1話(高2メイ芯人1) 『落ちる』
田宮芯人は幼少期、毎年夏に父方の祖母の家に帰省していた。そしてそれは芯人が六歳の夏も例外ではなかった。
芯人が祖母の家の縁側でアイスクリームを齧っていると、隣に座る祖母が芯人に話しかけた。
「芯ちゃん、この世には『奇怪』という存在がいるんだよ」
「……奇怪?」
奇怪、というあまり使わない単語が頭に引っかかり、芯人が訊きなおすと、祖母は続けて言った。
「そう、奇怪さ。奇怪はね、人の『魂の叫喚』によって生み出されるのよ、そして奇怪は一度でも奇怪を生み出した人にしか見えない」
「『魂の、きょうかん』……?」
芯人はアイスクリームを齧るのをやめ、言葉の意味を考えた。魂、というのはアニメや漫画などでよく見るアレだろう。だけどきょうかんってなんだろう?
そんなちんぷんかんぷんな芯人の様子を見た祖母が口を開いた。
「まあ、人の強い気持ち、ということだよ。……奇怪はね、その人の強い気持ちを叶えるための力を持つんだ。……ただね、奇怪は基本的にはその人の強い気持ちを曲解して、歪に叶えてしまうんだ」
「ふーん……あ、当たりだ」
芯人が祖母の話を興味なさげに聞きながらアイスクリームを齧ると棒に当たり!一本無料、と書いてあった。冷蔵庫にアイスクリームはいっぱい入っているが、当たったという事実が幼少期の芯人はなんだか嬉しかった。
「今は、よく分からないかもしれない、だけどいつかきっと奇怪に出遭う。その時は自分の芯を大切にするんだよ。そうしたらきっと上手くいく」
その時は芯人は祖母の言う『奇怪』についてよく分からなかった。だが、芯人が高校二年生の春、祖母の言葉の意味を知ることになる。
2024年5月12日
「このバス停でいいのかな」
涼しい風の中、閑静な住宅街のバス停の前で緑色に染められた短い髪、平均的な身長、少し長いまつ毛を持つ少年、高校二年生になった田宮芯人は独りごちた。
どうして彼がバス停の前にいるのかと言うと、休日である今日、バスを使い、山を越えた先にある隣町の映画館に行こうと考えたからだ。
程なくして、十時丁度、涼しい風と共に黄色いバスがやってきた。バス停の周りに人は居なかったため、芯人は一人でバスに乗り込んだ。
(……やっぱこの街、人少ないな)
バスの中にはあまり人はおらず、バスの入口近くの席に座ることができた。芯人の住む些細街は田舎、とまではいかないが、あまり都会ではないので、 人が少ないのは妥当であった。
暇を潰すために右ポケットからスマートフォンを取り出し、ネットニュースを開くと、些細街!よく当たる占い屋!という記事が目次に出てきた。
(よく当たる……か)
芯人は占いになど全く興味はない。だが当たる、から連想して昔、今は行方不明になってしまい生死も分からない祖母の家で食べたアイスクリームのことを思い出した。
あれからアイスクリームは一度も当たらなかった。あのアイスクリームが芯人の人生で最後に当たったアイスクリームだった。
(そういえばおばあちゃん、なんか変なこと言っていたっけな……)
そう芯人が考えているとバスが少し揺れた。左にある窓から外を見ると、どうやらバスは少し傾いているようだった。つまり、山道に入ったのだ。山道はあまり整備されておらず、でこぼこしていて、十数分揺れが続いた。
しばらくして、
「うわあああぁあぁあぁああ……!」
山のかなり高い所をバスが走っていると、バスの前方から今までの人生で聞いたことが無いほどに大きな叫び声が聞こえた。どうやらバスの運転手の声のようだ。芯人は何事かと前方を見ると。
「岩がっ……落ちてきてる!」
フロントガラス越しに大きな岩がバスの進行方向に落ちてきているのが見えた。大きな、大きな岩だ、おそらく芯人が乗るバスよりも大きい。
もしこのまま走ると、バスは岩にぶつかり大破してしまうだろう。止まるのもきっと間に合わない。なら避けるしかない。だが、ここは少し高い山の山道で、少しでも道を外してしまうと、地面へ真っ逆さまだ。
「やばいやばいやばいやばい!」
芯人は叫ぶと迫り来る岩に恐れ、反射的に目を瞑った。直後、バスが先程まで続いていた揺れとは比べ物にならない程大きく揺れた後、芯人の身体が浮遊し、思いっきり頭を前の席にぶつけた。
(何が起こっ……バスが、山から落ちた!?)
