4話(高2メイ張本1)『衝突』
無表情が多く、冷淡に物事を話す奇怪少女、無帰に会った次の日の、5月13日のこと、芯人は月火水木金土通う、私立些細高校に登校した。
無帰はというと、芯人の意識の中に入ると無帰は言ったのだが、自分の中に誰かが居るというのにまだ慣れない芯人がそれを断ったため、無帰は家で留守番だ。
私立些細高校はあまり大きな高校ではなく、全校生徒合計で五百人いかない程度の高校で、偏差値的には全国的に見ても、まあまあの進学校である。
芯人は教室に入ると、クラスには既にほとんどの生徒が揃っていて、がやがやしてうるさかった。
芯人が自分の席に行くと、芯人の親友で、芯人の前の席に座っている、短い金髪、芯人よりふた周りほど大きい背丈の不良の少年、前島竹が、後ろ向きに座り直して言った。
「よお、芯人。気持ちのいい朝だなぁ」
「そんな気持ちいい朝か?竹」
竹は芯人の隣の席を見て不思議そうに言った。
「今日はあいつ、休みかぁ?」
あいつ、というのは普段、芯人の隣の席に座っている生徒、張本真実のことである。
「確かに。いつもは張本、学校に早く来て席で本を読んでるのに、今日は居ないな」
特段、張本真実のことが気になる訳では無い芯人と竹はその後、話をしながらホームルームが始まるのを待つことにした。
「そういえば竹は張本と去年から同じクラスなんだっけか?」
竹は頭を搔いてまあ、そうなんだけどなぁ、と濁すように答えた。その姿が芯人には変に感じた。
「竹、もしかして張本のこと苦手?」
竹は一瞬ビクンとして、周りを見渡し、周りに芯人以外誰も居ないことを確認して口を開いた。
「俺は『恐い不良』だからなぁ。ほとんどの人間は俺を恐れて全くと言っていいほど話してこないけどぉ、あいつは俺に物怖じせずどんどん話しかけてくるからぁ、ハッキリ言って怖いんだよなぁ」
張本真実は確かに堂々としていて、芯人は見習わなければいけないと思う反面、なんというか彼女は言葉の一つ一つがトゲトゲしていて話しをするのが辛い。なので芯人も彼女のことが少しというかかなり苦手だった。
女の子ということで無帰のことを引き合いに出すが無帰も時々強い口調になる。だが張本真実ほど言葉の節々がトゲトゲしていないし、張本真実ほどずっと強い口調なわけではない。だから芯人は無帰のことは嫌いではないし、好きなのだが張本真実のことは苦手だった。
「まあ風邪とかかな、あの張本が風邪を引くイメージが湧かないけど」
そんなことを話しているとチャイムが鳴って、担任の教師が教室に入ってきた。すると散開していた生徒たちは自分達の席に戻り、教室は先程とは打って変わってとても静かになった。
「皆さんに大切なお話があります」
と担任が言った。
「張本真実さんが、病気でしばらく病院で入院することになりました」
ざわざわ、ざわざわ、と教室が生徒達の話し声で騒がしくなった。どうやら近くの生徒同士で、張本真実のことを心配しているようだった。すると、再び担任の口が開いて。
「はい、皆さん心配だと思います。本日、お見舞いに行けるそうなんですが、行きたい人は居ますか?病院を教えます」
ザワついていた教室は完全に静かになった。さっきまで周りにアピールするように心配だ、心配だと話していた生徒たちも口を閉じて、何も話さなくなった。
すると、芯人が手を挙げて。
「僕が、行きますよ」
放課後、芯人は担任から教えてもらった病院に向かった。学校から近くの病院だったので、学校からそのまま向かうことができた。
芯人は学校からしばらく歩いて病院に着いた。病院は大きくなく、かと言って小さくもない普通のサイズの病院だった。病院の外見は清潔な白が全面に押し出されていて、ザ・病院と言った感じだった。
病院に入り手続きを済ませた後、芯人は張本真実が居る病室に入った。
病室のベッドには女子にしては短めの茶髪、女子にしては高い身長が特徴的な少女、張本真実が座っていて、芯人の方を鋭い目つきでに見てきた。
「張本、お見舞いに来た」
芯人がそう言うと、張本はさらに鋭い目つきになった。
「なんでここを知って……パパ……お父さんが担任に言ったのか……適当な義務感でこんな所に来ないでいいわよ、あなたも、クラスメイトも、誰も私の事なんて心配していないだろうし」
「僕が来たのは適当な義務感じゃないし、クラスのみんな心配してたんだぞ?」
張本はしばらく沈黙を守った後、不機嫌そうに、ぶっきらぼうに言った。
「みんな心配しているのに、あなたしかお見舞いに来てないけど?」
「この後、来るかもしれないじゃないか」
芯人以外、誰もお見舞いに行くと明言しなかったことを、芯人は張本に言うことが出来ず、曖昧に返事をした。
「来ないわよ、絶対」
続けて張本が言った。
