4話 地元の二大勢力
さてさて、皆さん。
神社というのは、全国至るところにございましてな。
それぞれの地域には、その土地を守る神様がいるわけですが……
神様もまた、派閥争い というものがございましてね。
「我こそが、この地の主たる神である!」なんて言いながら、
「どっちが偉いか」 で張り合うこともあるんですなぁ。
今日ご紹介するのは、そんな 地元の二大勢力 のお話。
鹿児島県北部のとある海沿いの町には、
「大鈴天満宮」 と 「紫尾久利大社」 という、
二つの そこそこ大きな神社 がございましてな。
そして、そこに祀られているのが――
商売繁盛&観光至上主義! 「大鈴尊」
と
格式と伝統を重んじる! 「紫尾武尊」
この 正反対の二柱 が、まぁ~~~仲が悪い!!
「お前のやり方は俗っぽすぎる!!」
「アンタの考え方が古すぎるのよ!!」
もう、毎度毎度、この言い合いでございます。
さて、まずは 「大鈴天満宮の大鈴尊」 から。
この大鈴天満宮、何がすごいって――
観光地化に全振り!!!
「神社? まぁまぁ、観光施設みたいなもんよ!」
そう言い切るのが、大鈴尊 でございます。
この神社の目玉は、日本有数の大鈴!!
「どんなお願い事も響かせる鈴!! 参拝したら運気爆上がり!!」
なんてキャッチコピーをつけて、
観光客を呼び込んでいるんですな。
「SNS映えする鳥居!」
「可愛いご当地キャラとコラボ!」
「限定御朱印は、キラキラの箔押し仕様!!」
もう、やることなすこと 「現代のマーケティング戦略」 そのもの!!
「神社もビジネスよ! 人が来なきゃ意味がないじゃない!」
そう言いながら、神社の経営をバリバリ回しているのが、この 大鈴尊 でございます。
一方、こちらが 「紫尾久利大社の紫尾武尊」 でございます。
この神社、何がすごいって――
とにかく格式が高い!!!!
「神社というものは、観光で盛り上げるものではない!!」
「信仰とは、静かに心の中で重ねていくもの!!」
これをモットーにしているのが、
紫尾武尊 でございます。
大鈴天満宮とは真逆に、
「参拝の作法に厳しい!」
「ご利益を求める前に、まず己を律せよ!」
「神社は“映える”ためにあるのではない!!」
もう、とにかく 伝統と格式を守ることに全力!!
大鈴尊のやり方が気に食わず、
「神社を観光施設にするなど、言語道断!!」
と、毎度のごとく怒っております。
さてさて、ここで問題なのが……
この 二柱がめちゃくちゃ仲が悪い!!! ってこと。
「神社は商売よ! 人を呼ばなきゃ意味がない!」
「ふざけるな! 神社は格式と伝統を守る場だ!」
もう、毎回毎回、この言い合いでございます。
お互い 自分のやり方が正しいと信じて疑わない もんだから、
一歩も譲らない。
おかげで、地元の神々は完全に板挟み状態!
「いやいやいや……俺ら、どっちにつけばいいの……?」
なんて、困惑している神様も多いとか。
さてさて、皆さん。
こういう争いというのは、人間界にもございますな。
「古き良き伝統を守るべき!」という派閥と、
「いやいや、新しい時代に合わせなきゃダメ!」という派閥。
どっちが正しいか?
そりゃあ、人によって考え方は違うものでございます。
ただね――
こうして、いつまでも意見がまとまらず、
延々と 「どっちが正しいか」 で揉め続けるのも、
また 神々らしい というものですなぁ。
……もっとも、この争いのせいで、
間に挟まれている神様が、一番苦労してるんですがねぇ。
「だからそんなダサい格好をしているのか?」
紫尾武尊がそう言い放った瞬間、拝殿の空気が凍りついた。
神々は息をのむ。
誰もが、今まさに 大鈴尊の雷が落ちるのではないか と身構えた。
住吉は、心の中で静かに叫ぶ。
(あぁぁぁぁぁ!! だからそういうこと言うと……!!)
だが、紫尾はお構いなしだった。
まるで確信を持っていたかのように、冷静な口調で言葉を続ける。
「そもそも、その“大鈴”だって、平成に入ってから急ぎで取り付けたものだろう?」
「お前の神社の歴史には、もともとそんな巨大な鈴など存在しなかったはずだ。」
神々の間に、ひそひそとした声が広がる。
大鈴尊の目が ギラリ と光る。
「……あら、何が言いたいのかしら?」
彼女は笑っていた。
だが、その笑顔は 完全に怒りを隠しきれていない。
紫尾は、それを知ってか知らずか、さらに言葉を続ける。
「その身なり……」
紫尾の視線が、大鈴尊の衣装をじっくりと眺める。
「おそらく巷で流行している“あにめ”とやらのデザインを、露骨に真似たものだろう?」
場の神々が、思わず 「おぉ……?」 という表情を見せる。
住吉も、思わず大鈴尊を見た。
確かに、彼女の衣装は 昔の巫女装束とはまるで違う。
リボンの装飾が多く、派手な金の刺繍、そしてツインテールに揺れる鈴。
住吉も以前から (なんか最近の流行っぽいなぁ……) とは思っていた。
「昔のお前は、もっと地味だった。」
紫尾は冷たく言い放つ。
「建永の時代――お前は私の下で、ただヘコヘコと頭を下げるだけの小童だったはずだ。」
「いや、訂正しよう。お前は“下にいた”どころか、紫尾久利大社の足元にも及ばなかった。」
場が ピキッ と固まる。
住吉は、もはや (やめて! それ以上言っちゃダメ!!) と心の中で絶叫していた。
神々の間に、驚愕の空気が流れる。
大鈴尊が、紫尾の“下”にいた――?
