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門の塔(改稿版)  作者: 小望月待宵
第1章
12/12

第6話ー2 The Fool and The Chariot.

 翌朝、コウが部屋から出ると、ミキの部屋の前に置かれた昨日の夕食は、そのままの状態だった。

 ミキのことがより心配になりつつも、自分が口を挟むのも違うような気がして、コウはそのまま一階へ降りた。

 

 ミエさんとミナさんと朝食を取り、ミナさんはすぐ身支度をしてエピノ宿のアルバイトへ、コウはミエさんからお弁当を受け取り、すぐにレウテーニャ魔法大学校へ向かった。

 

 18番通りを抜け、中央広場へやってきたときのことだった。

 

 今日は晴れている。空気が澄んでいて気持ちの良い朝だ。小鳥が空を飛んでいるのを見送り、昨日レウテーニャ魔法大学校へ向かった道順と同じように進もうとしたときだった。突然暗くなったのだ。こんなに気持ちの良い朝なのに? 急に天気が悪くなるなんてことがあるのか? いや、魔法の国だと日常茶飯事なのかも……? とコウが思っていると、突然頭上から声が聞こえてきた。

 

 「やっと追いついた!」

 

 その声にはっとなり、コウは頭上を見上げた。

 「ミキ!」

 そこには、箒で飛んでいるミキがいたのだ。

 

 「どうしてここに?」

 「窓から飛んできたの。ママにバレないように」

 ミキはそう言って着地し、脱いだトンガリ帽子の中に箒を仕舞った。

 

 「私も門の塔に行く! ガロを探しにいく! だからコウと一緒に七日間講義受けるよ! いいでしょ?」

 ミキは瞳をキラキラと輝かせ、強い口調でそう言う。

 

 「でも……」コウはミキに圧倒されないよう踏ん張るように、

 「門の塔はとっても危険な場所なんだよ?」

 

 「わかってるわ!」

 「本当に何があるか……」

 「その何があるかわからない場所にコウは行くのに、同い年の私が行っちゃダメな理由なんてある? もしかして、女の子だからダメなんて言わないよね?」

 

 ミキの言葉にぐうの音も出ず、コウは頭を横に振るしかなかった。

 

 二人はレウテーニャ魔法大学校へ向かう道で、昨日のことや今後のことを話した。

 

 ミキは昨日の夕食と今朝の朝食を食べていないはず。もしかしたら空腹なのではないか? とコウが聞くと、実はミキの部屋には隠しお菓子が置かれており、昨夜と今朝はそれを食べていたのだという。てっきり部屋に閉じこもったまま意地でも絶食し、泣き疲れてそのまま寝てしまったと思っていたので、コウは「女の子は強いな」と心の中で思った。

 

 コウはミキにどう説得するのかと聞くと、「説得なんてしないよ! そんなことしてたらおばあちゃんになっちゃう! 七日間講義受けて、入塔料払えば入れるんでしょ? だったらママの説得なんてしなくていいじゃん!」と返されてしまった。未成年なのに……と言おうと思ったが、「コウだって未成年でしょ!」と返ってくるのは明白だったので黙っておくことにした。


 レウテーニャ魔法大学校は入る大きな校門の前に来た。

 

 コウとミキが中へ入ろうとすると、門の両脇にいる警備の人に声をかけられた。

 コウは、「七日間講義の申請に来ました」と力強く言うと、警備の人はすぐに引き下がった。

 

 校門を抜け、ほんのちょっと歩き、レウテーニャ魔法大学校の南棟へ入り、一階の廊下のど真ん中にある部屋――事務室へとやってきた。

 

 事務室のドアを開き、「すみませーん」と小声で声をかけると、奥から「はーい」と甲高い返事が聞こえてきた。少しして、全身黄色の鮮やかな洋服に身を包んだ、ブラウンの髪をボブヘアにしたぽっちゃり体型の女性が部屋の奥から出てきた。

 

