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門の塔(改稿版)  作者: 小望月待宵
第1章
11/12

第6話ー1 The Fool and The Chariot.

 まだ正午にはなりきらず、だが白く輝く太陽は聖地テルパーノを照り付ける。白い雲が疎らに青い空を行き交い、その間を、小さな鳥と箒に乗った魔法使いたちが時々滑空する。

 

 レウテーニャ魔法大学校を後にしたコウは、攻略者向けの街エクパーナの18番通りへ向かっていた。18番通りはアミマド屋のある通りだが、アミマド屋へ帰る前にある所へ寄っておきたかったのだ。

 

 今朝ミキとレウテーニャ魔法大学校へ来た道を戻り、中央広場から18番通りへ入る。石造りのアーチを抜け、その道を真っ直ぐ歩き、アミマド屋を通り過ぎてもう少し歩いた場所にそれはあった。

 

 18番通りの店の中でも鮮やかで真っ赤な屋根が目立つ道具屋――”ダミアン道具店”。

 魔法の道具はもちろん、攻略者向けの道具も多数取り揃えていながら学校で使う学術品も少し取り扱っていて、エクパーナから学校へ通う生徒たちもよく訪れるのだそうだ。ミキもよく買い物に来る店らしい。

 

 ショーウィンドウには、小さな短剣や自動で動く銀色のホチキス、コウが見たことのない魔法の道具や、ごくごく普通のペンが展示されていた。

 

 コウは、淡いブルーのペンキで塗りたくられた木製の小さな板に”ダミアン道具店”と書かれた物が掲げられた店のドアを開いた。

 チリンチリン! とドアベルが鳴ったかと思うと、店奥から男性が出てきた。

 

 「いらっしゃい! 初めて――あれ? きみ、ミエさんの店にいた子だよな!」

 その男性はコウにそう声をかけた。

 

 コウはそう言われ、よーく思い出してみる。ミナさんに連れられ初めてアミマド屋へ訪れたとき、一人の男性がミエさんから薬草の入った袋を受け取っていた。そのときの男性がたった今店奥から出てきたその人なのだ。

 

 「あ! あのときの!」

 コウは男性に向かってそう言った。

 

 「思い出してくれたみたいでよかったよ。俺はダミアン。ダミアン・ライトだ」

 ダミアンさんはそう言って、コウに右手を差し出した。

 

 コウは自身の右手でダミアンさんの手を取り、握手して

 「コウ・レオーニです。よろしくお願いします」

 

 「コウだな。覚えておくよ。――それで、今日は何の用だい?」

 「えっと、ノートとペンを……。授業で使うので」

 「ん? コウは学生なのかい?」

 「いえ、七日間講義を受講する予定で……」

 「七日間講義?!」

 ダミアンさんは声を裏返してそう叫んだ。

 

 「きみ、攻略者だったのかい?」

 ダミアンさんにそう聞かれ、コウはなんだかいけないことをしている気分になりながら「はい……」と答えた。

 

 それからダミアンさんに根掘り葉掘りと様々なことを聞かれた。どこの国から来たのか、親はどうしているのか、どうやってここまで来たのか、門の塔へ入る理由、アミマド屋でお世話になっていること……。コウは話せる範囲でできるだけ簡潔に話した。

 するとダミアンさんは、まるで子供が亡くなったペットの死を愁いているかのように涙に暮れ始めた。

 

 「きみ、とても苦労したんだな……!」

 あ、いえ……とコウが戸惑っていると、ダミアンさんはコウの肩を叩きながら「ほっんどうにぃよぐっがんばっだっぬあ!」と、嗚咽を漏らした。

 

 そして、突然なにか思いついたかのように、

 「よし! 俺は決めたぞ!」と、ダミアンは覚悟を決めたように言い、「コウが買う道具は今日から3割引きだ! セシル――家内にも言っておくからいつでも来てくれよ!」

 

 「そんな! さすがに申し訳ないですよ!」

 

 「いいんだ! 店主の俺が決めたんだ! お母さんを探しに門の塔へ行こうっていう少年を助けなくて何が道具屋だ! だから、遠慮なくうちで買って行ってくれ!」

 

 ダミアンさんにそう言われ、ありがたくもあるが申し訳なくも思いつつ……。でも、コウはこの厚意を不意にする方が失礼だと思い直し、道具を買うときはダミアンさんの店に来ようと決めた。

 

