73. 令嬢は出会う
「……此方でも確認しました。それでヨルは…そう」
通信機を片手に侍女が憂いを帯びた表情を浮かべる。
「どうだったの?」
「現状学園の生徒に被害は無い、と」
「ヨルちゃんも今は生徒よ」
「…申し訳ありません。ですがそのヨルも一命は取り留めたようです」
「そう……」
ふぅ…を息を吐いて、部屋の主たる女性がソファーに深く身体を沈める。
「同一の魔物ね?」
「カーナモン嬢の報告通りであるならば、そうなります」
本来であれば当事者であるヨルの口から確実な情報を得たいところではあるが、彼女は現在そう出来る状況ではない。
「道中の護衛を増やして皇都に返す準備を進めて頂戴。ヨルちゃんは【黒蝶】だけで護送を。今の彼女を不用意に見せる訳にはいきません」
「かしこまりました」
◆ ◆ ◆
学年行事は中止の判断が下され、ティアラ達は一旦宿にて待機する事となった。
「はぁ…」
ティアラが溜息を吐く。その理由は学年行事が中止になってしまったから……では無い。ティアラが憂うのは、自らの従者兼護衛であるヨルの状態だ。
ティアラは事件後ヨルに会えていない。助けを呼んだ後は保護され、身動きが取れないでいたからだ。
だからこそ、口頭でしかヨルの安否を伝えられていない事に酷く不安と不信感を覚えていた。
「ヨルさん、大丈夫でしょうか…」
ティアラ達が撤退するまでの間あの謎の魔物を食い止め続けたヨルは、現在隔離治療室へと運ばれている。未知の魔物からの攻撃で負傷したヨルに、どのような影響があるか分からないから───というのが、表向きの理由だ。
ティアラ達の報告を受けて【森のダンジョン】に潜ったのは、雇われていた冒険者……に偽装していた【黒蝶】である。
彼らは激しい戦闘痕の中に倒れていたヨルを回収し、秘密裏に隔離治療室へと運んでいた。これが意味するのは、今のヨルは部外者に見せられる状態では無いという事。
ティアラは【黒蝶】の存在自体は知っていても、その構成員までを把握している訳では無い。だからこそ、今回の隔離措置に関して詳しい事を知る事は叶わない。
分かるのは、信頼していた従者の詳しい事を、自分は何も知らなかったという事だけ。
「────っ!!」
静かな部屋に突然、何処かから小さな怒声が響く。その言葉の内容は分からずとも、何かがあったのは確かだろう。
ティアラ達はその内容を確認しようと扉に手を伸ばし────
──────その扉が、吹き飛んだ。
「きゃっ!?」
最も近くにいたフェリシアが衝撃で吹き飛ばされ、それをエセルが辛うじて受け止める。そして木屑の煙が晴れると───
「───ヨル…?」
そこに居たのは、ヨルに瓜二つの人間。けれどその色味はヨルとは正反対の白であり、別人である事が窺い知れる。
ヨルと同じ、けれど向きが逆のオッドアイが部屋を見渡し、その眼差しがティアラへと固定された。
「……見付けた」
「っ!」
どういう理由があるのかは不明だが、ヨルにそっくりな彼女は自分を探していたという事が分かり、ティアラが身を固くする。
「来て」
「なっ…!?」
警戒感を限界まで引き上げていた筈なのに、次の瞬間には目と鼻の先まで接近されていた。
───勝てない。
そう直感する。
ティアラはヨルの強さを誰よりも知っていると自負している。だからこそ、目の前の彼女はそれ以上であると肌で感じた。
そのような存在が何故自分を探しているのか、皆目見当もつかない。必死になって記憶を探るが、突如襲った手首の痛みに現実へと引き戻される。
「はやく」
「待っ」
理由も答えず、ただティアラの手首を痛いくらいに掴んで引っ張る。その膂力にティアラがつんのめりながらも素直に付いていく。否、そうするしか無かった。
「えっと、貴方はヨルの知り合いだったりするの…?」
「………」
「名前は?」
「………」
ずんずんと進んでいく彼女にティアラも情報を集めようと必死になって質問を重ねるが、返ってくるのは沈黙。先程の言動といい、無駄を省いた会話しかしない類いの人なのだろうかとティアラは思う。
「えー…何処に向かってるの?」
「お姉ちゃんのとこ」
やっと返答が返ってきたと思えば、その内容は要領を得ない。
(お姉ちゃん…容姿といいヨルにそっくりだから本当に妹だったりするのかしら…?)
ティアラはヨルの出生について詳しい事情を知らない。ただ、生年月日も年齢も分からなかったのだから、家族がまだ居るとは思いもしなかった。
彼女の言葉を鵜呑みにするのではあれば、恐らく向かう先はヨルが治療を受けている隔離治療室だ。
隔離治療室自体は珍しいものでは無い。ダンジョンではごく稀に未確認の魔物が現れる為に、ダンジョン近くには必ずと言っていいほど設置されている。
ダンジョンが数多く存在するミレーナもまた例外ではなく、街外れに石造りの堅牢な隔離治療室が設置されている。
「わぁ……」
ミレーナの隔離治療室は街の特徴であるその堅牢性も確かに受け継いでいる……はずだった。だがティアラの視界に飛び込んできたのは、見るも無惨に破壊され、大穴が空いてしまっている隔離治療室。ティアラがぽかんと思わず口を開けてしまうのも無理はなかった。
「こっち」
「あ、うん…」
恐らく…いや十中八九その元凶であろう彼女に手を引かれ、ティアラはその開けた穴へと身を投じた。
入口が無いなら作れば良いじゃない()




