第7話 ありきたりな重婚のよくある情報漏れ
内なる衝動って、こういうのを言うのか。
重婚、二番目の相手、だって? そんなのあるか!!
戦国時代じゃあるまいし。男の僕だって、ずいぶん当人をバカにした話だってわかるよ。
そりゃ、魔物滅殺のためには、梅園本家の血を絶やせないのも、そうだけどさ。
でもなんで、よりによってあの娘なんだ。
こんなこと言われたら、一体どんな気持ちになるんだよ!?
居ても立ってもいられなくなり、僕の足は彼女の家へと走っていく。
愛依さんの顔が無性に見たかった。
逢初家は、確かあの、僕がいつも入院する病院の近くだった。「大きな公園の隣」だとも聞いてる。
長年住んだ、あまり大きくもない町だ。おおよその場所の見当はつく。
スマホの地図アプリには医院も載ってるし。
20分くらいを夢中で走って、その大きな公園に着いた。呼吸を整えながら、歩いて一周していく。‥‥と、自宅側の玄関に人だかりがある家が見えてきた。白い建物。
逢初内科医院。愛依さんの家だ。
いかにも医院、という感じの四角い建物だった。前が診療室、後ろ側が住居になってるのか。
嫌な予感がした。医院は内科と小児科で、愛依さんのお母さんが診療してると聞いている。
なのに、診療時間中にあんなに人が押しかけている。
しかも、医院じゃなくて自宅のほうの玄関に。
そういう場合はだいたい予想がつくよね。
次第に見えてくる、人の姿。
それに色々なそれっぽい機材、カメラ。
人だかりはやっぱりマスコミだった。取りあえず近づいていく。
「梅園家の次期当主の、お相手として娘さんのお名前が上がったと聞いているのですが」
「次期当主には、すでに許嫁がおられるんですよね?」
「法律が改正されて、重婚が可能となります。どうお考えですか?」
「コメントをいただきたいんですが?」
インターホンに向かって、記者みたいな人がそう質問を投げていた。
「あれ? この中学生は‥‥君、確か咲見家の子だよね?」
マスコミの集団に近づいた僕は、何人かの人に顔を知られていた。あ、しまった。
ふたりほどの人に捕まる。色々質問攻めにされた。
この「逢初家」って知ってる?
付き合いあるの?
ここの長女さんが若様と結婚するらしいけど、君何か知ってる?
長女さんと連絡取れないかな、君?
などなど。
状況がわかってきた。梅園一族の今朝のミーティングの情報が、マスコミに流れてるんだ。
今、退魔の話題は国内的にアツい。こういう記者さん達が来るのも頷けるけど、最近ちょっと加熱気味だ。
今まで一族の大人が対応して僕ら中学生組は守られていたけど、若様の登場とか重婚の法律の話で、一気に変な流れになってきてるんだよな。
「「あ、何でしょうか!?」」
記者団に動きがあった。鳥が一斉に羽ばたくみたいに、逢初医院の自宅インターホンに人影が殺到した。
インターホンから返答があったみたい。
僕のほうまでは何も聞こえない。
けど、記者さん達は一心に耳を傾けて、メモとかも取ってる。家の人が何かコメントしているんだろ。‥‥もしかして、愛依さん?
パタリ、ギィ。
他所からの気になる音。
記者さん達が玄関に集中してるおかげで、僕には別方向からの別の音を拾うことができた。
僕は彼らの背中を見ながら、足音を消してその場を去った。
前に本人に、ちらっと聞いてたんだ。
逢初家の裏手、医院の反対側に小さめの庭があって、公園へと抜ける木戸が作られてること。
子供のころはよくその木戸をくぐって、公園で遊んでいたこと。
いた。やっぱりそうだ。
息を切らせて公園入口まで戻って、公園に入り直す。そして逢初ハウスの裏手方面へ回ろうとしたら、木立の中を歩くセーラー服が見えた。
胸がとくんと鳴った。きっと彼女だ。
セーラー服はそのまま公園を出て、道を挟んだ川の土手を登っていった。堤防の向こうにセミロングの黒髪が見えなくなる。僕は急いだ。
斜面に作られた階段を上っていくと、急にぱあっと視界がひらけた。この町を流れる、まあまあ広い川幅の河川だ。
堤防の内側、コンクリの階段に座る、あのセーラー服姿を見つけた。
世の中の喧騒を知らないかのような、清楚な制服が、川辺の風に揺れていた。
「愛依さん、だよね?」
「え!? ‥‥‥‥あ」
やっぱりあの姿は愛依さんだった。彼女は驚いて立ち上がる。
急に僕が現れたんだから、そりゃそうか。
「どうしたの?」
「あ、ええと」
そういえば、どうして愛依さんの家へ走ったんだっけ? 僕は。
「記者さん並みに情報早いね。家が取り囲まれてるのを心配して、来てくれたの?」
「ま、まあ。そんなとこかな」
曖昧な返事をする。結果そんな感じになったしね。
「君はどうしてここに? 歩いてくのが見えたんだ」
「うん。外の景色が見たくなって。家にいるのも落ち着かなくて。‥‥ね? ‥‥座る?」
再び腰を落とした彼女の横、白いコンクリートを、ぽんぽんと叩いた。
そういえばあれ以来、僕的には気まずい雰囲気だったハズなんだけど?
普通に話しかけてしまった。気のせいだったのかな?
公園そばを流れる二級河川。護岸工事をされたその川のほとりの、階段状のコンクリの上。
夕陽で少しオレンジ味がかったその場所に、僕は腰かけた。
彼女は言う。
「逃げて来ちゃった」