その通り、バスの運転手が岩を避けようとハンドルを左に傾け、バスは山道を外れ、空中へと突っ込んだのであった。
危機的状況でアドレナリンが出ているのか、頭の痛みは感じない。だがどんどん下に落ちていくジェットコースターのような感覚が、遠い地面に落ちていく感覚が、芯人を襲う。
(落ちてる、落ちてる、怖い怖い怖い怖いいやだ怖い怖い怖い怖い怖いいやだいやだ怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い死ぬ死ぬ死ぬ……)
このバスが落ちなければ、死ななかったのになあ。
「うわあああぁあぁあぁああ……!」
(死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ落ちてる落ちてる落ちてる、あれ、落ちて……ない?)
再び運転手の絶叫が聞こえた。芯人は恐る恐る目を開くと、先程の出来事は夢だったかのようにバスは山道を走っていて、落ちてなどいなかった。
だが、フロントガラス越しに外を見ると外には先程と同じく、大きな岩が落ちてきていた。
「なんで……なんで、なんで」
芯人の思考は完全に止まっていた。なぜ、なぜなぜなぜ、だが現実は止まってはくれない。またバスが大きく揺れた後、芯人の身体が浮遊し、前の席に頭をぶつけた。まだ頭に痛みは感じないが、下に落ちていく感覚が芯人の身体を強ばらせる。
(まただ、また落ちてる落ちてる落ちてる落ちてる落ちてる落ちてる落ちてるなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでこんなこと……)
頼むから、頼むから、落ちないでください。
「うわあああぁあぁあぁああ……!」
三度目の正直か、いや三度目も正直か、またバスの運転手は絶叫し、バスは山道を走っていて、バスの前方には大きな岩が落ちてきていた。芯人は一瞬で思考を巡らせる。何がこのバスに、この身に起きているのか。そして、考えて、考えて、考える。
「落ちた後に、時が戻るのか?」
そしてまたまた、バスが大きく揺れた。この後、芯人の身体が浮遊し……ということは分かっている。芯人は手で頭を覆い、前の席にぶつかるクッションにした。だがそれだけではこの地獄は抜け出せるはずがない。バスはもう既に落ち始めていて、地面に落ちていく感覚が芯人を襲う。
落ちてるどうすればどうすればこんなこんな地獄地獄地獄地獄地獄地獄地獄地獄地獄死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬいや、死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない。
ああ、バスなんか、乗るんじゃなかったな。
涼しい風が吹いた。涼しい風だ。運転手のおっさんのうるさい叫び声などではなく、その対をなす涼しい風が吹いた。目の前にはバスが扉を開いた状態で停車していて、芯人はバスに乗る寸前だった。
(バスに乗る前に、戻った……?)
しばらく俯いて考えていると、バスの運転手がイラついているような声色で言った。
「乗るんですか、乗らないんですか」
「あっ、はい乗りません」
反射で芯人はそう答えると、バスの扉は締まり、遠くへ向かって走り出した。その軽快に整備された道を走る姿はあの地獄の山へと向かう姿とは到底思えず、先程芯人が体験した出来事が本当にあったのかと芯人は疑う。
「夢……だったのか」
「お前は、立ったまま夢を見るんですか?」
芯人の隣から声がした。抑揚のない、感情のないような冷たい声だ。芯人が隣を見ると、そこには十代半ばくらいに見える、半袖の服に白いロングスカートといった風貌の。
一人の少女がいた。
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