「結局はみんな、自分の口に惚れているのよ。弱い者に同情する自分の口に、誰かを気にかけれる自分の口に。口に惚れていても、体はついてこない。行動は起こさないのよ」
だから私のところには来ない、自分勝手よ、と言って張本は肩を竦めた。
芯人はなにも言わなかった。いや何も言えなかった。張本の言うことが今日のクラスを見て何だか、完全にでは無いが、共感出来てしまったから、理解出来てしまったから。
「適当な義務感で来たわけじゃない、と言ったわよね。ならあなたはなんでここに来たわけ?」
張本の顔を見ると、やはり険しい表情をしていて、目つきは鋭かった。
「理由なんて必要なのか?」
「必要に決まってるじゃない、私はあなた達の自己満足のための道具じゃないのだから」
張本を心配していたから、というのはある。だが張本真実が欲しい言葉はそんなちんけな言葉、飾られた言葉、自分勝手な言葉では無いことを芯人はわかっている。
なんと言うべきか。
「暇だったから」
張本から険しい表情が消え、少し微笑んだ後、張本は芯人を病室から追い出した。
「いやーセリフを間違えたかな」
芯人は病院の外で独りごちた。ポッケに手を突っ込み、先程病院から出る時に手に取ってきたドナーカードを入れ込む。
「この前のバスみたいに、いつ死ぬか分からないからな、せめて死ぬにしても誰かの役に立ちたいな」
ふと目の前の横断歩道の先を見ると、見覚えのある少女を見つけた。
白いワンピースを身につけた、小柄な可愛らしい女の子を。
「こんなところで何をしているんですか、お前」
芯人が横断歩道を渡るとその少女、無帰はいつもの抑揚のない、冷淡な声で言った。
「それはこっちのセリフだよ、僕はクラスメイトのお見舞いに来てたんだけど、無帰はなんでこんな所に?」
「お前の帰りが遅いから色々な場所を探して回っていたんですよ」
身長差があるので、無帰は芯人を見上げて、涼しげだがどこかあどけなさがある顔を見せた。
「心配してくれたのか?無帰」
「私が?なわけないでしょう。夢の見すぎですよ」
「夢を見る子は育つんだよ」
「一理あるような、ないようなことを言わないでください、お前」
はあ、と浅いため息をついて、無帰は自分がやってきた方向を指さした。
「帰りますよ、もう」
閑静な住宅街をしばらく歩いて、二つ目の横断歩道に到着した。歩行者用信号機は青になっていたので芯人と無帰は渡ることにした。
「この信号は赤になるのが早いんだよ、無帰。早く渡ろう」
芯人はそう言って、早足で横断歩道を歩いた。
一応、安全のため周りを見渡すと、左方向から一台の黄色い車がこちらに向かって走ってきているのが芯人には見えた。しかしスピードはだんだん落ちているし、第一、歩行者用信号機は青、だから大丈夫。芯人はそう思って、あと数歩踏み出せば横断歩道を渡り切れる所まできた。
「危ないですお前!」
いつもの無帰の冷淡な声とは正反対である、焦ったような声が芯人の後方から聞こえた。
「……ッ!」
芯人は左回りで無帰のいる後ろを振り返ろうとしたが、それは叶わなかった。後ろを振り返る最中、左に見えてはいけない物が見えたから。
そう、左から先程までスピードが落ちていた黄色い車が赤信号であるにも関わらず猛スピードで横断歩道に走ってきていて、それが見えた瞬間には既に手遅れなほどに近づ。
あ、
「危ないところでしたね」
今度はいつも通り、無帰の抑揚のない声が聞こえた。芯人は危機的状況に恐れ、瞑ってしまっていた目を開くと、目の前には先程途中まで渡っていたはずの横断歩道が広がっていた。つまり芯人はまだ横断歩道を渡っていなかった。
芯人は横に無感情に見える無表情で立つ無帰に言った。
「無帰……これは……?」
「お前が車に衝突する寸前、本当にギリギリ、私がお前が横断歩道を渡る、ということを『なかった』ことにしたんです」
芯人はそれを聞いて道路を見ると、黄色い車は先程のように徐々にスピードを落としながら、横断歩道に近づいていた。
「無帰!どうして、『なかった』事に出来たんだ、奇怪は『魂の叫喚』を叶えるためにしか、能力は使えないはずじゃないのか?」
そう、奇怪は『魂の叫喚』を叶えるためにしか能力は使えない。なのにどうして無帰は能力を使えたのか。
「はい、その通りです。ですがお前の『魂の叫喚』は付き合うこと、付き合うことはお前が生きていないとできません。つまりお前が死にそうになったときは、私が能力を使って出来事を『なかった』ことにできます」
芯人は理解することはできた。筋も通っているように見えた。だが。
「なんだかそれ、強すぎてご都合主義じゃないか?アニメとか、漫画の設定みたいだぞ」
「ご都合主義ではありません、お前の『魂の叫喚』がおかしいせいです。それにそんな便利なものでもありません。死なない程度のダメージをくらう時は『なかった』ことにはできないんですよ。生きてるなら、腕がなかろうと、足がなかろうと、心臓がなかろうと、付き合うことは出来る、つまり『魂の叫喚』を叶えれますからね」