 とりあえず、七日間講義で使うノートとペン、父やヨーゼフさんへ送る手紙の便箋を買い(もちろんこれも3割引きで)、ダミアン道具店を後にした。

 ダミアン道具店の扉が閉まり、ふと後ろを振り向くと、そこには見覚えのある大きなチラシが貼られていた。

 

 (ガロ……。ミキのチラシか)

 

 ”猫を探しています!”――そう大きく書かれたチラシの中で、ハチワレの瞳がキレイな猫がこちらを覗き込んでいる。あれから目撃情報らしいものは得られていないようだ。もしも何か情報があれば、ミキが喜んですっ飛んで行くはず。そういった素振りや雰囲気が一切ないということは、やはりまだそれらしい情報はないのだろう。それにしても自由気ままな猫とは言え、何日も戻らないなんてことはあるのだろうか?

 

 コウはふと、アルバイト先であったガスマン牧場にいた猫、ミーコのことを思い出す。

 

 白黒の斑模様の猫ミーコは、あくまでネズミ捕り要員ではあったが、あまり牧場から遠くに行くことはなかったし、どこかへ行ったことなど一度もなかった。

 

 『犬は人に懐き、猫は家に懐く』と、昔本で読んだ記憶がある。犬と猫の習性や性格を簡潔に言い表したものではあるが、『猫は家に懐く』の部分をガロに当てはめると、やはり今の家があまり気に入らなくなったか、アミマド家以上にいい家を見つけた、と考えるのが自然なのかもしれない。ミエさんが言う通り、もっとお金持ちでいい魚やおやつを貰えるような家を見つけたのかもしれない。

 

 もしもそうだとすれば、ガロは少し薄情なやつだな、とコウは思った。

 

 コウは来た道を少し戻り、アミマド屋へと帰って来た。

 小さなステンドグラスの窓がついたドアを開け、中へ入ると、ミエさんが何やら作業をしていた。

 

 「ただいま……です!」

 「おや、おかえり。――ミキはまだ学校?」

 「はい! 授業があるみたいで……」

 「そうかい。――お昼は、食べてこなかったみたいだね」

 

 コウの手に持った青いチェックのクロスの包みを見てミエさんは言った。

 

 「思ったより事がすぐ解決したので……帰ってから食べようと」

 「そっか。それじゃ私と一緒に食べよう」

 ミエさんはそう言って作業を中断し、店奥のキッチンへ向かった。

 

 コウはミエさんのサンドイッチを、ミエさんはすぐに用意したナポリタンを食べた。何気ない会話や、コウの父の話、レウテーニャ魔法大学校がとてつもなくすごい場所だった話をし、昼食を済ませたあと、コウはミエさんの分も含めた皿を洗い、ミエさんはすぐに店番に戻った。

 

 皿を洗い終わり、コウが店先へ戻ると、ミエさんはまた何か作業をしていた。

 

 「あの、それって何をしているんですか?」

 「ああ、これかい? 薬草をすり潰してるんだよ。すぐお薬にできるようにね」

 

 ミエさんはそう言って、白い陶器でできた物を前後に押したり引いたりし、中に入れた濃いグリーンの薬草をすり潰す。辺りには鼻にツンとくるようなニオイが漂っていた。

 

 「魔法の道具は使わないんですか?」

 コウは、自動ですり潰すような道具があればそれを使えば楽になるのでは? と思ったのだ。

 

 「うーん。もう手でするのに慣れちゃったし、暇つぶしにも丁度いいからねえ。ミキみたいに魔法が使えたらいいんだけどね」

 

 少し前にミエさんとミナさんは魔法が使えないとミキが言っていたことを、コウは思い出した。

 

 ヒューマニ族の中にも魔法が使える者と魔法が使えない者がいる。前者は”使者”、後者を”非使者”と呼ばれる。その国や地域の風習によるが、バーオボのような国は基本的に魔法を使わず、自分たちの力で物事を解決しようという風習があるので使者も非使者もおり、魔法を使う機会が滅多にないためあまり気にならない。だが、聖地テルパーノのような魔法国家では、”非使者”は差別対象となる。見た目ではわからないのと、昨今の人権意識のおかげか、極端は差別を受けることはほとんどなくなったが、少し前までは非使者は杖を持っていないので店先で杖を確認され、杖を持っていないというだけで店内に入らせてもらえなかったり、就職の際に不利になることがあったりしたのだそうだ。

 