 「あら、どうかなさったの?」

 全身黄色の服の女性は、コウとミキを見てそう言う。

 

 「あの、私たち七日間講義の申請をしに来ました」

 ミキが答える。

 

 「あら! 七日間講義? いつぶりかしらね……。まあ、そこのテーブルにかけて、ちょっとお待ちになってね」

 全身黄色の服の女性は、そう言ってまた部屋の奥へと戻って行った。

 

 「あの人――さっきの全身黄色のおばさんね――ドロシー・マッキャロルさんって言うの。みんなマダム・マッキャロルって呼んでるわ」

 ミキはコウにそう耳打ちしてくる。

 

 「さてさて、お待たせして申し訳ありませんね。たった今、紅茶と書類を用意しましたから」

 

 マダム・マッキャロルはそう言うと、木製の黄色い短い杖を振った。部屋の奥から淡いグリーンの茶器とカップ、そして数枚の書類が飛んできた。茶器とカップはまるで踊るように紅茶を淹れ、ミキとコウの前に美味しそうな紅茶が注がれたカップが降り立った。数枚の書類は、それぞれコウとミキの前に飛んで行き、一つの束となって机の上に降り立った。

 

 「それでは紅茶をゆっくり飲みながら説明をして、書類にサイン――あら? ちょっとお待ちになって?」

 マダム・マッキャロルは甲高い声でそう言うと、ミキのほうへ体を乗り出し、ミキを舐めるように見始めた。

 「あなた、レウテーニャの生徒ではなくて?」

 

 「え、ええ。そうですが」と、ミキ。

 

 「レウテーニャの生徒は七日間講義を受講できませんし、門の塔へは入れませんのよ?」

 

 マダム・マッキャロルの言葉にコウもミキも驚きを隠せなかった。コウはともかく、ミキはまさに青天の霹靂だろう。

 

 コウは、真っ白になったミキの顔を見たあと、口を開いた。

 「まさか、ウソですよね? レウテーニャの生徒が七日間講義を受講できず、門の塔に入れないなんて……」

 

 「本当ですわよ。校則で決まっています」

 マダム・マッキャロルは凛とした表情でそう言う。ミキはまだフリーズしている。

 

 「校則で……」

 校則で決まっているのなら、コウにもミキにもどうすることもできない。ここは一度出直す必要がありそうだと思い、コウはフリーズしたままのミキを連れて事務室を後にした。

 

 まだレウテーニャ魔法大学校の校内のことがわからないコウは、とりあえず人気のない場所に行こう、と廊下を歩き、階段を上り、何やらダンスを踊っている石灰でできた男性像の前を通り、手足は動くが脳がフリーズしているミキを連れてなんとか別の場所へやってきた。

 

 ここはどこかの校舎の屋上のようだ。緩やかな丘の上に立つレウテーニャ魔法大学校の屋上からの景色は、エクパーナや遠くに見える他の街も一望でき、それはそれは美しかった。

 

 だが、その景色を一刀両断するかのように聳え立つある物が異質を放っていた。

 

 「門の塔……」

 

 白にも灰にも似つかない色に、所々小さな穴があるだけの、どこか無機質でどこかこの世界の物ではないような、そんな異様な雰囲気を放つ塔……。地上からてっぺんは見えず、ずっとずっと空の上まで続いているかのように、一本の線となってそこに立っていた。

 

 あれが、母さんが行方不明になった場所。ガロが迷い込んだ場所。

 コウの中で何か恐怖心のような、でも、興奮しているような、なんとも言葉では表しがたい感情に埋め尽くされた。

 

 「コウ」

 さっきまでフリーズしていたはずのミキが、気が付けばしっかりとした表情をして隣に立っていた。

 

 「あれが門の塔……なんだね」

 コウが聞く。

 

 「うん。コウは……ううん。私たちはあそこに行くの。ガロと、コウのママを探しに」

 

 ミキの声からは力強い意志のようなものを感じた。ミキは本気で行く気なのだとコウはこのとき思った。

 