「心臓がなかったら死んじゃうだろっ!」
無帰はテレビ番組だったら可愛らしい効果音が付くであろう感じで首を傾げ、きょとんとした表情を見せた。
「そうなんですか、人間は大変ですね。ちなみに奇怪には臓器などはないです」
そう言って無帰は胸に手を当てて、心臓の鼓動も感じませんし、と言った。
「じゃあもし、僕の臓器がなくなっても移植してくれないのか」
「私に臓器があったとしても絶対に移植はしません、お前。あと」
「あと?」
「今回は、ちゃんとお前の希望通りに『なかった』ことに出来ましたかね?」
無帰は芯人の顔を覗き込んで言った。無感情に見える無表情であったものの、芯人は無帰の声色からは何かしらの想いがあることが感じ取れた。それが何なのか、おそらくバスの一件で芯人に優しくしてくれ、と言われたことが原因であることは芯人には予想することができた。あの時は話を上手く流されたものの、ちゃんと無帰は自分のことを考えていてくれてることが分かり、芯人は嬉しかった。
「ああ、ありがとう。無帰は僕の自慢の……相棒だよ」
彼女だよ、と芯人は言いたかったが付き合っていないのにそんなことは気持ち悪くて言えなかったし、そもそも何かの手違いで『魂の叫喚』が叶ってしまうと無帰が消えてしまうため言いたくとも言えなかった。
「……なら良かったです、お前」
話し合いに夢中になっていて、横断歩道を見ていなかった芯人と無帰は再び異様な光景を目の当たりにした。
「黄色い車が、横断歩道の前で……止まっている?」
本来それは正しいことである。信号が赤なのに止まらない、そっちの方がおかしい。それが世論だ。しかし先程、芯人が横断歩道を渡るということを『なかった』ことにする前はあの黄色い車は止まることなく、それどころか猛スピードで横断歩道に、芯人に突っ込んだのだ。
なのに、芯人が横断歩道を渡ら『なかった』ことにした今回は黄色い車は止まった。
これが何を意味するのか。
「あの黄色い車はお前を狙った、だからお前が横断歩道を渡らなかったら、あの車は止まったということですね」
「僕を……あの車は狙っている?」
芯人は停止線で止まっている黄色い車の運転席を凝視した。どのような人物が運転しているのか、確かめるためだ。
「普通の、中年男性だな」
「普通の、中年男性ですね」
運転席に座っているのは少し太っているが、普通と言っても過言ではない程度の普通の普通の普通の中年男性だった。
無帰が深いため息をついた。今まで芯人が聞いてきた無帰のため息で一番深いため息だった。
「お前、あの普通の普通の普通の中年に何か恨まれるようなことをしたんですね」
「してないわ!あと、普通普通言い過ぎだ!あの人が可哀想だろッ!」
「まあ確かに、人を狙って轢くようなやつに普通は似合わないかもしれませんね」
無帰の口が悪い、のはいつもの事なので置いといて、本当にあの中年男性は自分を狙って轢いたのか、芯人は気になった。
「アクセルとブレーキの踏み間違え、という可能性はないのかな?」
「ないでしょうね、あの車は減速し続けていた、つまりはブレーキを踏み続けていたはずなのにお前があの車の前を通った瞬間に一気に加速、つまりアクセルを思いっきり踏んでいたようですからね。そんなことより、お『前』が、『前』をってダジャレみたいで、面白いですね」
無帰はふふっと無邪気に微笑んだ。
「笑うな、面白がるな、こっちは死にかけたんだぞ」
「死んでいないからいいじゃないですか、お前……ふふっ」
無帰は自分が言った、全然洒落てない、洒落がツボに入ったらしく、ずっと笑い続けた。珍しく笑う無帰を見て心が和まない訳ではなかったし、可愛いとも思ったが状況が状況だったためあまり無帰に反応しては居られなかった。
そして、無帰が笑っている間にあの黄色い車はその場を去ってしまっていた。
「結局どうしましょう、お前」
あの黄色い車が去った、ということで横断歩道を渡ることが出来た無帰と芯人は慎重に家への道を歩いていた。
「どうしましょうって、なんだ?」
「アホですか、あの黄色い車の対策ですよ。お前を狙っているんですよ」
無帰はアホ、という部分をこれでもかというくらい強く強調して言った。
「対策のしようなんてないだろう。警察に行っても、無帰が『なかった』ことにしたんだから、逮捕はできない。慎重に外を歩くしかないだろ」
「はあ、それもそうですね、アホ」
無帰は再びアホ、を、強く強調して言った。
「アホじゃないわ!」
「では、バカ?」
「バカでもないわ!」
「では、ドジっ子さん?」
「可愛いな!その言い方!」
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