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3話 定期集会

 神様というのは、なにかと 「特別な存在」 と思われがちですがね、

 意外とそうでもない部分もありましてな。


 たとえば、「神様なら、電車やバスなんかタダで乗れるんじゃないの?」

 なんて思う方もいるかもしれませんが——


 ところがどっこい!


 神様も、ちゃんと 「運賃は払う」 のでございます。


「いやいや、待て待て!」

「神様って、そもそも人間には見えないんじゃないの?」

「だったら、どうやって運賃を払うんだ?」


 えぇ、ごもっともな疑問でございます。

 しかし、神様の世界というのは、なかなかに 奥深い ものでしてな……。


 住吉命 という、しがない神様。


 彼もまた、電車やバスに乗るときは、

 ちゃんと 小銭を払って乗る派 の神様でございます。


 住吉は、神々の定期集会へ向かうため、

 バス停の前で財布代わりのポケットをゴソゴソ。


「あ〜、ちゃんとお金あるかなぁ……。」


 いやいや、神様なのに、お金の心配をするんですかい?

 そんなふうに思うかもしれませんが、住吉に言わせればこうです。


「だって、無賃乗車は気まずいじゃん?」


 ……え? 気まずい?


「だってさぁ……無賃乗車って、めちゃくちゃ“人間的”な悪事じゃない?」

「ボク、神様だから、そういうのはやっぱり……ちょっと、ねぇ?」


 つまり、住吉は 「道徳的な理由」 で無賃乗車を避けているわけでございます。

 なんとも 妙に人間臭い理由 でございますな。


 さて、そんな住吉ですが、

 ある日、ふと考えたことがありました。


「……いや、そもそも、ボクがバスに乗る意味ってある?」


「だって、神様なんだから、ひとっ飛びすればすぐ着くんじゃないの?」


 ……えぇ、ごもっともな疑問でございます。

 しかし、住吉は、こう言うのでございます。


「でもさぁ、歩いたり、バスに乗ったりするのって、なんか“旅”っぽいじゃん?」


「神様が“旅をする”って、なんかそれっぽくない?」


「道中」 ってのは、何事にも 風情 というものがある。

 住吉は、そういう “雰囲気” を大事にしたいわけでございます。


 神様というのは、思ったより 人間臭い存在 なのかもしれませんな。


 電車やバスに乗るとき、

「神様も、ちゃんとお金を払ってるんだろうか……?」

 なんて考えてみると、ちょいと 面白い気分 になるかもしれませんよ。


 ……もっとも、神様が実際に小銭を払っている瞬間を 人間が目にすることはできない のですがねぇ。




 紫尾久利大社。


 格式を重んじ、古くからの伝統を守り続けるこの神社には、どこかピリッとした空気が漂っている。


 神々の定期集会が開かれるのは、大社の奥にある拝殿。


 すでに何柱もの神々が集まり、それぞれ適当に座りながら、「最近どうよ?」みたいな軽い雑談を交わしていた。


 「いやぁ、今年の祭りはどうなるかねぇ。」

 「ぼちぼちでんがな。」

 「おたくんとこ、参拝者増えたって聞いたけど?」

 「まぁな、こないだテレビに取り上げられたんだよ。ほら、あの“インスタ映えスポット”とかいうやつで。」

 「えぇなぁ……うちもなんかやらなあかんか?」


 わいわいとした空気の中、住吉命すみよしのみこと は、端っこのほうにちょこんと座っていた。


 もちろん、誰とも目を合わせず、ただ黙って気まずそうに縮こまっている。


 (……やっぱり、来るんじゃなかったなぁ。)


