2話(高2メイ芯人2)『告白』
芯人の隣に立つ十五歳、十六歳くらいに見える小柄な少女は腰まで伸ばされた黒髪、きつく結ばれた口元、涼しげな顔が特徴的であった。
芯人が最初にバスに乗った時、周りには誰もいなかった。そしてそれはこの少女も例外では無い。
もし何か普通はありえない、超常現象が自分の身に起きてバスに乗るまえに戻ったのなら、ここには少女などいないはず……そう芯人が考えていると、少女の口が再び開いた。
「私はお前は立ったままな夢を見るんですか、と聞いているんです」
少女は無感情に見える無表情で芯人に言った。あまりに無表情のため、芯人には彼女がまるで人形のように見えた。
「えっと、ごめん。僕は立ったまま夢は見ない」
芯人がそう答えると、隣の少女は芯人の前に回り込んで、誰がどう見ても無感情に見える無表情で芯人に言った。
「お前、嘘を言ったんですね」
「いやまあ、そういう訳じゃないけど……ていうか君は誰で、どうしてここにいるんだ?」
どうして初めにバスに乗った時にはいなかった少女がここにいるのか、考えたが仕方がないと芯人は思ったため、直接少女に聞くことにした。
「それは、私が奇怪だからですよ。お前」
(きかい……きかい?どういう意味だ?)
昔、祖母から聞いた話をほとんど覚えていなかった芯人は困惑した。奇怪という言葉の本来の意味である不思議な出来事、のことは知っていたが彼女はどう見ても人間で、出来事ではない。なら、どういう意味なのか。少女は困惑する芯人の様子を見て、深いため息を吐いた。
「お前、一度祖母から聞いたことがありますよ」
少女は無表情で抑揚のない声で言った。芯人の母方の祖母は芯人に出会う前に他界しているため、少女は父方の祖母のことを言っていると芯人は考えた。
(というか、なぜおばあちゃんのことをこの子は知っているんだ?)
「ええっと、きかい、きかい、……奇怪か?そういえば、おばあちゃん、『魂の叫喚』がどうのこうの言ってたっけ」
芯人が混乱気味に言うと少女はバス停の時刻表に寄りかかり、楽な体勢をとった。
「奇怪、というのは人の『魂の叫喚』、つまり強い気持ちから生まれます、お前。そして、奇怪は強い気持ちを叶えるための能力を持っていて、それを使い人の願いを叶えます」
少女が間を開けて芯人の顔を見つめた。思い出したか、という意味のようだ。
「少しだけ、思い出した。あと、奇怪は一度でも奇怪を生み出した人にしか見えないんだっけ?」
「はい、そうですが一応言っておくと奇怪同士も視認することが出来ます」
芯人は少女の話を頭の中で冷静に整理した。
・奇怪は『魂の叫喚』で生まれる
・奇怪は願いを叶えるための能力を持つ
・奇怪は一度でも奇怪を生み出したことのある人にしか見えない。
・奇怪同士は視認出来る。
(あれ、あれ、え、この子奇怪、って言ってたよな?)
