25話 話のサゲ
「さてさて、皆さま、ご機嫌いかがですかな?」
住吉は、のんびりとした調子で語り始めた。
「あれから、まぁ、なんともまぁ……僕の神社は散々だったよ。」
ピンク色の鳥居? 崩れました。
社? ぺしゃんこです。
装飾? どこかへ吹き飛びました。
「いやぁ、なんとも無惨な有様でねぇ。」
ただでさえボロボロだった神社が、完全に更地になってしまったんだから、もはやこれは新築建て直ししかないって話だよねぇ。
「でもねぇ、不思議なことがあったんだよ。」
壊れた神社には、なぜか人が来るようになった。
賽銭箱はもうないはずなのに、誰かが五円玉を置いていく。
供物は、以前よりも増えた。
そして、どこからか拾ってきたような、古びた木の板がひとつ。
「まぁ、要するに絵馬の代わりなんだろうねぇ。」
そこには、たどたどしい字で、こう書いてあった。
——『ありがとう』
住吉は、ゆっくりとそれを拾い上げる仕草をする。
「いやぁ、まいったねぇ。」
まるで、お礼を言われるようなことをした覚えはないんだけど……
「でもまぁ、悪い気はしないもんだねぇ。」
神様はねぇ、人が信じる限り、そこにいるものなんだよ。
社がなくなろうが、鳥居が倒れようが、そんなことは大した問題じゃないんだ。
だって、神様ってのは、人々の心に宿るものでしょう?
「だからねぇ……まぁ、もうちょっと頑張らないといけないかねぇ。」
住吉は、しみじみと頷いてから、ふっと笑った。
「さてさて、これからどうしたもんかねぇ。」
「でもねぇ、社はすぐに再建されたようでねぇ。」
住吉は肩をすくめながら、どこか得意げに語る。
「いやぁ、やっぱりね、徳の高い神様ともなると、行政の動きも早いもんで。」
——というのはまぁ、冗談半分、本当半分でねぇ。
確かに神社の復興は早かった。
地元の人々が動いたのもあるし、なんだかんだであの騒動が人々の記憶に強く刻まれたのもある。
あの出来事があった後、住吉神社はすっかり有名になってしまった。
「“あの地震のときに、神様が現れた”」
「“神様が津波を止めた”」
そんな噂が、人々の間を駆け巡った。
「いやいやいや、そりゃぁねぇ、ちょっと大袈裟だよぉ。」
住吉は苦笑する。
「でもまぁ、そう思われるのも、悪くないってもんだねぇ。」
社は新しく建て直され、鳥居もピカピカのものが立った。
さすがにピンク色じゃないけどねぇ。
「いやぁ、あのピンクの鳥居、実はちょっと気に入ってたんだけどねぇ……」
住吉はしみじみと呟く。
新しい社の前には、参拝客が列をなしていた。
「賽銭も、ちょっとは増えたかな?」
——とはいえ、そこまで大した額じゃないんだけどねぇ。
「でもまぁ、それでも十分だよぉ。」
だって、誰かがここに来て、手を合わせる。
誰かがここで願いをかける。
それだけで、神様ってのは、そこにいる意味があるんだから。
住吉は、そんな人々の様子をのんびりと眺めながら、ふっと微笑んだ。
「さてさて、これからどうしたもんかねぇ。」
「まぁ、徳の高い神様として、もうちょっと頑張らないといけないかねぇ。」
「さてさて、まぁ、ボクの話ばかりするのもなんだし、一応あの二柱のことも話しておこうかねぇ。」
住吉は、のんびりと社の前で腕を組みながら呟く。
「まずは大鈴、アイツはまぁ、なんていうか——」
彼女の神社、大鈴天満宮は、あの災害を乗り越えたものの、あの時の揺れと衝撃で鈴が完全に割れてしまった。
「あぁぁぁぁ!!ウチの看板がぁぁぁ!!」
……なんて、最初は嘆いてたもんだけどねぇ。
「でもまぁ、結局のところ、大鈴は大鈴だったよぉ。」
——というのも、復興の最中にすぐに動いたのは彼女だった。
新しい巨大な鈴の制作を始め、なんとその過程をサクセスストーリーにしてしまったのだ。
