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8話(高2メイ張本5)『強き者』

 あれはあなたがこの病室に訪れた後のこと。


「どうしてなんだよ!真実!」


 普段はどんな時でも声を荒らげることの無い、穏やかな男が静かな個室の病室で張本真実に怒鳴った。


「お父さん、私は見ず知らずの人の、嘘つきかもしれない人の心臓は嫌なんだよ」


 張本にお父さん、と呼ばれた人間の怒号が再び病室に響く。


「遺族の方からお話を聞けばいい!その人がいかに素晴らしい人だったかも聞ける!それならいいだろう!?」


「私は自分の目で、その人がどんな人なのか確認したいのよ。第一、遺族の方が自分の家族の悪いところを言うわけないじゃない」


 感情が極限まで高ぶっているのか、今にも泣き出してしまいそうな震える声で張本真実の父親が言った。


「心臓の移植が出来るんだぞ!医者も心臓移植が必要と言っていたじゃないか、どうして!お前は……そんなに……」


 張本は普段は優しかった父親、いや今でも優しいのだ。それなのにもかかわらず、張本は自分のためを想い、心臓移植の話を切り出した優しい父親にこんな事を言ってしまい、後悔した。


 張本は自分で他人に迷惑をかけたくないと思っているのに、結局根っこは自分優先で他人に迷惑をかけてしまう自分が憎たらしかった。


 張本は思考する、


 今もそうだ。奇怪という不思議な存在が田宮芯人を脳死させようとしたのは私自身の弱さが原因だ。自分のプライドのせいで未だに心臓移植をしておらず正直者の心臓が欲しいなんて高望みした私のせいだ。結局は全部私が悪い。全部、全部。


 張本が目を閉じたまま口を開く。


「私は、実は心臓の移植が出来るはずだったのよ。だけど、その人がどんな人か分からなかったから、正直者か分からなかったから、断った」


 芯人は驚いたが何も言わず、張本の続きの言葉を待った。


「お父さんはあのクラスメイト達と違って私を本気で心配してくれているのに……くだらないプライドで心臓移植を断って、私って、親不孝者よ……」


 訪ねてきた男の子の前で常に自分を強く見せようと、強くあろうとした少女の頬を一滴の雫が伝った。


 芯人はそんな姿を見て、彼女の想いを聞いて、正直者らしく自分の言葉で、想いで、張本に応える。


「ああ、確かに張本がやっていることは親不孝だ。世の中のほとんどの人間はそう言うと思う。だけど、これは自分の人生なんだよ」


 張本は頬の水滴をハンカチで拭きながら芯人が言い放った言葉を復唱した。


「……自分の、人生……?」


「そうだ、自分の人生だ。生きても、死んでも、自分の人生だ。他人にどう言われようと関係ない、他人に何かを否定される筋合いは無い」


「でも……お父さん、お母さんが死んでからっ、ずっと一人で私を育ててくれたお父さんっ、の気持ちを……蔑ろに……っ」


 張本は嗚咽で上手く言葉を発することが難しかったが、ゆっくりと、しっかりと自分の気持ちを自分のペースで吐露した。


「親だって突き詰めれば他人だ、自分じゃない。他人にどう言われようとも、結局は自分の人生で、自分が決めるんだ。張本はどうしたいんだよ」


 自分がどうしたいか、張本は考える。自分の人生で何を決めるべきか、張本は考える。他人のことなぞ考えず、自分のことだけ、張本は考える。


「……私は、私はっ……」


 過呼吸、嗚咽で上手く声を上げることができない張本は時間をかけて呼吸を整え、心を整理する。


「私はやっぱりっ、正直者の心臓が……欲しい……ッ」


「ああ、そうだよな」


 少女の嗚咽が病室内で響いた。ずっと堪えていたから、ずっと耐えていたから、ずっと我慢していたから、一度感情が、気持ちが溢れるともう止まらない。


 無帰が珍しく焦ったのか、早口で芯人に言った。


「何故、あの人を肯定するようなことを言うんですか、もしかしたら『魂の叫喚』が取り消されず、お前はずっと奇怪に襲われ続けるかもしれないんですよ」


 無帰は奇怪に殺されるかもしれないんですよ、と言って芯人に迫る。その表情はいつもの無感情に見える無表情ではなく、芯人を本気で心配しているような、最悪の事態を恐れているような、そんな顔をした。


「僕は肯定も、否定もしてないよ。僕はただ、自分の人生を生きろ、と言っただけだよ。第一、僕は奇怪からの折り紙付きの正直者なんだ。あんなに本気で悩んでいる張本に自分の気持ち、考えを隠すことは出来なかった」


