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門の塔(改稿版)  作者: 小望月待宵
第1章
10/12

第5話ー2 レウテーニャ魔法大学校

 秘密の抜け道から小道を歩き、ときおり他の生徒や警備員の目を搔い潜りながらいくつかの校舎や校庭を抜け、三人は西棟の3階へ向かった。

 途中、大きな絵画に描かれた男性の目がこちらを見ていて背筋が凍ったり、大きな花瓶に生けられたキレイな花たちが「ワンワン! ワンワン!」と吠えだしたときは心臓が肋骨を突き破って出てくるんじゃないかと思うほど驚いたが、なんとか無事に西棟の3階の廊下まで辿り着いた。

 

 ミキとマワの後ろについて廊下を歩くコウは、途中の教室に掲げられた小さな札が気になった。

 

 薬品保管庫、魔法生物素材保管庫、呪術実験室、魔法薬調合室……。


 バーオボの学校では見かけないであろう言葉が書かれた札は、コウにとってとても新鮮で、この部屋ではどんな授業が行われていて、どんな物が保管されていて……と想像するだけでも楽しかった。

 

 「さて、ここだよ」

 

 マワがそう言った先には、コウたちの背の3倍はある大きな木製の観音開きの框戸があった。左右の扉にはそれぞれレウテーニャ魔法大学校の校章が大きく彫刻されており、威厳を示していた。

 

 ミキが扉についた黒い輪っかの持ち手を掴み、ゆっくりと開いた。

 

 そしてその中へ入るや、コウは思わず「わぁ……!」と感嘆の声を漏らしていた。

 

 扉からは想像がつかないほど高い天井、その高い天井ギリギリまで背がある沢山の本棚、本棚の間を動く梯子、積まれた本が次から次へと本棚へ戻っていく様……。バーオボ1の本の虫として知られるコウにとって、まさに夢のような世界がそこには広がっていたのだ。

 

 「す、すごい……! これがレウテーニャ魔法大学校の図書室……!」

 コウはまるで、初めて遊園地に来た幼児のように目をキラキラと輝かせ、図書室を360度見渡しながら少しはしゃぎ始めた。本棚を舐めるように見回し、一冊の本を引き抜いては感心し、また別の本を引き抜いては感嘆していた。

 

 ミキとマワは、図書室へ入ってすぐ左側にある、大きなカウンターのような場所へ向かった。

 

 「あの、すみません」

 ミキがそう言うと、カウンター下で何やら作業をしていた人がひょっこりと顔を出す。

 

 その様子を横目に見ていたコウは、本棚を見ていた視線をカウンターのほうへ移した。いや、移さざるを得なくなった。なぜなら、カウンターからひょっこりと顔を出した人物の頭は、鋭い嘴と目を持った白い羽毛に覆われた鳥の頭――いや、ワシの頭だったからだ。

 

 「なんだい?」

 ワシ頭の司書はミキに聞く。

 

 「七日間講義のチラシを頂きたいのですが」

 

 ミキにそう言われたワシ頭の司書は手に持っていた濃いブラウンの杖を振ると、カウンターの奥にあるチラシ置き場から一枚のチラシがミキへふわりと飛んでいった。そして、ミキの手元へチラシはおさまった。

 

 「ありがとうございます!」

 ミキがそう言うと、ミキとマワはコウの元へ戻って来た。

 

 図書室の中央あたりにあるテーブルの一つに腰かけ、テーブルのど真ん中にチラシを置き、三人は本題に入った。

 

 「さてと、七日間講義の実施校は――」

 「あ、あのさ、その前にって言ったらあれなんだけど、あのカウンターの司書、どうして頭だけワシみたいな頭なの?」

 コウは、ミキの言葉を遮りそう聞いた。

 

 頭は誰がどう見てもワシ頭だが、体はヒューマニ族の男性のようだった。ドガール族やエルフィナ族以外にも変わった種族が聖地テルパーノにはいるのか気になったのだ。

 

