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第1話 ありきたりな退魔師のよくある異変






 戦って勝ったのに、まさかの罰ゲーム?

 まさか、あの()とこんな事しなきゃならないなんて。





「あの‥‥水、飲ませて貰っていいですか‥‥」


 僕、咲見暖斗(さきみはると)は、医務室のベッドの上で弱々しくこう言った。僕の目の前には、ベッドに組みつけの小さなテーブルがあり、そこには水の入ったコップが置かれている。


「ハイ。お水、ですね」


 するとバックヤードの死角から、白衣を着た女子が現れる。コートみたいな形だけど裾の短い、襟付きの白衣。


 彼女は僕の目の前のストローの刺さったコップを持ち上げると、無表情のままそっと僕の口元に寄せた。



「飲めますか?」


 僕は、不格好に顔と顎をできるだけ突き出して、ストローをくわえて。


 ――彼女、逢初愛依(あいぞめえい)さんの気配が近い。‥‥けど目線をコップに固定して、飲む事に集中する。餌をつつく鳥みたいな仕草で、ストローに首を伸ばす。


 僕の両手は動かない。未だベッドの、白いシーツの上に置かれたまま。


 彼女の白衣の隙間からのぞく、オーソドックスな白セーラー服と水色の胸のリボンが揺れる。少し光沢があって、赤いラインが横引きされた綺麗なリボン。

 俯いたら視界に入ってきて。



 おおっと、飲む事に集中。でないとむせてしまうんだった。


 逢初さんは僕の口まわりを布でそっと拭いてくれた。柔らかくて何かいい匂いがするタオル。‥‥慌ててリボンから目を逸らした。


「ご、ごめん。こんなことさせて」


 沈黙が嫌で、取りあえず話しかける。


「いえ。役目なので」


 彼女の、抑揚のない声が視界の外で聴こえた。

 正直この部屋の空気が良いとは言えない。

 でも、それを後回しにするくらい、僕は今、追い詰められている。


「大丈夫。元通りになりますから。大丈夫」


 右耳のすぐ上あたりで透き通る声がして、僕はぞくっとする。

 きっと、僕が体をぐいっと傾けたら、僕の頭は彼女のほっぺた辺りに当たるんだろう。


 まあ。動かせたら、なんだけどね。




 僕の。





 首から下の身体を。






 ***






暖斗(はると)様!」

「うん。みんな離れて!」


 話は2時間前にさかのぼる。


 唐突だけど、簡単に話すよ。この町に魔物が現われるようになった。この現代日本に、だ。


 でも大丈夫。代々歴史の闇の中で魔を滅してきた僕ら「梅園(うめぞの)一族」がいるからね。僕の名は咲見暖斗。その退魔の一族の、分家筋「咲見家」の若き当主だ。


 大昔、ご先祖様が魔物を退治して洞窟に封じ込めたんだけど、たまに封印のスキマから出てくるんだよね。その対応要員、守り人(まもりびと)として僕らも代々この町に住んでたのさ。



 初陣。‥‥‥‥だけど緊張はあまりない。幼いころからさんざん予行演習してきたし。



「うおおお!」


 僕が大空に手を掲げると、空から六角形の光の柱が降り立つ。それが突き刺さる先は、二階建ての家くらいの大きさの、オオカミみたいな魔物だ。


「グギャアアァ!」


 大地を震わす断末魔と共に、獣魔のシルエットが黒い霧に変わる。その霧も、光柱の残光に焼かれて消えていった。


 うん。退魔完了。かざした手を降ろして握りこぶしを作ると、同時に光柱も消える。我ながらグッジョブだ。



「暖斗様。こちらへ」

「あ、どうも」


 眼前に、郊外の木々を映した黒塗りの高級車が止まり、SPさんがドアを開けてくれる。さっきまで市民の避難誘導をしていた自衛隊の装甲車みたいのが、車の後ろからついてくる。


 そう。現代に魔物が出たことで、僕ら退魔の一族は国からVIP待遇を受けてしまってるんだ。僕まだ中二なんだけど。いいのかな? これで。

 まあ、イキったり偉ぶったりしなければいいよね? 退魔の仕事は僕らしかできないんだから。

 それに不慮の事故や人間同士のトラブルで梅園一族が怪我したりすると、魔物対応が一気に人員不足になるんで、退魔以外の時間はこうやって国が守ってくれるって事で。


 僕を乗せた車は滑るように走り、郊外から都市部へと入っていく。車内はすっごい静かだ。さすが高級車。その窓から流れるビルをぼうっと見てたんだけど、あれ?



