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5話(高2メイ張本2)『偶然でも、必然でも』

「にーに、朝ごはんだよー」


 芯人は一階からの妹の羅奈の呼びかけで目を覚ました。ベッドの上で壁にかかっている時計を見ると、時刻は午前7時ちょうどで芯人にとっておおよそいつも通りの起床時間だった。


 一階に降りると、リビングには既に朝食と、それを作った羅奈がいた。朝食の内容はベーコンと目玉焼きを乗せたパンに、ココアだ。芯人の家では母親が亡くなってからは基本的に羅奈がご飯を作っている。


「いつもありがとう、羅奈」


「いいんだよ、にーに。将来お金請求するから47万円くらい」


「妙にリアルだな……47万円で何かしたいことでもあるのか?」


「うーん……アインシュタインの脳を私の頭に移植したいかな」


「怖すぎるわ!あと47万円で出来ると思うな!」


 そもそも脳の移植など出来るのか、ただの学生である芯人には分からなかった。

心臓や腎臓、肝臓などの臓器は移植出来るのは知っているけどな、そう芯人が考えていると。


「『死体』の脳を移植『したい』ってか。あははは」


 羅奈は何も面白くないギャグを言いながら一人で笑った。だが芯人はそれを完全にスルーして朝ごはんを食べ始めた。羅奈は面白くないダジャレ、韻踏みなどのギャグを好んで発言する節がある。なので芯人はいつもそんな羅奈を無視している。


「そういえば、昨日車に轢かれかけたんだよ、羅奈」


「いやそんな軽いノリで言わないでよ!?えっ、にーに怪我はないの!?」


 羅奈は食べていたパンを皿の上に落として言った。


「いやいや、大袈裟だよ。たまたまちょっと車が近かっただけで、怪我もしていない」


「いやいや平和ボケが過ぎるよ、にーに。いつかそんなんじゃ痛い目見るよ」


 羅奈が珍しく厳しい口調で芯人を叱った。芯人は「分かった分かった、気をつけるよ」と言って朝食を食べ進める。


 自分が狙われている、ということを言わなくてもいいのですか、お前。


 意識の中に戻っていた無帰の声が芯人の脳内に響いた。


(車の危険性を羅奈に伝えるために、轢かれかけたとだけ言ったけど、狙われているって言ったら余計な心配をかけるし、警察にも相談されてしまうだろ?実際は『なかった』ことにしたんだから、轢かれかけてなんていないんだ。それらの理由から羅奈に伝える必要は無いだろ。)


 長ったらしい文、つまりは長文を芯人が脳内で考えると無帰の確かにそうですね、という声が響いた。


 朝ごはんを食べ終えた後、芯人は自分の部屋に戻り、私立些細高校に登校する準備を進めていた。


 お前、という声が芯人の部屋に響き、さっきまでいなかった場所に無帰が突然現れた。


何の用なのだろうか。


「今日は私と一緒に登校しましょう、お前」


 時刻は7時40分、私立些細高校の通学路を一人の少年と一人の奇怪が慎重に歩いていた。奇怪の数え方は人なのか、匹なのか不明だが無帰は人の形をしているので、ここでは人と数えることにする。また無帰が芯人に教えたことなのだが、奇怪は絶対に人の形をしている訳ではなく、動物のような姿形をしている奇怪や、この世のものとは思えない姿形をしている奇怪もいるそうだ。


「昨日みたいに車に轢かれると危ないから、だったよな、ならどうしてこう一緒に歩いてるんだ?『なかった』ことにするのは、バスが落ちていた時と同じで、意識の中でも問題ないよな?」


 無帰が冷ややかな声で芯人の顔を下から覗き込むようにして言った。


「私と登校するのは嫌ですか、お前」


「嫌なわけない!」


 何度でも言うが、無帰の見た目は十五歳、十六歳くらいの小柄な少女で、腰まで伸ばされた長い黒髪、きつく結ばれた口元、涼しげな顔、そして清潔な印象をもたらす白のロングスカート、つまり、芯人のタイプど真ん中で、芯人が無帰と登校するのが嫌な訳がなかったし、奇怪は一度でも生み出したことのある人間にしか見えないため、無帰を見える人間はなかなかいないはずで二人で歩いていてもなんら問題はないのだ。



