44. 化物侍女は給仕に勤しむ
本日二話目です。お読みでない方は前話からお読みください。
その日ヨルの姿は学園内のサロンにあった。ヨルの数ある業務のうち、お茶会の給仕は一二を争う程重要なものだ。
最小限の音でお茶を煎れるその姿はそれだけで絵になるほど洗練されていて、ポットの中の沸騰するお湯が奏でる音はティアラが好むものでもあった。
「いつも思うけれど、ヨルさんの手際凄いわね…」
「ふふん。自慢の侍女だもの」
「貴方が威張る事では無いと思うわよ…」
すっかり昔の関係性を取り戻したエセルとティアラが語り合う。
エセルとの仲直りの後、二人のお茶会は週に一度開かれる程恒例化していた。そんないつも通りのお茶会に、今日は新しくもう一人の姿があった。ティアラが初めて学園で話し掛けた相手であるフェリシアだ。
貴族三人に囲まれる空間に若干フェリシアが肩身の狭い思いをしていると、カチャリと豊かな香りを漂わせる紅茶が目の前に置かれた。
「どうぞお召し上がりください。カモミールティーは気持ちを落ち着かせ、リラックスさせる効果が御座います」
「そう、なんですね…で、では…」
侍女である以前に貴族であるヨルに煎れて貰ったという事実に、フェリシアが申し訳なさそうな表情を浮かべながらその紅茶を口に含む。するとブワッと広がる香りとその美味しさに思わず目を見開いた。
「美味しい…」
「ふふっ。ヨルのお茶は格別だもの」
「恐れ入ります」
ヨルが屋敷に来た当初を知るティアラだからこそ、ヨルの努力が褒められる事はとても喜ばしい事だった。
「その…それで何故私が呼ばれたのでしょうか…?」
おずおずとフェリシアが問い掛ける。お茶会とは本来貴族同士の腹の探り合いや関係を深める為のもので、平民である自身が呼ばれた理由に心当たりが無かったのだ。
だがフェリシアを呼んだ張本人であるティアラはその言葉に首を傾げた。
「特別な理由は無いわよ? ただお茶会を一緒にしたかっただけだもの」
「えぇ…」
良くも悪くも貴族らしくないティアラは、平民が貴族のお茶会に呼ばれる事の重要性を良く理解してはいなかった。ただの楽しいお喋りの場であるという認識である。
その奔放な様子にエセルが苦笑いを浮かべた。
「ティアのこの性格は今に始まった事じゃないからまぁ良いとして…折角集まったのだから有意義な話をしましょうか」
「有意義な話なんてあったかしら?」
「ほら。学年行事の…」
そこまで聞いて漸く思い出したのか、ティアラが「あぁ!」と納得したように頷いて反応する。
「学年行事…?」
「ええ。このセレトナ学園には各学年ごとに大きな行事があるのよ。私達は一学年だから、最初の行事は“宝探し”になるわね」
「宝探し、ですか?」
聞いた覚えの無い言葉に、フェリシアが小首を傾げる。その仕草で知らない事を確信したエセルが説明を続けた。
「フェリシアは皇都生まれ?」
「え、あはい。生まれも育ちも皇都です」
「ならあまり馴染みは無いかもしれないわね。この皇都セレトナから馬車で三日程離れた場所にミレーナという街があるの。その街の周囲には古くから数多くの“ダンジョン”があってね、その最奥にある宝箱から物を持って帰るというのが“宝探し”という行事なの」
ダンジョンとは、魔物が数多く生息する地下迷宮の総称である。ダンジョンは未だ多くの謎に包まれており、ある日突然生成される不可思議な場所だ。
構造は階層別の迷路となっていて、その規模はそれぞれ異なっているものの、最奥に宝箱が存在する事や魔物が無限に湧く事などは共通している。
ミレーナになるダンジョンはどれも階層が十未満と浅く、出現する魔物も低級ばかりなので昔からセレトナ学園の行事に組み込まれてきた。
「そのような行事があるのですね」
「ええ。まぁでも“宝探し”は強制では無いわ。実際は戦う事が苦手な生徒も多くいるから、小旅行のようなものよ」
「そうなのですか?」
「ミレーナは観光地としても有名な街なのよ。戦いが苦手だったり嫌いな生徒は観光がメインの行事になるわね。“宝探し”は学園の成績自体には反映されないけれど、持って帰って来た量に応じて景品があるわ」
「フェリシアは光属性だから戦いには不向きだけれど、私達とパーティーを組むのならダンジョンに潜るのは難しくないと思うわ。どうかしら?」
ちゃっかりとお誘いをするティアラである。回復専門と言っても良い光属性しか持たないフェリシアにとって、ダンジョン攻略は困難を極める。
対してティアラ達は攻撃力が高いものの支援型の人間は居ない。共にパーティーを組むのならば、お互いの短所を補い合う事が可能だ。
そう説明すると、フェリシアが悩む様子を見せた。ダンジョン攻略や“宝探し”の景品に興味はあれど、親しいとはいえ貴族と共に行動し続けるのは少し肩身が狭かった。それに魔物と戦う事に対する恐怖もある。
「別に強制するつもりは無いわよ。でも将来的に私達と共に行動したという実績は役に立つと思うわよ?」
