40. 化物侍女は嗜む
的確にコカトリスの解体を済ませたヨルは、切り分けた肉を持参していた袋に仕舞っていく。
「ここで食べないの?」
「魔物が来る可能性がありますし、もう少し浅い場所まで戻るのが安全かと」
「確かにそれもそうね…なら私の《結界》で覆うのはどう?」
《結界》とは風属性の魔術の一つで、透明な壁を形成する魔術だ。維持し続けるには魔力をそれなりに消費するが、攻撃を受けない限りその消費は気にする程のものにはならない。
先程の戦闘で魔力を消費しているものの、《結界》を展開するのに問題は無い程残っているとティアラは自覚していた。
自身の魔力量の自覚は魔術師として必須の物なので、幼い頃から訓練していたティアラのその感覚に狂いは無い。
「…食事を終えれば速やかに撤収しますよ」
「わ、分かってるわよ」
ヨルはティアラが《結界》を使ってまで此処に残ろうとするのが、この後も奥に行こうとしているからだと直感していた。現にヨルの言葉でティアラの目は泳いでいる。
一先ず言質は取ったところで、ティアラが早速《結界》を周囲に展開した。四方を透明な壁が囲うが、上は開いている。これは調理の煙を外に逃がす為だ。
《結界》が無事に展開されたのを確認すると、ヨルが外套の内側から折り畳み式の簡易竈を──
「ちょっと待って」
「? どうかしましたか?」
「……ヨル。今それ何処から出した?」
ヨルの手にある簡易竈は、それなりの大きさがある。少なくとも違和感無く外套の内側に仕舞っておく事は不可能であるとティアラは思う。それ故の、疑問。
「外套の内側からですよ?」
「いや無理でしょ…それともその外套が特殊?」
「いえ。これは侍女長より支給されているものですが、一般的に流通しているものです」
そうティアラに答えながらも調理の準備を進めるヨル。簡易竈は魔術具でもあるので、薪は必要無い。
竈を組み立て終え、ヨルがその上にフライパンを──
「だからそれ何処から出てきてるの!?」
ティアラの絶叫が森に響く。まるで手品のようにヨルの外套から次々と現れるその様子に、ティアラの目は開きっぱなしだ。
ヨルはもう答えるつもりがないのかティアラの声に反応せず、フライパンでコカトリスの肉を焼き始めた。
(…前にも、似たような事あったわね)
ティアラが不意に思い出したのは、つい数日前の出来事。寮に到着して早々、まだ給仕の用具すら無い状況で提供されたハーブティー。その時ヨルは、侍女の嗜みだと答えた。
「──侍女の嗜みって、何…?」
「そうですね…我が主に快適に過ごしていただけるよう尽力する事でしょうか」
思わずティアラが口にしたその言葉に、ヨルが漸く反応を示して丁寧に答えた。
「あのハーブティーも?」
「はい」
タネを教えて欲しいとは思うが、従者は主に裏を見せない事をティアラは知っている。どれだけヨルに尋ねたところで、教えてはくれないだろう。
そうこうしてるうちにヨルの料理が出来上がる。と言っても凝ったものでは無くただのソテーだが。
料理が完成すれば、またしてもヨルが外套の内側から組み立て式のテーブルと椅子を取り出して並べ始める。ティアラはそれをもう呆れた目で見ていた。
「どうぞお召し上がりください」
「ありがとう…まさかここまで優雅に食べる事になるとは思わなかったわ」
てっきりフォークで刺して齧り付くものだと思っていたが、しっかりとテーブルの上にはカトラリーが並んでいた。
野営で食べるご飯とはこういうものだっただろうかと、ティアラは若干遠い目をしていた。
ティアラが食べる内にヨルは片付けを始める。フライパンはこの場では洗えないので軽く表面を拭き取り、竈門共に少し風に当てる。未だ熱を纏っているからだ。
フライパン等を冷ます間にコカトリスの解体を進め、小分けにしてこちらも外套の内側へと仕舞う。竈を出す時ティアラに見られ疑問に思われた為、遠慮というものが無くなっているヨルだった。
「ご馳走様。美味しかったわ」
「恐れ入ります」
「ヨルは食べなくていいの?」
「従者は共に食事を取らぬものです」
学園内では従者以前に同級生という扱いなので共に食事をするが、それ以外ではまず有り得なかった。公私混同はしないヨルである。
その態度に思うところはあるものの、それ以上ティアラが口を開く事はなかった。それがヨルにとって有り難迷惑になると分かっていたからだ。
「では戻りましょうか。予定よりは早いですが、彼らに関して報告すべきでしょうから」
ヨルの目線が向けられる先にいる、物言わぬ骸になった彼ら。冒険者とは自己責任の世界だが、それでも目にした以上報告しない訳にはいかなかった。
「ヨル、彼らを仕舞えたりは」
「…出来ますがお断り致します」
「まぁ、そうよね」
彼らに家族が居た場合は申し訳ないが、やりたくない事はしたくないものだ。特にヨルにとってその手段は主の為にあるのであって、決して見ず知らずの他人の死体を入れる為にあるのでは無いのだから当然である。
結局彼らはヨルが持って来た麻布を被せられ、その場に置いて行く事になった。報告を受けたギルド職員が回収しに来たとしても、人としての原型を留めているかどうかはヨルの与り知らぬ事だった。
結構何でも出てきます