 「ああ、彼かい? 彼は正真正銘ヒューマニ族だよ。ただ……魔法事故で頭だけワシになったらしい……と聞いたことがある」

 マワは愉快にそう答える。

 

 「そう……なんだ」

 

 「あそこにいるもう一人の司書」

 マワがそう言って指をさした先には、イカのようなうにょうにょして沢山の吸盤をつけた白い足を十本ほど動かして仕事している上半身はヒューマニ族の男性がいた。

 「あの人も同じく、魔法事故でイカ足になってしまったらしい」

 

 コウはその光景を見て背筋が凍るような感覚に襲われた。

 

 「魔法事故って……もしもあんな風になったら……もう一生戻らないの?」

 コウは恐る恐る二人に聞く。

 

 「治ることもあるらしいけど……」と、ミキ。

 「少なからず、彼らは戻らなかったみたいだね」と、愉快そうにマワ。

 

 これ以上魔法事故のことを聞くと後悔しそうだと思い、コウは話題を七日間講義へ戻すことにした。

 

 コウは、二人が貰って来てくれたチラシに目を通した。

 七日間講義の実施校は、聖地テルパーノでは4校のみ。

 

 一つ目は、ここ、レウテーニャ魔法大学校。二つ目は、聖ウルロー学院。三つ目がイリーカ魔法海洋学校。四つ目がポポルーン魔女学校。

 

 レウテーニャ魔法大学校は、費用は少し高めだが、国籍種族性別年齢関係なく誰でも受講可能だ。聖ウルロー学院は、コウが調べていた通り、受講料がとてつもなく高く、そして貴族王族皇族しか受講ができない。イリーカ魔法海洋学校は、費用が安く、誰でも受講可能だが、いわゆる治安のあまりよくない学校だ。よほどお金のない攻略者くらいしか行かない。最後のポポルーン魔女学校は、値段は他校と比べて中間くらいだが、魔女学校ということもあってか女性のみを優先しているらしい記述がなされている。

 

 コウの調べてきた情報と、ミキとマワの情報、チラシの情報を見ても、やはりレウテーニャ魔法大学校で受講するのが一番のようだった。

 

 「やっぱり、レウテーニャで受けるほうが良さそう……」

 コウがそう言うと、ミキもマワも頷いてくれた。

 

 「私たちも魔法のことならアドバイスできると思うし、それがいいと思う!」

 「そうだね。何か迷ったときに~! この僕が~! いつでも~! 占ってあげられるか~ら~ね~!」

 マワは、まるでオペラ歌手のようにそう歌う。

 

 突然何が起こったのかとコウが思っていると、ミキが耳打ちをしてきた。

 

 「マワね、最近大衆演劇にハマってて、急にああやって歌いだすことがあるの。だから気にしないで」

 うん、わかった、とコウは少し苦笑いしつつも、マワの様子を受け入れた。

 

 「さて、一限が終わるまでまだ時間があるね。せっかく~だから~! この僕が~占って~進ぜようではな~い~か~」

 マワはまた愉快に歌いながらそう言う。

 

 「え、えっと……。占ってもらってもいいの?」

 「ああ~! いいとも~! もちろ~ん! ミキも~ね~」

 「えっ? 私も?」

 

 マワの進言もあり、二人はさっそく占ってもらうことにした。

 

 テーブルを挟んで向こう側にマワ、そして、その逆側にコウとミキは隣同士で座る。

 

 マワは、自身が下げている淡い紫のサコッシュから何やら小さな箱のようなものを取り出した。その箱には黒い猫の絵が描かれており、なんとも神秘的な印象をコウは持った。

 マワは、その箱から少量のカードの束のような物を取り出すと、自身の懐から黒く輝く石の柄がついた、紫色の木製の杖を取り出した。

 