 「うん。行こう。絶対に。それと、絶対に生きて連れ帰るんだ。ガロも僕の母さんも」

 「うん!」

 

 そのとき、ビュー! と音を立て、風が吹いた。その風は二人の髪を揺らし、衣服をはためかせた。二人の決意を見届けるように。

 

 「さ、図書室に行きましょう! 校則のこととか調べて、何か抜け穴がないか調べないと!」

 「そうだね――」

 

 コウがそう返事したとき、下の階から大きな爆発音が聞こえ、コウたちのいる校舎が大きく揺れた。

 

 何事? と思った頃には揺れがおさまり、互いの無事を確認したあと、二人は急いで下の階へ向かった。

 大きな爆発の影響か、階段を半分ほど降りたところは砂埃が舞っており、先がほとんど見えない状況だった。

 

 「ミキ、何か布で口と鼻を覆って。吸うとまずいかも」

 「わかった!」

 

 コウはポケットに入れていたハンカチで、ミキはローブの袖で口と鼻を覆った。

 

 ゆっくり階段を降り、砂埃の中へ入る。近くにいるミキの影は辛うじて確認できるが、他に何があるのか、壁や方向もわからない。

 

 さっきの爆発に誰か巻き込まれていたら……?

 コウの頭に嫌な感覚が過る。

 

 もしもそうだとすれば、その誰かを助けるべきか、それとも今は安全を確保して逃げるべきか……?

 コウの頭は思考でグルグルと渦巻いていた。そして――。

 

 「うわっ!!!!」

 

 砂埃の中、視界が悪い、最悪の状況下でそれは起こった。

 コウは何か大きい生物のような物に捕まり、どこかへ連れ去られたのだ。

 

 何かに抱きしめられるような、包み込まれるようなそんな感覚の中、視界は暗転。何が起こっているのかわからない。なんとか振りほどこうにも、力が強くなす術がない。

 

 「このっ! このぉ!!」

 

 手足をばたつかせ抵抗を試みるが、うんともすんとも言わずびくともしない。

 今の状況はどう見ても万事休すだ。このまま門の塔に行くこともできず、自身の人生は終わってしまうのか……? と絶望し始めたそのときだった。

 

 「にゃぅん? にゃう! にゃう……」

 何やら猫のような、エンジェルボイスを思わせる声が聞こえる。コウを捕まえている者が発しているようだ。

 

 そしてコウは、体に入れていた力を抜き、自身の体を掴んでいるなにかを優しくそっと押してみた。明らかにふわっとぷにっとした感触だ。もしかして……?

 

 コウは思いついたことを実行することにした。

 先ほど触ったふわっとぷにっとした部分を、これでもか! というほどくすぐってみる。

 

 「ぴにゃっ!!!!」

 

 なんとも言えない悲鳴のような声を上げ、捕まえていた者の力はすぐさま弱まり、コウの拘束が解かれた。

 

 コウはとりあえず何かの物陰に隠れた。物陰はどうやら瓦礫のようだが、今はそんなことどうだっていい。隙を見て逃げないと。

 あたりを注視していると、少しずつだが、先ほどより砂埃がいくらかマシになっていた。視覚で、どこに何があってどんな状況なのか確認できるようになってきた。

 

 コウが目を凝らしていると、何か大きなものが近づいてくる。

 身構え、神経を集中し、じっとしていると、

 

 「待て!」

 瓦礫をかき分ける音をさせながら、誰かがそう叫んだ。

 

 一体誰だ? とコウが思ったとき、徐々に砂埃がおさまり、視界がはっきりと見えるようになった。

 

 その人はちょっとお洒落な銀縁のモノクルに、ツーブロックでセンターパートにしたシルクのようにサラサラな銀色の髪、灰色の目に雪のように白い肌。背の低さから一瞬女性にも見えるし、だが髪型や服装からは男性にも見える中世的な顔立ちが印象深い。もしも女性の格好をすれば小柄で可憐な少し儚げな雰囲気が出そうだ、とコウは思った。