「うわあぁああ!」
あのバスの運転手程の大きな叫び声ではないが、かなり大きな叫び声が閑静な住宅街に響いた。だが幸い住民達が大急ぎで駆けつけてくる、ということはないようで、住宅街はずっと静かなままだった。
「そんなに驚かないでください、お前。大した話でもないですよね」
「いやいやいや、大した話だけど、ファンタジーだけど、本当の意味で奇怪なんだけど」
芯人が驚いた反動で後ろにのけ反ると、少女、いやその奇怪少女はうーん、と唸った。
「おかしいですね、お前」
「いやいや、僕は普通だし、おかしいのは君だ、君は人間ではないってことだよね」
奇怪である彼女よりもおかしいものなどあるはずがない、ましてや普通の人間である僕がおかしいはずがない、芯人はそう思った。
奇怪少女はそういうことではないです、と言って。
「お前、なんで何度もバスが落下しても、落下しなかったり、最終的にはバスに乗らなかったことになったか、は分かりますか?」
奇怪少女は遠い山の方を指さして、無表情でそう言った。
「急に話が変わるなぁ、でもまあ、それは『魂の叫喚』、つまり僕が落ちたくないと願ったからじゃないのか?」
「そうです。奇怪は『魂の叫喚』を叶えるために、各自が持つ能力を使うことが出来ます。なので私がバスが落ちた、という事実を『なかった』ことにしました。まあ、『なかった』というよりは行動を起こす前に戻るイメージですね。だから時を戻す、という解釈でも間違いではありません。ちなみに、『なかった』ことにされた記憶はお前と私だけにしか引き継がれません。まあそれはいいんです。ですが、奇怪は本来、『魂の叫喚』を叶えたら消えて無くなってしまうんです」
(『なかった』ことにする……ね)
芯人はさらっと『魂の叫喚』を叶えるためだけ使える能力、とやらで事実を『なかった』ことにした。という摩訶不思議なことを言う奇怪少女にびっくりしない訳ではなかったが、それよりも、奇怪は『魂の叫喚』を叶えたら消えて無くなる、ということに違和感を覚えた。
「じゃあ、なんで一度落ちた、という事実を『なかった』ことにした後、落ちても『なかった』ことに、出来たんだ?」
「奇怪が消えるまでにも短いですが猶予はあります。その間にお前の新たな『魂の叫喚』が出たので、私は再び『なかった』ことにしてやることができたのです。問題はそこではありません。その後です」
「その後?」
少女はまだ分からないのか、と言わんばかりにまた深いため息を吐いた。
普通はこんなファンタジーを目の当たりにして一般人がこの程度の反応や動揺では済まない。だが芯人がここまで冷静でいられるのは芯人がただの人間ではなく、ある程ファンタジーに理解がある人間だからだ。だがそんなファンタジー芯人でも、奇怪少女の言う『問題』とやらが分からなかった。
「私はお前の、バスに乗らなければよかった、という『魂の叫喚』を叶えました。なのに、どうして、私は消えないんですか。本来だったら、そろそろ消え始めるはずです」
奇怪少女は心底不思議そうに芯人に訊いてきた。だが、芯人にはどうせ分からないと思ったのかすぐに周りを物珍しそうに見渡した。どうやら奇怪少女は特に芯人に答えを出せると思っている訳ではないようだった。
確かに芯人はただの人間だ。芯人の目の前にいる少女のように奇怪ではないし、テレビやインターネットで見るような化け物じみた超人でもない。だが、だからと言ってどの分野にも精通していない、突出していない平凡な人間でも難題を解くことが出来ない訳では無い。何かを成し遂げることが出来ない訳では無い。芯人は既に答えを導き出していた。
「意識がなければどうなるんだ?」
「意識がない?どういうことですか、お前」
奇怪少女は周りをキョロキョロと見渡すのを止め、早く言え、と言わんばかりに芯人を見つめた。
「無意識のうちに『魂の叫喚』を僕が出したということだよ」
「無意識のうちに……確かに、無意識の『魂の叫喚』は私は気づけないかも知れませんね……どんな願いなんですか?お前」
芯人は息を大きく吸った。大きく、大きく、これを言うのは男として、いや一人の人間として、勇気がいるから。
「まずは、ありがとう。僕を助けてくれて。君は僕の命の恩人だ」