 「今はまだ昼間。月の力を借りることができないのでね、ワンカードオラクルで勘弁してくれたまえ」

 

 「ワンカードオラクルって?」

 マワの言った言葉の意味がわからず、コウはすかさず聞いた。

 

 「そうだ。コウくんは占い初心者だったね。簡単にだが、教えてあげよう」

 

 まず、タロットカードというものは、22枚の大アルカナと呼ばれるカードと、56枚の小アルカナのカードで構成されており、計78枚がセットになっている。それぞれに特徴的な絵柄や数字や名前が記載されており、その組み合わせや引いた順番、絵の向きの正逆などからキーワードを導き出し、運勢や未来を占っていくのだそうだ。

 

 「まずは見せてあげようか」マワはそう言って、22枚のカードをコウに手渡した。

 「これが大アルカナのカードだよ」

 

 コウは受け取ったカードを一枚一枚スライドさせてみる。

 

 一枚目は「1 魔術師」と書かれたカードで、赤い首輪をした白猫が右手に掲げた杖を操り、何やら魔法を使っている様子の絵が描かれており、ときおり猫の尻尾が動いたり、テーブルに乗ったカップが落ちたりしている。


 二枚目は「18 月」と書かれたカードで、月夜をバックに、左右には茶色い猫とビーグル犬が描かれている。真ん中に描かれたザリガニが動いたかと思うと猫の手を挟み、絵の中で大暴れしている。


 他のカードもスライドさせて見てみると、中には必ず猫が描かれており、自由気ままに動いては暴れ、中には寝ているものもあったり、見ているだけで面白いと思った。

 

 コウはマワへ大アルカナのカードの束を返すと、マワは手に持った紫色の杖でその束をポンと軽く叩いた。すると、22枚のカードが一瞬宙に浮いたかと思うと、テーブルの上で、まるでフォーメーションを組みながらダンスを踊っているかのように、バラバラになっては纏まり、クルクルと回ったかと思うとまた一つになり、魔法の力でシャッフルされ始めた。

 

 「ワンカードオラクルは、この22枚の大アルカナの中から一枚選んだカードで運勢を占う方法なんだ」

 

 数分もしないうちにカードが完全にシャッフルところで、22枚のカードは一束となり、いつでも準備万端ですよという雰囲気を醸し出していた。

 

 「ではまず、ミキから引いてもらおうか」

 マワはそう言うと、「ミキの誕生日はいつだったかな?」

 

 「私の誕生日? えっと、4月12日だよ?」

 

 ミキがそう言うと、マワはふむふむと頷いたあと、

 「では……月の光よ、陽光に隠れた我が主よ、7つの魂からその者の道を示したまえ」

 と言いながら束になったカードを紫色の杖でポンと叩いた。

 

 すると、今度はまるでマジシャンがトランプカードを切るかのように、シャッシャッと音を鳴らして自動で動き始めた。

 数秒もしないうちにカードは切り終わり、また一つの束となったあと、上から7枚目のカードがすっと引き抜かれた。

 マワが紫色の杖を緩やかに振ると、そのカードはひらりと横にめくれ、絵柄が現れた。

 

 カードの下部に「0」という数字が書かれており、絵はコウたちから見て逆さまだった。


 カードには、一匹の三毛猫が蝶を捕まえるため崖から落ちそうになりながらも、「今日はお気に入りのクッションで寝ながら飯を食うぞ」などと意気込んでいる様子が描かれている。時々、蝶がひらひらと舞い、猫がそれを掴むような仕草を見せている。

 

 「『愚者』だね。そして『正位置』だ」

 マワはカードを見てそう言う。

 

 「どういう意味なの?」

 ミキがすかさず聞く。

 

 「うむ」とマワはそう呟いたあと、

 「ミキにとって”重要な岐路の予感”、”新たなスタート”、”旅”……。近い未来で、そう言った出来事が起きるかもしれないね」

 