 月に一度の神々の集まりとはいえ、住吉にとってはなかなかに アウェー感 が強い。


 なんせ、この場にいる神々のほとんどは、それなりに信仰を保っている神様 ばかりだ。

 自分のように、参拝者ゼロの寂れた神社の神なんて、かなりのレアケースである。


 「……おぉ、住吉。久しぶりやな。」


 と、近くに座っていた神が声をかけてきた。


 住吉は、びくっと肩を震わせる。


 「え、あ、あぁ……どうも……。」


 「あんたんとこ、最近どうよ?」


 「え、えぇっと……まぁ……ぼちぼち、ね……?」


 どう考えても 「ぼちぼち」なんかじゃない。


 自分の神社がどれほど荒れ果てているかを考えれば、そんな言葉で片付けられるわけがないのだが……

 まぁ、ここで 「いやぁ、もう誰も来ませんわ……お賽銭もほぼゼロでしてね……」 なんて正直に言うのは、あまりにも惨めすぎる。


 「へぇ、ほなまだ大丈夫そうやな。」


 「……うん、まぁ、ね……。」


 住吉は、愛想笑いを浮かべながら、会話がそれ以上広がらないことを願った。


 すると、周囲では、また別の神々が会話を続けている。


 「こないだ、うちの神社に新しい社務所ができたんやけどな。」

 「えぇなぁ。やっぱり、今の時代、そういうの大事やで。」

 「せやねん。やっぱり参拝者が気軽に来られるようにせんとあかんやろ。」

 「せやせや、観光客向けに何かやるんがええんや。」


 その会話を聞きながら、住吉は心の中で (うちには、そんな金も人もいないんだけどなぁ……) と、小さく溜息をついた。


 周囲がどんどん発展していく中で、自分の神社だけが完全に取り残されている。

 いや、もう取り残されたどころか、地図からも消えそうなレベルだ。


 (はぁ……なんか、居心地悪いなぁ……。)


 そう思いながら、住吉は ただじっと、始まるのを待つ しかなかった。


 いつもと同じように。


 ただただ、静かに。


 この集会が、早く終わることを願いながら——。


  「静粛に。」


 低く、けれどもよく通る声が響いた。


 それまでざわざわとしていた神々の会話が、スッと静まる。


 住吉は思わず背筋を伸ばした。


 ゆっくりと歩み出たのは、紫尾武尊しおたけるのみこと


 長い金色の髪は一糸乱れず結われ、鋭い金の瞳が静かに場を見渡す。

 漆黒と藍の狩衣かりぎぬには紫尾久利大社の神紋が織り込まれ、無駄のない装いが威厳を際立たせていた。


 そして、その目が鋭く会場を見渡す。


 住吉は、視線が合わないようにそっと目を伏せた。


 (頼むから、こっち見んなよ……。)


 「では、定例会を始める。」


 紫尾の言葉に、周囲の神々が軽く頷く。


 毎月行われるこの神々の定期集会。

 住吉にとっては、正直、とても退屈な時間 である。


 なぜなら——


 「さて、今回の議題も“北薩摩の神々の地位向上”についてだ。」


 (……ほら、またこれだよ。)


 毎月、毎月、話の内容は ほぼ変わらない。


 「今や、全国の神々がさまざまな施策を講じ、信仰を取り戻そうと躍起になっている。」

 「我々も、このままでは衰退の一途をたどることになる。」

 「各神社は、それぞれ独自の方策を考え、参拝者を増やす努力をせねばならん。」


 いつもと同じ話が、いつもと同じ口調で語られる。


 「観光資源を活用すべきではないか?」

 「時代に合わせたイベントを企画するのも一つの手だ。」

 「例えば、最近流行っているアニメとコラボするという案も……。」


 「フッ、貴様、それで格式を損なわぬ自信があるのか?」

 「格式を守るだけで人が来るなら、とうに神社は繁盛しているはずだ。」

 「我らは“神”である以上、神としての誇りを持つべきだが、しかし、現実も見ねばならん。」


 どこかで聞いたような意見が、また繰り返される。


 住吉は、端っこの席でぼんやりと天井を眺めながら、(なぁ……これ、毎回同じ話してるよなぁ?) と、内心ツッコミを入れていた。


 そりゃあ、神様たちも生き残るために考えなきゃいけないのは分かる。

 でも、結局いつも「どうするか」だけ話し合って、何も決まらずに終わるのである。


 「そもそも、我らは何故ここまで衰退したのか?」


 紫尾が静かに語る。


 その言葉に、神々の間にどことなく重い空気が流れる。


 「理由は明白だ。」


 紫尾の目が鋭くなる。


 「我々が、神としての威厳を失ったからだ。」


 神々の中には小さく頷く者もいれば、やや微妙な顔をする者もいた。


 住吉はというと、


 (いやぁ……単純に、時代の流れじゃない?)


