表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/25

22話 絶対恋愛論

 田中は、自転車を押しながら住吉神社へと向かった。


 いつもの通学路、そしていつもの神社。


 だが、境内に足を踏み入れた瞬間、ふと違和感を覚える。


 「あれ……?」


 境内の空気が、奇抜でどこか柔らかく感じられた。


 境内の隅に、小さな花が添えられている。


 「……この神社、めちゃくちゃ変わったなぁ。」


 そう呟きながら、田中は花をそっと指で弄る。


 誰が置いたものかは分からないが、妙に心を落ち着かせる色合いだった。


 田中は、ふと思い出す。


 あの女の子がいた。


 彼女は兄を亡くしていた。


 それでも、強く生きようとしていた。


 そんな彼女を見て、田中は漠然と「寄り添う人になりたい」と考えるようになった。


 「……俺、将来な。」


 田中は、ぽつりと呟く。


 「誰にも言ってないけど、困ってる人を助ける仕事をしたいんだ。」


 静かに、神社の賽銭箱へと歩み寄る。


 ポケットから、5円玉を取り出し、そっと投げ入れる。


 「彼女ができますように。」


 賽銭箱に硬貨が落ちる音が、静かに響いた。


 その瞬間——


 「ぬぉぉぉぉぉ!!またかい!!」


 頭上から、激昂する恋愛神の声が響く。


 「お前なぁ!!この流れで何を願っとるんや!!!」


 「いや、だって……。」


 田中にはもちろん聞こえていないが、恋愛神は境内の上空でジタバタと暴れ回っていた。


 「おいおい、なんやねんこの流れ!!今、めっちゃええこと言うとったやんけ!!」


 「まぁまぁ、落ち着いてよぉ。いつもの事だよ」


 住吉が、ゆるりと恋愛神の背中を叩く。


 「毎日毎日、同じお願い事だねぇ。」


 田中の隣に、住吉がそっと腰を下ろす。


 「そりゃねぇ、毎日神社に来てくれるのはありがたいよぉ。感謝してるよぉ。」


 田中は何も言わず、ただ空を見上げていた。


 住吉は、穏やかに微笑む。


 「願い事は叶えられないかも知れないけど、でも田中に会えて、ボクは嬉しいよぉ。」


 もちろん、田中にはその言葉は届かない。


 しかし——


 田中は、なぜか微笑んでいた。


 「……」


 住吉は、ほんの少しだけ驚いたように田中を見つめた。


 彼は、まるで住吉の言葉が届いているかのように、静かに微笑んでいた。


 ——その時だった。


 「おっ!」


 境内に、もう一人の参拝客が足を踏み入れる。


 田中は、すぐにその顔を見て目を丸くした。


 「しばらくぶりだな!」


 彼女は微笑みながら歩み寄る。


 田中は、記憶を辿りながら、思わず口を開いた。


 「えーと……名前……聞いてなかったかな。」


 彼女は、くすっと笑いながら言った。


 「稲瀬 恭子。」


 その瞬間——


 「おぉぉぉぉぉ!!??」


 恋愛神が、ガバァッと飛び出そうとする。


 「これはいよいよ運命の再会やぁぁぁ!!!」


 バタバタと手を振り回しながら突撃しようとするが——


 「もう何もしない方がいいねぇ!!」


 住吉がガッと恋愛神の襟首を掴んで引き剥がした。


 「な、なんやねん!!ここはワイの出番やろ!!」


 「いやいや、もう放っておこうよぉ。」


 住吉は恋愛神を後ろに引きずりながら、ふっと田中と恭子を見た。


 二人は、静かに会話を始めていた。


 「……お前、今でもここに来てるんだな。」


 「まぁ、なんとなくね。」


 「ふふっ、相変わらずね。」


 風が、優しく境内を吹き抜ける。


 住吉は、その光景を眺めながら、微笑んだ。


 これは、神様の手を借りるまでもない。


 ただの、自然な再会だった。


 「……いいねぇ。」


 住吉は、穏やかに目を細めた。


 そして——


 「くそぉぉぉぉぉぉ!!!ワイも混ぜろやぁぁぁ!!」


 後ろでは、恋愛神が全力で暴れまわっていた。


 住吉は、軽くため息をつきながら、恋愛神を引きずる手に力を込めた。


 「だからぁ、放っておこうって言ってるじゃないかねぇ……。」


 ——田中の知らぬところで、神々の小さな騒動は続いていくのであった。


 田中は、境内の石段に腰を下ろしながら、ちらりと恭子を見た。


 久しぶりに話すはずなのに、なんだか気負うこともなく、自然に言葉が出てくる。


 「俺、田中 高志。」


 「ふふっ、よろしく。」


 恭子は軽く微笑みながら言った。


 「田中さんは、毎日ここに?」


 「ははは、まぁな。」


 田中は、少し照れくさそうに頭をかく。


 「なんか俺、ビビりだからさ。願掛けしないと怖いっていうか。」


 「へぇ、そうなんだ。」


 恭子は興味深げに首を傾げる。


 「それで、何をお願いしてるの?」


 田中は、ちょっと迷ったように口をつぐむ。


 「……うーん、まぁ将来のこととか?」


 「ふぅん?」


 「詳しいのは秘密。」


 そう言って、田中はニヤリと笑う。


 「なにそれ、ずるい。」


