2話 住吉神社の神様
神社というのは、日本全国至るところにございましてな。
なかには大きな神社もあれば、小さな社もある。
立派な神殿を構えるところもあれば、
もうすっかり人々に忘れ去られた、寂れた神社もあるわけでございます。
今日お話しするのは、そんな寂れた神社のひとつ、住吉神社のお話。
「住吉神社」と言えば、大阪の住吉大社が有名ですが、
ここの住吉神社はまるっきり別物。
鹿児島県の北のほう、海沿いの静かな場所にポツンと建っております。
さて、この神社がどれほど寂れているかと申しますと……
鳥居は斜めに傾き、参道は草ぼうぼう、
お賽銭箱を開けてみれば、5円玉が申し訳なさそうに転がっている。
「これが現実……これが、地方の神社のリアル……。」
そんなわけで、ここの神様 住吉命 も、
日々、のんびりと過ごしておりましてな。
拝殿の縁側に寝転んでは、空をぼんやり眺め、
たまに境内の甘夏をもいでは、ひとりでしゃくしゃくと食べている。
神様っていうのは、大勢の人々に信仰されて、
賽銭がジャラジャラ入って……なんて思われがちですが、
いやいや、そんな神様ばかりじゃございません。
「神様だって、楽じゃないんだよねぇ……。」
住吉命は、そんなことをぼやきながら、今日ものんびりしているわけです。
さて、そんな住吉神社ですが、
昔はもうちょっと賑わっていたんですよ。
この辺りは、かつて漁業が盛んな土地でしてな。
漁師たちが出航前には住吉命に手を合わせ、
「無事に帰れますように」「大漁になりますように」と願いをかけていた。
住吉命も、その願いを聞き届け、
「よしよし、今日も海は穏やかにしておこうかねぇ」
なんて、ささやかながら力を貸していたんですな。
ところが時代が変わり、漁業もすたれ、
人々の暮らしも海から離れ……
気づけば、この神社に足を運ぶ者は、ほとんどいなくなってしまった。
「いやぁ、世知辛いねぇ……。」
住吉命も、時代の流れには勝てず、
その姿も昔のように輝いてはおりません。
信仰が薄れれば、神様の力も衰える。
かつては 黄金に輝いていた髪も瞳も、今ではすっかり金と銅のまだら模様 になってしまった。
「まぁ、これはこれで味があっていいよねぇ……?」
なんて、本人は気にしちゃいない様子ですがね。
とはいえ、まったく参拝者がいないわけじゃない。
ひとりだけ、田中 という高校生が毎日やって来て、
お賽銭を入れ、願い事をしていくんですな。
「彼女ができますように」
……いやいや、お前、それは違うだろ!
なんで安産の神様に頼んでるんだよ!
住吉命も最初はツッコんでおりましたが、
まぁ、聞こえてないんでね、仕方ない。
今ではもう、彼のお願いを聞くのも日課みたいなものでございます。
それでも、信仰される というのは、神様にとっては大事なこと。
どんな願いでも、どんなに間違ったお願いでも、
こうして毎日訪れる人がいるというのは、住吉命にとっても悪くないものでございます。
「まぁ……叶えられるかどうかは別の話だけどねぇ……。」
さてさて、皆さんも、もし機会があれば、
この 住吉神社 に足を運んでみてくださいな。
「いやぁ、こんな寂れた神社、行っても意味ないよ。」
なんて言わずにね。
もしかすると、住吉命がのんびり寝転びながら、
「おっ、今日は珍しいお客さんだねぇ」
なんて、ちょっとだけ喜んでいるかもしれませんよ?
……もっとも、願いが叶うかどうかは、別の話 ですがねぇ。
さてさて、皆さん。
世の中には 「定期的にやってくるもの」 というのがございますな。
季節の移ろい、町内会の掃除、請求書の支払い……
あぁ、そうそう、「町内会の回覧板」なんてのも、
気づけばポストに入っているものでございます。
さて、これが神様の世界にもありましてな。
えぇ、「神様たちの回覧板」ってやつです。
「えぇ!? 神様に回覧板!? 何それ!」
と驚くかもしれませんが、これがまた、ちゃんとあるんですなぁ。
「月に一度の神様の定期集会」
神々は、人知れず月に一度集まり、近況を報告し合う。
まぁ、要するに 「神の寄り合い」 でございますな。
さて、そんなある日のこと。
住吉命は、いつものように拝殿の縁側で寝転がっておりました。
「ん〜……今日もいい天気だねぇ……。」
ぽかぽか陽気にまどろみながら、目を細める。
何もすることがないってのは、ある意味 神の特権 かもしれませんな。
ところが、その平和なひとときをぶち壊す出来事が起こる。
ヒュウウウゥゥ……バサバサバサッ……!!
「……ん?」
突如、空から影が差し込む。
それと同時に——
バコーンッ!!
「いったぁぁぁぁ!!??」
住吉の頭に何かが直撃。
「ぅぅ……なにこれ……?」
痛みをこらえながら、目の前に落ちた物を拾い上げる。
見ると、それは 木の板に和紙を貼り付けた、いかにも古風な『回覧板』 でございました。
表には、くっきりと 「神々定期集会のお知らせ」 と書かれている。
「あ〜〜……やっちまったなぁ……。」
住吉は頭を押さえながらため息をつく。
月に一度の 「神様の寄り合い」。
そう、これは 「今月もサボるなよ」 というお達しでございます。
「……めんどくさいなぁ……。」
しかし、無視するわけにもいかない。
なにせ、これは 神々の間で決められた『ルール』 でございましてな。
サボるとどうなるかって?
