77. 化物侍女は起きる
皇都への旅路は当初の想定とは裏腹に何の問題も無く完遂された。
だが無事に学園へと帰り着く事が出来た生徒達ではあったものの、授業の再開はおろか、自らの家に帰る事も出来ないでいた。その理由は勿論、ダンジョンにてヨルが遭遇した魔物が原因だ。
現状謎の魔物は皇都周辺でも目撃例が近頃相次いで発生しており、中には命を落とした冒険者も少なからず存在していた。
そんな状況に加え、それらの魔物によって住処を追いやられたと思しき魔物達が街道に溢れ、安全が確保出来ない状況に陥っていた。これでは皇都外に家がある生徒を帰す事など出来ない。それが学園の、ひいては国の判断だった。
「という事なのだけれど、貴方はあの魔物について何か知っているのであれば聞かせてくれないかしら」
「………」
ヨルが寝かせられた病室にて、ティアラ達と白い髪を靡かせる彼女が対峙する。
ティアラとしてはヨルがあの魔物について幾らか心当たりがある様な言動をしていたので、それならばヨルをお姉ちゃんと呼ぶ彼女も何かしら知っている筈だと思っていた。しかし、返ってくるのは沈黙のみ。
「……はぁ」
恐らくはヨルが目覚めるまで口を開かないつもりなのだろう。思わずティアラが溜息を吐く。
「じゃあこれだけ聞かせて。アレは敵?」
「敵」
一切の躊躇無くそう返事が来る。その言葉には隠しようもない程の敵意と憎悪が混じっていた。
「明確な悪、という事でいいのかしらね…」
善と悪。それは立場が変われば逆転するものだ。どちらか一方を完全悪と定めるのは、そう簡単な事では無い。
「…貴方は、アレに勝てる?」
「それが役目」
「……そう」
勝てる勝てないでは無く、戦う事こそが己が役目。それは命を投げ捨てる事すら躊躇は無いという、覚悟そのものだ。
「……魔術が効かない敵、か」
思えばヨルは一切の魔術を行使できない。それはまるで、アレと戦う事を前提としていたような……
「………」
であるならば。その通りだとするならば。
────ヨルは、一体何者なのだろうか。
◆ ◆ ◆
「───此処は…?」
ヨルが目を覚ました時。そこは薄暗い部屋の中だった。
「すまない、───。私は、最低な主人だ」
立ち竦むヨルに、悲痛な声色で眼差しを向ける一人の男性。彼の事を、ヨルは知っていた。
彼の前の机には何かが描き殴られた紙が散乱し、彼自身もだいぶやつれているように見えた。
「……主人」
その言葉が、ヨルの口から零れる。彼は、彼こそが、ヨルの最初の主人だった。
これは過去の情景を追憶しているのだろうかと一瞬ヨルは思ったが、それを直ぐに否定した。
「この様な場面は、記憶にありません」
全てを覚えられるヨルだからこそ、この情景が存在しないものであるとの確信があった。ならばこれはただの夢なのだろうか。
「これは私が───に贈る、最後の贈り物…いや、呪いなのかもしれないね」
彼はそう言って自嘲するような笑みを浮かべる。その言葉を聞いて、ヨルの頭がズキンと痛みを訴えた。
「うぅ…」
「すまない。これは私達のエゴだ」
「ま、すたー…?」
「───、言っておく。この戦いは終わらないだろう」
「………」
過去を知るヨルにとって、その言葉が何を指しているのかは説明されずとも理解出来るものだった。
「だからこそ、コレを───に託す。───と出会う事がトリガーとなるようにしてね」
「───が、まだ動いているのですか…?」
彼は、静かに頷いた。
「“過ち”は、繰り返すべきではない」
「………かしこまりました」
その言葉に込められた“命令”を、ヨルは受諾する。それこそが、自らの存在意義なのだから。
「───、いや…ヨル」
「っ!?」
「父親を、許さないでおくれ」
ノイズが混じる。情景が白くなり、これがもう終わりに近付いている事を自覚した。
「──ッ、主…っ、お父さんっ!」
「ヨル。何時の日か、君が見てきた事を沢山私に教えておくれ」
◆ ◆ ◆
「────………ぅ」
次にヨルが目を覚ました時、そこは穏やかな夕日が差し込む素朴な部屋だった。
少し緩慢な身体を動かして上体を起こせば、そこが現実世界であると知る。
「此処は…?」
寝起きで上手く動かない頭で部屋を見渡す。するとその時、ヨルが自らの身体に違和感を覚えた。
「腕が…」
失ったはずの左腕が元通りになっている。それも、傷痕一つ無く。
あの時自らの身体がどの様な状態であったのかを、ヨルは正確に把握出来ていた。だからこそ、そう簡単に治るものでは無かったという事も理解していた。にも関わらず、自らの腕は何の後遺症も無く動いている事が違和感でしか無い。
暫く左手を見詰めていれば、ガチャリと扉が開く音が響いた。
「ヨルっ!!」
「ティアラ様、ぅ…っ!」
ティアラが走り込んで来た勢いそのままにヨルへと抱き着けば、思わずヨルの口から苦悶の声が零れた。
「ティアラ、さま…」
「もうっ! 心配したんだからねっ!」
状況を尋ねようにも、ヨルの胸で喚くティアラとの会話は成立しない。だが自分が心配されるような行動をしたという自覚はあるので、ヨルは甘んじてそれを受け入れるしか無かった。
「ほんとに身体は大丈夫なのね?」
「はい、問題ありません」
抱き締めること暫く。やっと落ち着きを取り戻したティアラが、ヨルの身体を隈無く調べ始める。特に失ったはずの左腕は念入りに。
「あの、ティアラ様。何故私は完治しているのでしょうか…?」
「あぁそれは───」
ヨルの疑問にティアラが答えようとしたその瞬間、またしても扉の開く音が響いた。
「お姉ちゃんっ!」
「ぇ……」
部屋へと入ってきた白い彼女の姿を目の当たりにしたヨルの瞳が、驚愕の色に染まる。
そのまま近付いてきた彼女にティアラが場所を譲ると、先程のティアラと同じく…いやそれ以上の力でヨルへと抱き着いた。
「ぐ…」
「お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん…」
グリグリと額を擦り付ける度に、ヨルの身体に骨が軋む様な痛みが走る。
「お、ひさしぶり、ですね…」
「うん。寂しかった。辛かった。慰めて」
「相変わらず、ですね…ぅ…っ」
その口ぶりから、本当に彼女はヨルと知り合いなのだとティアラは改めて思う。
「ほんとに治った? 血いる?」
「なる、ほど…貴方のお陰でした、か」
「うん」
確かに彼女であるならば、自分を完治させる事も容易だろうとヨルは思う。
ほぼ致命傷に近い状態であった自分が助かった理由を、ヨルは漸く理解する事が出来た。
「ヨル。その子の名前は分かるかしら? 尋ねても答えてくれなくて」
久しぶりの再会に水を差すつもりも無く黙っていたティアラだったが、ふと今までずっと気に掛かっていた事を思い出し口を挟んだ。
「名前、ですか…」
だが当然の様に答えを知っていると思っていたヨルは、どうにも歯切れが悪そうに視線を泳がせた。
「知らないの?」
「知らない、というより……」
───────無いのです。
27.




