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6話(高2メイ張本3)『零じゃないなら』

 奇怪の仕業、そう聞いて芯人は自分の目の前に居る白いロングスカートを身に纏い、腰まで伸ばされた黒い髪を持つ奇怪、無帰を見つめた。


 奇怪は『魂の叫喚』を叶える能力を持って生まれ、『魂の叫喚』を曲解し歪に叶えてしまう。つまり。


「誰かの『魂の叫喚』によって奇怪が生まれて、その奇怪の能力で僕は命を狙われている、といたいのか?」


 無帰は淡々と無感情に見える無表情で答える。


「はい、私はそう考えています、お前」


 前回芯人が遭遇した奇怪、無帰は自分を攻撃してくる訳ではなかったし、誰かを攻撃する奇怪ではなかった。そのため芯人は奇怪と相対する必要はなかった。

だが今回は違う。もし今回車に二度も襲われたのが奇怪のせいならば、今後も芯人は奇怪に悩まされ続ける、襲われ続ける。ならば。


「それなら、奇怪に対して何かしら対策をとる必要があるな」


 対策といっても芯人には具体的な対策が思いつかなかった。人間が攻撃をしてくるなら言葉や実力行使がある。動物が攻撃してくるなら躾や狩りがある。自然が攻撃をしてくるなら臨機応変にその時々によって行動を起こせる。だが奇怪はどうなのか、目の前に居る無帰に対しては何か対策をとったわけでもなんでもなかった。嫌だ、嫌だとただ駄々をこね、願い、願い、願い、たまたま自分の望む結果となった。芯人は何もしていない、たまたまあの場面を乗り切ったのだ。


 無帰が抑揚のない棒読みのような声で芯人に言った。


「対策ならありますよ、奇怪がお前が狙うのなら、奇怪を消せばいいんです」


「奇怪を……消す?」


 奇怪を消すということは問題の根本的な解決、つまり芯人が襲われる理由が完全に無くなる完璧な対策だ。至ってシンプルで、分かりやすい。だが大事なのは奇怪を消すという『目標』ではなく、『目標』を達成するための『方法』だ。目標を達成するために闇雲に行動をしても意味がない。


 そんなことを芯人は考えて。


「どうすれば、奇怪を消すことが出来るんだ?」


 すると無帰は「言われなくても説明しますよ、お前」と言い、奇怪を消す方法の説明を始めた。


「通常、奇怪は『魂の叫喚』を叶えると塵になります、消えます。ですが、今回は『魂の叫喚』がお前の死で『魂の叫喚』が叶うやり方は対策になりません。だから、通常ではない、異常な方法で奇怪を消そうと思います」


「異常……」


 すると無帰は再び無感情のように見える無表情で芯人に言った。


「奇怪を生み出した張本人の、『魂の叫喚』を取り下げさせるんです」


 芯人は思考する。『魂の叫喚』を取り下げさせる、そんなことが出来るのか。


 『魂の叫喚』とは人の強い気持ちだ、こうあって欲しいという気持ちだ。芯人を例にすると、あの日、バスが落ちた、あの日。落ちたくない、という強い気持ち、『魂の叫喚』を取り下げる、つまりは、落ちたくなくない、そう思わせなければならない。


(少し複雑な話だけれど、簡単にまとめると、奇怪を生み出した張本人で、芯人を恨んでいるであろう人間に、僕の命を諦めてください、と頼み込まないといけないのか。えっ)


「そんなこと、僕に出来るのか?」


 無帰は淡々と抑揚のない声で言った。


「出来るか出来ないか、ではないです。やるしかないんですよ。死にたくないのなら」


 死にたくない、というのは芯人の根底にある想いだ。あんなに優しかった芯人の祖母が行方不明になり生きているか、死んでいるかも分からなくなり、身近に死を感じてから芯人はずっと死を嫌ってきた。

だからバスが落ちた時もその想いの強さで奇怪の無帰を生むことが出来た。だが今回は想いだけでどうにかなる訳でもない。だから。


(死にたくない、だからやるしかない)