奇怪少女は急に改まって感謝をする芯人を見て困惑した。
「まあ、はい。どういたしまして、お前」
「付き合いたい」
「は?」
「最初に見た時から思ってた、付き合いたい」
改めて奇怪少女を見ると、彼女の容姿は芯人の好みそのものであった。身長150センチメートルほどの小柄な体格、長い黒髪、凛とした表情、挙げだしたらキリがない。
奇怪少女は天を仰ぎ、綺麗で白い右腕を上に振り上げ、右手で顔の上半分を覆った。
「マジですか。お前、マジですか」
「ああ、マジなんだよ」
無表情を崩さないクールな奇怪少女がどのような表情をしているか、見ようと芯人はまじまじと顔を見るも、顔の上半分を隠す右手が邪魔でどのような表情をしているのかよく分からなかった。そして奇怪少女はと言うと、しばらく何も言わなかった。芯人は急かすのは良くないと思い、芯人も何も言わなかった。
風がただただ涼しい。地球温暖化が本当に進んでいるのか分からないほどに、芯人には風が涼しく感じられた。二人の沈黙は続く、何を考えているのかよく分からない奇怪少女と、思春期の全盛期である高校二年生の少年はどちらも何も言わなかった。何を言えばいいのか分からなかったのかもしれない。
沈黙が始まってからバスが二回芯人達の前を通り過ぎた頃、二人きりの気まずい雰囲気が流れる空間で、奇怪少女から話を切り出した。
「まあ、気持ちは受け取っときます。お前、無理です」
「すごい話の緩急だな……そうか理由を訊いてもいいか?」
一瞬にして人生初めての恋で、人生初めての告白が失敗し、フラれた芯人は落ち込むことなく、なぜ無理なのか、奇怪少女に理由を尋ねた。
奇怪少女がものすごくものすごく深くて、長いため息をついた。
「確かに、奇怪はお前のような人間の『魂の叫喚』を叶えるための能力を持ちます。私の場合は『なかったこと』にする能力ですね。今回の場合は能力を使うまでもなく叶えることが出来ます」
芯人がうんうんと頷いた。ならいいじゃないか、そう芯人が考えていると奇怪少女は芯人の告白を断る正当な理由を説明し始めた。
「ですがお前は私と付き合いたいんですよね?もし、付き合うと言ってしまうと、私は奇怪の責務を全うしたということで、ここで消えてしまいます。塵になります」
「塵に!?」
「塵です」
「灰に!?」
「灰にはなりません」
芯人はがっくりと頭を地面に向けた後、バス停のベンチに座った。人間は付き合おうと結婚しようと、結局は両方死んで灰になり、消えてしまう。だからそのために長い年月を共に幸せに過ごそうとする。だが付き合ってしまったらその瞬間相手は消えてしまう。そんな儚く切ないことがあっていいのか、そんなことを一瞬にして芯人は考えた。
「ですが、居ることはできます」
「え?」
奇怪少女はバス停の横にあるベンチにガックリとこの世の終わりのように座る芯人を見下ろして、感情がこもっているようには全く見えない無表情で言った。
「だから、付き合いはしません。ですが付き合うことは出来ないだけで一緒には居れます、お前」
芯人の告白を断った奇怪少女が、あまりに唐突で勢いばかりが先行していた芯人よりも告白らしい告白をした。芯人はなんだかそんな事実が面白くて、笑ってしまった。
「ははっ、僕を振った君がそんなことを言うのか」
奇怪少女はベンチで笑っている芯人に背を向け、表情は芯人からは見えなかったがおそらく、無感情に見える無表情で芯人に言った。
「別にいいでしょう?私には特に行き場はありませんしね。私と居ずらいのなら、お前の告白は忘れてあげましょうか?」
笑いが収まった芯人は立ち上がり、前を向いている奇怪少女の隣に立った。
「いや、なかったことにしても、僕の記憶には残るだろう?そんなことをする必要は無いし……」
「無いし?」
「振られた、みたいな嫌な出来事でも、それは僕という人間を形成する一部なんだよ。どんなに嫌なことでも、良いことでも、それらが人間を形成するんだ」
奇怪少女は隣に立つ芯人に顔を向けた。
「そんなもん何ですかね」
「そんなもんなんだ」
そうしてその日から奇怪少女との波乱万丈な共同生活が始まった。そして、芯人はこの先、様々な奇……
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