まぁ、大した罰はないんですが……
「また紫尾がうるさいんだよねぇ……。」
そう、この 「定期集会」 を頑なに守り続けているのが、
格式を重んじる 紫尾武尊 でございます。
「住吉……貴様、また欠席するつもりではあるまいな?」
そんな鋭い目で詰め寄られるのが目に見えている。
「……はぁ、行くしかないかぁ……。」
住吉がしぶしぶ腰を上げると、
ふと、回覧板を届けた カラス の姿が目に入る。
「ん?」
カァァァァァァ……
神社の鳥居の上に、一羽のカラス。
じっとこちらを見下ろしている。
「あんたがこれ落としたの?」
住吉が問いかけると、カラスは 「違う違う」 とでも言うように、首を左右に振る。
「じゃあ、誰が……」
すると、カラスは 「あいつ」 という感じで、クチバシを動かしながら空を指した。
住吉が見上げると——
ヒュウウウゥゥ……バサバサバサッ!!
「うおっ!? なんか来た!!」
バサバサと舞い降りてきたのは、一羽の 大型のカラス。
翼を広げれば、かなりの迫力でございます。
「おぉぉぉ……こいつはまた立派な……。」
そして、その大カラスが住吉をじっと見つめ、
クワッとクチバシを開いたかと思うと——
「サボるな」
「喋ったぁぁぁぁ!!??」
住吉は、仰天して飛び退いた。
しかし、大カラスは動じることなく、再び口を開く。
「……サボるな。シオがうるさい。」
「あぁ……やっぱりねぇ……。」
紫尾の差し金かぁ……
住吉は頭を抱えた。
このカラス、どうやら 紫尾の使い らしい。
つまり、住吉がサボらないように監視しているわけですな。
「ったく……そこまでして出席させたい?」
「……シオがうるさい。」
二度言った!!
住吉は 「はぁぁぁ……」 と深いため息をつく。
「もういいよ、行くよ、行きますよ……。」
カラスは何も言わずに、ただ頷いた。
そして、再びバサバサと羽を広げると——
ヒュウウウゥゥ……バサバサバサッ!!
風とともに、空へと飛び立っていった。
「……ほんと、めんどくさいなぁ。」
住吉は、ぼやきながら回覧板を抱え、
しぶしぶ神々の集会へ向かうのでありました。
さてさて、皆さん。
人間の世界にも「面倒な集まり」ってありますが、
どうやら 神様の世界でも、そういうものは避けられない らしいですなぁ。
……もっとも、神様の場合は、
「回覧板がカラスに運ばれてくる」あたり、
ちょっとばかり 風情がある かもしれませんがねぇ。
さぁ、おあとがよろしいようで。
「……さて、と。」
住吉は、自分の手のひらに乗せた「神々定期集会の案内」をじっと睨みながら、重いため息をついた。
「めんどくさいなぁ……」
何度呟いても、集会がなくなるわけじゃない。神々の間で決められた「ルール」というのは、案外しぶといものだ。
しかし、行かないわけにもいかない。あの紫尾武尊が、こういうことには異様に厳しく、住吉が一度でもサボろうものなら、
「貴様、また怠けるつもりか!」
と、あの鋭い目で詰め寄られるのが目に見えている。
「……はぁ。」
だるそうに伸びをして、縁側から立ち上がる。さて、行くには行くとして、問題は「交通費」である。
住吉は、バスや電車にも、人間に認識されず普通に乗れる神様だ。とはいえ、勝手に乗るのは流石に気が引けるし、無賃乗車で紫尾にさらに説教されるのもごめんだ。
「となると、金だよなぁ……。」
賽銭箱をちらっと見るが、今月の収益は――55円。
「……いやいや、これじゃバス代すら出ないじゃん。」
田中の5円玉では、せいぜい缶ジュースも買えない。やれやれ、と首を振りながら、住吉は足を進める。
目指すのは、駅前の自動販売機。
神社の賽銭が期待できないなら、次に頼るのは――「落とし物経済」である。
「よし、今日もいい感じにホコリっぽいねぇ……。」
駅前の隅、そこに並んだ古びた自販機。住吉は、まるで宝探しをする子供のように、しゃがみ込んで機械の下へ手を突っ込んだ。
「……あった!!」
指先に触れたのは、硬貨の冷たい感触。
「へへっ、やっぱりなぁ!」
手を引き抜くと、そこにはピカリと光る100円玉が。
「やったぁ!!」
住吉は思わずガッツポーズを決める。続けてもう一度手を突っ込むと、今度は10円玉が二枚、さらに隣の自販機の下を探ってみると、50円玉まで見つかった。
「おぉ、今日は当たり日だねぇ!」
合計170円。これだけあれば、バス代には足りる。これだから、駅前の自販機はありがたい。
「いやぁ……信仰って大事だけど、落とし物のほうが確実だよねぇ……。」
そんなことを呟きながら、住吉は手のひらの小銭をジャラジャラ鳴らし、満足そうに立ち上がった。
さて、資金は確保した。
あとは――「ちゃんと定期集会に顔を出すだけ」である。
「……ま、適当に座って話を聞いてるフリしてればいいよねぇ。」
住吉は、ポケットに小銭を押し込みながら、のんびりと駅のバス停へと向かうのであった。