 なんて思っていたが、もちろん口には出さない。


 だって、絶対紫尾に怒られるから。


 「これ以上、我らが衰退することは許されん。我々は神であり、神社を守る者である。」

 「そのためには、信仰を取り戻すことが何よりも肝要。」

 「故に、この問題は、決して疎かにできぬのである。」


 真剣な顔で語る紫尾。


 それを聞きながら、住吉は (いや、だからさぁ……。) と内心でぼやく。


 (だったら、毎回同じ話を繰り返すんじゃなくて、何か具体的に決めたらいいじゃん……。)


 でも、住吉は知っている。


 この会議が 「議論すること自体が目的になっている」 ことを。


 そして、結局、今日も 何も決まらずに終わる ことを——。


 ガラッ――!!


 「いやぁ~、遅れた遅れた! 皆、ちゃんとやってる~?」


 場の空気を一変させるような、軽快な声が拝殿に響き渡った。


 静かだった会議室(いや、神々の集会所)が、一瞬でざわつく。


 住吉は、すぐに分かった。

 この声は――


 「大鈴尊すずなりのみこと」 である。


 「お、おい、来たぞ……。」

 「やっぱりなぁ……。」

 「また遅刻か……いや、むしろ時間通り来たことあったか?」


 神々の間から、小さな囁きが聞こえてくる。


 大鈴尊は、遅れてきたことなど まるで気にする様子もなく、堂々とした足取りで席へ向かった。

 その姿は、相変わらず 華やか である。

 金色のツインテールを軽く揺らしながら、煌びやかな衣装をまとい、まるで自分のステージにでも上がるかのような雰囲気 で座る。


 「ごめんごめん、ちょっと商売の打ち合わせが長引いちゃってさ~。」


 言いながら、扇子をパチンと開いて軽く仰ぐ。


 住吉は、ぼんやりとその様子を眺めていた。

 (いや、謝る気ないでしょ、この人……。)