「そうですよね、そもそも私と付き合いたいという『魂の叫喚』を出したんですしね、お前」


 無帰はいつもの抑揚のない、無感情のような声で言った。


「一緒に登校するってことは、付き合っていると言っても過言ではないんじゃないか」


「過言ですよ、とてつもなく過言ですよ、えげつないくらい過言ですよ。それで付き合う判定なら私、『魂の叫喚』を叶えたということで、塵になってしまいますよ」


「ん、ちょっと待てよ?」


 奇怪は生み出した人間の『魂の叫喚』が叶ったら塵になり、消える。だがしかし『魂の叫喚』が叶った、というのを誰が決めるのか、芯人は疑問に思った。


 奇怪を生み出した本人の価値観で決まるとしたら、芯人は一緒に異性と登校すればそれはもう付き合っていると判断したため、もう無帰は塵になり始めていないとおかしい。そんなことを芯人が考えていると無帰は「うーん」と唸りながら答えた。


「なんて言えばいいんでしょうね、これは。奇怪が塵になる条件から話すと『魂の叫喚』を、ハッキリと叶えたら、それは誰がどう見ても『魂の叫喚』が、願いが叶った。そうなれば『魂の叫喚』が叶ったとされます」


 誰がどう見ても、ということを聞いて芯人は安堵した。アメリカでは告白なぞしないで、雰囲気で自分たちが付き合っているかどうか決める人々もいることを芯人は聞いたことがある。が、その場合では誰がどう見ても付き合っているとは言えない。そのため恐らくは芯人の『魂の叫喚』つまり、無帰と付き合いたいという願いはしっかりと告白をし、相手が了承しなければ叶えられたと言えないということだ。


(なら僕は気持ちだけでも無帰と付き合うことが出来るな。)


「気持ち悪いことを考えてましたよね?お前」


「いや?全然そんなことないやで」


「なんで関西弁なんですか、あとイントネーションまで関西弁なのもやめてください伝わりにくいです、お前」


 そんなことを話していると道の先、五百メートルくらい先だろうか、私立些細高校が見えた。


「無帰、あれが僕の通う高校だ」


「そうですか、お前」


 無帰は興味がないのか、そっけない返答をした、がそれはいつも通りで、平常運行だ。


 そして、目の前には横断歩道があり、高校に登校するためにはこの横断歩道を渡らなければならなかった。


 芯人と無帰は何回も周りを見渡したが、車は十台ほど信号待ちで止まっているものの、昨日の黄色い車はいなかった。


「黄色い車がいないうちに、そして信号が青のうちに渡りましょうか、お前」


隣に立つ無帰が言った。


「ああ、そうだな」


 芯人と無帰は慎重に慎重に横断歩道を渡り始めた。周りの車はしっかり止まっているし、あの黄色い車もいない。周りの車はしっかり止まっているし、あの黄色い車もいない。


 そうして、慎重に歩いた結果、慎重に歩いていたのが馬鹿らしくなるくらい、横断歩道をあっけなく渡れた。


「昨日って本当に僕は狙われていたのかな?無帰」


 芯人は横断歩道を渡った後、すぐ止まって言った。


「……いや、あれは流石に狙われていたと思いますよ、お前が横断歩道渡るときに急に加速したじゃないですか、お前」


「だよな……」


 この時、芯人と無帰は完全に油断していた。前回車に轢かれかけたときは横断歩道だったという経験から、普段命など狙われたことの無い平和ボケした思考から、この瞬間、油断してしまったのだ。生きる、と安全、は真逆の位置に存在しているのに。


 背中に強い衝撃が走り、体が前に倒れ、頭を強く地面に打、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛。


痛くない。


 芯人は倒れてしまった時に目を瞑ってしまっていたようで目を開くと、横断歩道をまだ渡っていなかった。芯人の呼吸が酷く乱れる。


 何が、何が起こっ何が何が何が何が何が何が何起こっが何が、ああっ。


 何が起こったのか、そんなことは少し考えたら分かることだった。


「あの、お前」


 隣に立つ、無帰が無表情で芯人に話しかけた。


 芯人は声が出なかった、というより出せなかった。頭や身体の痛みは既に無い。しかし、記憶はある。あの体に走った衝撃の記憶はあるのだ。それは体だけでなく、心にも衝撃を与えていた。それは無理もないことだった。突然人生で一番と言えるくらいの痛みが走ったのだ、それなのに平然としている、もしそんなことがありえるならそれは決して平凡な人間ではなく、芯人ではない。芯人は奇怪を生み出した珍しい人間であっても、決して強くない、人間の域ど真ん中で留まっている。