 

 瓦礫の下になったその人が立ち上がり、何かを撫でているように見える。白い、ふわふわとした何かを。

 

 「こらこら、ミルニャちゃん。いけまちぇんよぉ~」

 白い何かを撫でながら、瓦礫から立ち上がった人はそう言う。声を聞く限りでは、少し甲高いが男性のようだ。

 

 「あ、あの……」

 コウは、恐る恐るその男性に声をかけた。

 

 「おおっと、少し待ってくれたまえ。この子を仕舞わないと――あっこら!」

 男性がそう怒る前に、ミルニャと呼ばれた白い大きな何かがコウの元へ近づき、その大きな顔についた大きな金色の目でコウをまじまじを見つめる。縦に大きく割れた瞳孔に金色の虹彩が輝く。コウは不思議と、美しい、と思ってしまった。

 

 「こりゃこりゃミルニャちゃん。そろそろお家に帰ろう? ねっ?」

 男性がそう言うと、ミルニャと呼ばれた生き物はコウに突然抱きついた。

 

 「うげっ!!!」

 あまりの力にコウの肺から口へ空気が流れ出たのがわかるほど、きつく抱きしめられた。

 

 「ああ! ダメ! コウくんが死んじゃう! ミルニャちゃん離しなさい!!」

 

 一瞬、男性の口からコウの名前を聞いたような気がしたが、それ以上にきつく抱きしめられ死にそうになっていることのほうが一大事だった。

 

 男性が慌ててこちらへ駆けよってくると同時に、ミキがコウたちの元へやってきた。

 

 「コウ! 大丈夫――ってでっか!」

 ミキはコウに抱き着いている何かを見てそう言った。

 

 コウの名前を何故か知っている男性のおかげで、ミルニャと呼ばれた生き物からコウはなんとか解放された。息を吸うと肺が膨らみ、体が元の大きさに戻る感覚がした。

 

 「コウ、大丈夫?」

 「う、うん。なんとか……」

 ミキはコウの背中をさすり、顔色の悪いコウを労わる。

 

 二人がそうしていると、ミルニャと呼ばれた生き物を落ち着かせた男性が近づき、まだ顔色の悪いコウの手を取ってブンブンと音がなるほど握手をし始めた。

 

 「君がコウくんだね! やあ! 会いたかった! うん! 会いたかった! うん、うん!」

 

 いきなり何のことだかコウにもミキにもわからず、キョトンとしていると男性は続けた。

 「今朝、君の御父上からお手紙が来てね――あ、カッシオ・レオーニ先生のことだが――きみのことが書いてあったのでね! まさか本当に会えるなんて、なんとも光栄だ。レオーニ先生の論文は素晴らしくてね! 特にバーオボの風習についての論文は、どうやってバーオボ火山という山の麓に陸地ができて、島となってあの土地に人が住み着いたのか、生物が住み着いたのか、とても詳しくかつわかりやすく説明されていて――」

 

 「ところで、その生き物は?」

 饒舌に話す男性の言葉を遮るようにミキが聞く。

 

 「おおっとそうだった。ミルニャちゃんのことを忘れるところだったよ。そうだ。君たちに特別に説明してあげよう!」

 と、男性は声高々に、そしてとても得意げな顔をしてそう言う。

 「この子は”ビグナネコ”という魔法生物で、とても大きな体を持った猫のような生き物なんだ」

 

 コウとミキはそう言われ、ミルニャと呼ばれた生き物を改めて見る。

 真っ白な体毛、大きな目にピンク色の鼻、同じようにピンク色の肉球……。どこをどう見ても猫だが、コウたちの知っている猫と比べると体の大きさは通常の猫の数十倍。コウたちの背よりも大きい体をしていた。

 

 「特にこの子はね、ちょっと特別な子で――」

 

 「一体何の騒ぎですか?!」

 男性が何か説明しようとしていたところに、一人の女性がやってきた。

 

