しばらくするとマッキ先生が教室へやってきて、午後の授業を開始した。
午後の授業は、まず門の塔がどんな構造になっているかを話してくれた。
地上階と地下階があり、二人が攻略していくのは基本的に地上階になるのだという。門の塔は目に見えている地上階の部分だけだと思い込んでいたコウは、まさか地下階も存在するとは思ってもいなかった。
マッキ先生曰く、地下階への入り口は未だ不明なのだそうだ。地上階の観光エリアとして開放されている1階から3階まで調査隊がくまなく調べたが、地下へ降りる階段のようなものは見当たらなかったのだという。なんらかの魔法を使うのか、鍵のような物を使ってその道を開くのか、はたまたどこかの門の中に階段が存在するのか。未だわからないのだと言う。
その他にも、各階にはそれぞれの門が集まった広いフロアがあり、そのフロアの中央には大きな噴水があるという。噴水の水は飲み水として使え、そして回復の効果もあり、なんらかの回復魔法がかかった水が湧き出ているのではないか、とマッキ先生の見解だ。
噴水の話のついでに、不思議な魔法の羊皮紙マップやいつでも新鮮な食料が常に陳列されている魔法の食料棚などもしてくれた。門の塔の中の話とは言え、まさに魔法らしい便利な道具の話をマッキ先生は話してくれ、コウは夢のような話に夢中になった。
そしてマッキ先生は次に、3人の英雄の話をしてくれた。
つい16年前まで、4人の完全攻略者が出るまでは3人の英雄として多く語られていた。
一人目が午前の講義でも紹介されていた、ガルモス・ウルロー。その約950年後に完全攻略を果たしたヨシイチ・カガリ。それからまた1050年後、今から150年前に3人目の完全攻略者となったモリー・ミント。この3人の男を”三英雄”と呼び讃え、多くの逸話が語り継がれているほど有名だ。
まずマッキ先生は、とてつもなく目をキラキラとさせながらガルモル・ウルローのことを語り始めた。
――ガルモス・ウルローは、農家の両親の間に長男として生まれ育ち、親兄弟の生活を少しでも楽にしたいと、今はすでに滅亡した大国の剣士に14歳で志願し、その職に従事していた。彼が18歳のとき、あまり上がらない給料や大国の王族や貴族の腐敗ぶりなどを見て疑問に思い、職を辞めた。その後何でも願いが叶うと噂を聞きつけ、400年近く接近すら禁止だった門の塔へその身一つで入った。約8年の歳月を経て、人類史上初の完全攻略者となった。ガルモスは「自分の国を作り、豊かな国にしたい」と願い、完全攻略から2年後、門の塔の周辺に”聖地テルパーノ”を建国し、初代テルパーノ王となった。
「この話は誰もが知っていますね。ですが、本題はここからです」
マッキ先生はそう言って、視線を教科書へ落とす。
――初代テルパーノ王ガルモス・ウルローは、31歳のとき、マリアという女性と結婚した。マリア王妃は最初にうちこそ、王妃らしい振舞いを見せ、ガルモスの献身的な妻として彼を支えた。だがガルモスが35歳のとき、マリア王妃の不倫が発覚する。ガルモスとマリア王妃はすぐに離婚をした。その後、ガルモスは2度の結婚をするが、その2度ともに王妃の不倫や税金の不正使用などが発覚し、離婚をしている。最後の離婚以降、ガルモスは結婚をせず、一人孤独に老後を過ごし、61歳で死去。
「ガルモス王の生涯を簡潔に話しました。本当ならあと2時間はじっくりとお話したいのですが……今日は時間もあまりないですし、次にいきましょう」
次にマッキ先生は、二人目の完全攻略者ヨシイチ・カガリのことを話し始めた。
――ヨシイチ・カガリは、東の国ジャプニーナの東北に位置する雪の村の貧乏農家の長男として生まれた。ある日、旅人から願いが叶うという塔の話や魔法の話を聞き、魔法への憧れのあまりその身一つで聖地テルパーノへ旅立った。聖地テルパーノで初めて見た魔法や、門の塔の不思議な魔法の門に魅了され、魔法に対する憧れがより強くなっていく。そして、15年の歳月をかけ、史上二人目の完全攻略者となり、「魔法が使えるようになりたい」と願った。願いが叶い、魔法使いとなったヨシイチは、すぐにジャプニーナへ帰国し、故郷の雪の村の村民たちに自身の魔法を見せた。