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8. 化物侍女は宵闇に溶ける

 皆が寝静まった深夜。打ち付ける雨粒が窓を揺らし微かな騒音が部屋に響く中、ヨルの耳に鋭い一つの音が入り込んだ。


「っ!」


 音が聞こえた瞬間、微睡みに沈んでいたヨルの頭が覚醒し飛び起きる。急ぎ寝衣から侍女服に着替え部屋を静かに抜け出せば、薄暗い中央ホールに佇む一人の影があった。


「お呼びですか、侍女長」


 ()を片手にホールに立っていたキャロルは、ヨルの姿を視界に収めると申し訳なさそうに眉を下げた。


「ええ。ごめんなさい、こんな夜中に呼び出してしまって」

「問題ありません。それよりご用件は」

「……貴方に仕事を任せたいの。場所は──…」


 他の者を起こさないよう声を潜めて告げられた場所に、ヨルは小首を傾げた。


「何故、そのような」

「先程ベンから通達がきました。数体の防衛用の魔法植物からの反応が無くなったと。自然に死滅した可能性もあるから、あまり人を動かすべきでは無いと判断して、貴方一人に任せたいの。行ってくれる?」

「かしこまりました」


 間髪入れずにヨルが応える。迷う必要は無い。為せと言われた事を為すのが自分の仕事なのだから。戸惑いなどない強い瞳に不安げな表情を浮かべつつも、すぐに表情を引き締め「万が一の場合は撤退も許可します」とキャロルが告げる。その言葉が意味するのは


 ───『自らの命を最優先事項として動け』


 その意味を間違いなく理解した上でヨルが頷き、一礼を返せばもうそこに姿は無い。


「よりによってこんな天気に…」


 …いや、こんな天気だから(・・・)かもしれないとキャロルは思案する。

 雨音は先程よりも大きくなっており、このまま強くなり続ければヨルの身にも危険が及ぶ可能性が高まる。自らの命を最優先事項とするよう命令はしたが、それでも不安は拭えない。動けない自分を歯痒く思いながらも、キャロルはただ待つしかなかった。




 ◆ ◆ ◆




 雨避けの黒い外套を身に羽織り、ヨルが屋敷を抜け出す。容赦なく襲う冷たい雨粒がヨルの体温を確実に奪うが、ヨルには些細な事だった。

 月明かりすらない暗闇を迷うこと無く突き進むヨルの姿は宵闇に溶け、誰の目にも留まらない。

 

「……おっと」


 民家の屋根の上を駆けていたヨルが、いきなりその足を止める。その視線の先には、街の見回りを勤める衛兵の姿があった。明かりを手に持つ衛兵からは、黒いヨルの姿は見えてしまうだろう。

 やましい事をしている訳では無いが、捕まって事情を話す時間は無い。迂回する選択をして別の道を辿れば、衛兵の数が妙に多い事に気が付いた。


「まさかもう(・・)…?」


 しかしいくら何でも早すぎる。先程キャロルから報告を受けてから自分が動くまでを考慮しても、だ。

 下手な憶測は不安を呼ぶ。今頼りになるのは自分の目だけだと自身に言い聞かせ、本来の向かうべき場所へと足を向けた。


 レコルト皇国外縁部、国境付近の大半を占拠しているのは広大な森林を有する魔境にして、国門以外で存在する唯一の“抜け道”。しかし、狂暴な魔物が跋扈するこの場所は、余程の命知らずの大うつけ者しか通る事はない。それ故に警備は人を介さず魔法植物によって行われている。


「そんな場所ですが、馬鹿者は一定数いるのですよね」


 明かりなどは一切無く、右も左も分からぬ暗闇に呑み込まれた森を前にしてもヨルの表情は揺らがない。今まで同じような仕事を何回行ってきたか数えるのも馬鹿馬鹿しい程なのだから。

 今回報告を受けた魔法植物が配置されていた場所はそう遠くなく、すぐに現場へと辿り着いた。そこにあったのは、根元が鋭利な刃物で斬られたようにスッパリと切断された魔法植物の残骸。そして───


「死体、ですか」


 地面に横たわる、黒い骸。腹部には魔法植物の蔦が無惨にも突き刺さっており、状況から見ても即死だっただろう。

 ヨルと同じく黒い外套を羽織ったその身体を仰向けに転がし、フードを取る。明かりなどない暗闇でも、ヨルの瞳はハッキリとその顔を捉えていた。

 

「若いですね」


 男と呼ぶよりも、青年と呼んだ方が似合うほど、その人間は若い顔をしていた。そんな人間がここまで辿り着いた事を褒めるべきか、ここで死んだ事を当然と思うべきか。

 一先ず身元が分かるようなものを持っているか確認するが、この様な場所を通る人間が呑気に持っている筈など無い。


「残りのお仲間は……三人ほどですか。うち一人は女性のようですね」


 ぬかるんだ地面には複数の足跡が残っており、大きさや地面の沈み具合から誰が何人いたのか判断する。

 足跡は森を抜ける方へと続いており、もう街の手前までならば辿り着いているかもしれない。


「それにしても……この人間、綺麗ですね」


 整えられた赤毛に肌艶の良い顔。そして服装が今まで発見してきたどの人間よりも綺麗なのだ。パッと見ただけでも、紺色の布に臙脂色の装飾と黄金色の刺繍は素晴らしく美麗だ。そして腰に下げていたのは見るからに質の良い長剣。


「……騎士、ですかね」


 自らの数少ない知識を手繰り寄せ、そう結論付ける。すると必然的にどのような存在がこの場所を抜けようとしたのかも凡そ見当がついた。


「面倒事は嫌いなのですけれどね…」


 しかし、自分が文句を言う資格は無い。思わず溜息が出そうになる口を結び、ヨルは闇夜を駆け出した。





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