「‥‥僕の家に向かっているんじゃないんですか?」

「ええ。市内の病院で、暖斗様のメディカルチェックがあると」


 屈強そうなガタイを黒いスーツで包んだSPさんが、そう教えてくれた。そっか。聞いてないけど。国は僕らの安全を心配するあまり、遂に病気のチェックまで始める訳か。

 しょうがないか。なんせ魔物を倒す能力は、僕ら一族しか持ってないんだから。



「どうぞ」


 さっきのSPさんが高級車のドアを開けてくれて、僕は車を降りる。市内で一番大きな病院の玄関だ。


「おおっ!? 咲見様だ!」

「「暖斗様~~! きゃあ~!」」


 自動ドアの向こう、待合いフロアには、病院の職員らしい制服や白衣、それに居合わせた患者さんたちが並んで待っていてくれた。あ、看護師さん、若い人が多い。いわゆる黄色い声援? 拍手までまき起こって。


 そうなんだよ。この国を魔物から救っている一族だからね。なんかみんなにすっごい感謝されちゃってる。あまりに人気なんで、移動の時とかの安全を確保するためにも、のVIP待遇でもあるんだよね。


 ‥‥正直こういうのは気恥ずかしいよ。まだ馴れなくて。でもしょうがない。取りあえず手で応えて、笑顔を作って通りすぎるとするか。


「‥‥ども。ども。‥‥こんにちは。はい」


 僕は両側から万雷の拍手を浴びながら、病院のつるつるよく光る床の上を歩いていく。病院だけあって磨き上げられて清潔な感じだ。でもあまりにも光沢があって、ちょっと滑りそうだな? なんて一瞬考えたら?



 ズダン!!



 本当に滑った。


 一瞬視界が跳んで、両目から雷が出たみたいになった。気がつくと、僕の鼻先にはあのつるつるの床があった。



 居並ぶ人たちの列の前で僕は――ハデにコケていた。

 うわ!? うわ!! カッコ悪! ‥‥最悪だ!


「「きゃあぁ!?」」

 悲鳴が聞こえる。黄色い声で。



「痛ってて‥‥ぐぐ」


 走る痛みに声をあげてしまったけれど、慌てて奥歯で嚙み殺す。既に死ぬほど恥ずかしいのに、この上痛がるとか出来ないよ。


 顎と体中を痛打していた。呻きながら目だけで周囲を窺うと、あの看護師さんたちが駆け寄って来る。



 うう。やめて。痛いけどそっとしといて。

 この上助けられたら、恥ずかしいプラス情けない上乗せ(レイズ)で黒歴史確定だ。




「大丈夫ですか? 暖斗様?」


 いや、大丈夫だし。


「大丈夫? 立てますか?」


 そうだ。サッと立ち上がって、せめてノーダメージだけでもアピールしよう!



「‥‥」



 倒れた格好から、慌てて体を起こそうとして。



「‥‥‥‥!」



 四肢に力を込めて。



「‥‥‥‥?」



 立とうとして。



「‥‥‥‥!?」



 あれ? 立とうとしてるんだけど。



「‥‥‥‥‥‥‥‥!!」



 僕は、自分の体の異変に気がついた。

 確かにそうしているのに。脳が命令を発しているはずなのに。僕の身体の。





 首から下が、全く。





 動かない。






 ***





 取り乱した。脳内で「マジかよ!?」を何十回か繰り返して、そうだ、周りの人に状況を伝えて助けてもらわなくては、と我に返ったあたりで。





「‥‥間に合いませんでしたか?」


 看護師さんたちとは違う、もっと幼い女性の声がした。眼球を動かせるだけ向けて声の方向を見ると、黒いローファーと白い靴下と、‥‥ちらりと‥‥セーラー服のスカートからのぞくふとももが見えた。

 ‥‥誰かが僕の頭のすぐ側で、しゃがんでいるみたいだ。





 しかもこの声。‥‥僕には聞き憶えがある。






この作品のベースとなった拙著、SFロボット物です。

よろしければ、こちらもどうぞ(*^▽^*)


ベイビーアサルト~撃墜王の僕と、女医見習いの君と、戦艦の医務室。僕ら中学2年生16人が、その夏休み40日間になしとげた人類史に刻む偉業。「救国の英雄 ラポルト16」の軌跡~

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