 その女性は真っ赤なピンヒールをコツコツと鳴らし、こちらへ近づいてくる。コウたちよりも背が高く、タイトなミニスカートに、ボディラインがわかる服。コウたちから見るととても威圧感のある雰囲気だ。

 

 「ああ……これは――あなたがた、お怪我は? 確か3年生のミキ・ルル・アミマドさんと、もう一人は……」

 「あ、えっと、彼はコウ・レオーニくんです。ちょっと色々あって……」

 

 コウとミキは目の前の真っ赤なピンヒールの女性にここまであった経緯を簡潔に話した。

 

 「なるほど。そういうことでしたか」

 その女性はそう言って左手を豊満に膨らんだ腰へ置くと、「学長。また魔法生物を出そうとしましたね?」物凄い剣幕な表情で男性を睨みつけながら言う。

 

 そして、右手に持った赤い木製の長い杖を一瞬振ると、コソコソと逃げようとした男性の腕や足が見えない何かで拘束され、その場に倒れ込んだ。

 

 「あ! わ! ナロメっち! これにはちょーっとした事情がありましてですね――」

 「問答無用! また魔法生物を出そうとしたのはわかっていますよ!」

 拘束された男性に女性が杖を振ると、その男性は涙を流し苦痛に満ちた大声を上げた。

 

 「すみません。申し遅れましたね。私はナロメ・レスピナス。ここで呪文学の教師をしております。あっちで」

 拘束された男性を指さし、「悶絶しているのが、イスカ・ロロー。我が校の学長です」

 レスピナス先生はそう言ったあと、ロロー学長へ向かって杖を振った。すると、ロロー学長の拘束が解かれた。

 

 「まずは部屋を直さなければ」

 

 レスピナスはそう言って、部屋の瓦礫や、壊れたり倒れたりした家具に向かって杖を振った。まるで時間が巻き戻るかのように瓦礫や家具は元通りに戻っていく。瓦礫や壁や窓に、見るも無残な姿になった木材はアンティーク調の家具へと戻っていく。魔法ってすごい、とコウはその光景を見てワクワクした。

 

 宙を舞う家具や瓦礫を見ていると、コウの体に何かふわりとのしかかってきた。なんとか押しつぶされないように体制を戻してから見ると、とてつもなく大きなミルニャこと魔法生物のビグナネコだった。コウへ突然甘え始めたのだ。

 

 「ああ。ミルニャちゃんをせっかくモフろうと思ったのに……」

 「いいから早く仕舞ってください。ビグナネコは魔法生物取扱法第182条にて取引と飼育が――」

 「わかった! わかりましたから! もう!」

 

 レスピナス先生にそう言われ、ロロー学長が杖を振ると、部屋の隅に置かれたクローゼットが勢いよく開き、ミルニャは吸い込まれるようにその中へ入っていった。そしてクローゼットの扉が閉まると同時に壊れた部屋や家具は綺麗な状態へ戻っていた。

 

 ミルニャから解放され、部屋が元通りになりほっとしていると、レスピナス先生が二人の元へ近づいてきた。

 「まず、お詫びを。このような騒ぎに巻き込んでしまい申し訳ございませんでした」レスピナス先生は深々と頭を下げた。

 

 コウとミキが恐縮していると、レスピナス先生は続ける。

 

 「それと、先ほど見たビグナネコについてはここだけの秘密にしていてください。ビグナネコの飼育は法律で禁止されておりますので。さて、次は」

 レスピナス先生は咳払いをしながら

 「ミキさんの七日間講義のことですが、校則、”生徒の掟、第389条1項”にて”レウテーニャ魔法大学校の生徒は如何なる理由があっても門の塔へ入ることを禁ずる”。並びに”第389条2項”にて”レウテーニャ魔法大学校の生徒は如何なる理由があっても、我が校または他校の七日間講義の受講を禁ずる”と明記されております。残念ながら七日間講義の受講は――」

 