 恭子は、軽く笑いながら田中の肩を肘でつつく。


 「まぁまぁ、願い事ってのは、人に言うと叶わないって言うだろ?」


 「なるほどね。でも、それだけ毎日お願いしてるなら、叶うといいね。」


 「……どうかなぁ。」


 田中は空を仰ぐ。


 「ま、ここまでやってて、実際神様っているのかね?」


 冗談めかしてそう言った時だった。


 「いるよ。」


 恭子が、まっすぐな目でそう言った。


 「……え?」


 思わず、田中は彼女の顔を見る。


 「何その顔?」


 「いや、なんかお前、そういうの信じるタイプ?」


 「うーん、信じるっていうか……。」


 恭子は、一瞬だけ考え込むように視線を落とした。


 「……たぶん、いたらいいなって思ってるんだと思う。」


 「いたらいいな?」


 「うん。だって、誰かが見守ってくれてるって思えたら、ちょっと安心するじゃん?」


 田中は、その言葉に少し驚いたような顔をした。


 それは、まさに自分がふと考えていたことと同じだった。


 「……そうかもな。」


 「でしょ?」


 恭子は、いたずらっぽく笑う。


 「田中さんは、神様に何か守ってもらいたいの?」


 「え?」


 「さっき、願掛けしないと怖いって言ってたし。」


 田中は、少し考えてから答えた。


 「……いや、そういうわけじゃないんだけどさ。」


 「ふぅん。」


 「でも……」


 田中は、視線を落として小さく笑う。


 「……誰かが見ててくれたらいいなってのは、やっぱりあるかもな。」


 「うん、それならやっぱりいるよ。」


 恭子が、さっきより少し優しい声で言う。


 田中は、思わず彼女の横顔を見た。


 「なんでそんなに自信ありげなんだよ?」


 「うーん、なんとなく?」


 恭子は、ちょっといたずらっぽく笑う。


 「まぁ、いなかったら私が見ててあげるよ。」


 「……は?」


 「冗談、冗談。」


 彼女はそう言って笑うが、その言葉に田中は少しだけドキッとしていた。


 「……なんか、お前って変な奴だな。」


 「そりゃそうでしょ、こんな神社に拝みにくるんだから。」


 「いや、なんかこう……」


 田中は、言葉を探すように空を見上げる。


 「……誰かさんによく似てるよ。」


 「それ、褒めてるの?」


 「たぶん。」


 「なんか適当。」


 恭子は笑うが、その顔はどこか嬉しそうだった。


 風が、二人の間を吹き抜ける。


 静かで、穏やかな時間が流れていた。


 住吉は、その光景を遠くから見つめながら、ふっと微笑む。


 そして後ろでは——


 「ぐぬぬぬぬ……!!ワイも混ざりたい……!!」


 恋愛神が唸っていたが、住吉がしっかりとその襟首を押さえていた。


 「もう何もしない方がいいねぇ。」


 田中と恭子は、お互いの言葉に耳を傾けながら、少しずつ距離を縮めていた。


 まるで、見えない何かが二人を繋いでいるように——。

 

 さてさて、みなさん、「北風と太陽」というお話はご存じでしょうな? 旅人の上着を脱がせようと、北風はびゅうびゅう吹きつけ、太陽はぽかぽかと照らす——どちらが勝つかという、あの有名な話でございます。


 で、これを恋愛に置き換えてみますとね、まぁおもしろいもんでございます。


 恋というのは、北風みたいに強引に吹きつけたところで、相手はますます頑なになるものでございます。「ワイがモテ期を作ったる!!」「強制介入や!!」なんて、ぐいぐい押したところで、そう簡単にはうまくいかない。


 ほら、今日の田中坊主を見てご覧なさい。モテモテの状況を作っても、一歩が踏み出せない。まぁ、これはこれで立派な意地の張りようですな。


 ところが、太陽のようにじんわりと温めてやると、どうでございましょう? ほんのちょっとした会話の中で、なんとなく距離が縮まる。笑ったり、ちょっと意地悪を言ったり、何気ない言葉のやりとりが、いつの間にか心の中に灯をともしていく。


 恋愛とは、無理矢理起こすものではなく、気づけばそこにあるもの——まるで太陽のように、知らぬ間に温められて、気がついたら心がほぐれている、そんなもんでございますな。


 さて、そんなわけで、本日のお話もここまで。神様たちがどんなに策を巡らせても、結局は本人次第。だけど、寄り添い、見守ることができるのが神様の役目——いやいや、人間だって、案外そういうものかもしれませんな。


 さて、そんなこんなで、田中坊主の恋の行方でございますが——


 神様がどれだけ後押ししようと、結局のところ、恋愛とは本人の気持ち次第。無理矢理進めようとしても、なかなかうまくいかないものでございます。


 けれども、一歩ずつでも寄り添い、言葉を交わし、心を通わせることができたなら——それはきっと、北風ではなく、太陽が照らした結果でございますなぁ。


 さて、翌日も田中は、神社に足を運んで「彼女ができますように」と願ったのかどうか——


 こればかりは、神のみぞ知ることでございます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