 「”重要な岐路”、”新たなスタート”、”旅”……」ミキは、マワに言われたキーワードをブツブツを復唱する。

 「何かいい兆しってことなのかな?」

 

 「それは、ミキ次第だろうね」

 マワさんは付け加えるように 「ただ、ミキは少し無鉄砲なところがあるから、そこは要注意だよ」

 

 「うっ……はーい」

 ミキはまるで大人に諭された子供のように返事した。

 

 マワは微笑みを見せたあと、コウに視線を移し

 「それではコウくんを占おうか」

 

 そしてマワが杖を振ると、22枚のカードは束になったかと思うと、またバラバラになり、カードが回転したかと思うと、また束になるを繰り返し、ミキに聞いたのと同じようにコウの誕生日を聞き、また杖でポンとカードの束を軽く叩くとまたカードがシャッフルされていった。

 

 最後にカードが一つの束となったあと、上から4枚目のカードが引き抜かれ、くるりとめくれる。その絵柄を三人に見せた。

 

 「『戦車』の『逆位置』か」

 マワはカードを見てそう言った。

 

 カードにはコウから見て上部に「7」という数字が書かれており、戦車に乗った白い猫が二羽の孔雀を従えてどこかに攻め入ろうとする様子が描かれていた。何やら絵が動いているなと思って見ていると、絵の中の孔雀が喧嘩し始めたかと思うと、戦車に乗った白い猫がシャーッと威嚇し、孔雀を叱りつけ始めたので、コウは思わずクスッと笑ってしまった。

 

 「マワ、その『逆位置』っていうの、やっぱり悪い意味になったりするの?」

 ミキは恐る恐る聞く。

 

 「うーん。悪い意味になることもあるし、そうとも限らないこともある。逆を言えば、『正位置』もいい意味を示すこともあれば、悪い意味を示すこともある。ようはそのとき次第ってことだね」

 マワは続ける。

 

 「この『戦車』の『逆位置』だと」

 マワは『戦車』のカードを取り指で挟んでこちらへ見せながら

 「”計画がとん挫する”、”目標を見失う”、”空回り”するが主なキーワードになる。もしかしたらコウくんは近い未来に、突然ひょんなことから計画がとん挫して物事がうまくいかなくなるのかもしれない。今のところ悪い意味だね。でも、占いはただ悪い意味を伝えるだけじゃない。未来に対してアドバイスすることもできる。『戦車』というカードには”力”や”前進”というメインイメージもある。もしも計画がとん挫したり空回りするようなことがあれば、”迷わず自分を信じて前進あるのみだよ”、とアドバイスすることもできるわけだね」

 

 ミキは、マワの説明を聞き、なるほど、と頷いたあと

 「じゃあ、もしも『正位置』なら?」

 

 「そうだね。”パワー”、”攻めの姿勢”、”勝利”といったところかな。”何か計画がうまくいく兆しが見える。ただ障害は大きいので、忍耐が必要。ただし、諦めたらそこで試合終了。信じて前進せよ”って感じかな」

 「いい意味だ」

 「そうだね。でもカードの正逆の意味が必ずその通りになるとは限らない。そこをどう読み解いて次に活かすか、だと僕は思っているよ」

 

 マワは22枚のカードを束ねたあと、元の箱へ戻した。

 そして、そのタイミングを見計らったかのように、校内にベルの音が響き渡った。

 

 「あ、一限終わりだ」

 ミキはその音を聞いてそう言う。

 

 「うむ。では、僕はそろそろお暇しようかな」

 タロットカードを入れていた箱をサコッシュへ仕舞いながら立ち上がり、マワはそう言った。

 

 「マワ、ありがとう!」

 「マワさん、ありがとうございました!」

 コウとミキはマワにお礼を言った。

 

 「ふふ。いい暇つぶしにもなったし、一限のサボりに丁度良かったよ。それでは」

 マワはそう言って、図書室を颯爽と出て行った。

 