何もない木の棒に火をつけ、何もない場所に水を出し、枯れた木を蘇らせ、風を起こし、雨を降らし、時には天気を自在に操った。だが、ヨシイチの魔法を見てか、村民たちはヨシイチに恐れをなすようになった。「ヨシイチは鬼になったのだ」と魑魅魍魎を見たかのような反応を示した。当時のジャプニーナの首都から離れた田舎町では、魔法など見たこともない者のほうが多い時代だった。村民は当然の反応を示したにすぎない。魔法をこの村の人全体が使えるようになれば、と考えていたヨシイチは、村民の反応を見て大きなショックを受けた。その後、ヨシイチは雪の村を離れ、山奥に身を隠した。その後の彼の消息を知る者はおらず、ヨシイチは一人寂しく生涯を終えた、と言われている。
「ガルモス王、ヨシイチ、両者には共通点があります。――アミマドさん、わかりますか?」
マッキ先生はミキに質問を投げかける。
「うーん。願いは叶ったけど、あまりいい生涯ではなかった……とかかなあ?」
ミキは考えながら答える。
「正解です。両者ともに不幸な生涯だった。まるで”願いを叶えた代償”としての不幸……」
マッキ先生は、二人をじっくりと見たあと、口を再び開いた。
「あくまで、これは僕の憶測ですが、自身の人生の何かを引き換えに無理やり願いを叶えているのでは? と。ガルモス王の場合は女性絡みのこと、ヨシイチは村の人から妖怪のような扱いを受けた」
「では、モリー・ミントは?」
コウはマッキ先生に聞いた。
「そうですね。モリー・ミント。彼の場合は――次のページを読みましょうか」
コウたちはマッキ先生にそう言われ、次のページを捲った。次は、三人目の完全攻略者、モリー・ミントという、魔法使いの男の話だった。
――モリー・ミントは、聖地テルパーノで生まれ育った魔法使いの男だ。魔術も扱えるため、普段は魔法石を作る仕事に従事している魔術師でもあった。幼少期から門の塔に大きな興味を示し、独自で門の塔のことを研究していた。中の様子が知りたいと、単独で門の塔へ入るが、4度途中で中断し撤退している。5度目の挑戦で三人目の完全攻略者となった。46歳だった。一度テルパーノの自宅へ戻って来たモリーは、1年後、まるで神隠しにでもあったかのように姿を消した。自宅にはまだ食べかけの食事などが残っており、部屋が荒らされた様子もないことから事件性は低いとして、モリーは行方不明者として届け出がなされた。だが、未だモリーの消息は不明。150年経った今もわかっていない。門の塔でどんな願いを叶えてもらったのかもわかっていないため、謎多きモリー・ミントとして有名になった。
「モリー・ミントについては、本当に何もわかっていません。彼のことを書いた書籍はほとんどが著者の想像のみ。公的な記録もなし。未だ謎に包まれています。有識者の見解では、モリーの行方不明の原因も願いの代償なのではと言われています」
コウはマッキ先生の言葉を聞き、母マルサのことを思い出していた。
あの日、母の口から「呪い」という言葉を聞いた。呪いとは? 門の塔と何か関係があるのだろうか。そして、モリー・ミントの行方不明と母の件。何か関係があるのだろうか? でも、マッキ先生の口から呪いという言葉は出てきていない。母が何かを勘違いしてそう言った可能性も考えたが、あの母に至ってそれは考えにくい。”願いの代償”と”呪い”……。
コウは思考を巡らせたが、それらしい答えには至らかった。
マッキ先生のお手製教科書はここで終わりだった。
ミキが、「あれ? 他の英雄たちは?」とマッキ先生に聞くと、「まだ存命なこと、願いの詳細などがわからないため今回は省きました」と答えた。
そして、七日間講義初日の授業は無事終了した。門の塔のこと、中の様子、三英雄の話などを聞けて、コウは満足だった。
その日の夜は、マルサのことを考えていた。
マリーナ・ローゼンタール。母の昔の名だ。
母さんはどうしてあのとき呪いと言ったのだろう? 母さんの門の塔で願ったことは何だったのだろう? 再び門の塔へ入った理由と消息がわからないのは、願いの代償のせい?
机の蝋燭の火が優しくゆらゆらと揺れている。窓から見える空からはいくつかの強く輝く星が見える。少しだけ冷えた部屋の中。
明日も七日間講義だ。早く寝なくちゃ。
コウは蝋燭の火を消し、そのままベッドに入った。




