36. 化物侍女は許可を得る
「ヨル。今日はちょっと外に出たいのだけれどいいかしら?」
エセルとのお茶会から一日が経ち、朝早くからティアラがそう切り出した。学園の休日は二日続く為、本日も学園は無い。
学園は全寮制だが、休みの日には寮母に許可を取れば学園の外に出る事を許されていた。
「何か理由が?」
「単純に外に出たい」
「…という建前はいいので、本音はなんでしょうか」
天真爛漫という言葉が似合うティアラが何も考えないで動く事は多いが、その場合は事前に許しを乞う事は無い。故に許しを乞うその時点で何か目的がある事が明白だった。
「うぅ…怒らないって約束してくれる?」
「怒られる事をするおつもりなのですか?」
「うーん…お父様には怒られる事ね」
「…それは私が許可出来ることなのでしょうか」
ヨルの主はティアラだが、ロイの方が強い権限を持つ主だ。その存在が許可出来ない事をヨルが了承する事は出来ない。
「あの、ね。冒険者になってみたいなぁ…なんて」
ヨルの顔色を伺いながら、段々とティアラの声が小さくなっていく。
冒険者。それはギルドと呼ばれる機関に所属する存在の総称だ。具体的には街の中や外に関する依頼をこなして金銭を得る者たちで、所謂何でも屋という存在である。
「何故冒険者に?」
「だって戦いたいんだもん!」
ティアラの住まう地には度々魔物による襲撃が起こる。その迎撃を幼い頃から間近で見てきたティアラにとって、それは憧れの舞台だった。特に最前線で孤軍奮闘するヨルの姿は、ティアラにとって目標でもあった。
「ヨルは私の護衛でしょ? だからヨルの許可が欲しいの」
「…それで処罰を受けるのは私なのですが」
主を諌められなかったとして処罰を受けるのはヨルになる。だがここで断れば勝手に行動される可能性が極めて高かった。ならば多少危険でも目の届く範囲で動いて貰った方が楽ではある。
そう結論付けてヨルが「はぁ…」と溜息を零せば、パァァとティアラの表情が輝いた。
「いいのっ!?」
「ただし私の目が届く範囲で活動する事。依頼を受ける前に私に尋ねる事。危険な依頼はしない事。これらが条件です」
「分かったわ!」
「一つでも破れば縛り付けてでも連れ戻します」
「…分かったわ」
ティアラは知っている。ヨルは主に対しても一切容赦が無いという事を。
戦慄を感じながらも期待に胸をふくらませて、ティアラがウキウキとした様子で外出する準備を始める為に自室へと籠る。それを後目にヨルも一度部屋へと戻り、自らの支度を始めた。
「ティアラ様は魔術師ですから、前衛が必要になりますね」
ヨルが普段扱う得物はナイフが多いが、それ以外が使えない訳では無い。状況に応じて臨機応変に対応出来るよう、キャロルから一通り仕込まれていた。
防御力に優れる侍女服に身を包み、それを隠すように大きめの黒い外套を羽織る。腰にはショートソードと呼ばれる剣をぶら下げ、後は荷物を詰められる袋を幾らか畳んで内側に仕舞い込めば準備は完了だ。
ヨルが準備を終えて居間へと戻れば、そこにティアラの姿は無かった。まだ準備に時間が掛かっているのかと思い、ヨルがティアラの部屋の扉をノックする。
「ティアラ様。お手伝いは必要ですか?」
「大丈夫! もう終わったわ!」
その言葉の後直ぐにティアラが部屋から出てくる。赤いローブに身を包んだその姿は立派な魔術師だった。
「良くお似合いです…が、そんな物を準備していたという事は元より計画していたのですね」
「う、うん…だって折角の機会だと思ったから」
実家ではロイが絶対に許してくれないと分かりきってきたからこそ、その目が届かない学園が最初で最後の機会だとティアラは思っていた。
「確かにそれもそうですね。まぁ何時かは勝手にされるとは思っていましたが」
「…もしかして、お父様もそうだったり?」
「さぁ…」
だがヨルはロイならばティアラの今回の思考回路も十分理解しているだろうという漠然とした確信があった。
(となると私の行動も読まれている可能性がありますね)
何だかんだティアラに対して甘い自覚があるヨルは、それがロイにも気付かれているだろうと思った。
「ま、まぁ分からない事を考えても仕方が無いわ。時間も有限なのだし早く行きましょ」
「成程。だから今日は寝起きがよろしかったのですね」
「う…いいから行くわよ!」
キッパリと言い当てられて言葉に詰まったティアラが、流れを断つように大きく声を出してヨルの背を押した。
ティアラの誤魔化しには気付いたが、それを口にはせず大人しくヨルが部屋の外に出る。そしてその足で向かったのは、一階にある管理室。辿り着いたその部屋の扉をノックして開ければ、寮母であるテレーズが出迎えた。
「あら。その様子ですと外出ですか?」
「はい。外出許可をいただけますか?」
「少しお待ちを…はい。こちらをお持ちください」
テレーズがヨルへと手渡したのは一枚の木札だった。
「それを学園の門番に見せて下さい。紛失には十分にお気を付けを」
「分かりました。ありがとうございます」
礼をして管理室を後にし、待っていたティアラと合流する。帰ってきたヨルの手に握られた木札を目にして、ティアラが首を傾げた。
「それが許可証?」
「はい。魔力を纏っているようですね」
「ただの木札では無いという事ね。じゃあ行きましょ。管理は任せるわ」
「かしこまりました」
「ふふっ」
楽しげな笑い声を零しピョンピョンと跳ねるような足取りで出入口へと進むティアラの後ろ姿を見て、ヨルが若干苦笑を浮かべたような気がした。
杖出そうか迷ったんですが、無しにしました