 コウとミキは図書室を後にしたあと、他の生徒に見つからないよううまく掻い潜りながらあの秘密の抜け道の前まで来ていた。

 ミキは二限を受けるため学校に残らねばならず、コウは七日間講義のことを調べられたこと、レウテーニャ魔法大学校の雰囲気などを少しだけ味わうことができたので今日のところは一旦帰宅し、明日改めて七日間講義の受講申請をすることにしたのだ。

 

 ミキは、自身の杖で抜け道に小さな銀色の校章を叩いた。

 「それじゃあ、また家でね!」

 「うん! ここまでありがとう! また後でね」

 

 コウはそう言うと、ミキが開けてくれた抜け道を通り、レウテーニャ魔法大学校を後にした。

 

 

 ◆

 

 

 (さて、一限の呪術学はサボれた。次はどこでサボろうか)

 

 コウとミキと図書室で別れたあと、一人校内をうろつく少女――マワ・タッペルは、中庭の秘密の教室、北寮のドッキリ部屋、校庭の噴水の地下公園……、思いつく限りの場所を浮かべ、次のサボリ場所へ向かっていた。

 

 ローファーの踵を軽快に鳴らし、まっ黒なローブを靡かせ、先の折れ曲がったトンガリ帽子で顔を隠しながら廊下を歩く。

 

 マワの二コマ目の授業は”占術学”。そして、マワの専攻は”占術・呪術学”。専攻しているということは昇級のために必須の科目なのだが、如何せん、マワには何が何でも出たくない理由があるのだ。

 

(兄さんにまた何て言われるか……)

 

 そう。マワの2人目の兄マレ・タッペルは、レウテーニャ魔法大学校の初等部で占術・呪術学を教える教師なのだ。

 

 眉目秀麗、頭脳明晰……。2番目の兄マレ・タッペルと言い表すと、誰もがこの二つを思い浮かべる。

 背が高いうえ手足も長く、どんなな服を着せても似合い、勉強をさせれば常にトップの成績、魔法は一流、いざ占いをさせればタッペル家の息子らしく見事に大当たり。そして、すれ違う女性は彼に目を奪われ、男性は嫉妬しようにもその容姿と頭脳を前にひれ伏すしかない。だが、当の本人はその容姿や頭脳を言い訳に調子に乗ることはなく、他人には謙虚で腰が低く優しい。なのに「自分には足りない部分が多い」といつも口癖のように言うのだ。

 

(やっと着いた)

 

 知り合いや兄のマレが通るであろう廊下や校舎は避け、人目の付かないサボリ場所へマワはやってきた。

 

 ここは、レウテーニャ魔法大学校の北寮のとある隠し部屋――通称”北寮のドッキリ部屋”だ。

 誰がこんな場所に作ったのか、それとも魔法で出来た建物が勝手に作ったのか……真相は定かではないが、何の前触れもなく突然現れるのでみんな驚くから”ドッキリ部屋”と呼ばれている。

 

 レウテーニャ魔法大学校の北寮に在籍する生徒は、この寮へ入ったときに上級生から「ドッキリ部屋には何がいるかわからない。入ったきり行方不明になった生徒もいる。見つけても近づいてはいけない」と寮のルールとして、ほんの少し脅しの要素も加えつつ教わる。なのでこの部屋には北寮の生徒はもちろん、上級生ですら来ることがないのだ。その”北寮のドッキリ部屋”へ入る方法を、何故、寮生でもないマワが知っているかというと、このドッキリ部屋は1番目の姉であるマル・タッペルがこっそりと教えてくれたのだ。

 

 入り方はいたってシンプル、自身の杖を北寮1階の廊下の東の一番端、人気のないその場所の天井にある小さな銀色の校章に向かって自分の杖を2~3回振るだけ。すると、目の前の壁に木製の古い扉が出現するのだ。

 