「日本最大の鈴、復活プロジェクト!」
なんて看板を出して、職人を呼び、人々の関心を集め——結局、以前よりも立派な鈴を作り上げた。
しかも、それだけじゃない。
「クラウドファンディングなるものをやってみるわよ!」
「へい!寄付金集めて、神社のリニューアルッスよ!」
まぁまぁ、さすが商売の神というべきかねぇ。
賽銭の桁が違うんだよねぇ。
住吉は、しみじみとため息をつく。
「うん、やっぱりアイツはアイツの道を貫いてるよぉ。」
で、一方の紫尾はというと——
「あっちはまぁ、こっちとは違った意味で忙しくなってるねぇ。」
紫尾久利大社は、あの戦いの後も変わらず厳格な神社として残ったが、それだけじゃなくなった。
「武の神として、名がさらに広まったんだねぇ。」
震災の際に、神々が戦った——という話は、人々の間でかなり神秘的に語られた。
それが巡り巡って、「災厄を退けた神社」として有名になったのだ。
「……別に、私は名声など求めぬ。」
紫尾はそう言って、あまり表には出たがらないが——
「まぁ、実際のところ、心のどこかで誇りには思ってるんじゃないかねぇ?」
住吉は、くすっと笑う。
人々は、紫尾久利大社を訪れ、武運を祈る者が増えた。
特に、武道を志す者や、地元の消防や警察、自衛隊の者たちが手を合わせる姿をよく見かけるようになった。
紫尾は、そんな光景を見ても、相変わらず表情を崩さないが——
「……武を学ぶ者が増えるのは、悪いことではない。」
なんて、静かに呟いていた。
「あぁ、なんとも、二柱ともそれぞれらしいねぇ。」
「そしてボクは、ボクのまま。」
住吉は、新しくなった社の前で座り込み、のんびりと空を見上げる。
「さてさて、神様ってのは、結局のところ、そうやって形を変えながらも生き残っていくもんなんだねぇ。」
神様の世界は、変わりゆく。
でも、それでも、信じる人がいる限り、彼らはそこにいる。
「さて、そろそろこの話も締めに入ろうかねぇ。」
住吉は、静かに境内を歩く。
新しくなった神社の片隅——そこに、小さな祠があった。
阿良神のものだった。
住吉は、その前に立ち、そっと手を合わせる。
「あのあと、彼がどうなったかは分からないねぇ。」
静かな風が吹く。
「邪塊として、今もどこかを彷徨っているのかもしれない。」
「でも——」
住吉は、ふっと微笑む。
「もし戻ってきた時、彼が再び宿れる場所が必要でしょう?」
場所を用意する、それが残された神としての役目だから。
住吉はそう思う。
そして——
「…………いつかまた会えるかもねぇ。」
小さく肩をすくめたその時。
「久しぶりだなぁ。」
懐かしい声が、境内に響いた。
住吉は、その声の方を見た。
「やぁ、久しぶり。里帰り?」
そこにいたのは、田中だった。
以前よりも少し大人びた顔つきになっている。
「随分と大きくなったねぇ。」
もちろん、田中には住吉の声は聞こえていない。
彼は、隣に立つあの子——いや、妊婦さんを大事そうに引き連れていた。
住吉は、その姿を見て、ふっと目を細める。
「……元気な女の子が生まれてきますように。」
それだけ言うと、住吉は静かに境内の鳥居をくぐる。
——神と人は寄り添うもの。
かつて、彼がそう言ったように。
そして、ふと空を仰ぎ、くすりと笑う。
「さて、ボクが一番言いたいのはねぇ……」
空は晴れて、穏やかな風が吹いていた。
住吉は、袖をひらりとなびかせながら、のんびりと語る。
「結局のところ、神様なんてものは、気がつけばそこにいるもんなんだよぉ。」
「見えていなくても、聞こえていなくてもねぇ。」
そして、くるりと振り返り——
「それじゃあ、今日のお噺はここまで。」
「お後がよろしいようで。」
風がふわりと吹き抜ける。
そして、住吉の姿は、静かに神社の奥へと消えていったのでした。