 そして、予想通り、紫尾の表情がピクリと動く。


 「……大鈴尊。」


 その声には、微妙に怒りの気配が含まれていた。


 「貴様、また遅刻か。」


 「えぇ~、いいじゃない? ちょっとぐらい。どうせ毎月同じ話してるんでしょ?」


 ズバッと切り込む。


 住吉は (お、おぉ……。) と内心で驚いた。


 確かに、その通りではある。

 むしろ、住吉自身もそう思っていたが、実際に言葉にする勇気はなかった。


 ところが、大鈴尊は平然とそれを言い放つ。

 それどころか、むしろニヤニヤしている。


 神々の間からも、微妙な笑い声が漏れ始めた。


 「いや、ホントにさぁ~、なんか前回も聞いた話な気がするんだけど?」

 「また“北薩摩の神々の地位向上”の話? もう、なんかテンプレになってない?」


 もう完全に茶化している。


 紫尾の眉が、さらにピクリと動く。


 「貴様……この問題は我々にとって最重要――」


 「はいはい、分かってるってば♪ でもさぁ、話ばっかしてても仕方なくない?」


 大鈴尊は、にこっと笑いながら、足を組み直す。


 「言うだけなら誰でもできるしさぁ? 実際に動かないと意味ないんじゃない?」


 この言葉に、神々の間がざわめく。

 紫尾も、ほんの一瞬、言葉を詰まらせた。


 住吉は (あーあーあー、紫尾にそんな正論ぶつけちゃダメだって……。) と冷や汗をかきながら、そっと目を伏せた。


 だが――ここで、予想外のことが起こった。


 なんと、それまで緊張していた神々が、大鈴尊の登場によって一気にリラックスムードになったのだ。


 「いやぁ、大鈴の言うことも一理あるよな。」

 「確かに、ずっと同じ話してるし……ちょっと方向性を変えたほうがいいかも?」

 「うちも、具体的に何かやってみようかなぁ……。」


 これまでピリッとしていた場が、一気に柔らかくなり、

 神々の表情にも、微妙な余裕 が生まれた。


 住吉は、こっそり (あれ……? 空気、良くなってない?) と思った。


 確かに、大鈴尊は自由奔放で、好き勝手なことを言う。

 けれども、彼女がいることで 場が明るくなるのは間違いない。


 「さ~て、それじゃあ、もっと楽しい話でもしようよ♪」


 大鈴尊が、にっこりと笑う。


 その瞬間――


 この集会の雰囲気は、ガラリと変わった。


 住吉は、そんな様子を見ながら、(まぁ……結果的には、良かったのかなぁ?) と、ぼんやり思うのであった。


 大鈴尊すずなりのみことは、扇子を軽くひらひらと揺らしながら、 得意げに語り始めた。


 「いい? 皆、そろそろ本気で考えないとダメよ~?」


 場の神々は、すでに大鈴尊の話を 聞くモード に入っていた。

 なんだかんだで、彼女はこういう場では 影響力が強い。


 「今の時代、神社は 観光地としての価値 を高めなきゃ生き残れないのよ!」


 「おぉ~……!」


 周りから感嘆の声が漏れる。


 大鈴尊は さらに勢いづいた。


 「まず、第一に! 目を引く“ご当地キャラクター”が必要よ!」


 「ご当地キャラか……。」

 「確かに最近の流行りだな……。」


 「そうそう! ほら、全国の神社で“ゆるキャラ”とか作ってるじゃない? あれ、バズると一気に人が増えるのよ!」


 「うちも作るか?」

 「いやぁ、どんなデザインがいいかな?」

  「アキバ系?とかどうだろうか?」


 神々の間で、ざわざわと前向きな空気が生まれる。


 大鈴尊は さらに畳みかける。


 「次に! SNS戦略!!」


 「SNS……?」

 「インターネットのアレか……。」


 「そう! 皆、神社の公式アカウント作って 写真映えする投稿 をガンガン上げるの! “推せる神社”になれば、若者がどんどん来るんだから!」


 「なるほど……!」

 「若者を取り込むのは大事かもな……!」


 「さらに! インフルエンサーをバンバン呼ぶ!!」


 「インフルエンサー……?」

 「あぁ、あの流行を作る人間たちか……。」


 「そう! 最近は“神社巡り系のインフルエンサー”もいるのよ! そういう人を呼んで、バズらせてもらえば、うちの神社も話題になること間違いなし!」


 神々は、ますます 「おぉ~!!」 と感心し始める。


 大鈴尊は、ここぞとばかりに 決めゼリフ を言い放った。


 「要するに! 神社は商業化して、観光客を大量に呼び込むべきなのよ!!」


 「おぉぉ~~!!!」


 場は、すっかり 盛り上がった。


 「やっぱり、大鈴はすごいな!」

 「これぞ、現代の神社運営!」

 「北薩摩の神々も、このくらいやらなきゃな!」


 神々は口々に賛同し、まるで革命でも起きるかのような勢いだった。


 だが――。


 その熱気を、たった一言で 凍りつかせる神 がいた。


 紫尾武尊しおたけるのみこと


 彼は腕を組み、静かに大鈴尊を見据え――

 まるで刀を抜くような鋭さで、こう言い放った。


 「……だから、そんなダサい格好をしているのか?」


 シン……。


 場が、凍りついた。


 先ほどまでの熱気は 一瞬にして消え失せる。


 住吉は (あぁぁぁぁぁ……!!) と心の中で叫んだ。


 言っちゃった……!!

 それ、言っちゃダメなやつだよ……!!


 大鈴尊の 目がカッと見開かれる。


 場の神々は、口を閉じ、まるで 爆発寸前の爆弾 を見守るかのように沈黙した。


 そして――


 「……は?」


 大鈴尊が、ゆっくりと紫尾を睨んだ。


 紫尾は、微動だにせず、

 あくまで 冷静に 言葉を続ける。


 「その格好、観光客受けを狙ってのものなのだろう?」

 「まるで、俗世の商人のようだ。」


 バチバチバチバチ……!!


 二柱の神が、火花を散らして向き合う。


 「なによ、それ……!」


 大鈴尊は、ギリッと歯を噛みしめた。


 「アンタこそ、いつまでも格式が~、伝統が~とか言ってるけど、それで人が来るの?!」


 「我らは神であり、神としての威厳を守るのが第一だ。」


 「だからって、こんな時代に昔のままじゃ、誰も見向きもしないってば!!」


 場の神々は、息を呑んでこの 激突 を見守るしかなかった。


 そして、その端っこで 住吉は小さく縮こまる。


 (あ~~~……めんどくさいことになったなぁ……。)


 毎月、同じ議題で進むこの会議。

 だが今日は、どうやら今までと違う展開になりそうだった――。

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