52. 化物侍女は成長を見せる
(数は四…いえ五ですか。その内【黒蝶】は二人。いずれも狙撃手……一番隊はカーナモンにおりますから、無難な人選ですね)
馬車の周りに護衛についている存在を知覚し、ヨルが一人頷く。巧妙に気配を隠蔽してはいるものの、諜報活動を主とする第八番隊と比べれば分かりやすい。しかし元より察知可能範囲外から狙撃する存在である為、致し方ない事ではある。
「何事も無く着きそうね」
「そうですね」
魔物の存在は確認出来るが、いずれも脅威にはなり得ないものばかりだ。十分に周囲の護衛で対処出来る。
(いざとなれば動きますが…ティアラ様が暴走しないよう見張る方が先決でしょうね)
魔物に襲撃されたならば、ティアラはまず間違い無く打って出ようとするだろう。護るべき主が矢面に立つなどあってはならない。基本的にはティアラから離れて行動する事は不可能だろうとヨルは思う。
暫く馬車は予定通りの道程を進み、日が落ちる頃にミレーナへと到着した。この日は予め予約していた宿に泊まり、学年行事である“宝探し”は明日から本格的に始まる事になる。
予約した宿へと馬車が到着すると、順番に馬車から生徒が降りていく。中には慣れない馬車旅で体調を崩した者もいるが、基本的には皆若干の疲労が顔に浮かぶだけで済んでいた。
「フェリシア、大丈夫?」
「大丈、夫、です…」
だが皇都生まれてあるフェリシアは、長い間馬車に揺られるという経験はあまり無かった為に少しばかり乗り物酔いになってしまっていた。
「こればかりは慣れだから…ヨル。薬はあるかしら?」
「勿論ご用意しております」
当然の如くヨルは十全な準備を成していた。とはいえ乗り物酔いに効く薬は即効性は無く、更に言えば────
「───にっがぁぁぁいい!!」
物凄く苦いのである。当然幼い頃に飲んだ覚えのあるエセルとティアラはその事を知っている為、思わず叫んだフェリシアに憐れみの眼差しを向けていた。
「と、取り敢えずそれを飲んでおけば大丈夫だから、まずは部屋に向かいましょ。ね?」
「はぃぃ……」
余りの苦さに口の端が痙攣するのを自覚しつつ、フェリシアが頷く。もはや酔いなど強烈な苦さで吹き飛んだのでは無いかとティアラは思ったが、フェリシアの顔色は別に良くなってはいなかった。本当にただ苦いだけの遅効性の薬なのだ。……その分効き目は折り紙付きだが。
宿の部屋は四人部屋であり、馬車の席で同じ列にいた人同士で使うことになっている。これは初めて部屋で顔を合わせるよりも、馬車で少なからず会話をした相手の方がトラブルが起きにくいだろうという学園側の配慮だ。
貴族が殆どのセレトナ学園において、用意される宿も当然それなりのものだ。とはいえ、最高級ではない。それでは生徒全員の部屋数が用意出来ない為だ。
「はぁー…疲れたぁ…」
「私も、疲れました…」
前者は馬車旅が退屈だったから疲れたのだが、後者は完全に体力的に疲れている。
ぐでぇ…っとソファにもたれ掛かるその姿は似ているが、内容は全くもって異なっている二人だった。
「ヨルさんは…テキパキしていますね」
ソファにもたれ掛かる二人を後目にエセルがヨルへと目線を向ければ、ヨルは部屋の設備の確認と寝具の準備を進めていた。
「ヨルは疲れ知らずだもの」
「…それはそれで心配になるわ」
本日の夕食はビッフェスタイルとなっていて、ティアラは思わず昔の歓迎会の光景を思い出していた。当然ヨルもその当時を事細かに覚えているだろうからと、ティアラがヨルへと期待の眼差しを向けた。
「ヨル。私の分も…」
「ティアラ。流石にそれは自分で行きなさい」
「えぇ…」
「私は一向に構いませんが」
「それはそうでしょうけれど、今は侍女ではなく生徒なのですからティアラに自分の仕事はさせるべきです」
「あっ…」
ティアラが顔色を変える。そのような言い方をすればまず間違いなくヨルは────
「…確かにそれもそうかもしれませんね」
────丸め込まれてしまうのだから。
結局不貞腐れながらもティアラはエセルと共に、自ら動いて食事を取りに行った。席に残されたのはヨルとフェリシアの二人だけ。平民であるフェリシアはこのようなビッフェスタイルの食事は今まで経験したことは無く、少しばかり戸惑いを露わにしていた。
「えっと…」
「フェリシア様はこのような食事は初めてでしょうか?」
「は、はい。こんな豪華な食事なんて…」
「ではご一緒いたしましょう」
「お願いします…」
その様子を遠くから眺めていたティアラが、思わず口元を緩めた。それを不思議に思ったエセルが首を傾げながら尋ねる。
「どうしたの?」
「んー? ……ヨルも成長したなぁって思って」
かつて自分がヨルに教えたように、今度はヨルが教える立場になっている事がティアラにはとても微笑ましかった。
しかしながらその過程を知らないエセルからすれば、余計に疑問が深まるばかりだった。更に首を傾げてしまうエセルに、ティアラが笑いを零す。
「ヨルはね、昔美味しいという当たり前の感情すら知らなかったのよ」
「っ!? …それは…」
「変でしょう? でも、だからこそ放っておけなかった」
共に過ごす時間が長くなればなる程、分かってくるヨルの異常性と危険性。明確ではなくとも、ティアラはヨルが何故自分の元に預けられたのかを凡そ理解出来ていた。
(情操教育とは良く言ったものね)
かつてヨルに食事を押し付けた時に感じた言葉。
ヨルの“心”を育てる。それがティアラに課せられた課題なのだと。
不意に、ティアラの表情に影が差す。
「…あの姿はもう見たくないわ」
「何か言った?」
「いいえ。何も言ってないわよ」
義妹の成長を見守る義姉の図(*´∀`*)