49. 化物侍女は危機を脱する
ヨルとメルヒが二手に分かれてそれぞれ闇に包まれた森へと攻撃を仕掛ける。
メルヒは魔術によって土の槍を創り出し投擲。ヨルは聞き取れる音から標的を定め、その引き金を引いた。
───カンッ!
「なっ!?」
メルヒが驚愕の声を上げる。確かにメルヒの土の槍は敵を捉え、ヨルの弾丸もまた確実に命中したはずだ。だが返ってきたのは肉を穿つ音では無く、無機質な金属の音。
「魔物では、無い…?」
ヨルの耳に聞こえる音は確かに四足歩行の生物特有の足音。だが体表に金属の鎧を纏う魔物など聞いた事がない。
思考する間にも正体不明の敵からの攻撃は続く。森の中から飛び出してくるのは、不可視の風の刃。狙いはメルヒだ。
躱す事は可能だが、不用意に動けば拘束した男二人に命中する可能性がある。
証人は無駄に出来ない。メルヒは躱すのでは無く受け止める選択をし、魔術を行使して土の壁を築いてその刃を凌いだ。
その隙にヨルが続けざまに引き金を引き、弾丸を連続発射する。だが今居る場所は遮蔽物の多い森。直線の軌道しか描けない弾丸は数発しか敵に届かない。
更に例え届いたとしても、返ってくるのは弾を弾く金属音。大してダメージにはなっていないだろうとヨルは思う。
次に引き金を引いた時、スライドか後方に下がってロックされた。弾切れの合図だ。空になった弾倉を抜き取り、再装填。その隙に飛んできた風の刃を身体を捻って躱すと、消音器が刃に当たって吹き飛んだ。
刃が飛んできた方向を見定め、引き金を引く。先程までは響かなかった発砲音がけたたましく鳴り、ヨルが顔を顰めた。消音器は隠密性を上げる為の物だが、ヨルにとっては自身がその音を聞かないようにする為の物でもあったのだ。
キィン…と耳鳴りがして一時的に敵の位置を見失う。時間にして一秒程度だが、それは致命的な隙だ。
「っ!」
飛んできた風の刃への反応が一拍遅れ、はためいた外套の端が切り飛ばされた。
すかさずヨルの発砲音が鳴り響くが、次の瞬間返ってくるのはガインッ! という重々しい音だけだ。
状況は芳しくない。そう判断したメルヒがヨルへと素早く近付く。
「ヨル殿。ここは撤退が吉かと」
「…そのようですね。ですが──」
ヨルが後ろの男達に目線を向ける。彼らを連れて目の前の敵の攻撃を掻い潜り逃げる事が、果たして可能だろうか?
「致し方無し」
「…かしこまりました」
ここで二人共凶刃に倒れる訳にはいかないのだ。情報が得られないのは惜しいが、ここは諦める他無い。
ヨルが振り向いて男の頭を撃ち抜く。連れて行けない以上、このまま彼らを生かしておく理由は無い。
「先行します」
「承知」
音による索敵で敵の位置を正確に認識しているヨルが先行して森へと入る。当然妨害が入るがその程度で足を止められるような二人では無い。
「っ!」
ここで漸く直接的な攻撃がヨルへと襲いかかった。確かな殺意を纏った爪を視認したヨルが、その爪へ向け発砲する。
カァンッ!
「チッ!」
珍しいヨルの舌打ちが金属音に混じる。これで爪先に至るまで、身体全体が鋼鉄で覆われた謎の生物であると確証を得た事になる。
牽制の為に同じ方向へもう一発弾丸を放ち、再装填。ヨルの手に残るは、あと八発。
「フッ!」
メルヒが菱形の刃を暗闇に投げ放つ。その特徴的な武器を視界に捉えたヨルが、少し目を見開いた。
「ヨル殿!」
「っ!」
メルヒの警告に、ヨルが反射的に引き金を引く。その後に聞こえたのは金属音では無く、肉を穿つ音。そして血が焼ける匂い。
「効く場所はあるようだ」
「そのようですね。しかし……」
何処を撃って効いたのかは分からない。そもそも当たったのが先程の敵かも不明だ。
一先ず攻撃が止んだその瞬間を好機と見定め、息を合わせ一気に駆け抜ける。次にその足を止めたのは、以前ヨルがコカトリスと戦った場所。一瞬警戒するが追撃は来ず、そこで漸く安堵の息を吐いた。
「何だったのだあやつらは…」
「生き物ではあったのでしょう。ですが…恐らくは意図的に放たれたものかと」
「……あの檻か」
ヨルが頷く。敵の大きさは判明していないが、状況的に檻の中身があれだと見るのが妥当だろう。
「魔物の生息域の変化はあれらが追いやっていたからか…調教された魔物だとすれば、倒した魔物を喰わぬのも納得がいく」
自然淘汰ではなく倒す事を“命令”されていたのならば、その獲物に手を付けず放置していたのも説明出来る。調教された魔物は余程の事を除いて、基本的に命令から逸脱する行動はしないからだ。
「メルヒ様にご報告はお願いしてもよろしいでしょうか」
「…何故だ? 雇い主は違うだろう」
「確かに厳密には異なりますが、結局行き着く場所は同じですので」
突如ピリリと空気が緊張感に包まれた。
「…どこで知った」
先程までとは異なる固い声色で、メルヒがヨルを睨む。
「先の戦闘においてメルヒ様が用いられた特殊な武器。あれは私の記憶が正しければ暗器の類です。そしてこの国でそれを扱う存在は一つだけ。違いますか?」
「…成程。私が迂闊であったという訳か」
「今回の事態はギルドマスター様の対応出来る範疇を超えている可能性が御座います。加えて事態は悪化の一途を辿っておりますので、迅速な対応が必要になると愚考いたします」
「それで私に任せると…ヨル殿はもしや…いや、これ以上はやめておこう」
メルヒが口を噤む。ヨルが一体本当は誰に雇われているかの見当は若干付いてはいるが、それを態々この場で言及する必要は無いのだ。
その事が分かっているからこそ、ヨルもまた、メルヒの立場に対しての明言は避けているのだから。
地味に弾数は合ってたり。