 芯人はそう決心した。


「そもそも、奇怪を生み出した本人は、奇怪という存在を生んだ自覚と、奇怪が『魂の叫喚』を叶えようとしていることを知っているのか?」


 そう、芯人を狙う奇怪を生み出した人間が奇怪について、『魂の叫喚』について何も知らなかったら『魂の叫喚』を取り消せと言ってもあちらからした意味がわからないのだ。そうしたら『魂の叫喚』を取り消すことは難しくなる。


 芯人に無帰はどうでしょうね、と言った。


「奇怪が丁寧に自己紹介をしていれば、知っているのでしょうけど、自己紹介をしたり、色々と奇怪について説明するかは奇怪によって変わります、個体差ってやつです、お前」


 無帰は無感情に見える無表情で言った。


「もし、お前を恨む人間が奇怪について、『魂の叫喚』について何も知らなかったら、奇怪である私が教えます。それはいいんですけど……」


 難しい所はまだある、と言わんばかりに無帰が言い淀んだ。その様子を見て芯人は口を開く。


「どうした?遠慮なんてしないでいつものようにざっくばらんに発言してくれよ」


 無帰は深いため息を吐いて、両手のひらを上に向けて顔の横に両手を移動した。


「まず大変なのが、お前を恨む人間を見つけないといけないんですよ、お前は一万はくだらないほどに恨まれていますからね」


「そんなわけあるかい!僕の何を無帰は知ってんだよ!」


 まだ出会って間もない無帰が芯人の何を知っているのか、いやまあ確かに芯人はかなり正直者で、思ったことを直ぐに言ってしまう所はあるので分かりやすい、理解しやすい人間ではある。


「え、少なかったですかね……では二万ほど?」


「お、お、いんだよ!殺したいほど僕を恨む人間が居たとしても3人くらいだ!」


「3人から恨まれるのも、多くの人からしたら多い方だと思いますが」


 こほん、と咳払いをした後、間を開けて、無帰は言った。


「とりあえず、恨まれていると心当たりのある人に探りを入れましょうか。奇怪の攻撃手段が車だけとは限りませんから、注意は必要ですが、お前」


「探りを入れるのなら一人は今日中に聞けそうだよ、無帰」


 無帰はきょとん、と首を傾げ言った。


「そんなに身近な人なんですか?お前。どんな人ですか?」


「それは……」




「にーに、今日帰ってくるの早いじゃん、どうしたの?」


 中学校から家に帰ってきた羅奈がリビングのソファに座る芯人に言った。


「体調が悪くてな」


 芯人は嘘の咳をしながら言った。そんな風には見えないけど、と言って羅奈はカバンをリビングに置いた。羅奈は変なところで鋭いため芯人は細心の注意を払い、話を切り出す。


「羅奈、大事な話があるんだが」


「どうしたの?にーに、もしかして……プロポーズ!?」


 羅奈は手を口に当てて、驚いたような表情を芯人に見せた。そのなんともわざとらしい動作に芯人はため息をついて。


「実の妹にプロポーズはしないし、法が結婚を許さない」


 羅奈は「じゃあなんなのさ、にーに」と言ってソファに座る芯人の前に立った。


「羅奈、僕のことを恨んでいないか?それも殺したいほどに」


「はあ?どういうこと、にーに」


 羅奈は先程のわざとらしく驚いた表情ではなく、目を見開き、本当の本当に、心の底から驚いた表情を芯人に見せた。


「一昨日、羅奈が買ってきたアイスを勝手に食べたことだよ、本当に申し訳なかったと思ってる」


「え、私そんなことしらなかったんだけど」


 まずい逃げなければ、そう芯人は思ったがもう遅い。ソファに置いていた芯人の手を羅奈はしっかりと掴み逃げれないようにした。 そして羅奈の顔はみるみる変わっていき、林檎のように赤く、般若のように険しい表情になった。まるで別人のようになった羅奈が芯人の胸ぐらを掴み。