 「でしたら、私、学校辞めます!」とミキは勢いよく言う。

 「ちょっと、ミキ!」と、コウ。

 「だって、そうするしかないじゃない!」

 

 「ミキさん。今ここで退学となりますと、初等部で取った単位はすべて無効になってしまいます。よく考えてから先の事を決めるほうがよろしいかと思いますよ」

 レスピナス先生は窘めるようにそう言う。

 

 「でも、門の塔に行けないんじゃ……」

 ミキは苦悩のにじむ表情を浮かべ、そう言う。

 

 「僕もよく考えた方がいいと思う。よく考えてから決めても遅くはないと思うし……」

 「でも、ガロが中で迷子になってたら? 危険な目に遭ってたら? 今でもすでに遅いのに?」

 「それはそうだけど……」

 ミキの勢いに圧倒されコウがたじろいでいると、ロロー学長が口を開いた。

 

 「うむ。わかった! ミキくんは何かを探しに門の塔へ行きたいんだよね?」

 

 「はい! 飼い猫のガロを探しに」と、ミキは返事をする。

 

 「ふむ」

 ロロー学長がそう言って杖を振ると、机の後ろの棚の引き出しが開き、二枚の羊皮紙が飛んできた。

 

 「これが、その校則が書かれた紙でね。この紙に書かれたことは校則として効力がある。魔法で管理されてるんだけど、まあ細かいことは置いといて」

 そう言ってロロー学長がまた杖を振ると、二枚の羊皮紙はバラバラに破れ散り、小さな色とりどりの花火を上げた。

 

 「えっ?」

 「破いちゃっていいんですか?」

 コウとミキはほぼ同時にそう言葉を発していた。校則を書かれた紙をいくら学長とは言え破いてしまって、色々と大丈夫なのだろうかと二人は心配になったのだ。

 

 「大丈夫、大丈夫。学長権限でレウテーニャの生徒が七日間講義の受講ができないことと、門の塔へ入れない校則は撤廃されたよ」

 ロロー学長は意気揚々といった表情でそう答える。

 

 「ですが、学長。理事会や生徒会にも話を通してませんのに」

 レスピナス先生は凛としているが呆気にとられた様子でそう言う。

 

 「大丈夫っしょ。なんとかなるって。ねっ」

 ロロー学長がそう言ってレスピナス先生を見ると、レスピナス先生は明らかに怒りをあらわにした表情を向けた。

 「それを毎度なんとかしているのは私なんですがねえ、イスカ・ロロー学長?」

 そう言って、レスピナス先生は自身の杖を振った。すると、ロロー学長の体はまたロープのような物で拘束された。

 

 「待って! ナロメっち聞いて! ねえ! 怒らないで!」

 ロロー学長はロープで拘束され、そう訴える。だが、すでに遅かった。

 

 ロロー学長の断末魔が響いたのは、コウとミキが学長室を出た直後だった。地獄で業火に焼かれる魂を思わせるような叫び声だったが、コウは可哀想だなとなりつつも少しだけ自業自得だよな、と思った。

 

 二人はすぐ一階の事務室へと向かい、七日間講義の受講の申請を行った。マダム・マッキャロルは一瞬驚いてはいたが、すぐ書類を用意してくれた。そして、マダム・マッキャロルの淹れた優しい味のする紅茶に癒されたあと、二人はレウテーニャ魔法大学校を後にした。



 ◆



 西棟の五階、渾身の断末魔が響き渡ったあとの学長室。グリーンの絨毯に、幾何学模様が描かれた新緑の壁。濃いブラウンで揃えられたアンティーク家具に、森林を思わせるようなステンドグラスが施された窓からは陽光が優しく差し込む。

 

 イスカ・ロローは拘束から解放されたあとも、床に突っ伏し、全身の麻痺が抜けるまでじっとしていた。

 

 一方ナロメ・レスピナスは、学長室にある棚の引き出しに向かって杖を振り、何やら真新しい書類を手にしていた。

 

