3. 化物侍女は戦う
茂みの向こうで揺れ動く存在に目を光らせれば、先程足を掴んだ蔦と同じものが三本、予備動作もなく飛び出してきた。
ヨルは明確な敵意を持って襲いかかるソレを一瞥し、懐から取り出した三本のナイフを投げ飛ばす。正確に狙いを定められたナイフは、意志を伴うかのように寸分の狂いなく蔦の根元を切断した。
そして息付く暇もなく、ヨルが体勢を低くして一気に詰寄る。
負けじと先程よりも多くの蔦がヨルへと襲いかかるが、その全てが再生も出来ないほど細断され無力化される。
それでも勢いが落ちない蔦の猛攻の最中に投げ飛ばされたナイフが、トスッと軽い音を立てて本体へと刺さった。が、ソレが動きを止める素振りは無い。
その身尽きるまで際限なく再生し続ける【魔物】。それが、ヨルが相対する敵の正体だ。特に植物の見た目をしたソレは【魔法植物】と呼ばれている。
「相変わらず厄介ですね」
そう口ずさむ割には、ヨルの表情は飄々として変わらない。再生するのならば、再生するより速く潰せばいいのだから。
次第に速さを増すヨルのナイフは、蔦が生えた瞬間に根元から容赦なく切り落とす。そして生えていた場所全てに投げナイフを突き刺し、再生を阻害する。
しばらくそんな攻撃を続けていれば、いつの間にか本体の根元をぐるりと囲うようにナイフが刺さっていた。その結果支えきれなくなった魔法植物は、その自重だけでブチブチという音を立てながらその場に倒れる。
本体を支えられなくなるまで根を奪うこと。それがヨルの真の狙いだった。
「ふぅ…こんなものですかね」
そう口ずさむヨルの足元に転がる、敵だったもの。魔法植物は魔物だがそれ以前に植物である。支えるための根を失えば、再生することもままならなくなるのだ。しかしそのまま放置すれば、いつかまた根が地面に伸び復活してしまう。
どうやってこれを処分しようかと、投げ飛ばしたナイフを回収しながらヨルが考えていると、視界の端に放り出した塵取りが映った。
「丁度いいですね。このまま持っていきましょう」
魔法植物を鷲掴み、ズルズルと引きずりながら放置していた掃除道具を回収し、元々向かう予定だった屋敷の裏手へ。
屋敷の裏手には様々な施設が存在しており、ヨルの目の前にあるレンガ造りの小さな建物もその一つだ。その建物の下に開いた穴へ、塵取りのゴミと一緒に魔法植物を放り込む。
「おっと、早くしないと間に合いませんね」
戦闘に時間を割かれ、使用人の朝食の時間を過ぎそうになっていた。ヨルは食べなくとも問題ないと思ってはいるが、“言われている”ので食べなければならない。
踵を返して掃除道具を片手に急ぎ焼却炉を後にする。
「──ヨル。ちょっといいかしら」
「? はい」
朝食を食べ終え、仕事を再開しようとしたところでヨルはキャロルに呼び止められた。朝食前に、梯子が無く玄関上の掃除が出来なかったことは報告済みだが、他に何か不備があっただろうかとヨルは首を傾げる。
「先程ベンから報告がありました。調教した魔法植物が一体、行方不明だと。何か心当たりはないかしら?」
「あぁ…それでしたら清掃中に交戦し、既に焼却炉で燃やした魔法植物かもしれません。種が何処からか飛んできたのかと思っていましたが、そういうことでしたか」
なんだそんなことかというようにさらりとヨルが口にする。
魔法植物はその場に根を張ると動けない。その結果繁殖する為の種は、風などに飛ばされやすくなるよう進化していた。それが何処からか屋敷に飛んできて成長したのかとヨルは予想していたが、どうやら元から人為的に植えられたものだったらしい。
魔法植物は本来人間の敵なのだが、土と水の複合属性である草魔術によって特殊な処置、つまり調教を行う事で人間の味方として利用する事が可能になる。それを担当していたのが、この屋敷で庭師として働くベンだった。
「なる、ほど…」
若干予想していたとはいえ、あっけらかんと言うヨルに思わずキャロルは額を押さえた。
「対応は間違いだったでしょうか?」
「いえ、いいのよ。貴方が悪い訳では無いから…暫く屋敷を離れた間に配置も少し変わっているから、後で纏めたものを渡すわね」
「ありがとうございます」
「用件はそれだけよ。後はいつも通りの業務で進めてくれる?」
「はい」
一礼を返し、スタスタと何事も無かったかのように去っていく後ろ姿をキャロルがなんとも言えない表情で眺めていると、横からその光景を見ていたカミアが話し掛けた。
「また魔法植物に襲われたんですか」
「ええそうよ。相変わらず容赦ないんだから…」
「あはは……」
ヨルはこの屋敷で魔法植物が人為的に植えられていることを知っている。だが、毎回襲われる度に跡形もなく切り刻んだり燃やしたりと容赦がないのだ。これにはカミアも乾いた笑い声を出すしかなかった。
「でも、不思議ですよね」
「不思議って、何が?」
「だって今まで襲われた魔法植物全部、調教済みのやつじゃないですか。それなのに襲われるっておかしくないですか? それってまるで」
「カミア。私に怒られる前に、ね?」
「え?…あっ!? すいませんスグに業務に戻ります!」
キャロルの目線を追い、時計を見たカミアが次の業務の開始時刻を過ぎていたことに気付くと、ドタバタと急いでその場を後にした。もうその頭に先程の言葉は残っていないだろう。
「ふぅ…」
その慌ただしい後ろ姿を見送ってから一つ息をつき、キャロルも業務に戻る。その後ろには、業務開始時刻前の時計が時を刻んでいた。




