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68. 令嬢は叱られる

「《身体強化》! ……」

「失敗ね」


 容赦無くティアラから告げられた事実に、フェリシアがガックリと肩を落とす。これで四回中四回失敗だ。


「《身体強化》は身体の造りを十分に理解して、かつどの様に強化するかを明確にイメージしなければならないから難しいのよね……」

「それでティアラは使えるの?」

「まぁ一応……初級だけね」


 比較的難易度の高い魔術として位置付けられている《身体強化》は、幼い頃から訓練を積んだティアラであっても難しいものだ。

 そんなものをほぼ初心者であるフェリシアに使わせようとするのは鬼畜以外の何物でもないように思えるが、ティアラが今後絶対フェリシアに必要になると判断したからこそ懸命に教えていたりする。


「…そしてヨルさんは()()()《身体強化》してないんですよね……?」

「? はい。私は魔術が使えませんので」

「………」


 目の前で木を引っこ抜いてマジックリーフを振り落としているヨルを見て、エセルは《身体強化》とは何だっただろうかと若干……いや、随分と遠い目をしていた。

 そんなエセルの肩に手を置いたのは、苦笑を浮かべたティアラだった。


「分かるわよ、その気持ち」

「……あの人本当に人間?」

「そう…だと良いなぁ…」

「駄目じゃん」


 元々疑問視はしていたティアラだが、学園に通う中で今までよりもヨルを間近で観察していれば自信など簡単に消え去ってしまった。


(というか最近ヨルの遠慮が無くなってきたわね…)


 それが嬉しいはずなのに、心做しかちょっと胃が痛くなるのは果たして本当に気の所為なのだろうか……。



「フェリシア様。あちらがマッドゴーレムです」

「あれが……」


 ヨルが指差した先にあったのは、何の変哲もない泥の山。しかしそれこそがこの【森のダンジョン】一階層に生息する魔物、マッドゴーレムだった。


「なんだか魔物に見えませんね」

「あれは擬態行動の一種ですからね。こちらから近付かない限り動く事が無いのですよ」


 動くという事はそれだけでエネルギーを消費する。魔物にとってそれは魔石に蓄積された魔力であり、それが尽きる事は死ぬ事と同義であるが故に、動く事に対して消極的である魔物は比較的多い。

 マッドゴーレムはその最たる例で、持ち得る魔石の小ささから動ける距離も時間も短いので、確実に相手が近付いて来ない限り敵対行動を取らない。


「この状態からでも倒せますか?」

「可能ですよ。ただし、核となる魔石が何処にあるかを把握出来れば、の話ですが」


 マッドゴーレムは自身の体が流動体であるが故に、魔石の位置が固定されていない。一応魔力を波のように広げて探知すれば把握は可能だが、それと同時にマッドゴーレムには気付かれてしまう。


「………」

「どうかしましたか?」


 突如黙って考え込む仕草を見せたヨルに、フェリシアが疑問符を浮かべる。


「いえその…この【森のダンジョン】はかなり広いですから、狙撃銃を使うのもありでは無いかと思いまして」

「あぁ成程。でもフェリシアに使わせるのは意味が無いんじゃないの?」


 《身体強化》を練習しているフェリシアにとって、今狙撃銃を扱うのはあまり意味が無い。


「ですね。申し訳ありません」

「謝る必要なんてないわ。それよりもどうやってマッドゴーレムを倒すべきかしら…」


 フェリシアの補助魔術の練習を考えると、マッドゴーレムは肉弾戦が適してはいるのだが……

 そこまで思考が回ったところで、ティアラが頭を振ってその思考を断ち切った。


「ヨルじゃあるまいし」

「? 私がどうかしましたか?」

「何でもないわよ」


 フェリシアは初心者であり、至近戦などの経験はゼロに等しい。そのような人物に《身体強化》をして魔物に突っ込めというのは、常識的に考えて明らかに有り得ない選択肢だ。

 大分護衛(ヨル)に毒されているなと自覚しつつ、自ら前に出る。


「ここは私がするわね」

「かしこまりました」


 ティアラに位置を譲り、ヨルが後方で待機する。


 ティアラが立つ場所はマッドゴーレムの起動範囲でない為に、動く様子は無い。それを見て本当に魔物なのだろうかという疑問が過ぎるが、ヨルの判断が間違っているとは考えにくいので素直に敵と見定める。


「荒れいて回り、巡りて集え───《狂飆(きょうひょう)》」


 短略詠唱によって生み出された風嵐が、最初は小さなつむじ風のようだったが、次第にその大きさと激しさを増していく。


 流石にここまで来るとマッドゴーレムも擬態を解いてその魔術から逃れようと動き始める。しかしながらその足は遅く、襲い掛かる《狂飆》に為す術なく飲み込まれた。


「うわぁ…」


 フェリシアがその光景を見て少しばかり引いていた。だがそれも無理は無い。なにせ目の前で繰り広げられたのは、《狂飆》に捕らわれたマッドゴーレムが、その嵐の中で抵抗する事も出来ずに粉微塵にされていく様子だったのだから。


「よしっ」

「よしじゃない」

「あでっ」


 呆れ顔で近付いて来たエセルがティアラの後頭部を小突く。


「あんな低級の魔物になんて魔術を使ってるのよ」

「えっと…さっきのってそんなに凄い魔術なんですか…?」

「うーん…まぁ一言で言えば中級の魔術なんだけれど、それでも過剰な魔術である事に変わりはないわ」

「だって粉々にするならあれが良いと思って……」

「低級の《暴風》でも良かったでしょうに…それに粉々にする必要も無いのだから《風刃》で切っても問題無かったでしょう」


 ここは難易度の低いダンジョンである為にそこまで問題にはならないが、本来は魔力を出来うる限り節約して戦うのが基本だ。なので扱う魔術は、その魔物を倒せるギリギリの威力を見極めて選択するのが鉄則である。


「魔力が多くあるからと言って、それが節約を怠っていい理由にはならないわ。それは分かっているでしょう?」

「うん……」

「フェリシアもね。どうせなら反面教師にしてしまいなさい」

「は、はいっ!」


 ティアラとの近さを考えれば、ここで釘を刺しておいた方が後々役に立つだろうと思ったが故の忠告。それだけで、エセルからティアラが信用されていないのが分かる。


「エセル様。そろそろ動きませんと昼頃に間に合わない可能性がございます」

「確かにそうですね…ここから階段まではどれくらいですか?」

「五分程の距離にございます」

「ならそこまで真っ直ぐ進みましょう。いくわよ、ティアラ」

「はーい…」






荒れいて回り、巡りて集え

今宵開くは狂乱の宴

風は廻りて刃と為し

舞い散る狂乱は今一度狂いて斬り結ぶ

この時を以て静寂と成さん───《狂飆(きょうひょう)


【小話】

因みに制御も発動もそこまで困難では無く、風属性の中級の入門的な立ち位置にある魔術である。

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