 その後、閑静な住宅街にある一軒家には一人の男子高生の絶叫が響いた。


「失望しました、お前」


 奇怪よりも先に、家に生まれた般若に殺されないように芯人と無帰は家から少し離れたカフェに訪れた。


「もう少し真面目な心当たりがあると思っていたんですけど、アイスがどうのこうのとか……こんな時にふざけているんですか、お前」


 芯人と向き合う形で席に座っている無帰は注文してもらったパンケーキを食べながら言った。このカフェは料理が大きいことが特徴らしく、パンケーキも例外ではなかった。大きさは表現することが難しいが、食べ盛りの男子高校生である芯人が食べ切れるか怪しいほどに大きかった。


 だが流石奇怪と言うべきか、無帰は小柄な見た目に反して、どんどんとその大きなパンケーキを食べ進めていく。


「ふざけてはいない、ただ最近の心当たりは羅奈にしかなかったんだ。まあそんなに怒んないでくれ、ほらパンケーキもあげただろ?」


 無帰は「別に怒ってませんけどね、お前」と無表情で言ってパンケーキを食べ続けた。


「じゃあ、僕もこの店イチオシらしいビッグイチゴ大福を食べ始めようかな」


 芯人がフォークを手に取った瞬間、人間の手のひらに収まるサイズのイチゴ大福が宙にふわふわと浮き、止まった。誰かが糸などを使って引っ張り上げているわけでは無い。いちご大福が己の力で宙を舞っている、芯人には、いや無帰にもそう見えた。


 芯人はこのファンタジー小説のような状況に口を開けても言葉が出ず、そのままフリーズした。


 いつでも冷静沈着な無帰はどうかと言うと、いつも通り無表情ではあった。だがしかし、目を大きく見開いていて無帰もこの状況を理解出来ていないようだった。


 芯人は再び言葉を発しようとするが、やはり理解が追いつかない。今までに芯人が見たことが無い、いや芯人だけでは無い。人間が見たことがない景色が広がっている。


「……っ!」


 その瞬間、芯人の開いた口に、宙をふわふわと浮くイチゴ大福が目にも止まらぬ速さで飛んできた。芯人は考える暇もなく、避ける暇もなく、何も出来なかった。


 いちご大福がぐりぐりと芯人の口に押し込まれていく。そしていちご大福が口の中に入り、喉に通った、と言うより、喉が詰まった。


 あ、あああ、あああああああ。


 芯人は呼吸が出来ず、胸を叩いてイチゴ大福を吐き出そうとするが、奥まで詰まっているのか、なかなか出てこなかった。


 無帰に助けを求めようと無帰が座っていた席を見るが、もう既にそこに彼女は居なく、どこだと芯人が周りを見渡していると横から声がした。


「助けてほしいですか?お前」


 芯人の右に無帰が立っていた。芯人は胸をひたすら叩きながら、必死に頷いた。

その様子はまるでゴリラのドラミングのようだったが、田舎の平日の昼間、ということもあって、残念ながら誰にも見られることはなかった。


 芯人には友達が竹以外居ないので誰に見られても平気なのだが。


 閑話休題、無帰は分かりました、と言って精一杯拳を振り上げて、芯人の上腹部を殴った。一回、二回、三回と何度も何度も何度も殴った。一回一回のパンチはそこまで強い訳では無い。だが塵も積もれば山となる、何度も殴られたことがない芯人は席で悶え苦しむ。


 そして最終的に、イチゴ大福は芯人の咳と一緒に吐き出された。


「ゲホゲホッ……助かっ……たありがとう」


「なんでカエルの真似をしているんですか、お前」


「ゲコゲコじゃないわゲホゲホだ!咳だわ!あと腹がマジで痛い」


 芯人は呼吸を整え、皿に吐き出したイチゴ大福を見た。その見た目は宙を舞うことが出来るような翼はついておらず、極々普通のイチゴ大福であった。芯人の唾液まみれという点を除いて。