今では考えられない。
彼女は 観光化の旗頭 となり、商業の神として名を馳せている。
北薩摩の神々の中でも、一大勢力を築いた存在だ。
しかし――かつては、紫尾武尊の影に隠れていた?
大鈴尊の 目が細められる。
笑顔はそのままだが、その表情には はっきりと殺気がにじんでいた。
「……へぇ~~……。」
彼女は カンッ と扇子を閉じ、紫尾をじっと見つめた。
「で、それが何か問題かしら?」
「時代が変わったのよ、紫尾。」
空気が バチバチ と張り詰める。
住吉は、もう (帰りたい……) とひたすら思うしかなかった。
大鈴尊は カンッ! と扇子を閉じ、鋭い目つきで紫尾武尊を見据えた。
紫尾は眉一つ動かさず、まるで 「言いたいことがあるなら言え」 とでも言わんばかりに静かに彼女を見返している。
だが、そんな態度が火に油を注いだ。
大鈴尊は ふんっ と鼻を鳴らし、堂々と腕を組む。
「そもそもさぁ――」
彼女は、あえて ゆっくりと言葉を選ぶような口調 で話し始めた。
「おみくじすら売ってない神社が、偉そうに何言ってんのかしら?」
拝殿に ピキッ という音が響いたような気がした。
神々が (おいおいおい……!) という顔をする。
住吉は、心の中で (いやいやいや……やめなって……!) と必死に念じた。
しかし、大鈴尊は止まらない。
むしろ エンジン全開 だった。
「神社が 収益を確保するのは当然 でしょ? 参拝者が気軽に運試しできる“おみくじ”くらい、どこの神社でも置いてるのに……」
「……ねぇ、紫尾?」
彼女は、わざと 紫尾の目をじっと覗き込みながら こう言い放った。
「おたく、まだ“純粋な信仰”だけで食っていけるとか思ってるワケ?」
拝殿に ざわっ…… とした空気が広がる。
「……!」
紫尾の眉が、ほんのわずか ピクリ と動いた。
大鈴尊は、すかさず クスクスと笑う。
「ふふっ……そういえば 去年の収益、めちゃくちゃ減ったらしいじゃない?」
「最近の若い子、あんたのとこみたいな 『古式ゆかしいだけの神社』 には興味ないのよ。」
「参拝者、減ってるんでしょ?」
拝殿に、静かな “爆弾” が落とされたような感覚が走る。
住吉は (あぁぁぁぁぁ!!!!) と頭を抱えたくなった。
(言っちゃった! ついに言っちゃった!!)
紫尾久利大社の 収益が減っていること。
それは、神々の間では わりと公然の秘密 だった。
格式と伝統を守り続けてきた神社。
だが、現代の参拝者は 「格式」より「エンタメ性」 を求めるようになった。
特に 若年層の参拝者が激減 しているのは明らかだった。
とはいえ、紫尾は 誇り高き神 である。
それを 面と向かって指摘されたら――
(……うわぁ……これは……。)
住吉はもう 帰りたかった。
そして、紫尾は ゆっくりと目を閉じた。
まるで 怒りを抑え込むように。
神々は、誰もが 次に何が起こるのかを固唾を呑んで見守っていた。
次に、この場で 炸裂するのはどんな言葉か――。
しかし紫尾武尊は、静かに目を閉じていた。
まるで、自らの内に湧き上がる怒りを抑え込むかのように――。
だが、誰が見ても 言い返せない のは明らかだった。
(紫尾のプライドが……。)
住吉は、胸の奥で密かに手を合わせた。
いや、紫尾の言い分も分かる。
格式と伝統を守ることこそが、神社の本分 という考えは、決して間違ってはいない。
だが―― 現実がそれを許さない のだ。
大鈴尊は、そんな紫尾の沈黙を見て クスリと笑った。
「あぁあ、興が削がれたわ。」
彼女は ゆるりと踵を返す。
「こんな空気で話してもつまんないし、もう帰ろっかなぁ。」
そう言って、何の未練もなく拝殿を後にしようとする。
神々の間に、わずかに 驚きと落胆 の表情が浮かぶ。
(まじかよ……大鈴、完全に勝ち逃げじゃん……。)
住吉は心の中で (あーあ……) と小さくため息をついた。
紫尾は まだ目を閉じたまま動かない。
いや、動けないのかもしれない。
(言い返したくても、言い返せる材料がないんだろうなぁ……。)
そのまま、大鈴尊は 誰に止められることもなく拝殿を出て行った。
そして、彼女が去った後――
神々の間には、まるで 嵐が過ぎ去った後の静寂 が広がっていた。
「……まぁ、今日はこのへんで解散にするか。」
誰かが、そんな言葉をポツリと漏らす。
「そうだな……。」
「……うん、また次回。」
「……はぁ。」
なんやかんやで、場は 自然と解散ムード になっていった。
住吉も 「あ~……なんかすごいもん見ちゃったなぁ……。」 と思いながら、
集会所の外へと歩き出す。
ふと振り返ると、紫尾久利大社の拝殿が、
夕日に照らされながら、静かに佇んでいた。
(紫尾……大丈夫かなぁ……。)
紫尾武尊は、まだ拝殿の奥に立ったままだった。
その背中を最後に一瞥し、住吉は再び歩き出す。
夜の帳が下りる空を見上げながら――。