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59. 化物侍女は遭遇する

 一先ず[特異体]は発見した場合速やかな討伐、若しくは冒険者ギルドに報告しなければならないという義務がある為、討伐証明としてヨルがアーヴァンクの尻尾を切り取る。


「そこが証明部位なの?」

「アーヴァンクは基本そうですね。珍味でもあるそうですよ」


 アーヴァンクは平べったい尻尾を一本持つ魔物で、殆ど脂肪で構成されているものの寒い地域では良く食べられている。だが癖があり好みが分かれる味だそうだ。


「ティアラ。食べてみたいとか思ってない?」

「…ちょっとだけ。ヨル、駄目?」

「通常のアーヴァンクであれば問題ありませんが…私は調理法を知らないので難しいですね」


 魔物の素材は食用になる物も多いが、物によっては特殊な処理をしなければ食べられない物も存在する。アーヴァンクの尻尾がそれに含まれているかは知らないが、もし含まれていた場合食した際に人体に悪影響を及ぼす可能性が考えられるので、ヨルとしては食べさせるつもりは無かった。


 討伐証明部位として尻尾を切り取り麻の袋に入れつつ、アーヴァンクの前脚も切り取っておく。これはアーヴァンクが魔法を前脚から放っていた所を目撃したからだ。

 ヨルの能力を使えば全身を持ち帰る事も可能だが、今回は万が一に備えて様々な準備をしている為()()は無かった。


「では先へ進みましょうか」

「ええ」


 ヨルの先導で進む事暫く。魔物との戦闘はなく次の階段へと辿り着いた。

 道中魔物と一切出会わなかった事を疑問に思ったフェリシアが、その事をヨルに尋ねてみる。


「それは恐らく先程の[特異体]の影響でしょう」

「襲ったって事?」

「その可能性もありますが、一番の理由は逃げたからでしょう。上、若しくは下にこの階層のアーヴァンクが逃げた事で、数が少なくなっているものかと」


 誰しもが進んで負け戦などしたくないものだ。相手が執拗に襲い来るのでは無いのならば、逃げた方が良い。

 だがそこで何かに気付いたティアラが顔色を青くする。


「…ねぇそれってつまり」

「下の階層は多くのアーヴァンクに遭遇する可能性がありますね」


 逃げたアーヴァンクがそのまま姿を消す筈が無い。ならば当然次の階層では数多くの敵が待ち受けている可能性がある。


「まぁ上の階層ではそこまでの数が居ませんでしたし、もしかしたら冒険者方が間引きして下さっているかもしれませんね」



 ◆ ◆ ◆



 階段を降りた所にはアーヴァンクは見当たらず、ティアラはヨルの言葉が合っているのではないかと思った。

 ────だがその先の小部屋を覗いた瞬間、それは間違いであったと思い知らされた。


「…ねぇヨル」

「居ますね、すっごく」


 元々音を把握していたヨルからすればさして驚きは無いが、ティアラ達からすれば正に絶句。それ程の光景が眼前には広がっていた。


「ざっと十五体程度でしょうか…」


 小部屋に群れるアーヴァンクの図。ここまで集まっていては音による正確な数の把握は難しい。

 不幸中の幸いであったのは、それらがお互いに縄張り争いに明け暮れこちらを認識していないということだろうか。

 とはいえ流石に手を出せば此方の存在に気付かれるし、最悪の場合全員の敵意が此方に向く可能性がある為迂闊に動けないでいた。

 どうしたものかとティアラが腕を組めば、恐る恐るといった様子でフェリシアが手を上げて意見を発した。


「…あの…私ちょっとやってみてもいいですか」

「フェリシアが?」

「はい。光属性の魔術には、精神を落ち着かせて眠気を誘うものがあります。それを使わせてください」


 治癒系統としての魔術の中にあるもので、主に痛みから暴れる患者を落ち着かせる為に使うものだ。

 掛かり具合は術者の腕と興奮状態の強弱によって左右されるが、案外そこまで困難な魔術では無い。


「前に出る必要はある?」

「そこまで近付く必要は無いのですが…でも出来る限り近い方が、確実だとは思います」

「ヨル」

「この身に代えましてもお護りいたします」


 主の名には全力を持って応えねばならない。それ故の宣誓であったが、ティアラはヨルに対して何も心配などしていなかった。そうでなければ、その言葉を素直に受け取る事などしない。


 ティアラが道を譲り、ヨルに守られる形でフェリシアが前に出る。と言っても小部屋までは入らず、あくまで手前で止まった。


「ふぅー…」


 呼吸を整え、精神を集中する。気配の消し方は未だ良く分からないが、出来る限り埋没させる意識を持って、近付きながら魔力を練り上げていく。


「……《天使の調ベ(エルレスト)》」


 祝詞が紡がれ、魔力が魔術という形を成して辺りを満たす。暖かな陽の光を思わせる柔らかな魔力は心身に染み渡り、やがてそれは安らかな眠りへと誘う。

 興奮し鳴き声を荒らげるアーヴァンク達の様子が、あからさまに落ち着いた状態へと変化し始める。このままいけば全てが眠りに就く────だがそれでも数体は興奮状態が強く、掛かりが薄かった。

 さらに不運な事に、掛かりが薄かったアーヴァンクの注目がフェリシアへと向いてしまう。


「っ!?」


 剥き出しの敵意を間近で受け、フェリシアが思わず息を飲んで後退る。


「キィィィ!!」


 一体が完全に魔術の影響を外れて怒声を上げ、フェリシアへと襲い掛かる。だがその爪が届く前に、ヨルが身体を間に滑り込ませた。しかしここで血を流した場合、匂いを嗅ぎ付けたアーヴァンクが意識を取り戻してしまう可能性があった。故にヨルはナイフは勿論、銃も使う事が出来ない。




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