 「ミキ、本当に魔法が上手ですよね。洗濯の魔法を見せてもらったときは驚きました」

 

 「一年生のとき、呪文学で友達に教えてもらったって言ってたね。ローブをびしょびしょにして帰ってきたっけか」

 ミエさんは懐かしそうにそう言う。

 「火の魔法を覚えたときは教科書を燃やして買い直したり、雷の魔法の練習をしてて部屋をめちゃくちゃにしたりねえ……」

 

 ミキはなかなかにお転婆なのだな、とコウは思いながら、ミエさんの話を聞く。

 

 「まあ、色々あったね。――そうだ。コウくん、表の掃除をしてきてくれないかい?」

 コウは快く引き受けた。

 

 掃除用の箒を借り、コウはアミマド屋の前を掃除し始めた。

 18番通りは今日もたくさんの人が行き交う、この街に住んでいる住民や門の塔の攻略者、稀にエクパーナの街を観光している観光客の姿も見える。この18番通りはいつ頃からこうして攻略者のために存在しているのだろうか。かの有名な英雄たちもここを利用したのだろうか。

 

 コウがそう考えているときだった。

 

 「あの……すみません。ここの店の子かな?」

 一人の赤毛の男性に声をかけられた。見た所攻略者っぽいが。

 

 「は、はい。そうですが、何か?」

 一応アミマド屋に泊まってはいるので、コウはそう答えた。

 

 「このチラシの猫なんだけどさ、先日見かけたから一応言っておこうと思って来たんだけど……」

 

 赤毛の男性はそう言って、店頭に大きく貼られたチラシを指さす。ミキが作ったガロの情報を集めるためのチラシだ。

 

 「えっ! 本当ですか? ちょ、ちょっと待っててください!」

 コウは箒を放り出し、店内にいるミエさんの元へ走った。

 「ミエさん! ガロを見たって人が!!」

 

 コウは興奮して勢いよく店内に入ったため、近くの大きな花瓶を転ばせてしまいそうになった。

 

 「本当かい?」

 

 「ああ、本当だよ」

 赤毛の男性はミエさんの言葉に返答しながら店内へ入って来た。

 

 立って聞くのもあれだということで、赤毛の男性には椅子に座ってもらい、薬草で簡単に作ったハーブティーを出し、コウとミエさんはその男性からゆっくり話を聞くことにした。

 

 「門の塔の入り口で見たんだ」

 赤毛の男性は、身振り手振りでできるだけわかりやすく詳しく話してくれる。

 

 「ちなみに、それはいつ?」

 ミエさんは聞く。

 

 「ちょうど俺がこの国に来た日――1週間前だ。せっかく来たんで、門の塔の前まで行ってみようと思って行ってみたらよ、あの猫が入り口にひょいと入って行って……ハチワレのでっかくて妙にふてぶてしい顔をしてたからよーく覚えてるよ」

 

 「たしかにチラシの猫だったんだね?」

 ミエさんは念を押すように聞く。

 

 「ああ。間違いないよ」

 

 「そのあと、どうなったかはわかりますか? しばらくして出てきたとか……」

 

 コウはほんのちょっとの望みをかけて質問した。もしも、ガロが門の塔に入ったとなれば、いくら猫だからとは言え危険極まりない。せめて出てきたところさえ目撃されていれば、ただ行方がわからないだけであってほしい。それこそ、どこかお金持ちの家で悠々自適に暮らしてくれていたほうがいくらかマシだ。

 

 「俺が見た限りでは……」

 

 赤毛の男性の言葉に、コウもミエさんも絶句した。

 

 赤毛の男性が帰ったあと、二人は店内の椅子に腰かけ、話し合った。

 

 「ガロ……」

 ミエさんがそう口から発した言葉には、絶望の色が漂っていた。

 

 「ミキには……」

 コウの口から出た言葉もどこか震えている。あの赤毛の男性が言ったことが嘘であってほしい、ガロが門の塔へ迷い込んでしまったなんて信じたくなかった。

 

 「ミキには私から話すよ。コウくんは、ミキが帰ってきたら部屋に戻っててくれるかい?」

 コウは、わかりました、と返事をし、まだ途中だった店先の掃き掃除を再開した。

 

 青白かった陽光は徐々に色を付け、黄色になり、今度は橙色へと濃くなっていく頃。掃除を終えたコウは、部屋に戻って明日の支度をしていた。

 

