第6話 ありきたりな憲法のよくある例外
「本家若様と、愛依さんとの縁談」
麻妃との病院ランチの後、SPさんの高級車で家まで送られた。
気がついたらもう玄関の前だった。あっという間だった。
そのまま自室に入った。念願のゲームをやろうとしてハード本体の電源を入れたけど、コントローラーを持ったままメニュー画面を眺めてる自分がいた。結局やめた。
ベッドにもぐり込んで考える。なんでこんな気持ちになったんだろう?
夕食に呼ばれた。両親は僕の様子に気がついたようだ。「麻妃ちゃんとの縁談話だったら気にしなくていいんだよ。大人の都合でそうしたいだけで、いきなり無理強いをするわけじゃない。自分の将来は自分で決めればいいんだから」と言われた。
や、そっちの縁談じゃないんだ。気にしてるのは。
かと言って親にこの手の相談をするのはありえないし、適当に「うん」と返事して自室のベッドに逃げ込んだ。
ああ、麻妃とのことと勘違いしてくれてればちょうどいいのか、と思い至ったのは、毛布をかぶってからしばらくしてだった。
「僕だって愛依さんだって、まだ中二だぞ。こんな」
思わず声に出してしまって思い出す。そういえば僕ら一族は‥‥というか江戸時代とかの一般人って、14歳くらいで「元服」してたよな。
そうだ。昔は14歳から大人として退魔の任務をこなしていた。結婚とかも普通にしてたんだよな。
だから。
僕らくらいで結婚云々の話が出てきても、そんなに変なことじゃあないのか?
***
2日経った。普通に学校に行く日々。魔物は出ない。
若様は今日もTVに出てた。あれから当主様より人気が出ちゃったみたいだ。色んな質問に的確に答える。ウィットに富んでいる。
たぶんこういう、何でもそつなくこなせる人は成功するんだろうな。人生で。
本家だからもあるけど、保有法力もすごいし、現場での対応力もすごい。危なげなく魔物を滅殺してきた。
愛依さんが本家に嫁げば、本家には治癒系統の遺伝子が入るし、逢初家も癒しの能力の強化が見込めるらしい。いいこと尽くめだ。
戦闘後に毎回ぶっ倒れる、よわよわ退魔師の出番なんか無い。あるわけない。
放課後。
経過観察で病院に行った。待合室でまた拍手と応援を受けたけど、何だか空しい。
いつもの恰好だった。セーラー服に白衣の愛依さんがいて、ひと通りのメディカルチェックを受けた。
異常無し。
業務以外での愛依さんとの会話も。
無し。
「そっか。そうだよな」
僕は、久しぶりに愛依さんの姿を見て、その静かな態度で納得する。麻妃と僕との縁談も当日中に知らされたんだ。愛依さんも、若様との縁談話をもう聞いてるはずだ。
つまりこういうことだ。
僕と暗闇でニアミスして気まずくなったのは当然として、若様と結婚するんだから他の男に素っ気なく接するのは当然か。
そりゃそうだよ。逆に結婚相手が決まったのに僕なんかと仲良くしてたら、僕だって引くよ。
ちょっとだけ仲良くなれたこと。もう忘れよう。
幻かなんかだったんだよ。きっとさ。
***
「アホか暖斗くんは。じゃあウチは暖斗くん以外の男子全員に、デフォで塩対応か? そんなワケあるか!?」
「え?」
麻妃に怒られた。
「ウチらだって縁談話が持ち上がっただけじゃんか?」
「じゃ、もしかして?」
「あっちだってそうだよ。この時代に、そんな江戸時代じゃあるまいし。家の都合で結婚が決まるか。アホか!」
「ああ、もうそうだと」
「『当人同士が良いなら、なるべくそうして』ってハナシだよ! あと法案は通るってさ。その様子じゃニュースも見てないなぁ?」
「法案?」
「ほら! けっこう重大ニュースだよ。ウチらのことなんだから! ゲームばっかやりすぎだゼ☆」
いや、ゲーム、電源すら入れてないんだけど。
僕の部屋。麻妃が訊ねてきていて。その置物となったゲーム機を床に見ながら、麻妃に言われるままに、スマホを操作した。
その記事はすぐに見つかった。
「な? 重要でしょ? 暖斗くん」
「退魔の梅園一族、『憲法第24条の特例事案に対する例外規定扱い』に」
「24条って何? あと、例外?」
「それはな~暖斗くん」
どうせ親とかからの受け売りだろう麻妃の、小鼻をふくらませた解説が始まった。
つまりこういうことだ。
24条は婚姻のルールを規定した憲法。梅園一族は特殊な状況にあるから例外扱いにする。つまり一定条件でそのルールを破ってもOK。大元を変えずに解釈や例外を設けるいつもの政治家のやり方、だそう。
で、梅園一族と僕ら衛星血族は、血脈を残すのが最優先とされた。
それがこの国のためだから、例外オッケーとする、と。
まあ自衛隊の武器が魔物に効かないんじゃあ、もうね。
具体的には、血族同士の婚姻の場合、手続きの簡素化とか補助金とか。
「同棲してて事実婚だったら、婚姻届け出さなくてもOKだってさ」
「よくわからん」
「離婚届出してなくても、次のお相手が血族だったら融通利かしてくれるって」
「よくわからん」
「暖斗く~ん?」
「だって、そんなのちゃんとすればいいじゃん。それだけなのに」
「ま、そうだけどさ。最後にとっておきのネタがあるゼ☆」
「麻妃のとっておき? 悪い予感しかしない」
「まあまあ。そう言わずに」
僕の予感は的中した。
本当に衝撃の情報だった。
「重婚の許可」。
僕ら梅園一族は、血脈同士だったら、「複数相手」と「同時に」結婚できる。
さらに。
梅園家次期当主、若様にはもう許嫁がいて。
愛依さんは。
あくまで二番目としての嫁候補、だということだ。
僕は
家を飛び出していた。