「役に立つ…?」
「ええ。フェリシアが将来就くであろう仕事は治療院での治療師とかの光属性を活かせる仕事になるでしょうし、そこで貴族からの無理難題を押し付けられる可能性も否定出来ないわ。その時後ろに私達の名前があれば、色々と動き易くなると思うわよ?」
つまりは学園の学年行事である“宝探し”で功績を残せば、それだけで周囲の貴族を牽制する事が出来るという事だ。
優秀な人材が集うこのセレトナ学園の学年行事は常に多くの人物が関心を寄せており、その成果で将来の運命が左右されると言っても過言では無いのである。
「成程…」
「とティアラ様は仰っていますが、要約するとただ一緒に“宝探し”をしたいというだけです」
「ヨル!?」
ティアラの本心を一切の偽りなく看破したヨルが、無慈悲に告げる。無論その本心にはエセルも気付いていたが、口にするのはヨルの方が早かった。
「ふふ…私も、その…やってみたい、です」
「本当!?」
「ティアラ煩い。まぁフェリシアも分かってるとは思うけれど、ティアラってちょっと弄れてるからこんな事はしょっちゅうあるわよ」
「…それ、態々言う必要あった?」
「貴方はいつも回りくどいからフェリシアに誤解される前に教えておきたかったのよ。素直に喋ればいいのに」
「う…」
ティアラからすればフェリシアはこの学園で出来た初めての平民の友人だ。故に関係を進展させつつ、距離感を探りたいと奥手になっている自覚はあった。
「ティアラ様はフェリシア様に“貴族として”の言葉を掛けたくないとお考えでしたから、明言を避けていたのですよね」
「……うん」
平民と貴族。その二つには決して超えることの出来ない壁とも、埋める事の出来ない谷とも呼べるものが横たわっている。貴族を言うことは絶対だという認識を、少なからず平民は持ち得ている。
それを知っているからこそ、願望を伝えるのではなく自発的に参加を促す言い方を繰り返した。所謂外堀から埋めたのである。何が違うとか言ってはいけない。
「…本当に、いいの?」
「はい。御三方の為人は存じておりますので安心出来ますし、それに一学年で平民は私だけなのでその…」
「あぁ…私達と別れても、一緒に行動する人が居ないのね?」
「…はい。お恥ずかしながら」
「別に恥ずべき事では無いわよ。コレが居たら易々と他の人は近付いて来ないでしょうし」
その言葉にフェリシアの顔が引き攣った。仮にも辺境伯の娘であるティアラをコレ呼ばわりできるのは、この学園でもエセルのみである。
「フェリシアは結構特殊な立ち位置に居るから、派閥に属する必要のないティアラの傍は良い場所だと思うわよ」
光属性のみの平民。それが与える影響力は大きく、何処の派閥に引き込まれようと軋轢は避けられない。ならばそもそも属さなければ良い、と。
「かく言う私も派閥に属していないから…そういう意味では現状はカーナモン派閥に属していると呼べるのかしら」
「冗談でも止めて頂戴。そんなものを作ったら後が大変だわ」
「それもそうね」
程よく場も温まったところでヨルが中央へお菓子の乗ったプレートを置く。それを見て目を輝かせたのはティアラだ。
「ヨルの手作り?」
「はい」
「まぁ…凄いですね」
並んだお菓子は全てが整った形をして整然と並んでおり、店で売られているものと遜色無いようにエセルは感じた。それはフェリシアも同じで、思わず手が止まっている。
「どうぞお召し上がりください」
「ヨルも座りなさい。折角のお茶会なんだもの。一緒に楽しみましょう?」
「…では、次のお茶の準備が整いましたら」
飲み切られたカップや冷めてしまったカップを下げ、新たに煎れ直したお茶を四つテーブルへと並べつつ自身が座る椅子を準備する。
「フェリシアはどれを食べたいかしら?」
「あ、えっと…じゃあこれを」
1口大の大きさで作られたフィナンシェに手を伸ばす。それぞれピックが刺さっている為、手を汚すこと無く口へと運ぶ事が出来た。
口に入れた瞬間ホロホロと崩れ、途端に広がる芳醇なバターの風味に舌鼓を打つ。
「美味しいです…」
「本当に美味しい…後でレシピを頂く事は出来ますか?」
「勿論で御座います。少々お待ち下さい」
「…え?」
一応全てのレシピを記憶しているヨルにとって、その場で紙に書き起す事など造作も無かった。
「こちらです」
「あ、ありがとうございます…」
てっきりレシピには原本があり、それを書き写して渡してくれるのだと思っていたエセルは、その場でスラスラと書き起こされた光景に鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべた。
「…ティアラが傍に置く理由が分かった気がする」
「でしょう?」
主の望む情報が瞬時に返ってくる従者など、誰でも喉から手が出る程欲しい人材だ。
「あげないわよ」
「何も言ってないわよ……」
私はアールグレイが好きです((