「無帰、今のはなんだったんだ」


「イチゴ大福が宙を舞い、お前の口に突っ込んだ、現実では起きないようなファンタジーな事が起きた、つまり……あとは言わなくてもわかりますよね、お前」


「また、僕を殺そうとする奇怪の能力か」


 無帰は少し考え込み。


「車がお前に突っ込んできたことも考えると、この奇怪は恐らく、物を動かす能力がありそうですね、お前」


 と無帰は言って再びパンケーキを食べだした。危うく芯人が死ぬかもしれなかった今の光景を目の当たりにして、何事も無かったかのようにパンケーキを食べる無帰に芯人は相当引いた。


イチゴ大福だから結構ポップに見えるシーンだったけど、僕一応死にかけたんだけどな。


「なあ、マジでどうすればいいと思う?無帰。僕に恨みがあるであろう人はあと二人いるが、かなり昔のことなんだ。今はどこに住んでいるのか知らないし、連絡もつかない。打つ手無しだ。しかもその二人が未だに僕を殺したいほど恨んでるとも思えないんだよ」


 うち一人は男、一人は女だ。何度か機会があって芯人は二人に電話をかけたことがあったがどちらも電話に出ることはなかった。芯人は無帰にそう説明した。


「誰も『電話』に『でんわ』ってことですね、お前」


「それ、羅奈とキャラが被るからやめてくれ」


 芯人が言ったそれ、というのは面白くないギャグの事だ。だがこれはかなり有名なダジャレのため、面白くないと言ってしまうと、かつてこのダジャレを見つけた先人に、面白いと考え広めた先人に失礼かもしれないため、ここでは面白いということにする。


「私は妹と血が繋がってますからね」


「繋がってない」


「あの子はいつも面白くないからー」


「家族ブルな、羅奈と無帰はまだ話したことすらないだろ」


 無帰は話を本題に戻すと、と抑揚のない声で言った。


「恨みを持つ人間が消息不明ならどうしようもないですよ、奇怪が能力を使いお前を攻撃してるなら、奇怪を生み出した張本人の発見なんてほぼ無理と言っても過言ではありません」


 ほぼ無理というのは証拠が残らないからだろう、そう芯人は理解した。警察が犯人を見つけるとき、事件現場での聞き込みや指紋などで事件の捜査をするだろう。だがそれは犯人が人間だからできることであり、奇怪だったらそうはいかない。奇怪はほとんどの人間からは見えないし、指紋も鑑定したところで身元は分からない。第一、奇怪を捕まえても意味が無い。奇怪を捕まえるイコール奇怪を生み出した本人の確保では無いのだから。


ただ、と言って無帰は俯いた。


「『魂の叫喚』がお前を殺す、ではなくなにか別の意図があるのならそこから特定に繋がるかもしれません、お前」


「別の意図?」


 別の意図、ということは二度車に襲われ、一度喉を詰まらせたことは、僕を殺そうとしたのではない、ということだが、そんなことはありえるのだろうか。車による事故と、喉を詰まらせる窒息という言葉からは、殺害、以外連想出来ない。


「ないだろ、別の意図なんて、僕を恨むやつがただ単に僕を殺したいと願っただけだ」


「ふーん」


 無帰が八割ほど食べ終わったパンケーキの残った二割に手をつけながら言った。


「なんだよ、ふーんって」


「ふーんはふーんで、ふーんですよ」


「脳死で話すな、大事な話だろ」


「今集中して食べているんで、黙っててもらってもいいですか、お前」


 芯人は口が悪いな、と思ったが、先程命を救ってもらったばかりだったので大目に見ることにした。


 先程芯人が言った脳死、という言葉はネットスラングで思考停止、と同じような使われ方をすることがあるが、それは不謹慎で、使うべき言葉ではないし、本来の言葉の意味ではなく自重したほうがいいかな、芯人はそんなことを考えた。


(脳死……)


「……ああっ、一つ心当たりがあるかもしれない!」


パンケーキを完食した無帰がどうせまたくだらないことでしょう、と言って机に置いてあったティッシュで口を拭いた。


「くだらなくない。これはかなり可能性が低いことだと自分でも思う。それでも、零じゃない、可能性が低くても、零じゃないなら、試す価値はある。僕はそう思う」


そう言って、芯人は心当たりを無帰に話し、その日の夕方、芯人は。

ご読了ありがとうございました!



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