 続けて芯人は口にする。


「もし僕が奇怪に襲われ続けることになったら、その時はごめん。勝手なのは分かってるんだけど、僕を助けてくれないか」


 無帰が居ないとだめなんだ、そう芯人が言うと、無帰はいつもの無感情に見える無表情で言った。


「はあ、全くお前という人間は……でも」


「……でも?」


「そういうところ、嫌いじゃないです」


 そんな素直な言葉が無帰から出てくると思わなかった芯人は一瞬面食らったが、気を取り直し、無帰に言わなければいけないことを口にする。


「ありがとう、無帰」


 張本がハンカチで顔を拭き、病室を見渡しながら声を上げる


「私が生んだ奇怪さん、まずはありがとう。私の願いを叶えようとしてくれて。心臓を探してくれて。でももういいの、もう叶えようとしてくれなくていいの」


 どこからか出自不明の声がし、病室の中で響いた。


「心臓は、正直者の心臓はもういらないのか、ならば何が必要なのか、我を創造した少女よ」


 その声は男か女か、そもそも人間なのかすら判断がつかないような声だった。一言で表すと、不気味だ。そして言わずもがなその声の持ち主の正体は。


「……奇怪っ!」


 芯人は周りを必死に警戒するが、その声の持ち主は姿を現す気配はなかったし、車やイチゴ大福のように何か物が動いて芯人を襲う気配もなかった。


 張本はその不気味な奇怪の声に語りかける。


「私は、未だに正直者の心臓が欲しい、そう思っている、その気持ちは変わらない。だけど、これは私の人生なの、あなたが選んだ人ではなくて私が選んだ人の心臓が必要なの、私が決めるの。だからもういいのよ」


程なくして、また奇怪の声が病室に響いた。


「承知した、強き少女よ」


 その奇怪の声の後、張本の身体から何かの欠片のような塵のような物質が溢れ出した。


「無帰っ!これは……!?」


 芯人は何が起きているのか分からず、取り乱しながら無帰の方を見た。無帰は芯人とは違い冷静な様子で張本を観察して、状況を把握していた。


「これは多分『魂の叫喚』が取り消されたことにより、意識の中に居た奇怪が消滅し、塵になっているんだと思います」


 芯人が張本を見ると張本は混乱していたが、どこか満たされたような顔をしていた。きっと自分の気持ちを、想いを再認識することが出来たからだろう、そう芯人は思った。


「『魂の叫喚』が取り消されても奇怪は塵になるんですね……知らなかったです、お前」


 もう例の声はどこからもしなかった。もう既に彼女の願いは、『魂の叫喚』は取り消されていたから。彼女は自分の人生だから、自分で心臓を選ぶ、そう決心したから。


 塵が自分の身体からもう出なくなってから、張本が芯人に話しかけた。


「色々とありがとう、そして迷惑をかけてごめんなさい芯人くん」


 張本はベッドから立ち上がり、深く頭を下げて芯人に謝った。いつもの無愛想でトゲトゲしい態度ではなく、年相応の女の子のような言い方で謝った。


「礼を言われることは何もしてないし、謝る必要も無い。あとくん付けは辞めてくれ、クラスメイトだろ?」


 張本は刹那の間、戸惑ったような表情を見せたが、それは一瞬で、すぐに微笑んで頷いた。


「分かった。芯人」


 無帰は微笑む張本に指先でツンツンし、張本が無帰の方を見ると、無帰は和んでいた雰囲気を壊すような冷たい声で言った。


「私には謝って欲しいですね。危うくこのマヌケが死にそうになる場面が幾度とありました」


 マヌケ、ではなく芯人が死ぬと、無帰に彼女になって欲しいという『魂の叫喚』を無帰は叶えることが出来なくなるため、無帰は塵になる。つまり人間で言うところの死だ。


「……そうね、無帰さん。あなたにも迷惑をかけたわ。ごめんなさい」


 無帰は腕組みをし、張本から視線を逸らし、何かを言おうとしているのか口を開いたり閉じたりするが、結局何も言わなかった。


 まるで子供が癇癪を起こしたような態度を取る無帰を見て可愛いな、と思った張本と芯人は、無帰が何か話すのを待ってみることにした。すると無帰は二人を見向きもせずに言った。


「ずっと私を見つめないでください、お前たち。気持ち悪いです」


 そう言って無帰は消えてしまった。消えた、というのは塵になったのではなく、その場から消えただけで、実際は芯人の意識の中に戻っただけだ。


 芯人と張本は一瞬お互いの顔を見合わせた。直後緊張が和らげたのか、二人から笑いが漏れた。


「芯人、無帰さんって冷たい態度を取るような感じだけど、なんだか可愛らしいわね」


 芯人はそうだな、と同調し改めて張本を見てみると、首に煌びやかに輝く紫色の宝石が付いたチェーンのネックレスをかけていることに気がついた。


「そのネックレス、この前病室で会った時には付けていなかったよな?」


 張本はネックレスの紫色の宝石の部分を大事にそうに手で持ち言った。


「ええ、お父さんが私にくれたのよ。心臓の移植が成功するように願掛けとしてね。だけどその後に喧嘩して、心臓移植の件はなしになっちゃったんだけれどね」


 恩を仇で返すとは……流石ですね。


 無帰が芯人の意識の中で皮肉を言った。


「こら無帰、そんなことを言うな」


 張本は無帰が何を言っているのかは聞こえなかったが、厳しい態度を取りがちな無帰がなんと言っているのか、なんとなく理解して。


「そうね、私は自分のことだけじゃなくえお父さんとも向き合わないといけないわよね」


「大丈夫なのか?張本」


 芯人が訊くと張本は全く動じることなく、堂々とした様子で凛々しい表情をして言った。


「心配はいらないわ。だってこれは私の人生だもの」


 そこには少し前まで心が弱っていた少女の姿は無く、誰になんと言われようと、『自己』という芯を貫き通す、強き少女がいた。






高2メイ張本、終了です!


ご読了ありがとうございました!


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