 学長権限とは言え、校則を勝手に廃止したとなれば、理事会や生徒会へ説明をしなくてはならない。ましてや、たった一人の生徒とその連れの少年のためだけに廃止したのだ。追及されてしまうのは目に見えている。

 

 ナロメは、大きなため息を吐き、どう説明しようか、と考え始めた。

 

 「まあ、僕一人の責任にしてもらえばいいよ。適当に理由つけてさ、「用紙が破けちゃいました」って言っておけばいいでしょ」

 麻痺から回復したイスカがゆっくりと起き上がりながらそう言う。まるでナロメの心の内を見透かしているかのように。

 

 「そうはいきません」ナロメはまた杖を振る。近くの羽ペンがナロメの元へ飛んで行き、羽ペンが何かを書き始めた。

 「しっかりと説明をして納得していただかねば。生徒会はともかく、理事会――いえ、理事長は納得していただけないと思いますから」

 ナロメがそう言うと、イスカは苦虫を嚙み潰したような顔をした。

 

 「父さんか……」

 

 イスカの最も苦手な存在、それは父だ。

 

 イスカとは全く真逆の性格や思想をもっており、何かと衝突してきた父。今回の件でもまた嫌味を言われることはわかっているが、イスカとしてはそんな父とのことを置いておいてでも、あの二人を助けたかった理由があるのだ。

 

 イスカは、少しだけ踵が分厚い革靴を鳴らして歩くと、変わった装飾の施されたジャケットを脱いで、近くの洋服掛けへ掛けた。そして、学長椅子へどっしりと音を鳴らして座った。

 

 「父さんのことはいいんだよ。僕がなんとか説得する。……コウくんを助けなきゃならなかったからね」

 

 モノクルの奥の目は真剣そのものだ。いつもは陽気なイスカも時にこういう表情をする。少し顔を隠すようにして垂れる前髪のせいか麗しく見える。(ナロメにはむかつく表情にしか見えないが)

 

 「あの方の息子だから、ですか?」

 

 あの方――マルサ・レオーニ。彼女の息子である、コウ・レオーニ。コウを助けたのは――カッシオからの願いもあるが――実はマルサの願いでもある。

 

 「まあ、そんなところかな」

 

 「まだ初恋を引きずってらっしゃるんですか」

 ナロメは呆れたように言葉を発する。

 

 イスカは首をがっくりと落とし、「し、仕方ないでしょうが……」

 

 イスカとマルサの出会いは、イスカがまだレウテーニャ魔法大学校の生徒だった頃に遡る。

 動物や魔法生物にしか興味のなかった少年が、人生で初めて人に興味を持ち、恋をした瞬間だった。話せば長くなるのでここでは割愛する。

 

 「まさか初恋の人の息子が会いに来るなんてね。僕も歳を取ったものだよ」

 

 「……わざと部屋を爆発させてコウさんが来るよう仕向けたのに、物は言いようですね」

 ナロメは書類に魔法で動く羽ペンで何やら物事を書きながら、イスカのほうをチラリと見る。

 

 「あれ? バレてた?」

 「バレバレですよ」

 

 「そりゃさ、昨日から僕が作った抜け道使って学内に出入りしてたら、来てもらおうってなるじゃん」

 「だったら普通に呼び出せばいいものを……。手紙とか色々手段がありましたでしょうに」

 

 「インパクトが大事じゃん? せっかくだからさ、僕らしく、ね?」

 

 「そのインパクトの後始末を誰がしたと思っているんです?」

 ナロメは、まるで獲物を睨むドラゴンのようにイスカを見る。そして大きなため息をついたあと、

 「逮捕されても知りませんよ。本当に」

 

 「……わかってるさ」

 

 イスカは背もたれに全体重を預け、天井を見上げる。

 今はどこにいるのか分からない初恋の人への思いを天に向かって捧げるように。

次回は一週飛ばして10月10日ごろに投稿します。

少しお時間をいただいてしまい申し訳ございません。

よろしくお願いいたします。

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