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76. 令嬢は説得する

 ミレーナにおける未知の魔物の発見によって学年行事が中止され、生徒は厳戒態勢での護衛の元、皇都へ帰ることとなった。

 だが未知の魔物と戦闘し負傷したヨルは身体が元に戻った今なお意識を取り戻しておらず、ティアラ達とは別に護送される事となっていた。


「どうしても、駄目ですか」

「これも規則なものでー」


 ティアラとしてはヨルと共に帰りたかったが、それはヨルの護衛である【黒蝶】に鰾膠も無く断られてしまった。


「ティアラ。気持ちは分かるけど、これ以上困らせるものでは無いわ」

「……ええ。すいませんでした」

「こっちも心配する気持ちは分かるからねー。大丈夫だよ」


 ティアラの対応に当たっていた【黒蝶】……レーベルが緩んだ笑みを浮かべる。自らの仲間であるヨルをここまで心配してくれるというだけで、レーベルからすれば嬉しいものだった。


「まぁあっちのコはてこでも動きそうにないけどねぇ…」


 そう言って苦笑いを浮かべてレーベルが目線を向ける先には、ヨルを乗せた馬車のすぐ横で真っ白な髪を靡かせる少女の姿が。


「結局あの子の名前は分かったんですか?」

「いんや、何も。お姉ちゃんの傍に居るの一点張り」


 名前も分からない謎の少女が、ヨルを乗せた馬車の傍から離れようとしないというのは、本来であれば実力行使も視野に入れるべき案件だ。しかし現状【黒蝶】で彼女を取り押さえられるだけの実力者は居なかった為に、対応が出来ず立ち往生していた。


「中に入らないのは…」

「《防護結界》が張ってあるからだねぇ。流石に無理矢理壊すと中のヨルちゃんを怪我させちゃうと思ってるんじゃないかなぁ」


 ヨルが乗せられた馬車は、【黒蝶】に配備された特殊護送車だ。並大抵の魔物の攻撃では傷一つ付かない程の《防護結界》を展開可能であり、それが展開されている限り許可された者以外は中に入る事が出来ない。


「まぁあのコが居るせいで私達も入れないけど」


 彼女にとって優先するのはヨルだけであり、馬車に入る為ならば近付いた【黒蝶】を脅し、最悪殺す事も躊躇しないだろうとレーベルは思っていた。だからこそ、あのコの目の前で馬車に入るなど自殺行為の様に思えて仕方が無い。


 そんな彼女へ近付く影が、一つ。


「ねぇ貴方。どうしてヨル…えぇっと、お姉ちゃんをそこまで気にするの?」

「それが私の“役目”だから」


 質問を口にしたティアラに対して、その回答は素っ気ない。それは拒絶の意思をひしひしと感じさせるもので…しかしそれでもティアラはめげずに言葉を重ねる。


「じゃあその“役目”に、お姉ちゃんを邪魔する事は入っているの?」

「……何が言いたい」


 ぶわりと彼女から鋭い殺気が放たれる。それは比較的離れた位置にいたレーベルでさえも、思わず懐の得物に手を掛け警戒する程のもので。


「っ…」


 そんな物を間近で受けたティアラは、心臓を鷲掴みされたような感覚と共に身体が硬直する。


「ねぇ」


 彼女はただ睨むだけ。それなのにまるで首に刃物を突き付けられている様な錯覚を起こしてしまう。


「……今、何が最善だと思う?」

「貴方が死ねばいい。お姉ちゃんが自由になれる」

「…それは、どうかしら?」


 確かにヨルの主はティアラだ。だがそれ以前にヨルはロイに雇われている身。ここでティアラが死んだところで、権限はロイにあるままだ。


「貴方は、ヨルの…お姉ちゃんのそばに居たい。それなら、待てば良いのよ」

「待つ…?」

「私達は此処を発って皇都に向かう必要がある。それはヨルも同じ。向こうに着けば、ヨルの傍に居る事も出来るでしょう。貴方の今の行動は、ヨルと会える時を遠ざけているだけよ」


 まともな人間らしい、適度に省いた会話が通じるなどとは端から思っていない。一から丁寧に。順序立ててゆっくりと理解させる。それが彼女()に対する正しいやり方であると、ティアラはかつてのヨルで学んでいた。


「……じゃあどうするの」


 頭ごなしの否定や拒絶では無いその言葉を彼女の口から聞き出せたということが、ティアラの応対が間違いでは無かったという事の紛れもない証左になる。


「私と行きましょ。お姉ちゃんに会いたい気持ちも分かるけれど、他の人と会話をしてみるのも楽しいわよ?」

「………」


 返答は無い。けれどティアラは後一押しだという直感があった。


「お姉ちゃんも、私とは別に仲良くしてる人が居るわよ?」

「……だれ」

「それは実際に会ってみれば良いんじゃないかしら。どちらにしろ、貴方が動かないとヨルとはずっと会えないわよ」

「……」


 彼女がティアラを睨み付ける眼差しを止めることは無かったが、沈黙は肯定であると判断してティアラが手を差し伸べる。そして彼女はおもむろに手を上げて……


 ────バシンと、その手を(はた)いた。


「っ…!」


 彼女に(はた)かれた手がジンジンとした痛みを訴える。響いた軽い音とは裏腹に、随分とその痛みが強い。


「……その言葉、嘘なら殺す」

「嘘ではないわ。私の…ティアラ・ミルド・カーナモンの名において誓いましょう」


 貴族にとって自らの名において誓うという行為は、一度宣言したならば撤回する事が許されない。それだけの強い自信と覚悟を示すものだ。


「………」


 彼女は言葉を返さない。だがてこでも動きそうになかった彼女の足が、漸く動いた。


「私は認めないから」

「ええ」


 ティアラとのすれ違いざまに、彼女が棘のある声色でそう冷ややかに告げる。それに対してティアラが反論する事は無い。それを何より理解しているのは自分自身なのだから。










今章で『化物侍女』は最終章となります。

ヨル、そして彼女の正体、そして隠された過去。それは一体何を齎すのか…

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