 七日間講義の申請に必要な書類は、パスポートなどの身分証明書、申請書類は事務室というところで貰えるのでその場で書けばいい。一応入国審査のときに渡された書類も持って行こう。と考えながら、コウはサコッシュに荷物を詰めていった。

 

 一階の店のドアのドアベルが軽快に鳴るのが聞こえた。その音を聞いて、アミマド屋に張り詰めた空気がツンを漂うのをコウは感じとった。ミキが帰って来たのだ。

 

 なんとなく部屋のドアから一階の声を聞くようにする。少しどもって聞こえるが、ミキとミエさんが何か話しているようだ。

 少ししてミキが二階にあがってくる足音、ミキの部屋のドアが開く音、荷物を置いてすぐまたドアの音がし、階段を降りて行く足音が聞こえた。

 

 ミエさんがこれからガロのことをミキに話すのだろう。一階から漂う緊張感がより強くなった。

 

 ドア越しにそっと耳を澄ませる。何を言っているのかは聞こえない。ミエさんはどういう風に話して、ミキがどう返すのか……。コウには全く想像がつかなった。

 

 15分ほどした頃だろうか。

 あたりのオレンジが濃くなり、夕焼けから夕闇に変わろうとしている。窓の外から淡い優しい光がふわふわと飛んできた。火灯し妖精が机の古蝋燭にそっと触れると、優しい小さな火が灯された。

 

 「やだ! ぜったい、やだ!!」

 

 突然ミキの大声が聞こえ、コウはビクッと肩を震わせた。

 

 「わたし、探しにいくもん! 門の塔に行くもん!!」

 「ダメだって言ってるだろう? あそこは危険な場所だから……」

 「だったら、なおさらガロを助けに行かなきゃじゃん!」

 「ダメだよ! こういうときは捜索隊に連絡をして……」

 「それじゃ遅いよ!」

 「遅いも何も、危険な場所だから中のことがわかってる捜索隊にお願いするんだよ」

 「そんなに危険な場所なのに私と同い年のコウはどうして入っていいの? 私がダメな理由は? 魔法だって沢山勉強してるのにどうして?」

 「そ、それは……」

 「もういい! ママなんか知らない!」

 「ちょっと! ミキ!」

 

 ミエさんが大声で叫んだあと、バタバタと勢いよく階段を上る音が聞こえ、ドアが力強く締る音が響き渡った。

 コウはゆっくりと部屋のドアを開け、できるだけ物音を立てずに一階へ降りた。

 

 「あの……ミキは?」

 コウは一階にいたミエさんに声をかけた。

 

 ミエさんは机に肘をつき、その手で眉間を摘みながら「あの子は……」と額に皺を寄せた。


 

 その夜、ミキは部屋から出て来ず、夕食はミエさんと二人きりでとった。

 あんなことがあったあとなので、なんとも気まずい空気で溢れかえっていた。踊り子の仕事で不在のミナさんがいてくれれば……なんてコウは思った。

 

 「コウくん」

 「は、はい!」

 

 ミエさんに声をかけられ、上ずった声が出てしまった。

 

 「コウくんは、門の塔に行くってお父さんに相談したとき、どうだった?」

 

 ミエさんの声色からは、ミエさんが今何を考えてどう答えを出そうかと悩んでいるように思えた。

 

 「もちろん反対されました」コウは淡々と語る。

 「絶対にダメだって怒られました」

 

 ミエさんは箸を動かす手をとめ、コウの言葉を聞く。

 

 「その前にアルバイトを始めたときも、バイクに乗りたいって話したときも、反対されました。でも、父も考えを改めてくれて、数日経ってから条件付きでOKしてくれました」

 

 「条件付き?」

 ミエさんはすかさず質問する。

 

 「はい。父の知り合いの店でのみとか、体調が悪くならない程度の時間だけ、とか」コウは付け加えるように「門の塔の攻略も、『必ず生きて帰ってくること』と、『難しいと思ったら無理せず中断すること』を条件にって……」

 

 「そうかい……」

 

 今の空気を感じ取ってか、食卓のあのピンク色の花は少し萎れて元気がないように見える。まるでミエさんの心境を表すかのように。

 

 夕食を食べ終えコウが二階へ戻ると、ミキの部屋の前には冷えた夕食をのせた盆がチェストに置かれていた。

 部屋の中でミキはどうしているのだろう? コウはミキのことが気になりながらも、今日はそっとしておこうと思い、そのまま部屋へ入り、就寝した。

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