 マワはいつも通りの手順で杖を振り、ドッキリ部屋へと入った。

 

 部屋は白い漆喰の壁に、少し軋む音がする木製の床、そして木製の天井。狭くもなく広くもなく、誰かが置いたのか大きなクッションと枕が壁際に置かれている。窓から差し込んだ昼間の陽光に埃が反射し、キラキラと光っている。少し埃っぽいのがあれだが、サボリをするには打ってつけの場所だ。

 

 マワは大きなクッションの横にサコッシュを置き、ドスン! と音を立て横になった。

 

 天井を見つめながら、右手に持った紫色の杖を振ってみる。

 「レーカヒ」

 すると、マワの杖の先から小さな白い光がふわりと出現した。

 

 その小さな白い光を眺め、マワは物思いにふける。

 

 マワは、ずっと”タッペル”という名前に窮屈な思いをしてきた。どこへ行くにも”タッペル”という名前が付きまとって、人目を気にした行動をとらねばならない。そして、成績や魔法も一流でならねばならない。そんな重圧感に疲れ切ってしまったのだ。

 

 マワは、代々占い師や巫覡としての正当な血筋を受け継いできたタッペル家の4番目の次女として生まれた。

 

 父親は現在タッペル家の次期当主として、そして巫覡として呪術を行う職に就いている。母親は遠い国の占い師の家系から嫁いできた女占い師だ。兄弟は、1番上の姉は15歳上のマル、2番目の兄は12歳上のマレ、3番目のもう一人の兄は5歳上マロがいる。


 マワを含むタッペル家の兄弟は、幼少期から占術・呪術の英才教育を受けており、レウテーニャ魔法大学校入学前から全ての知識を叩きこまれている。

 だからこそタッペル家の子供であるならば、成績トップがあたり前、という雰囲気があるのだ。

 

 「……」

 マワは、小さな白い光を見つめ続ける。

 

 勉強をしなくてはならないことはわかっている。自身も占いが好きだし、占いの奥深くまで理解したい。だが、教師が眉目秀麗、頭脳明晰な実の兄で、それだけでもやりづらいのに、何かと理由をつけて話しかけてこようとするのだ。


 いざ口を開けば、「勉強は?」「またサボったのか?」「落第しないように」。

 そして最後には「父さんと母さんの言うことをよく聞きなさい」。


 そんな言葉にうんざりしているところに、マワとマレが話しているところを見かけた女子生徒から「タッペル先生の連絡先を教えろ」とせがまれてしまう。ただの兄だぞ? とマワは毎度思っているが、そんなことを言うと何をされるかわからないので断って逃げるしかないのだ。

 

 まずい、家のことを考えたくないのに考えてしまった。

 マワは思考を今朝のことに入れ替えることにした。

 

 今朝の新しい出会い。友人のミキ・ルル・アミマドの家に泊まっているという、攻略者の少年コウ・レオーニ。

 

「愚者と戦車か……」

 

 今朝、二人を占ったときに出たカード。愚者のカードは自身から見て『正位置』。戦車のカードは『逆位置』だった。タロット占いをするとき、基本占い師から見た位置で正逆を見るのだが。

 

「彼女たちから見ると……」

 

 二人の位置から見ると、愚者のカードは『逆位置』、戦車のカードは『正位置』。

 

 愚者のカードの『逆位置』は、”どこかで選択を誤る”、”無計画”、”無鉄砲”、”失敗”。

 戦車のカードの『正位置』は、”攻めの姿勢”、”乗り越える”、”前進”、”道を開く”。

 

 果たして、それぞれが意味することとは……。

 

(まあ、それとなしに伝えておいたし、あとは自分たちでなんとかするだろう)

 

 「それにしても、ミキは本当に面白い子だな」

 マワはぼそりと呟くと、持っていた杖を仕舞い、体を横に向け、遠くの校舎で行われているであろう授業など目もくれず、そのまま眠りについた。

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