 そんな様子を見て無帰が口を開いた。


「何が起きたのか、分かっていると思いますが、一応説明しますと、お前は無事に横断歩道を渡れたあと、後ろから車が歩道に走ってきて、衝突されました。あの黄色い車では無いです。今回は青い車でした。そして、運転手もあの中年ではなく、若い女性でした、お前」


 身体中、冷や汗でびっしょりした芯人がなんとか声を上げた。


「ああ、そう……なのか」


「私も気づくのが遅れたので、能力発動が遅くなりました。すみません」


 芯人が荒れた呼吸を整え言った。


「無帰のせいじゃないし、僕のせいだ。油断をしていた。痛みも……全然無かった、だから、大丈夫だ」


 痛みは無かった、それは嘘だった。芯人は無帰に自分を責めてほしくなくて、責任感を負ってほしくなくて強がってそんなことを言ったのだ。奇怪である無帰がそんなことで自分を責めるのか、というとそれはよく分からなかったが芯人は一人の人間として、男として、強がったのだ。それを理解しているのかは完全に不明だが、かなり間を開けて無帰が口を開いた。


「そうですね、お前のせいです。しっかり身の安全を確認するべきでした、お前」


 素っ気ない返答に聞こえるが、強がる自分を奇怪なりに、無帰なりに想いやってくれた、そう芯人は判断した。


「また、お前に衝突しかけた、いや今回は衝突した車はお前が横断歩道を渡らないと止まっていますね」


「……ああ、そうだな。ということは、嫌な想像だけれど、複数人が僕を狙っているのか?」


 無帰が口に手を当て、何かを考えているような表情をした後、言った。


「……場所を移しましょう」


 芯人の家にて。


「しょうがない、今日は高校を休むか……で、なんで場所を移したんだ?」


 ベッドに座り込む無帰が部屋の壁に寄かかっている芯人に無感情に見える無表情でため息をついて言った。


「何度も聞いているでしょう、奇怪は1度でも生み出したことのある人間にしか見えない、つまりあそこで話を続けていたら、周りから見るとどうですか?お前」


「何も無いところに話しかける、イカれた男子高校生の姿が目撃される、か


「そういうことです、話を本題に戻すと、お前は複数人が自分を狙ってるか、と言いましたね。その可能性もあります、……ですがさっきの場所は高校の近くで、人の通りも少なくありません。普通、お前に恨みを持っていたとしてもそんなところでお前を狙って車で轢きますか?」


(確かに、あんな目立つとこで僕を轢いたら周りの人間にナンバープレートを覚えられてしまうし、直ぐに警察が来てしまうから、自分の身が惜しくなく、狂っている人間でない限りはなかなかありえない。……まあ僕を轢こうとしている時点で狂ってはいるけど)


「ん?じゃあ結局どういうことなんだ?今回はたまたま僕はあの青い車に轢かれたということか?あれは意図的に僕を轢いた訳ではないってことか?」


「お前、あの青い車は完全に止まっていたんですよ?それなのに、後ろから、しかも歩道に衝突するなんてありえないでしょう」


 無帰の言葉を受けて、芯人は思考する。


(それはそうだ。だがそれなら尚更分からない。無帰の言うことをまとめると、人通りの多い目立つ場所で僕を轢くのには適していない。だが偶然僕は轢かれたわけでもない。

そして、無帰はさっき、複数人が僕を狙っている『可能性』もある、と言った。つまりは無帰は複数人が僕を狙ったというのはあまりないと判断している。単独犯と睨んでいるはずだ。ということは、人間が僕を意図的に狙らおうとして狙っている訳でもなく、偶然僕は車に襲われた訳でもなく、複数人が僕を狙っていない、つまりは単独で行った犯行ということ)


(それはありえるのか?全てに矛盾が発生している。僕のことを狙おうとしていないが、偶然でもない。これは矛盾だ)


(二つの車、二人の別人が僕を車で襲ってきたが、僕は単独犯に狙われている。これも矛盾だ)


 芯人はこの時は全く理解できていなかったし、気づいていなかった。これらの矛盾はたった一つのピースで解決することを。矛盾が矛盾ではなくなることを。


 無帰は芯人の困惑する様子を見て、「答え合わせをすると……」と言い、ベッドから立ち上がり、部屋の壁に寄りかかっている芯人を見上げて言った。


「奇怪の仕業ですよ」




ご読了ありがとうございます!



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