53. 化物侍女は……
無事ミレーナへ到着した次の日の早朝。ヨルは一人ベッドの上で暇を持て余していた。
というのも普段朝日が昇る少し前に起床して活動を始めているヨルは、今日も何時もと同じ時間に目を覚ました。
だが現在ヨルが居る場所は相応のグレードがある宿であり、当然使用人が居る。準備に関しては彼らによって行われる為、結果としてヨルの仕事が無くなっていた。
「…どうしましょうか」
ベッドの上で横になったまま独り言ちる。時刻は朝の五時。ティアラ達が普段起床する時間まで大分ある。
だがヨルは普段睡眠は最低限かつ寝起きはバッチリなタイプなので、二度寝する事は出来そうになかった。
取り敢えずは先に起きて準備をしてしまおうと身体を起こし、仕舞っていた侍女服に────
「……違いますね、これは」
現在ヨルは学園の生徒としてこの場にいるのだから、侍女服を纏うのは間違っている。
気を取り直して学園の制服に身を包み、時計に視線を投げる。針は少し進んでいた。
「………」
暇という感情をヨルは持ち得ない。何故なら“する事が無い時間”は、“待機”という“命令”の延長線上にあるという認識を持っているからだ。
「くー…」
「……昔から思っておりましたが、ティアラ様って凄く幸せそうな顔をして寝ていますね」
感情を理解こそはしていないが、表情に込められる感情の把握はしているヨルである。
普段はじっくりと眺めることの無い我が主の寝顔をジーッと見つめるヨル。そして次第に少しずつその距離は縮まっていき……本当に目と鼻の先の距離まで接近する。
「……」
この場でヨルの行動について止められる者は居らず、またその真意を追求する事も出来なかった。
薄暗い空間に、ヨルの紅が怪しく揺らめいた。
喉が、絞まる。
「…少し…頂かせてください…」
◆ ◆ ◆
午前八時。宿の朝食を食べ終えたティアラが、不意に眉を寄せて唇に指を這わせた。
その様子にエセルが声を掛ける。
「どうかしたの?」
「その…ちょっとヒリヒリするような気がして…若干血の味も…」
「乾燥で割れたのかしら?」
「うーん…ねぇヨル。何か塗る物ある?」
「………」
ティアラが隣りに座るヨルへと視線を向けて尋ねるが、ヨルの視線は正面を向いたままで返答が無かった。
「ヨル…?」
「…あっ…はい。少々お待ち下さい…」
再度問い掛ければ、漸くヨルが反応を示した。
普段からボーッと呆けることが無いヨルにしては珍しいその姿に、ティアラが思わず首を傾げる。
それ故にその真意を探ろうと、鞄から取り出したリップを手渡してきたヨルの手首を掴み、強引に引き寄せた。
「ティ、ティアラ様っ!?」
「…何を隠してるの?」
「っ…」
その問いに、僅かにヨルの身体が力んだのをティアラは見逃さなかった。
ティアラがヨルに対して言及したいのであれば、“命令”すればいい。ヨルはそれを断る事が出来ないのだから。
だがティアラはそれをしなかった。今まで仕えてくれていたという信頼もあるが、一番の理由はヨル自身の“意思”で話して欲しいと思ったからだ。
「………」
「ヨル」
「……何も、ありません」
「……そう。ありがとね」
それ以上、ティアラが追求する事もなかった。リップを受け取って、掴んでいた手首を離す。
チクリとした痛みを胸中に感じたような気がしたが…それが何と呼ばれる感情なのかをヨルは知らなかった。
朝食の時間が終われば、とうとう本格的に“宝探し”が始まった。集会にて簡単な注意事項の聞き、その後は各自自由行動となる。
「やるわよー!」
「おー」
ティアラの元気な掛け声に呼応したのは、感情が篭っていない棒読みで応えたヨルただ一人だった。
「やるわよって…最初に何処行く気なの?」
「え、取り敢えず近い所」
「……ヨルさん」
「ここから最も近いダンジョンは【泉のダンジョン】ですね。全五階層から成るダンジョンで、既に攻略済み。危険度は低。出現する魔物はアーヴァンクのみですね」
エセルが求めていた情報をスラスラと口にするヨルに、フェリシアがまるで尊敬するようにキラキラとした眼差しを向けた。
……逆にエセルは何故かジト目である。
「本当にティアラはヨルさんが居ないと何も出来ないんじゃないかしら」
「そんな事ない! ……はず!」
「迷ってる時点で自覚あるじゃないの…」
一先ず他に候補も無い為、ヨルの提示した【泉のダンジョン】へと向かう事となった。
ダンジョンに向かう場合、それ相応の準備が必要になる。それは難易度の低いダンジョンであったとしても同様だ。
学園側から支給されているものもあるが、それはあくまで最低限。ダンジョンの地図などはその地の店などで買う必要性があった。
「へー、色々あるのねー」
ティアラが眺めていたのは、並べられた数多くのダンジョンの地図。それらは先人達の知恵であり、一つ一つが相応の値段である。
金銭感覚が平民であるフェリシアは、その付けられた値札に思わず目を剥いた。
「たっ…!?」
「高いわよね。貴族の私でもそれは分かるわ」
フェリシアが零した声に同意の反応を示したのは、隣りで同じく値札を見ていたエセルだった。
エセルは貴族ではあるものの男爵家はそこまで金銭に余裕がある訳では無い。故に感覚としては平民に近しいものがあった。
「? そんなに高い?」
この中で最も位が高いティアラにとって、値札に書かれた金額は端金……とまではいかないものの、そこまで驚愕に値する額では無かった。
その空気を読まない反応に、エセルは思わず額を押さえて溜息を吐いた。
「……あんたはそーでしょうね」
「…エセルにあんたって初めて呼ばれた気がする」
(o´艸`)




